海は広いな大きいな
定時に仕事を終え、プールへ直行。
私はなぜ、水中にその身を沈めることにより、こんなに心地よい状態に陥るのか。
それはプールに限らず、海でも川でも滝つぼでも風呂でも
洗面器にはった湯水に手を沈めるだけでもかまわない。
昔、羊水に沈んでいた頃の名残?
記憶にないのだが。
魚類から進化してきた人類の原点がそこにあるから?先祖帰り現象?
プールのその水の成分は塩素含有量かなり高いはずだぞ。
拘束感を求めている?
適度な圧力が加わるのは確かに心地良い刺激…ハグと一緒。
水中に潜ることは、全身へ均等に圧をかける方法としては、手っ取り早い手段である。
全身加圧の健康法っていうのがあるけど、アレはまた違う感じなのかな。
ダイビングの初級資格もとったけど、もっぱら素潜りが多い。
もちろんマスク・シュノーケル・フィンの3点セット装備で。
ダイビングだとあらかじめ予定をたてないといけないし、
バディが必要だし、費用もかかるしで、お気軽にとはいかない。
自分が海に行きたい時、行ける時、さっさと独りで潜りに行きます。
多いときには週に4日、月に10日は通っていた頃もある。
地元には自宅から20分くらいの所に良いポイントがあるのです。
目の前を熱帯魚がヒラヒラ漂う姿を観察できます。
色とりどり、形態様々な珊瑚の群生。
岸壁には洞窟があり、地元の中高生の子たちに交じってよじ登り、
飛び込みなどするのも楽しい。
その洞窟から、外に向かう時に逆光に映える小魚の群れが、これまたきれい。
私が海に通い始めた15年ほど前に比べると
残念ながら、その海の様子もすっかり変わってしまった。
環境の変化の真っ只中にあったことを、今さらながら思い知らされる。
「昔のこの辺りには珊瑚や魚がいてきれいだったんだよ」
そんなことを口にする立場となってしまったのは、幸か不幸か。
しかし、ここ3年程その海から遠ざかった生活をしている。
海にふれたくて去った9月、ひとり電車で九十九里浜へでかけた。
ここの砂浜にある砂丘にも興味があったので。
延々と続く海岸線に打ち寄せる波。
そこの砂は灰色で凄く細かくて、足の裏にこびりついてなかなか払い落とせなかった。
砂丘は期待していたほど大きくはなかった。
年々侵食されているらしい。
残念ながら泳ぐことはできなかったけど、
さざなみの音を子守唄に、防波堤での昼寝。気持ち良かった。
帰り道、道をたずねた車の人が親切で、近くの大通りまで乗せてくれたり。
食堂の海鮮丼がおいしかったり。
あれ?収拾つかないや。
まあ、そんなことばかりなので、気にしない気にしない。