人事労務日記~所長のつぶやき~ -100ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

令和4年4月9日

 

  先日、NHKの情報番組で「卒婚」を特集して

いましたが、その内容は男性には衝撃的なものでした。

「卒婚(卒業婚)とは、離婚にまで至らなくても、同居、

別居を問わず「夫婦がお互いに疲れない距離」を

保つことだそうです。

 

  所謂、家庭内別居の場合は、ゆくゆくは離婚が

待ち構えているわけですが、卒婚は違います。

離婚を前提にするのではなく、お互いに干渉せずに

自由に生き、程良い距離感を保って生活して行くこと

だそうです。

そして、その卒婚を希望している妻は、既婚者の半数

以上もいるというのだから、驚きです。

令和4年4月8日

 

  感情はその人の健康に影響を与えるそうです。

ある調査によると、ポジティブな言葉

(感謝、希望など)を多用する人は、そうでない人と

比べて寿命が9.4年も長いという報告があります。

 

昔から「病は気から」という格言もあります。

長生きしたいなら、日ごろの自分の感情をないがしろに

してはいけない、ストレスも貯めてはいけないと

いうことになるのでしょうか。

 

  これらから言えることは、他人の感情は自分にも

 反映されるので、親しく付き合う友は「選ぶ必要が有り」

 ということでしょうか。

令和4年4月7日

 

  人の人生も若いときと齢をとったときでは、同じ人

であっても随分と様子が異なります。

私の人生も齢を取るにつれて段々と変化して来ました。

 

  年をとると物忘れが進むと言われていますが、

私の場合も日々物忘れが進んでいる感じがしています。

「ぼんやりしたり、他のことに気をとられている」とき、

ふと気が付くと、なにをしようとしているかを忘れて

しまうのです……。

思い出そうと頑張りますが、うまく行きません。

「困ったもんだ!」

令和4年4月6日

 

  我がオフィスの回りには女子高や女子大が多いので、

私のお帰りタイムには駅までの道すがらよく学校帰りの

若い女性の一団と一緒になります。

 

  でも、若い彼女たちの足は速い。

杖を突いた私が一所懸命に歩いても彼女たちにはとても

敵いません。

後から若い女性の賑やかな声が聞こえ始めると直ぐに

横から前にと話し声が移動し、そしてその一団はあっと

いう間に通り過ぎて行き、私はいつも「置いてきぼり」を

食ってしまいます。

 

  そして、そのたびに“置いてきぼりを食らうのはなにか

私の人生そのものだなぁ”と思いながら、遠ざかる一団の

後ろ姿を眺め、ため息をつきながら、とぼとぼと歩き続けます。

 

令和4年3月31日

 

  私が気に入っている言葉に「アレリーマン」という

言葉があります。

「アレ、何だったかな」、「アレアレ!アレだよ」と

アレを連発する人を称する言葉です。

 

  年齢を重ねた多くの人に、“アレ、あの人の名前は

何だっけ?”と、顔はハッキリと思い浮かぶのに、

その人の名前がなかなか出てこないという現象が

現れてしまいます。

 

  私も今や誰にも引けを取らない立派な「アレリーマン」だと

自負しており、毎日「アレアレ」と叫んでいます。

令和4年3月30日

 

  オフィスから駅に至る道路の桜並木は満開となりました。

桜の満開にとともに、辺りは見物客も増えて華やいで来ました。

 

   ぱっと咲いてパッと散る桜の花にはなぜか別れのイメージを

 抱きます。

 華やかさが鮮明なほど、絆を紡いできた人との別れの

 寂しさが強調されるからでしょうか?

 

  だれにも何時まで経っても忘れ難い大切な人がいます。

桜見るたびに昔一緒に桜を楽しんだ、今は亡き人を思い出します。

 

  「さまざまなこと 思い出す 桜かな」(芭蕉)。

 

令和4年3月29日

 

  年をとると物忘れが進むと言われていますが、

私の場合も日々物忘れが進んでいる感じがしています。

「ぼんやりしたり、他のことに気をとられている」とき、

ふと気が付くと、なにをしようとしているかを忘れてしまうのです……。

 

  若い頃なら、ぼんやりしても、何かに気をとられても、

すぐにその前に考えていたことを思い出せたものでした。

復元力があったのでしょう。

  今はその復元力がだいぶ弱ってきて、いわば、

ゴムが古びて伸びた状態になってしまったのかもしれません。

零話4年3月28日

 

  「長いものに巻かれる」と言うことわざがあります。

その意味は、「力のある者には従った方がいい」

という中国から伝えられた「ありがた~い」お言葉。

 

  サラリーマン処世術の一つとして使われることが

多いのですが、「巻かれているふりをして、実は

相手を利用する」という高等戦術もあるようです。

 

  しかし、「巻かれる」どころか、気が付いたときには

ぐちゃぐちゃに絡まってほどけなくなってしまう場合も

有るので注意が必要です。

令和4年3月26日

 

  21日頃から咲き始めた靖国道路の桜は、

今は七分咲きほどとなりました。

道路には桜見物の人が随分と増えました。

 

  桜は、春になればサッと咲いてサッと

散っていきます。

私たちは「すぐに散ってしまうからこそ桜を

愛おしみ、散り際の潔さに切なさを感じる」

のでしょう。

 一年に一度の桜を見ることによって、昔一緒に

愛でた人への惜別の思いを新たにします。

 

  桜の「花言葉」の一つに『私を忘れないで』と

いう言葉があります。

桜の花を見るたびに、私はこの桜の切なさを想い、

人生の道半ばで心ならずもこの世を旅立って行った

妻の無念さを想います……

 

令和4年3月24日

 

  人生は小さな(時には重大な)決断の連続です。
毎日の生活の中では色々な事がおきますので、都度
色々な決断をしながら私たちは生きています。


  人が幸せ感を感じる大事な要件の一つに,
「自分のことは自分で決められる」ということがあります。
とすれば、毎日色んなことを自分で決められる私は
幸せなのかもしれません。

  突如ロシアに侵略され逃げ惑うウクライナの人たちが、
一刻も早く自分のことは自分で決められる自由を回復して
ほしいと心から願っています。