モヤモヤとして眠れず、結局旧作(ファイナルカット)の
DVDを観て やっと眠りについた
「2049は前作の世界観を見事に引き継いだ」「いや、一作目を凌駕した」
「まるで美術館の中にいるような映像を堪能した」
そんな賛辞の他に、終始冷静な分析や
「長く退屈な駄作」といった類いの冷ややかな評価まで
いろいろと感想を拾い読んだけれど
今のところ、私の様に嘆いているものは見掛けない
上映時間が長い事は承知の上で観たし
テンポ良く流れるタイプの作品じゃない事は百も承知
前作へのリスペクトも込めて、凝りに凝った映像を
これでもかと差し出されたけれど
結局、私の印象は「贅を尽くした二次作」の域を出ない
仏を作って魂を入れていない気がしたのだ
主演は、ライアン・ゴズリングのKであっても
旧作ファンとしては、どうしてもデッカードと逃亡した
レイチェルの末路が、関心事となってしまった
あの、レイチェルが子供を産んだ末亡くなったと知り
更に、その遺骨が目の前に晒される
更に、その遺骨が目の前に晒される
たった4年の寿命と知りながら、彼女と新しい世界で
共に生きていこうと決心したデッカード
長く曲がりくねった道を走り去る車の空撮
そして、その先は観た者それぞれの想像に託された
だからこそ、30年以上経って続編が作られたり、
廃盤になっていたVHSがDVD化されたのだろう
過去記事→ エレクトリックドリーム
古い言葉で表現するならレイチェルは
いわば「初恋の、永遠のマドンナ」と言える存在
それが、出産により亡くなった女性の骨として目の前に現れた
それでも、そこまでは2049を受け入れて観ていた
耐え難かったのは、その先の展開での場面だった
実のところ、私が初めて旧作を観た日は
確か、映画館のハシゴの3~4本目で
終始薄暗い画面の中で、混沌とした場面が続く内に
目の疲れからか頭がガンガンして来て
良く内容が頭に入って来なくなった
いわば「初恋の、永遠のマドンナ」と言える存在
それが、出産により亡くなった女性の骨として目の前に現れた
それでも、そこまでは2049を受け入れて観ていた
耐え難かったのは、その先の展開での場面だった
実のところ、私が初めて旧作を観た日は
確か、映画館のハシゴの3~4本目で
終始薄暗い画面の中で、混沌とした場面が続く内に
目の疲れからか頭がガンガンして来て
良く内容が頭に入って来なくなった
後日その事を映画好きな友達に話したら
絶対、もう一度観た方が良いと勧められて
リピ観したあの作品は、自分の生涯の宝みたいな1本になった
『ローグワン』などで驚かされた最新の映像技術から
レイチェルが旧作のままの姿でスクリーンに現れる事は
予想出来ていたが、正直どうかそれだけは
止めてくれと思いながら2049を観ていた
しかし、残酷にも年老いたデッカードの前に
出会った日のままのレイチェルを呼び出し
あろうことか、彼の心を動かせないと知ると
彼女の姿をしたレプリカントの頭を撃ち抜いたのだ
ここで、この作品に対する私の感情は負に傾いた
多分、旧作に対する思い入れが深くなければ
これ程の嫌悪感は抱かなかったことだろう
しかし、ストーリー上冷静に考えても
30年前に妊娠させ、死んだはずの相手が
突然、出会った日そのままの姿で
ジジイになった自分の目前に現れたとしたら
いくら一目惚れの女性だったとは言え
受け入れる気分になれるだろうか
(ウォレス社長は、愚かにもそれを汲めず
若く美しくまっさらな彼女を差し出せば
デッカードの心を動かせると考えたのだろうか?)
レイチェルが旧作のままの姿でスクリーンに現れる事は
予想出来ていたが、正直どうかそれだけは
止めてくれと思いながら2049を観ていた
しかし、残酷にも年老いたデッカードの前に
出会った日のままのレイチェルを呼び出し
あろうことか、彼の心を動かせないと知ると
彼女の姿をしたレプリカントの頭を撃ち抜いたのだ
ここで、この作品に対する私の感情は負に傾いた
多分、旧作に対する思い入れが深くなければ
これ程の嫌悪感は抱かなかったことだろう
しかし、ストーリー上冷静に考えても
30年前に妊娠させ、死んだはずの相手が
突然、出会った日そのままの姿で
ジジイになった自分の目前に現れたとしたら
いくら一目惚れの女性だったとは言え
受け入れる気分になれるだろうか
(ウォレス社長は、愚かにもそれを汲めず
若く美しくまっさらな彼女を差し出せば
デッカードの心を動かせると考えたのだろうか?)
年老いたデッカードと共にレイチェルとの思い出が
ことごとく踏みにじられた気がしたのは
私だけだろうか
この作品に、私のブレードランナーが上書きされたくない
そんな気持ちになっていた