令和5年2月2日
私たちはある一定の年齢を越えると、
「歳を取ること」をネガティブに考えがちです。
65歳を過ぎて「高齢者の仲間入り」した後は、
齢を重ねる毎に体力は落ちますし、年金暮らしに
入れば現役時代より収入も減ります。
そして何よりも社会との関わりそのものが薄れて
しまったような心細い気持ちにもなってしまいます。
だから、誕生日が来ると「祝う」というよりも
「また齢を取ってしまうのか」という「不安な」
気持ちの方が勝るようになってしまう人もいるのです。
令和5年2月2日
私たちはある一定の年齢を越えると、
「歳を取ること」をネガティブに考えがちです。
65歳を過ぎて「高齢者の仲間入り」した後は、
齢を重ねる毎に体力は落ちますし、年金暮らしに
入れば現役時代より収入も減ります。
そして何よりも社会との関わりそのものが薄れて
しまったような心細い気持ちにもなってしまいます。
だから、誕生日が来ると「祝う」というよりも
「また齢を取ってしまうのか」という「不安な」
気持ちの方が勝るようになってしまう人もいるのです。
令和5年1月31日
「定年退職後は“中流”の暮らしを維持
できなくなるかもしれない」と、
今、中高年サラリーマンの間に不安の声が
広がっています。
退職金が日本全体で年々減っているからです。
この20年間で実に平均で1,083万円も
急減しているのです。
その理由は、バブル崩壊以降、企業が多額の
退職金を用意する財務的余力を失ったからです。
令和5年1月30日
私も最近は昔の友人や知人の逝去の報に
接することが多くなりました。
人生を精一杯頑張った人も、そこそこ
頑張った人も、偉くなった人も、ならなかった人も、
死ぬときはみな同じ、最後は一人での旅立ちです。
だから、いまはのきわに「あぁ、いい人生だった」
と思いながら旅立てれば、結局、その人は幸せな人生を
送れたんだろうなと思っています。
令和5年1月28日
今のネット社会では、会ったことが無い
ばかりか話したこともない人とメールや
SNSだけで、友達となる若い人も少なく
ないようです。
メールなどのやりとりだけでは、
その人の本当の振舞いに気付くのは困難です。
ネット社会は便利な反面、恐ろしい一面も
あるようです。
令和5年1月27日
これまでに多くの経験を積み、漸く自分流の生き方
を見つけた高齢者にとっては、自分のことを自分で
決められないのは辛いものです。
然し、残念なことに高齢になるほど身体の自由度は
低下して行き、自分のやりたいことを、やりたいときには
出来なくなります。
「やらなくてはならない」仕事を卒業して
「やりたいことだけをやれる」環境になってもそれを
実現するには財力と体力と生活を共にするパートナーなど
の理解が無ければ、難しいということになるようです。
令和5年1月26日
「私」たちは、自分らしく生きたいと願います。
然し、多くの人たちはいくつになろうとも、
やりたいとかやりたくないとかに関係なく
「やらなくてはならない」ことをやりながら
毎日を過ごしています。
人生とはとかく思い通りにならないものです。
想定外の出来事は起こるし、人生の後半戦に
入れば入るほど、自分のやりたいことだけやって
過ごすのは難しくなります。
令和5年1月25日
昨今は、録画した映画を倍速で観賞したり、歌に冒頭から「ヤマ場」を求めたりするなどの若者の思考や行動が「時短至上主義」として各方面での議論を呼んでいます。
ところが他方では、丁寧に作られたものを時間や手間を
かけて味わいたいとか、じっくりと本物の雰囲気を楽しみたい
とか、そうした志向の広がりも耳にするようになりました。
コーヒー豆を店頭で焙煎し、1杯ずつ手でいれるカフェに
若い顧客が集まったり、アナログレコードとプレーヤーを
客室に置き、懐かしい音楽を楽しめる昭和色を前面に出した
ホテルも若者層に人気があると伝えられています。
最近は、思考や行動も多様化してきているようです。
令和5年1月24日
昨今は、録画した映画を倍速で観賞するなどの
思考や行動が「時短至上主義」として各方面での
議論を呼んでいます。
ところが他方では、丁寧に作られたものを時間
や手間をかけてきちんと味わいたいとか、じっくりと
本物の雰囲気を楽しみたいとか、そうした志向の
広がりも耳にするようになりました。
今は、勤勉で真面目という均一スタイルの大量生産
時代の人物像とは異なる、多様な価値感を持った
新しい人物像が日本にも生まれて来ているように
感じています。
令和5年1月21日
「人の振り見て我が振り直せ」という言葉
があります。
直せというのですから,「良くない」他人の
振る舞いのことでしょう。
その良くない振る舞いを見たら、我が身を
振り返り、自分もしている
「その良くない振る舞い」を直す切っ掛けに
せよという昔からのことわざです。
人は誰でも至らなさを抱えているけど,
自分の至らなさには気付かず、
他人の至らなさにはよく気が付きます。
昔から人にはこんな性格があるので、
このことわざが伝えられているのでしょう。
令和5年1月19日
黒澤明監督の映画に「生きる」という作品が
あります。しがない役人が、自分が癌で余命が
短いと宣告されてから、生き甲斐を求めて自分
の給料以上の仕事をやり遂げるという物語です。
サラリーマンが自分の給料以上の仕事をする
としたら、それは、仕事に自分が生きていること
のあかしを見出した時などでしょうか?
ただ、多くのサラリーマンは、自分の仕事に
生きるあかしを見いだせず、事なかれ人生のまま
万感の思いで定年退職して行くのも実際だろうと
思います。