令和4年11月7日
若いころから怒りっぽい人、威張る人は
認知症になりやすいそうです。
当然のことですが、怒りっぽい人や威張る人には、
だんだんと人が寄り付かなくなります。
他人が寄り付かなくなれば、「コミュニケーション
の機会は減る。他人の話を聞いて、自分の意見を
言う機会も減る」ということになり、認知症に
なりやすくなるというわけです。
私の場合も学生時代の学友やサラリーマン時代
の同僚・上司などで怒りっぽい人、威張る人とは、
いつの間にか疎遠になっています。
令和4年11月7日
若いころから怒りっぽい人、威張る人は
認知症になりやすいそうです。
当然のことですが、怒りっぽい人や威張る人には、
だんだんと人が寄り付かなくなります。
他人が寄り付かなくなれば、「コミュニケーション
の機会は減る。他人の話を聞いて、自分の意見を
言う機会も減る」ということになり、認知症に
なりやすくなるというわけです。
私の場合も学生時代の学友やサラリーマン時代
の同僚・上司などで怒りっぽい人、威張る人とは、
いつの間にか疎遠になっています。
令和4年11月5日
小学生の女児の算数の問題での解答が、評判に
なっているようです。
最寄りの駅に朝8時50分に着きたい。家から
駅まで徒歩で30分掛かります。
何時に家を出たらいいでしょうか?
女児の解答は8時15分でした。当然×です。
ただその理由として「8時20分だとぎりぎりで
あせるから」と書いてありました。
果たして×だと切り捨てたままでよいのか、
ある意味正解ではないかとの議論になったのです。
私も約束の5分前には約束した場所に着くように
しています。
令和4年11月4日
私は足が悪いので外では杖を突いて歩き、電車も
座って乗れるように、朝は始発駅まで戻って、ホームに
並んで待って電車に乗り込みます。
その日も優先席側の列の一番前に並んで電車を待ち、
到着した電車のドア横の席に座ろうとした時、
20代位の男性が、サッと私の前に回り込み、先に
座ってしまいました。
優先席といえども、年寄りや障碍者に優先権は
ありません。
先に取られたら仕方ありませんので、すごすごと
隣の車両の空いていた優先席に座りました。
「世の中には実に色んな人が居るもんだ」との思いを
新たにした出来事でした。
令和4年11月3日
時々、他人の不幸をうれしそうに喋る人に
出会うことがあります。
そういう人が抱えている感情を
「シャーデンフロイデ」(他人の不幸は蜜の味的感情)
と心理学では呼ぶそうです。他人の不幸を喜ぶ心理で、
政治家や芸能人が不祥事・スキャンダルで追い込まれた
際のニュースを、やや興奮気味に見たりしているときの
心の中にはシャーデンフロイデが潜んでいます。
因みに、有名人を叩くと週刊誌がよく売れるのは、
ターゲットとなる人物の社会的地位が高いからだそうです。
自分より優位にいる人物が叩かれ窮地に追い込まれるのは
「いい気味だ。それ位やられて当然だ」と感じるから
でしょう。
令和4年11月2日
私は、毎日電車で通勤していますので、電車の中で
さまざまの人のさまざまな顔を眺めています。
年季の入った顔は、もともとの造作の良し悪しとは
関係なく、その人の辿ってきた人生を顔つきに
現わしています。
善良な人は、人のよさそうな顔つきをしていますし、
苦労して来た人の顔には、その苦労が偲ばれる人相が
現れています。
もともとの造作が悪くても知的な仕事を続けて来た人は、
何となく知的雰囲気を漂わせた顔つきとなっています。
令和4年11月1日
全国の私鉄が加盟する日本民営鉄道協会が
毎年発表している「電車内の迷惑行為ランキング」
で20年度と21年度連続して1位になったのが
「座席の座り方」でした。
座席の座り方のうち、最も迷惑に感じる行為
として「座席を詰めて座らない」「座りながら足
を伸ばす・組む」といった回答が多かったのですが、
「優先席でもお年寄りや身体の不自由な方などに
席を譲らない」という回答も多数を
占めていました。
優先席に座る人と座らない人と別れているようです。
令和4年10月29日
人の人生は若いときと齢をとったときでは、
同じ人であっても随分と様子が異なります。
私の人生も齢を取るにつれて段々と変化
して来ました。年をとると物忘れが進むと
言われていますが、私の場合も日々物忘れが
進んでいる感じがしています。
「ぼんやりしたり、他のことに気をとられて
いる」とき、ふと気が付くと、なにをしようと
しているかを忘れてしまうのです……。
前には無かったことなので、困っています。
令和4年10月28日
私は、歳にも負けずコロナにも負けず、一人で元気
(でもないか?)に生きていますが、歩く速度は
年々遅くなってきたような感じがします。
朝、オフィスに行く時などは、どうしてもゆっくり
となるので後ろから来る人に次々と追い抜かれます。
そこで私は「迷惑をかけては」と気遣って道の端を
歩こうとするので、却って樹の幹に躓いたりして危ない目
に会ったりします。
でもそんなアブナイ思いをしても、毎日電車に乗り、
歩いて、職場に通うという普通の生活を送れること自体が、
“楽しいのかな”とも思っています。
令和4年10月27日
私は、夕方帰宅時には電車の駅までバスに乗って
行くことがよくあります。
先日も、杖を支えに一人佇む私を先頭に5人ほど
がバスの到着を待っていました。
バスに乗るという共通の目的だけで、見ず知らずの
他人が狭い場所に並んで立ち、それぞれが違う
人生の中で偶然に出会ったひと時、そしてバスが
来れば順番に乗り込みそれぞれが違う目的地で降りて
行き、多分二度と会うこともない出会い……。
何か人生の不思議な巡り合わせを感じたバス停の
ひと時でした。
令和4年10月26日
いつも私が見ている顔があります。
7年前に心ならずも先だって逝った妻の顔です。
私の家には仏壇が置いてあり、そこには
にこやかに笑っている妻の写真が飾られています。
私は、家に帰ると先ず仏壇に向かい手を合わせますので、
毎日妻の写真の顔を眺めているのです。
写真に写った妻の顔はいつも変わらないのですが、
私には辛いとき、悲しいとき、嬉しいときなどその時々
の私の感情に応じて変化しているようにも見えます。
きっとあの世で私と一緒になって怒ったり、喜んだり、
悲しんだりしてくれているからなのでしょう……。