梨さんのブログ -113ページ目

てれびくん

国谷裕子さん

NHK「クローズアップ現代」キャスター


番組の始まった1993年当時の放送時間は

確か21:30からだったと記憶している。

その後好評につき現在の19:30からの放送になった。


時事問題などをテーマに、分かりやすく解説してくれる。

生放送ということで、毎回臨場感あふれるレポートを展開。


国谷さんは白い服が良くお似合いの、知的で素敵な女性。

私は新聞を取っていないので

月~木曜日19:30に部屋に在中する時には

この番組を情報源としてチェックするようにしている。


上京してから滝川クリステルさんを知った。

彼女も素敵ですね。


今私の実家には、テレビがない。

正確にいうと、故障後、買い替えをしていない。

新聞とラジオ、地方自治体からの広報や

ご近所からの生の声が主な情報源となっている。


買おうと思えばいつでも買えるはずのテレビを

別になくても困らない

との理由で放って既に2・3年が経過。


いや、私が小学校3~5年の一時期にも

我が家にはテレビがなかった。

なので、テレビがないことに抵抗がないともいえる。


確かになくても困るものではない。

むしろラジオ、しかもAM放送の土着志向の強い番組に

面白さを感じるようになった。

そんな自分に気づいた時「歳をとったな」と感じた。

ラジオはテレビに比べて控えめな存在感が良い。


しかし、年々老いていく両親には多少なりとも

テレビを通して、世間の毒気にさらされることにより

抵抗力を養うという効果の為にも

テレビという装置は必要なのかな?と思われることもある。


あったらいいな

ドラえもん(一発変換できた。何気に感動)の道具で

ひとつだけ手に入れることが出来るとしたら、何を望むか?


「ドラえもんのポケット」

は、もちろん反則です。

全ての道具を把握している訳ではないが


「どこでもドア」

あったらいいなあ。


ネットでの仮想空間ではなく、

超音速旅客機の実現とかでもなく、

漫画のまんまのヤツ。

物質転換装置とか言う?

『ザ・フライ』のハエ男みたくなっては困りますが。

ああ、あれは悲劇だった。


最近話題の「万能細胞」とやらは、ニュースで聞くだけですが

何やら凄い可能性を秘めた研究成果のようです。

私なんか、よく理解もできてないものだから


この調子だといつか、「どこでもドア」も夢じゃないかもしれない


などと無謀な期待を抱いてしまう。

私が生きているうちは無理なことだけは分かっているけど…。


そんな夢のような道具の開発よりも

皆が仲良く幸せになれる社会を作るほうが

よっぽど実現するのが厳しい課題である

という見方は、ちょっと悲観的なのかな…。


社会規模の問題については、政治家の方にお任せするとして

(任せていいんですよね、確か…)

せめて自分の足元である、

家族が円満であることに、不断の努力を費やしたいと思った。


本日のきょうだいからのメールを受けて。

「兄貴、困った時は助け合いさ。

でも、自ら窮地に追い込むような勝手なマネはするなよ。」


あれ?何の話だっけ?

そう。ドラえもんの道具でした。


人間の飽くなき欲望をうまく制御し

望ましい方向への原動力とすることができれば、しめたものかと思われますが…


などと言うのは、ラクな方に流れてしまう自分だったりするから。

「助けて ドラえもーん」





有鉛ガソリンの時代

29日の天気予報では雨模様のはず…が実際には降りませんでした。


森博嗣「魔笛」

読了。

森節の圧縮されたその詩を理解するには

それ相応の知識と教養が必要なようで、

残念ながら私には難解すぎて、いまいち理解できませんでした。



「飛ぶと飛ぶ」


飛べないことを

知らない連中が

飛んでいるのだよ


生きられない理由を

知らない連中が

生きているように



背表紙にも記されている上記の詩は分かりやすい。



「走るために生まれてきた」


走るために生まれてきた

愛情なんてウェイトは

とても正気じゃのせられない


気の遠くなるような直線で

チョークを二段も絞ったよ


きっと半熟のディカバリィ

たった一度のメランコリィ


君の家まであと一時間

とても待てない一時間

でも永遠の一時間



森さんってば、聞いてる方が恥ずかしくなるようなニクイ文句です。

でも何やらかっこ良く、はやる気持ちがよく伝わります。


チョークって、確か昔の軽自動車なんかにあったと記憶してますが定かでありません。

エンジン内部の燃料の圧縮度を高める為の装置で、今は自動調節されているとか…。


そういえば、その昔(私が幼少時)有鉛ガソリンを必要とした車がありました。

給油時、間違いのないよう無鉛ガソリン車(ウチの自家用車)には

「無鉛」と記された水色のステッカーが貼ってあったのを覚えている。


今ネット検索で調べてみました。

有鉛ガソリンはレシプロエンジンのノッキングを防止するために、微量の鉛を添加。

有毒で大気汚染の原因ともなるため、

1975年以降レギュラーガソリンは完全無鉛化されたとのこと。


1972年3月末までに国内製造されたガソリン車は全て有鉛ガソリン仕様車。

なるほど、私の生まれた年を境に国産車は無鉛仕様へと移行…という訳ですか。


技術の進歩で公害は抑制され、しかし新たな弊害もまた発生している訳で、

結果全体的にみて、人類の進歩の具合はどの程度ととらえられるんだろう?

チーターさんの歌うように、3歩進んで2歩下がるくらい?


無鉛ステッカーについての説明も記されてました。

おお、当時のステッカー資料もあるじゃないですか。

懐かしい~。


おぼろげな記憶の裏がとれ、嬉しい気分です。