人事労務日記~所長のつぶやき~ -99ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

令和4年4月27日

 

  私も最近は昔の友人や知人の逝去の報に接することが

多くなりました。

人生を精一杯頑張った人も、そこそこ頑張った人も、

偉くなった人も、ならなかった人も、死ぬときはみな同じ、

最後は一人での旅立ちです。

 

  だから、いまはのきわに「あぁ、いい人生だった」と思いながら

旅立てれば、結局、その人は幸せな人生を送れたんだろうなと

思っています。

令和4年4月25日

 

  暑い季節になると、アイスがより一層美味しく感じます。

しかしキンキンに冷えたアイスが予想以上に固く、

付いているスプーンが負けてしまう事があります。

 

  渾身の力を使いアイスを崩そうとしてもアイスはビクとも

しないのにスプーンがポキッと折れてしまったときは、イラッと

すると共になんだか切なくもなります。

”アイスが食べられない”と・・・・。

 

 

令和4年4月23日

 

  日常生活では毎日イラッとすることがあります。

特に最近はこのイライラする機会が増えたように思います。
街にごみ箱が無くなっているからです。
暑い中道路を歩いている時、喉が渇いたので自販機の

清涼飲料水を買って喉を潤します。

  飲んだ後、空のペットボトルを捨てよう思っても、

ごみ箱が無いのです。
あちこち探すけどどうしても見つからないので、結局

その空ボトルをカバンの中に入れて、家に持ち帰ること

になります。

 

  ただでさえイライラしているのに、運悪くボトルに

チョット残っていた水で書類が濡れたりしたときの

イライラ感は半端ではありません。

 

令和4年4月21日

 

  慌ただしく過ぎ去って行く毎日。

一日は誰にも平等に訪れ、そして過ぎ去って行きます。

その中には、良い日もあれば悪い日もあり、同じことを

繰返しているだけの日もあれば新しいことに巡り合う日

もあります。

 

  日常はするりと過ぎ去って行くからこそ日常です。

でも、その日常の出来事を「角度を変えて見つめ直す、

見えないものと向き合う」ことによって「小さな幸せ」を

見出すことができるなら………。

「何気なさ」の中に隠れた「小さな幸せ」を見つけられたら、

人生はもう少し豊かになるかもしれません。

令和4年4月19日

 

  最近は、前より「もの忘れ」するようになった気がします。

でも、この忘れるこということと自体は,必ずしも悪いこと

けでもありません。

「人は「忘れる」ことが出来るため、何とか平穏に人生を

生きられる」のです。

 

  つまり、嫌なことはさっさと忘れることです。

いつまでも覚えていたら,辛くなります。

「嫌なことはさっさと忘れて、のんきに暮らす」。

 

  この気楽さがあるからこそ、人は苦しい人生も

何とか生きていけるんだろうなと思っています。

令和4年4月16日

 

  以前、女性にとって理想の結婚相手といえば、高学歴、

高収入、高身長の「三高」でした。

それが時代は変わって、今の理想の結婚相手は、

平均的な容姿、年収と平穏な性格の「三平」だそうです。

 

 今の若い人たちは、派手な暮らしより平凡で安定した生活が

何より幸せだと考えている人が多いようです。

それを「向上心がない」とか「野心がないから飛び抜けない」など

と批判するのは簡単です。

 でも他方で、いまの時代に「平凡」を目指すのは「平凡は非凡なり」

という諺がある通り想像以上に難しいのではなかろうかと思います。

零話4年4月15日

 

  最近のデジタル化によって、高齢者には住みにくい

世の中になってしまいまし。

ネットで何かしようとすると何にでもパスワードが求められるので、

いつの間にかパスワードの数だけがどんどんと増加してしまいます。

また、ネットに入ろうとしてもパスワード違いでログイン出来ず

イライラすることもシバシバ。

 

  ネットが駄目なら電話でということになるのですが、これも大変。

やっと電話番号を探し出してコールセンターに電話をかけても、

オペレーターにはなかなか辿り着けません。や

っと辿り着けても“ただ今混みあっていますので、順番に

お取次ぎします”との人工音声を聞かされるばかり。

  イライラしながら待ちぼうけを食わされた後、やっと担当者が

電話に出ても“その件は、別の担当となりますので、

○○にお掛け直しください”……。

 

ここで温厚な私もキレてしまうのです。

 

令和4年4月14日

 

   「平凡は非凡なり」という諺がありますが、

これは「平凡で生きることが、実は一番難しい。

自分では平凡だと思っていても、人の価値観は

様々なので、他の人から見ると非凡に見えることも

あるし、今まで思いもしなかった事態に遭遇して

思いもしなかった人生を送る羽目になることもある。

 

   だからずっと平凡なまま人生を送れることは、

実はその人の非凡な才能なのだ」と説く人もいます。

令和4年4月13日

 

  ある日の朝、いつものように通勤のため電車に乗っていると

乗換駅で乗車してきた高齢夫婦の姿が目に入りました。

立っている人も少なくない一寸遅い朝の通勤電車の中。

その夫婦連れは、私が座っている優先席の方に近づいてきました。

 

  私の隣の席で新聞を読んでいた中年サラリーマンが気づき、

おもむろに立ち上がって席を譲りました。おばあさんは何度も

頭を下げ、礼を言って座りました。

おじいさんはおばあさんの荷物を棚の上にあげてその前に立ちました。

 

  その前の席では若いOLがスマホを眺めていたのですが、

立っているおじいさんに気づかないかのように、席を譲ろうとは

しませんでした。

 

 最近は、こんな思いやりの心をどこかに忘れて来てしまった人を

随分見かけるようになりました。

令和4年4月12日

 

  私たちはある一定の年齢を越えると、「歳を取ること」を

ネガティブに考えがちです。

65歳を過ぎて「高齢者の仲間入り」した後は、齢を重ねる毎に

体力は落ちますし、年金暮らしに入れば収入も減ります。

そして何よりも社会との関わりそのものが薄れてしまったような

心細い気持ちにもなってしまいます。

 

  「年をとる=多くのものを失う」という負のイメージを強く

持つ人は、誕生日が来ると「祝う」というよりも「また齢を

取ってしまうのか」という「不安な」気持ちの方が勝るように

なってしまうのです(私もそうですが……)。