令和4年5月24日
「人的資本」という経済用語が最近注目されています。
「人的資本」とは人の持つ知識やスキルなどを資本と
みなしたもので、企業が抱える人材の価値を示すものと
言われています。
サラリーマン個々にとっては益々厳しい時代になって
来たようです。
会社の求める「人的資本」とみられない社員は、
不良在庫扱いにでもされてしまうのでしょうか?
「〽サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ・・・♪」
と歌っていた時代が懐かしく思い出されます。
令和4年5月24日
「人的資本」という経済用語が最近注目されています。
「人的資本」とは人の持つ知識やスキルなどを資本と
みなしたもので、企業が抱える人材の価値を示すものと
言われています。
サラリーマン個々にとっては益々厳しい時代になって
来たようです。
会社の求める「人的資本」とみられない社員は、
不良在庫扱いにでもされてしまうのでしょうか?
「〽サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ・・・♪」
と歌っていた時代が懐かしく思い出されます。
令和4年5月21日
人は誰でも組織のてっぺんに登りたがります。
でも一度てっぺんに登ってしまうと
あとはそれを守るために汲々としてしまうようです。
ロシアの大統領を持ち出すまでもなく、そんな例は
世間に沢山あります。
だから、“人生は「そこそこ」が一番!”と、「そこそこ」に
人生を歩いて来た私はいつも思っています。
令和4年5月19日
若いころから怒りっぽい人、威張る人は認知症の
進行が速いそうです。
当然のことですが、怒りっぽい人や威張る人には、
だんだんと人が寄り付かなくなります。他人が寄り
付かなくなれば、「コミュニケーションの機会は減る。
他人の話を聞いて、自分の意見を言う機会も減る」
ということになります。
つまり、「他人の話=情報の入力、自分の発言=
情報の出力」といった脳を悩ます機会が減るわけです。
そんなふうに周りから敬遠される人間は、認知症の
早期発症のリスクが高まると医学的にも立証されて
いるのです。
余り怒らずに穏やかに過ごす人ほど認知症にもならず
元気で長生きするようです。
令和4年5月17日
先日の夕方、買い物帰りに横断歩道のない道を
横断しようとしたとき、向こうから走ってきた
小型トラックが見えたので、通り過ぎるまで待っていたら、
運転手の方が私に、深々とお辞儀をして通過して
行きました。
その制服姿が私には何とも爽やかに見えて、
ちょっと嬉しい気持ちなりました。
日常生活の取るに足らない出来事かもしれませんが、
こんな小さな思いやりが世の中をちょっとずつ明るくして
行くのかもしれません。
令和4年5月16日
私はもう立派な「高齢者」ですが、「高齢者」呼ばわり
されることには抵抗があります。
だから、物を購入しようとするとき女店員から“「シニア」の方
にはこちらがお勧めです”と言われると「高齢者」と言われるより
気分が良くなり、ついつい買ってしまいます。
実際に「高齢者」と見られると普通の商取引でも
スムーズには行かないのです。
薬屋で風邪薬を購入する際に「この薬の服用は医師に
相談するように」と言われたり、クレカで支払うとすると
「このカードの使用には暗証番号が必要ですが、大丈夫
ですか?」と言われたり、まるで認知症老人扱いを
されてしまいます。
令和4年5月14日
故郷は、ひとの心のよりどころです。
私も、毎日の生活の中でちょっと疲れたときや、
ムシャクシャしたときなどに、ひょんと幼い頃
のことが頭に浮かぶことがあります。
そして、その頭の故郷には、いつも眼鏡を
かけたニコニコ顔の、ちょっと太った幼い頃の
母親(随分前に永眠しました)が居ます……。
そのとき、いつも思います。
「そのうち行ってみようかなぁ!」と。
でも、中々思い立たずグズグズしている内に、
時間だけが過ぎて行きます……。
令和4年5月13日
最近は、街中でも電車の中でもお年寄りの姿を
目にしない日はありません。
その中で『一人で出かけている爺さんの姿は何故か
寂しそう』に見られるようです。
私は、よくスーパーに出掛けるのですが、そこでも
一人で買い物籠をぶら下げて、うろうろと食料品を
見て回っている『ご同輩』を見かけます。
時々ふっと目が合ってお互いに気まずそうに目をそらす
のですが、その姿は同類である私から見ても確かに
「寂しそう」に見えてしまいます。
更に、レジを終えて買い物袋を両手にブラ下げて
トボトボと歩く姿は、背中に『寂しい男』と書いた紙を
張り付けたくなる程「寂しそう」に見えるから不思議です。
令和4年5月12日
人の人生も若いときと齢をとったときでは、同じ人で
あっても随分と様子が異なります。
私の人生も齢を取るにつれて段々と変化して来ました。
年をとると物忘れが進むと言われていますが、
私の場合も日々物忘れが進んでいる感じがしています。
「ぼんやりしたり、他のことに気をとられている」とき、
ふと気が付くと、なにをしようとしているかを忘れて
しまうのです……。
今は思い出す力がだいぶ弱ってきて、いわば、ゴムが
古びて伸びた状態になってしまったのかもしれません。
令和4年5月11日
高齢者の養護問題が深刻となっています。
配偶者に先立たれ、施設にも入れず
やむを得ず独居生活をしている高齢者も少なくありません。
核家族化という暮らし方が進んで来た上で、急速な
高齢化が進展したため、新しい問題が深刻化しているのです。
今まで精一杯に働いて家族を養い、社会に貢献して
きた人たちが、高齢化というみんなが通る道に嵌ってしまって、
身動きがとれなくなってしまうというのは、余りにも
悲しい現実です。
令和4年5月9日
満開に咲き誇っていた桜も、今はすっかり花を散らせて
しまいました。
桜は、春になればサッと咲いてサッと散っていきます。
桜が散る時ひらひらと花を落とす桜並木を歩くと、別れを
惜しむかのように頭や身体に花が舞い降りてきます。
ひらひらと風に吹かれて舞い散って行く花びらは、
“いままで見てくれてありがとう。でも今年はもうおしまい、さようなら”
と別れを告げているかのようです。
私も最近は昔の友人や知人の逝去の報に接する機会が
多くなりました。
偉くなった人も、ならなかった人も、死ぬときはみな同じ、
最後は一人での旅立ちです。
だから、いまはのきわに「あぁ、いい人生だった」と思いながら
旅立てれば、結局、その人は幸せな人生を送れたんだろうなと
思っています。