アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草 -3ページ目

アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/170223

 【晴】《22日の続き》
 境内のいたる所に、幅が25cmで長さが1m位の、赤と白と緑の横じまの紙の旗が、しの竹の先につけられて立っている。

 旗には正一位稲荷大明神という文字が刷られているのだが、誰に聞いても、それがどんな意味なのか知らなかった。

 それでも鮮やかな色彩があちこちではためいているのは、とても華やかで楽しかった。

 神社の南と西の道は、聞くところによると大変古い街道なのだそうだが、そんな気持ちで眺めてみると、何となく納得させられる雰囲気があった。

 南の道を東に行くと、直ぐに少し広い本通りに出るが、そこに山岸屋という小さな菓子屋があり、その前を過ぎて本通りを突っ切ると、道はまた細い露地となり、そこから先はしばらくの間、どこに行くにも道は全て露地だった。

 だから、その中に相当な広さの神社があるという事は、この稲荷神社の格式の高さを物語っているのだと、近くの年寄りが話していた。

 境内の内外に出ている露店には、それぞれに固有の色と匂いがある。

 濃い黄土色のぶっかき飴は、重曹の匂いがしたし、イカは誰にも分かる香ばしい香りを振りまいている。

 ヤキソバは色と匂いの他に、熱い鉄板の上で焼かれる野菜や汁のたてる、気持ちのいい音も合わさって賑やかだ。

 灰色はミソオデンの店の色で、それと対照的なのは、鮮やかな七色で作られたカンテンだ。

 太いガラスの筒に入ったカンテンは、その場で食べなければならない。

 大きな板状になっているのは、値段によって切り分けられ、ヒゲの皮の上に乗せられ、杉の薄板で作った、小さなヘラが添えられて渡される。

 赤はイチゴで緑はメロン、橙はミカンで紫はブドウ、その他に黄色や青、そして透明もあった。

 不思議なのは、どれを食べても、あまり味の違いがなくて、舌にほの甘く、大人には安っぽいだろうが、子供には魅惑的な香りが鼻を抜けて、キョトキョトとした感触と共に人気のあるお菓子だった。http://www.atelierhakubi.com/


著者: 松田 道雄
タイトル: 駄菓子屋楽校―小さな店の大きな話・子どもがひらく未来学



著者: 奥成 達, ながた はるみ
タイトル: 駄菓子屋図鑑



著者: 串間 努
タイトル: ザ・駄菓子百科事典

アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/170222

 【晴】
 栄町の稲荷神社の初午祭の日、本殿脇の神楽殿では、昼間は神楽と演芸、夜はのど自慢が開かれ、沢山の露店も出て賑やかだった。

 祭の日は大抵の所で仕事が早じまいになり、職人を抱えている家では、心ばかりの酒席が用意されて、あちこちでわき上がる哄笑が、祭の雰囲気を盛り立てていた。

 学校から帰ると直ぐ母のもとに走りより、こんな日だけの特別な小遣いを貰って、外で待っている仲間と一緒に神社に向かった。

 稲荷神社は、我が家の工場からは目と鼻の先だったが、道の途中には友達の家が多く、一軒一軒声を掛けて行くので、結構時間がかかる。

 緑町の隣の栄町は、多く露地があるのが特長で、それがまた子供達にとっては魅力だった。

 昔からの長屋も沢山あって、善良な人達が肩を寄せ合って暮しているのが、町内を通り抜けて行くだけでもよく分かった。

 境内に入ると、神楽殿では小休止なのか、舞台には誰もおらず、本殿の石囲いの上に固定された拡声機から、古い流行歌が流れていた。

 例え舞台で神楽が奉納されていても、特別に興味があって観る訳ではないが、遊んでいる目の端見えていたり、あの独特の笛太鼓の調子を、聞くとはなしに聞いていると、何だか祭の真ん中にどっぷりと浸っている気がして心が満たされた。

 何も演じていない神楽殿の前の広場には、所々に佇む人の姿があるだけで、おおかたは露店を冷やかしたり、本殿前に集まって手を合わせたりしている。

 辻の斜め向かいの平野のおばさんの店は、もんじゃきや焼きソバ、お菓子、ところ天などを目当ての子供達でいっぱいだった。

 いつも遊びに来てオダをあげている堀越おばさんも、今日はせわしなく店を手伝っているのが、ガラス戸越しに見えて、私は何となくホッとした気分になっていた。

 平野のおばさんは、子供のヤッさんと二人暮しで、おばさんの細腕一本の稼ぎが二人の生活の支えなのだ。http://www.atelierhakubi.com/


著者: オオカワ ヨウコ
タイトル: 縁日お散歩図鑑



著者: ゴーシュ
タイトル: 懐かしの縁日大図鑑



著者: 杉原 せつ
タイトル: 毎日が縁日のようだった―なつの下町物語

アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/170221

 【晴】《20日の続き》
 土手を下る前に人の気配がないか、じっと目を凝らして様子をうかがい、安全を確めて用水に近付いて行くと、深く切れ込んだ水路に沿った桜並木の根元から、下に続く斜面には、目で見ても分かる程に、フキノトウが地面から顔を出していた。

 (しめた)と思い斜面にとり付き、夢中になって摘み始めると、ザマは見る見る内にフキノトウでいっぱいになっていった。

 これだけあれば大丈夫と、そろそろ引き上げようとした矢先に、「オイ、オメエそこで何採ってるんだ」と、頭の上から声がした。

 (ヤバイ)と思って上を見ると、斜面の上から顔が覗いて私を睨みつけていた。

 年齢は私と同じ位だろうか、上に上がってみると、片手に山羊の手綱を握っている。

 多分この辺の農家の子なのだろうが、余所者の私が無断で自分達のテリトリーに入り込んでいるのを、かなり怒っているのが、その顔にありありと出ていた。

 私は覚悟を決めてザマを地面におろすと、「ゴメンな、家の親とおばあちゃんに言い付けられて、フキノトウを採りに出たんだけど、いつもの場所には、もうなくてな、あちこち探して、とうとうここまで来ちまったんだ。まずければこれ返すけど、手ぶらで帰ると親がガッカリするから、それが残念だよな」と素直に話してみた。

 すると相手が意外にも「そうなんかよ、だったら好きなだけ採って行けばいいじゃねえか。どうせほとんどは花にしちまって、これ食べる奴なんてあんまりいねえからよ」と、笑いながら話してくれた。

「そうか、悪いな。それじゃ遠慮なく貰って行くけど、もしも親がもっと採って来いと言ったら、また採りに来ていいか。俺は渡辺だけど…」

「俺は斉藤ってんだ。あ〃いいよ。俺んちは、ほら、あそこの屋根の家だよ。今度来たら寄って声を掛ければ、俺も一緒に採ってやるよ。そうすれば渡辺もこの辺の奴らに気兼ねがねえだろう」と、用水の森の東の森の脇に見える家を指差しながら言った。

「ウン、その時は必ず寄るから頼むな」

「分かった、そこまで送るよ」

 斉藤は緑橋のたもとまで、私を送って来てくれた。

「バーイ」、「バーイ」

 橋を渡り終え家に着くまで、私の足取は羽根が生えたように軽かった。http://www.atelierhakubi.com/


著者: 高橋 昭, 渡辺 あきお
タイトル: ふきのとうみつけた



著者: NoData
タイトル: ふきのとう・Sketch



著者: 阿部 清
タイトル: 野ブキ・フキノトウ―株増殖法・露地栽培・自生地栽培促成栽培・加工

アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/170220

 【曇のち雨】
「そろそろフキノトウが出てるだろうから、明日学校から帰ったら、お前少し採って来ておくれ」

 晩飯のあとに祖母が私に言ったのを聞くと、今度は母も「そうだ、もう遅い位じゃないかい。なるべく沢山頼むね」と、祖母のそれに重ねた。

 (あ〃、もうそんな時期か)と、私は子供なりに季節の移ろいをしみじみと思ったが、そのあと直ぐに(あんなの少しも美味くねえのに、大人はなんでフキノトウなんか食べるんだろう)と考えてしまった。

 それでも枯草の下を掻き分けて、若草色のローソクの火のような形の花芽を摘むのは、結構面白いものだった。

 次の日の帰宅後に、母の用意してくれたザマを背負い、毎年出掛けて行く場所に行ってみると、先客がすっかり摘んだあとだった。

 仕方がないので渡良瀬川の土手下にある、ちょっとした穴場まで行ってみたが、ここも誰かが摘み取った跡があって期待外れだった。

 あと残された場所といえば、私の知る限りでは対岸の御厨用水の桜の下だったが、そこは完全に縄張りの外になってしまい、もし余所者が踏み込んでいるところを、地元の悪ガキ共に見付かったりしたら、まず無事に帰る事は出来ないだろう。

 それでも、収穫なしで帰宅した時の、ガッカリした祖母と母の顔を想像すると、何とかザマに半分位は持ち帰りたいので、思い切って越境する事にした。

 緑橋を向こう岸に渡ると、土手の上にのぼらずに河原に降り、土手下の薮の中に身を隠しながら目的地に向かった。

 冬の河原は、丈高い雑草や芦、名前もよく分からない木が密生していて、子供一人を何の造作もなく隠してくれる。

 その中を掻き分けながら、私は用水のある場所の近くまで進み、この辺と見当をつけた所で土手にあがると、少し離れてはいたが近くまで来ているのが、眼下の景色で確める事が出来た。

 ここはもう群馬県なのだ。http://www.atelierhakubi.com/


著者: 阿部 清
タイトル: 野ブキ・フキノトウ―株増殖法・露地栽培・自生地栽培促成栽培・加工



著者: 高橋 昭, 渡辺 あきお
タイトル: ふきのとうみつけた

アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/170219

 【雨】《18日の続き》
 得意の絶頂にいるYは、あまりの嬉しさに身の置き所がなくて、体をねじってみたり、近くの電信柱にしがみついたり、もう少しで気絶するのではないかと、心配になる位興奮している。

「Yちゃんそのスケーターちょっと乗っていい?」

 頃合をみて誰かが頼む。

「ウン、みんなかわりばんこに乗っていいよ。三輪車も乗っていいよ」

 Yは機嫌良く自分のオモチャを皆に貸して悦に入っている。

「あ〃ー、腹へったなぁ、何か食うものねえかなぁ」

 悪知恵の働く奴が、見当違いの方に顔を向けながら、大きな声で独り言を言う。

 それを耳にしたYが、家の中に駆け戻って行ったのを横目で見ながら、(うまくいったな)とお互い目で合図する。

 いくらもたたない内に、Yが両手にいっぱいお菓子を抱えて家から走り出て来る。

 近くをウロウロしていると、Yの家の人に見付かってしまうので、何人かがYを急いで家の人の視野から外れた方へ誘導し、「アレ、そんなにお菓子を持ち出すと、母ちゃんに怒られるぞ」などと、心にもないセリフを吐く。

「ウウン、大丈夫だよ。いっぱいあるから、これ位持ち出したって分かりゃしないから」

「そうか、んじゃあみんなデク(ごちそう)になるか」
悪巧みの親玉がYからお菓子を受け取ると、意外と平等に分けてくれるのだ。

 この時だけは、Yにとって多勢の仲間と一緒に過ごせる、正に珠玉の時間なのだが、その結末は大抵の場合、おだてに乗ってお菓子を持ち出した罰に、外の炭小屋に閉じ込められて、今にも死にそうな声で泣き喚く事になる。

 そんな時は、Yが可哀想なので、家の人の目を盗んで炭小屋の近くに忍び込み、板壁の隙間から「ウーウーウ」と変な唸り声でおどしたり、小屋の隅にへばりついているYの背中を、節穴から突っ込んだ棒の先で突付いたりして付き合ってやった。http://www.atelierhakubi.com/


著者: 大原 照子
タイトル: 1つのボウルでできるお菓子―型も1つで全部できます



著者: サトー ヨーコ
タイトル: 贈ってウケる作ってハマるおもしろお菓子



著者: 山本 麗子
タイトル: 101の幸福なお菓子―最高に楽しい時間のための、とっておきのスイート

アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/170218

 【晴】
 Yは自分の思い通りにならないと、ギャアギャア泣き喚きながら、両手を風車のように振り廻して暴れるので、町内の仲間からはほとんど相手にされなかった。

 坊主頭が普通のガキ共の中で、数少ない坊ちゃん刈りの一人で、それだけでも仲間外れになる理由が充分の上に、わがままが通らないと逆上するような奴なんて、誰だって関わりたくなんかないけれど、そいつの家は金持ちだったから、私達には珍しいお菓子や食い物を代償に、ひととき御山の大将になりたがった。

 そんな時はみんなでおだてるだけおだてておいて、食い物が無くなったとたん、「オメエはあっちに行ってろ」と追い払うのだ。

 するとそいつは見る見るうちに泣き出して、いつものように両手をぐるぐると廻して飛びかかって来るのだ。

 ギャアギャア喚く割には弱いYの頭をおさえて「アアラまたおこったの、ゴメンね」などと悪どくからかうものだから、Yはもう死にもの狂いで反撃してくるから面白い。

 腕の力だけで振り廻しているこぶしなんかでぶたれても、犬の尻尾で引っ叩かれたもので、この辺のガキなら、小学校の一年生だって平気な位だ。

 だからYは近所の誰よりも弱くて、絶対に上に立てなかったので、よくミソッかすをお菓子で釣って集めては、自分の家の庭あたりで威張っていた。

 私達は遊びに飽きて退屈すると「オイ、Yの奴をかまいに行くべ」と声を掛け合っては、奴の所に出掛けて行った。

 Yは大抵自分の家の前でブラブラしているので、そこに行けば直ぐに見付かるのだ。

 私達が近付くと、近所ではY以外には持っていない三輪車やキックスクーターなどを、さも得意そうに見せびらかす。

「ウワーすっげえなぁ、こんなん持ってるの、この辺じゃYちゃん位のものだよな」とか「Yちゃんちは、この辺で一番金持ちだから、欲しいもの何でも買ってもらえていいよな」とか、適当なおべんちゃらを並べて、Yの自尊心を精一杯持ち上げる。

 Yは誰が見ても分かる程に嬉しさを全身に発散させて、今にもひっくり返りそうになるのだ。

以下次回http://www.atelierhakubi.com/


著者: 沢 孝史
タイトル: 「お宝不動産」で金持ちになる!-サラリーマンでもできる不動産投資入門



著者: NoData
タイトル: 金持ちになる投資ガイド―全世界が注目したお金の哲学



著者: R.ターガート マーフィー, エリック ガワー, R.Taggart Murphy, Eric Gower, 飛永 三器
タイトル: 日本は金持ち。あなたは貧乏。なぜ?―普通の日本人が金持ちになるべきだ

アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/170217

 【晴】
 ピーという笛のような音は、ラオ屋の屋台に積んである、小さなボイラーの蒸気を引き込んだパイプの先から出ていて、かなり遠くからでも聞えるほどだったから、それを聞くと三度に一度位だったが祖母の使いで何本かの煙管を持って表通りに走った。

 祖母も母も、普段はこよりを使って自分で掃除していたが、長い間には行き届かないところにヤニがたまり、本職の手が必要になるのだという。

 ラオ屋のおじさんの屋台が止まるのは、通りから玄関まで、奥行一間半、幅四間ほどの引っ込みがあった人見医院の前が多かった。

 おじさんは足を立てて屋台を水平に固定し、小さな丸イスを下の方から引っ張り出して座ると、もう何人か待っている客から煙管を受け取り、直ぐに仕事を始める。

 仕事のほとんどはヤニ掃除だったが、中には吸い口や雁首を新しく挿げ替える仕事や、ガラス戸棚に整然と並んだ新しい煙管が売れる事もあった。

 ボイラーで作られた蒸気は、煙管をきれいに掃除するのに無くてはならないものなのが、おじさんの手先を見ているとよく分かる。

 蒸気で温められた煙管は、雁首と吸い口が簡単に外せ、三つに分かれた部分に蒸気を通すと、中から黒いヤニが水のようになって流れ出てくる。

 細く裂いた布を管に通して中をきれいにしたあと、三つを一つに組み戻して仕事は終わる。

 屋台の木部は清潔に拭き込んであるが、やはりヤニのせいか、全体が濃い飴色になって、銅のボイラーとよく調和している。

 微かに煙草のヤニの匂いが漂い、時々せき込む笛の音も、近くにいると直ぐ耳に馴染んで少しもうるさくない。

 いつも4~5本の煙管を預るので、すっかり終わって家に戻るまでには、小一時間もかかるだろうか。

 それでも祖母がくれる10円の駄賃は、たまにしか貰えない貴重な小遣いになった。http://www.atelierhakubi.com/


著者: 日本嗜好品アカデミー
タイトル: 煙草おもしろ意外史



著者: シガーライターズクラブ
タイトル: 喫煙者のユーウツ―煙草をめぐる冒言



著者: 粉川 宏
タイトル: たかが、煙草・されど、たばこ―煙草はおっぱいである。たばこが好きで何が悪い!