アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/170217 | アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草

アトリエ雑記…肖像画職人の徒然草/170217

 【晴】
 ピーという笛のような音は、ラオ屋の屋台に積んである、小さなボイラーの蒸気を引き込んだパイプの先から出ていて、かなり遠くからでも聞えるほどだったから、それを聞くと三度に一度位だったが祖母の使いで何本かの煙管を持って表通りに走った。

 祖母も母も、普段はこよりを使って自分で掃除していたが、長い間には行き届かないところにヤニがたまり、本職の手が必要になるのだという。

 ラオ屋のおじさんの屋台が止まるのは、通りから玄関まで、奥行一間半、幅四間ほどの引っ込みがあった人見医院の前が多かった。

 おじさんは足を立てて屋台を水平に固定し、小さな丸イスを下の方から引っ張り出して座ると、もう何人か待っている客から煙管を受け取り、直ぐに仕事を始める。

 仕事のほとんどはヤニ掃除だったが、中には吸い口や雁首を新しく挿げ替える仕事や、ガラス戸棚に整然と並んだ新しい煙管が売れる事もあった。

 ボイラーで作られた蒸気は、煙管をきれいに掃除するのに無くてはならないものなのが、おじさんの手先を見ているとよく分かる。

 蒸気で温められた煙管は、雁首と吸い口が簡単に外せ、三つに分かれた部分に蒸気を通すと、中から黒いヤニが水のようになって流れ出てくる。

 細く裂いた布を管に通して中をきれいにしたあと、三つを一つに組み戻して仕事は終わる。

 屋台の木部は清潔に拭き込んであるが、やはりヤニのせいか、全体が濃い飴色になって、銅のボイラーとよく調和している。

 微かに煙草のヤニの匂いが漂い、時々せき込む笛の音も、近くにいると直ぐ耳に馴染んで少しもうるさくない。

 いつも4~5本の煙管を預るので、すっかり終わって家に戻るまでには、小一時間もかかるだろうか。

 それでも祖母がくれる10円の駄賃は、たまにしか貰えない貴重な小遣いになった。http://www.atelierhakubi.com/


著者: 日本嗜好品アカデミー
タイトル: 煙草おもしろ意外史



著者: シガーライターズクラブ
タイトル: 喫煙者のユーウツ―煙草をめぐる冒言



著者: 粉川 宏
タイトル: たかが、煙草・されど、たばこ―煙草はおっぱいである。たばこが好きで何が悪い!