梨さんのブログ -111ページ目

大往生

仕事を終えて23時から30分程度泳いだ。

この時間になるとさすがに利用者が少なく

ひとりでひとコース、最後はプールまるごと貸切状態。


水中での宙返りやバク宙も楽しい遊びのひとつ。

特にバク宙は、地上では絶対無理な技なので(宙返りも無理だって)

胸骨付近とその辺りの大胸筋?などが伸びる感じが特に気持ちいい。


若い頃(20歳くらい)

私が死んだら、その骨は海にまいてと母に言ったらおこられた。

いや、そんな深い意味、悪気はないのだが…。

確かに親不孝な発言だが、今でもそう願っている。


で、墓参りなんかはしないで、気が向いたとき

身近な海岸を掃除してもらえれば、それでいいからって。


でもやっぱり、言うべき相手を間違えた。

お母さんごめんなさい。


父方のひいおじいさんは98歳(100歳だった気もする)での大往生。

その他のおじいさんおばあさんたちも、90歳近くまで元気だった。

比較的長寿家系だと思われる。

なので、自分も運がよければきっと長生きできるのではないかと楽観している。


お年寄りも「長生きできて幸せ」と思える社会であってほしいものです。




海は広いな大きいな

定時に仕事を終え、プールへ直行。


私はなぜ、水中にその身を沈めることにより、こんなに心地よい状態に陥るのか。


それはプールに限らず、海でも川でも滝つぼでも風呂でも

洗面器にはった湯水に手を沈めるだけでもかまわない。


昔、羊水に沈んでいた頃の名残?

記憶にないのだが。


魚類から進化してきた人類の原点がそこにあるから?先祖帰り現象?

プールのその水の成分は塩素含有量かなり高いはずだぞ。


拘束感を求めている?

適度な圧力が加わるのは確かに心地良い刺激…ハグと一緒。

水中に潜ることは、全身へ均等に圧をかける方法としては、手っ取り早い手段である。

全身加圧の健康法っていうのがあるけど、アレはまた違う感じなのかな。


ダイビングの初級資格もとったけど、もっぱら素潜りが多い。

もちろんマスク・シュノーケル・フィンの3点セット装備で。


ダイビングだとあらかじめ予定をたてないといけないし、

バディが必要だし、費用もかかるしで、お気軽にとはいかない。


自分が海に行きたい時、行ける時、さっさと独りで潜りに行きます。

多いときには週に4日、月に10日は通っていた頃もある。

地元には自宅から20分くらいの所に良いポイントがあるのです。


目の前を熱帯魚がヒラヒラ漂う姿を観察できます。

色とりどり、形態様々な珊瑚の群生。

岸壁には洞窟があり、地元の中高生の子たちに交じってよじ登り、

飛び込みなどするのも楽しい。

その洞窟から、外に向かう時に逆光に映える小魚の群れが、これまたきれい。


私が海に通い始めた15年ほど前に比べると

残念ながら、その海の様子もすっかり変わってしまった。

環境の変化の真っ只中にあったことを、今さらながら思い知らされる。


「昔のこの辺りには珊瑚や魚がいてきれいだったんだよ」

そんなことを口にする立場となってしまったのは、幸か不幸か。


しかし、ここ3年程その海から遠ざかった生活をしている。

海にふれたくて去った9月、ひとり電車で九十九里浜へでかけた。

ここの砂浜にある砂丘にも興味があったので。


延々と続く海岸線に打ち寄せる波。

そこの砂は灰色で凄く細かくて、足の裏にこびりついてなかなか払い落とせなかった。

砂丘は期待していたほど大きくはなかった。

年々侵食されているらしい。


残念ながら泳ぐことはできなかったけど、

さざなみの音を子守唄に、防波堤での昼寝。気持ち良かった。


帰り道、道をたずねた車の人が親切で、近くの大通りまで乗せてくれたり。

食堂の海鮮丼がおいしかったり。


あれ?収拾つかないや。

まあ、そんなことばかりなので、気にしない気にしない。






とある小学校~師弟競演

閑話休題4年2組での出来事続編。


担任はもともと音楽担当教諭。

その頃から、現在に至るまで、地元のママさんコーラスの指揮をとるなど

地域活動もされる熱心な教育者である。


子どもたちに詩の創作をすすめ、コンクールに応募。

受賞した詩や、そうでなくても際立った生徒の詩に曲をつけては

クラスの皆で合唱していた。


副担任の理科教諭は、生徒の詩にギターで曲をつけてくれた。


4年2組が地元国立大学付属小学校へ赴き、研究授業発表なることもあった。


後日談となるが、

私たちが5年生に進級して後、この理科教諭は結婚。

その結婚披露宴に4年2組全員が招待され、得意の合唱で結婚を祝った。

今では教頭先生になられたと聞いている。


後日談といえば、担任教諭との関係の方が多い。

その後、中学、高校、成人してからも何度か、4年2組のメンバー十数人が集まり

先生を囲み同窓会という機会があった。

先生の自宅が私たちと同じ地域ということもあり、先生の家を訪問することが多かった。


今から3年ほど前になるが、その先生は既に退職され

市内公立保育園の園児に、歌を通しての活動をされていた。

そこで年に一度、園児の舞台発表会があり、その指導で統括的な役割を担ってらした。


その発表会中

絵本「きんたろう」を朗読しながら、舞台のスクリーンにはその絵を映し出し

進行途中で子どもたちが歌をはさむという演目があった。


舞台を終えた子どもたちが、楽しみながらも参加するという趣向の演目である。


当時私は地元の公共機関で臨時職員として勤めていた縁があり、

その舞台で、絵本の朗読をすることになった。


先生は舞台で子どもたちの歌の指揮をとる。


約20年越し、師弟のコラボレーションである。


先生の活気あふれる熱心な指導ぶりは、4年2組当時のまま。

結構なお歳を召されていることを考えると、むしろますます精力的な活動ぶりである。


私はというと、先生の前にたつと、当然頭があがらない。

いや、のほほんと生きているその状態に、恥じ入るばかりである。


話が長くなった。

なかなか本題に入ることが出来ない。

4年2組での出来事、また次の機会にしたいと思います。