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ココハドコ? アタシハダレ?

自分が誰なのか、忘れないための備忘録または日記、のようなもの。

仕事を離れて8か月、仕事に戻ろうとも思うがコロナ禍にあってワクチン待ち状態。政府は4月12日からというが、かかりつけの医者によると高齢者であっても待たずに打てるようになるのは6月だろうという。輸入されるワクチンの本数が話にならないくらい少ないらしい。しかもワクチンを打つ側にはファイザーにしてくれとか、アストラゼネカはいやだぜ、とか選択する権利もないらしい。もともと輸入本数に限りがあって、国から配布されるものだからからしかたないと言えばしかたないが、ワクチン不信は簡単に消えないだろう。

 

そんな状況の中、厚労省の役人の送別会スキャンダル。飲食店に対する時短要請がこれ一発でワヤだな、と思ったのは私だけではないだろう。ただ誰がリークしたのか知らないが、何か確信犯的なにおいを感じないでもない。自分たちの立場を考えれば同じ送別会でもちょっとは自粛しただろうし、店主の忠告も聞かず、あえて夜11時過ぎまでどんちゃんやったなんてのは何か意図のようなものを感じない訳にはいかない。そうでなければこいつら危機感ゼロの本物のバカでしょ。

 

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東京のコロナ感染者は下げ止まり、どうやらコロナは第4波の季節に入ってるらしい。フランスやドイツは大変なことになっている。オリンピックはできるだろうか。海外からの観客はOFF LIMIT。それはそれでいいとして、日本人の観客もOFF LIMITにすべきではないか。ホームとアウェイのギャップが大きすぎて試合がひどくつまらないものになりそうな気がする。それに何万人来るか知らないが海外のアスリートたちはやはり2週間の隔離は求められるのだろうし、果たしてベストな状態で競技に臨めるのだろうか。

 

放送権料だけでも手にしたい主催者はやる気満々だが、日本人のほとんどが興味を失っている現状を見るに、どれだけシラけるか、そっちのほうが気になる。

 

始まれば盛り上がるさ! という楽観論もあるが、そんな単純な問題かな?

 

今更だが、商業化するにつれてオリンピックはその歴史的役割を失ってきたんだろう。それがこの東京大会で決定的になりそうな気がする。

 

 

 

 

 

 

 


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一昨日、2月4日の強風は「春一番」だったらしい。

 

春一番というのは、日本海を進む低気圧に向かって吹き込むこの季節の最初の強い南風のことをいい、立春から春分までに吹く風と期間が限定されているらしい。南風なので温かく、春が近いことを感じさせてくれるのだが、近年になく寒かったこの冬、立春早々に春一番とはとちょっと驚かされた。

 

 

 

「春一番」というと、どうしてもかってのアイドルグループ、キャンディーズの歌声が頭の中で響きわたるのだが、もう今の平成生まれの人たちは聴いたこともないだろう。

当時、70年代前半の日本はニクソンショックやらオイルショックやらで高度経済成長にも陰りは見えていたものの、庶民感覚としては10年の高度経済成長で得た豊かさを満喫する、そんな気分は充溢していた。そんな中でヒットしたのが「春一番」で、今となっては驚くほど明るい、非常に健康的な恋愛ソングではあった。

 

 

そういう豊かさあふれる東京が地上に現れる以前、幼かったころの私の「春一番」の記憶は明るいものでもないし、健康的でもない。ただ子供心にはちょっとした衝撃ではあった。

 

たとえば市川崑監督の手になる記録映画「東京オリンピック」などを見るとよくわかるのだが、今の新宿南口付近を走るマラソン選手の背景に建っているのはほとんどが瓦屋根の個人商店や小さな会社、たまに4階建てくらいの低層のビルはあるが国道20号線ぞいの風景はそんなものだった。まだ首都高4号線など影も形もない。

そういう時代、東京23区といっても都心から離れたところにはまだまだ畑が一面に広がっているところも多かった。畑の土は関東ローム層だからやや赤みを帯びている。ある年の多分3月だったろう。ものすごい風が吹いて、その赤土を空高く巻き上げて、空一帯が赤く染まったことがあった。その時友達と遊びに行った帰り道、この砂嵐に遭遇し、家に帰りついたときは全身砂だらけ、口の中までじゃりじゃりして気持ち悪かった。加えて当時は住宅事情もよくない。私の家はいわゆる「文化住宅」風。6畳一間に4畳半が二間、それにせまっ苦しい台所、そんなところに両親と子供4人で住んでいた。まだ築5年かそこらの決して古くはない住宅だったがそれでも砂埃は家中に吹き込み、畳は砂だらけで、歩くと足跡ができた。母は新聞紙を濡らして部屋中にちぎってばらまくようにして、それを箒でかき集めるような感じで掃除をしていた。雑巾で家中を拭いて回るなどとてもやりきれなかったのだろう。

 

その時それが「春一番」であると聞かされ、私は初めてその言葉を知ったのだった。

 

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今の東京ではもう見ることのできない光景だが、「都市化」した今の東京の風景というものが私は好きになれない。せめて空の広いところにと思って今は多摩川の川っぺりに住んでいる。川っぺりなので普段から風は強いし冷たい。2月3月の風が強いのは昔からあたりまえと思っていたが、ここ数年4月5月になっても風の強い日が多いのはどうしたことか、やはり温暖化のせいかと思ったりしているが、その風の強さのせいで案外コロナも吹き飛ばされて感染者数が減っているのではないかと勝手に想像している。

 

 

 

 

 


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私の職業について交通誘導警備員だと書いた。道路上でやっているガスや電気の工事、高所作業車で電柱に登ってやる様々な作業、そういったところには必ずヘルメットをかぶり赤い誘導棒や赤白の旗を振って歩行者や車を誘導している警備員がいる、あれである。

 

ある時突然会社勤めがばかばかしくなり、辞めた後の計画も何も立てないままに放り出して就いた仕事がこれなのだが、案外好きというか気にいってる。警備という仕事について面白おかしくブログに書いたり、それが本になったりしたことがあったのは知ってる。警備員というのは最初から警備員になりたくてなったという人間はまずいなくて、だいたいがどこかで別の仕事をしていた人間が、あれこれあって続けられずにこの世界にやってきたというのが多い。だからいろんな人間がいて面白いのである。もとは一流企業のビジネスマンだったのもいればデザイナーやカメラマンといったクリエイティブ系から来たのもいる。マンション建築の監督してたのがマンション建築現場のガードマンになっちゃったという笑っていいのかいけないのか、、、そんな話もある。みんなどこかで挫折を味わっており、それゆえの人間味のようなものを漂わせて愛すべき人間の多い世界である。

 

そんなわけだが、今回はそんなおもしろ話ではなく、すこし真面目に「交通誘導警備」という仕事を紹介しようと思う。警備員はクレームの標的になりやすく、そうでなくても、なんか貧乏ったらしいオヤジがやってる胡散臭い仕事と、上から目線、軽蔑の目で見られたりすることも多い。確かに無精ひげぼうぼうで制服は汚れ放題、制服を脱いだらそのまま橋の下のホームレスと見分けがつかない、なんて警備員もいるにはいる。しかし仕事の実態は決してそんなものではない。汚いオヤジは放っておいて、仕事に対する偏見は少しでも正しておきたい。

 

警備の仕事には色々種類があって、イベントやお祭りで交通整理をする雑踏警備とか大型店舗やオフィスビルに勤務する施設警備、現金輸送車に乗っているのは貴重品運搬警備、ほかにも核燃料物質等危険物運搬警備、空港保安警備、身辺警護とかALSOKやSECOMでおなじみの機械警備などがある。こうして並べてみると交通誘導のどこが警備なのかと思う方もいるだろう。でも、警備なのである。警備業の基本的な考え方は人の身体と財産を安全に守るということにあり、工事が原因で狭くなった道路で歩行者がけがをしたとか、重機が民家の塀を傷つけたとか、そういうことの無いように目配り気配りするのも「警備」なのである。

 

さて、その警備という仕事に法的な根拠を与えている法律に「警備業法」というのがある。その中に警備員になれない「欠格条項」が定められている。たとえば18歳未満は不可、成年被後見人とか破産者で復権を得ないものも不可、これはこうした人物に他人の財産を守らせることは不適当という判断だろう。また、集団的または常習的に暴力的不法行為を行う恐れのあるもの、これは他人の身体の安全にかかわることでもある。また健康診断を受け薬物中毒でないことも証明しないと警備員にはなれない。こうした細かい欠格条項がいくつも定められているだけでなく、社会保険一式、今はほとんどの警備会社がそろえているし、働き方改革のおかげで「有給休暇」も取れるし残業代も払ってもらえる。(サービス残業もかなり少なくなったが、時に取引先企業に強制される場合はある。)

つまり、安全とか堅実という意味では警備というのは結構いい仕事なのである。1日9,000円とか10,000円の収入で我慢できるなら、そして夏の暑さや冬の寒さを1日中外で我慢できるなら、犯罪者が隠れることのできる職場でもないし、おおむね身元の確かな人間がやってると思えば、女性にとってもいい職場だろうと思う。

 

「警備業」というのは前回の東京オリンピック(1964年)あたりから次第に成長し、手元の資料によると初めて警備業法が制定されたのは1972年、当時は警備会社数776社、警備員数41,146人とまだ小さな業界だったが、それが2013年には9,133社543,165人となっている。数字だけ見るとどこにそんな会社があるのかと思うが、一歩外に出ると「警備員」を見ない日はないくらいいたる所で警備員は見る。およそ40年で10倍以上に膨らんだ数字を見ると、2021年の現在1万社60万人は超えているんじゃなかろうか。今や立派なサービス産業なのである。

産業として成長する過程にはそれなりの紆余曲折もあって、途中暴力団関係者が警備会社を経営したり、その手の犯罪者が警備員になってトラブルが頻発するようなこともあったらしい。法の制定後何年かおきに法改正は行われてきて今はそういうこともなくなった。警備会社を管轄するのは各都道府県の公安委員会で警備会社は2年か3年に1回公安委員会の査察を受ける。会社に来て所属隊員に対する教育記録などをチェックする。警備会社は年に1回必ず「現任研修」といって隊員を集めて研修会を開く、その記録や各隊員に対して個別に指導、その記録を残さねばならず、工事現場に出向いてあれこれ教育することになっているのである。警備会社はその営業所ごとに「警備員指導教育責任者」という公安委員会の資格を持った社員を最低一人は置くように法で決められており、それだけ隊員教育については神経質にならざるを得ないようになっている。また隊員の質が良ければ取引先の企業からの信頼も厚くなるのは当たり前で、警備会社の営業力は総じて隊員の質の高さに比例しているといってもいいように思う。

 

隊員の質というのは大まかに言って、誘導のスキルとマナーだと思ってもらえればいい。スキルは研修もあるが、基本的には現場で身につけるしかない。一般の車に迂回路をどの道に案内するか、どの道が狭く、どの道が広く安全か、一方通行じゃないか、そうしたことを事前に頭に入れて、相手に礼儀正しく、わかりやすく伝えるにはどんな言葉を用いるか、こうしたことは慣れてしまえばそんなに難しいことではない。工事車両の誘導も、例えばUターンするのにどれだけの半径が必要か、1回切り返さないと無理とかそうしたことも慣れればそんなに難しいことではない。気をつけなければいけないのは、その瞬間近くに歩行者や自転車がいないかとか、周囲の状況を冷静に見て判断できるかどうか、むしろそっちのほうが大事で、慌てると事故のもとになる。それと、あとはクレームである。クレームにもいろいろあって、ほこりがひどいとか騒音がうるさいといった工事中の作業にまつわるものは速やかに監督に届けて対応してもらわねばならないし、誘導に対するクレームはケースバイケースで自分で適切に対応しなければならない場合もある。こうしたことを少しづつ経験して、おそらく半年もやればほとんどの現場は自分の判断で動けるようになる。どんな仕事でも人が相手であれば気配り目配りは必要で、それができて交通ルールがわかっていれば誰でもできるようになる仕事だと私は思う。

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というわけで、コロナで店を閉めてしまったとか、会社が倒産とか、困ってる人に警備の仕事はおススメです。アルバイトですから週1日2日だけでもOK、元の仕事に戻れるようになったらいつでも辞められるし、一度スキルを身につければいつでもまた戻れます。経験者大歓迎の業界。

 

そうそうこの仕事10年以上やってますが、毎日外にいるせいか一度もインフルエンザにかかったことがありません。「密」にならないんですね。  だからコロナも大丈夫??、、、、多分(笑。

 

しまらないオチですが、以上。

 

 

 

 

 


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