吹奏楽を再び聞き出したのが多分2000年になってしばらくの頃。朝日新聞にコンクールの記事を見て思い立って普門館に行ってびっくりした。まあどこも上手、女性が多い、やる曲が難しい。特に福島県の高校が「中国の不思議な役人」という不思議な名前の曲をやったのですが、途中のトロンボーンソロが超絶技巧、この世のものとは思えないファンタスティックなサウンド、完全にノックアウトされてしまいました。ただし、このときは吹奏楽団をつくろうとかやりたいとかは全く思わず、もっぱら聞く方でした。不思議な役人?題名がよほど不思議。
 今回は時代さかのぼって1970年代はじめころ、なんと宝塚の話。その当時の往年のスターなんかがなぜか当時の西宮球場(阪急ブレーブスの本拠地)で大同窓会をやってね、どうしてかわからないが当時コンボで活動していた私のバンドに演奏依頼が来たのです。とはいえ、ステージでの演奏ではなく内野席のところで応援団みたいにやるのですが、今思えば当然のリクエスト曲「すみれの花咲くとき」が来ました。でも誰も知らない、「何ですかそれ」と言ったら怒られてね、とうとう無伴奏で大合唱が始まっちゃった。あれって思いながらジャズ屋ですから適当に演奏し始めたらこれが合わない、当たり前だよね。まあ、昔きれいだったと思われる人たちが、濃い化粧に派手な衣装で近寄って来て、しょうがないわねって指揮をしだすもんだから冷や汗たらたら、中には若い人もいて鼻の下のばしたら怒られて、もうさんざんでした。宝塚の出身の人を見ると思い出す光景です。
古い方から順番にと思ったのですが、どうも記憶が曖昧で話を作ってしまいそうなので、順不同ということでいきなり時は1990年場所はニューヨーク。その前の年に米国にやってきたのですが、大して英語がしゃべれる訳でもなくなんとかせにゃいかんなー、と思っているとき、地域のコミュニティーのお知らせみたいなものに生涯学習の一環としてビッグバンド教室をやります、各パート2名ずつ募集というのがあって、これは英会話の練習と楽器の練習一石二鳥だと申し込んだのですね。社会人になってからは殆ど楽器触ってなかったのですが、まあ譜面は読めるからなんとかなるだろうということで、週一回程度の練習に参加、あんまりよく英語が聞き取れないながらも、「good」とか言われて気分よくやってました。ある日、同じパートのうるわしき女性が、その人はその前の練習に参加してなかったので始まる前の音合わせのときに挨拶代わりに私に「Did you miss me?」と言ったのです。しかし当時はこれが何を意味するのかわからず、ミスしちゃった?みたいに思って「No」と答えたらさあ大変、周りで聞いてたやつは大笑いするし、当人はぶんむくれてまくしたてるし、いやーたいへんでした。わかりますよね、Did you miss me って私がいなくてさみしかった?って聞いているので、Yes I did,なんとかかんとか大げさに表現するのが礼儀、なにさあんたってわけです。皆さんも気をつけましょう。このあと映画なんかでしょっちゅうでてくる「I miss you」という甘い表現を聞くたびに、彼女の顔を思い出します。I missed you so much,honey.
中学のブラスバンドの連中とはずっと付き合いがあって、昨年も温泉施設で一泊旅行があり大いに盛り上がったのですが、その時のご縁で今の会社に拾われたのですね。楽器をやっているとホントいいことあります。で、中学時代のクラリネットの腕前はというとたいしたことはなくて、ソロとかとったことはなかったです。たまに代役でやったりすると震えてしまって音にならない、上がり症だったのですね。今からは考えられない内気で恥ずかしがりやの純情少年だった訳です。この上がり症を克服すべく取組んだのが心理療法。東京大学の偉い先生が書いたカッパブックスの本を買って読み、腕が重くなるとか暖かくなると暗示にかけると平常心でいられるというので、ずいぶんおまじないしたんです。結構効いて、いまでも時々やってますから、そういう方がいましたらお試しください。今では出たがりのおじさんになってしまいましたが。
中学での音楽活動はもっぱらブラスバンド、クラリネットやってました。当時からどちらかといえば柔らかい方が好きで、「小さな花」なんて曲がいいなあと思っていた。知ってますか?シャボン玉ホリデーで鈴木章治と安田伸がデュエットしてたりすると夢中で見てましたが・・・、わかんないかな。また、アルトをやっていた先輩が上手でね、闘牛士のマンボにあこがれて、ハーバーライツで今やってます。会長のつぶやき