人事労務日記~所長のつぶやき~ -60ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

令和5年12月23日

 

 「誰もが長生きしたいと願うが、誰も老人には

なりたくない」。

これはアイルランドの作家スウィフトが著した

『ガリバー旅行記』に出てくるセリフです。

18世紀のアイルランドを生きた人々も、私たちと同じく

「老いへの恐れ」を抱いていたようです。。

 

  貧困・病気・家庭不和……そんな老後だとしたら、

老人にはなりたくないかもしれません。

逆に、老後を満ち足りた思いで幸せに過ごせれば

老人になるのをそんなに苦にしないかもしれません。

 

  齢を取れば誰もが老人になります。そして誰もが

幸せな老人になることを望みます。

令和5年12月22日

 

 「人的資本」という経済用語が最近注目され

ています。「人的資本」とは人の持つ知識や

スキルなどを資本とみなしたもので、企業が

抱える人材の価値を示すものと言われています。

 

 でも、サラリーマン個々にとっては益々厳しい

時代になって来たようです。

会社の求める「人的資本」とみられない社員は、

不良在庫扱いにでもされてしまうのでしょうか?

令和5年12月21日

 

  小学生3年生になった頃、友達に誘われてそろばんを

習い始めました。そろばん塾は自宅から自転車で15分位の

ちょっと離れたところにありました。

 5年生頃からは塾のそろばん選手に抜擢されて各地の

競技大会に出場するようになりました。

 

  そんなある夏の日、地方大会遠征の為、選手は朝早く

塾に集合してから一緒に大会に行く事になりました。

その日は生憎激しい雨が降っていました。出かける間際

になって急に母親が「塾迄一緒に行くよ」と言い出しました。

当時の母親は、朝から晩まで父親が経営していた町工場を

手伝いながら、6人の子育てで手一杯の生活を送って

いました。

 そんな母親が一緒に行くと言い出した時は、びっくりして

しまいました。そして、強い雨のなか二人で大きな傘を

差しながらただ無言で塾まで歩きました。

 あの無言で雨の中を一緒に歩いた母親の姿は、きっと

「頑張れ」という私への精一杯のエールだったのだと

気づいたのは大分後になってからのことでした。

令和5年12月20日

 

  日本人の平均寿命は、男性が81歳、女性が87歳と

随分長くなり「人生100年時代」の到来と言われて

います。

 

 何時の時代も「健康第一」は不変の原則ですが、

「人生100年時代」では定年も60歳から65歳、

更には70歳へと伸びていき、今より長い期間、

働く必要が出て来ます。

 

 だから健康で働ける「健康資産」の位置づけは、

今後益々高くなっていくことでしょう。

令和5年12月118日

 

  昨今は、録画した映画を倍速で観賞したり、

歌に冒頭から「ヤマ場」を求めたりするなどの

若者の思考や行動が「時短至上主義」として各方面

での議論を呼んでいます。

 

  ところが他方では、丁寧に作られたものを時間

や手間をかけてきちんと味わいたいとか、じっくりと

本物の雰囲気を楽しみたいとか、そうした志向の

広がりも耳にするようになりました。

 

  コーヒー豆を店頭で焙煎し、1杯ずつ手でいれる

カフェに若い顧客が集まったり、アナログレコードと

プレーヤーを客室に置き、懐かしい音楽を楽しめる

昭和色を前面に出したホテルも若者層に人気があると

伝えられています。

令和5年12月16日

 

 「人の振り見て我が振り直せ」という言葉

があります。直せというのですから、

人のいけない振舞いを見て、「そのいけない

ところに気付いて、自分の振舞いを直す

切っ掛けにして」ということなのでしょう。

 

  人は他人の「至らさ」にはよく気が付きますが、

自分の「至らなさ」には気付かないものです。

だから、昔からこのような格言が伝えられて

いるのでしょう。

令和5年12月15日

 

  テレワークとかAIとか時代の流れは益々速く

なってきており、これにキャッチアップしていかないと

取り残されてしまいます。

 

  時の流れに翻弄されるのは何も中高年サラリーマン

だけではありません。昭和、平成、令和と生き残ってきた

歴戦のつわもの(高齢者)達も余りにも急速に進む時代

の流れに取り残されつつあります。

 

  テレワークとかZOOM会議とかのテクノロジーの進歩

に苦戦するだけではなく、時の流れによる心身の衰えと

いう強敵にも苦しむようになるのです。

令和5年12月13日

 

  ある帰宅時の夕方、私は片側2車線道路に並行する

歩道を歩いていました。信号が赤になり信号待ちをして

いたところ、横側の自動車道路の横断歩道を、杖を突いた

おばあさんが渡り始めました。

 

 おばあさんの道路を渡るスピードは,とても遅くて…。

そんな時,いよいよ信号が点滅をし始めました。

「青になったら危ないなあ。」と思っていたその時。

高校生ぐらいの女の子が駆け寄って,素早く荷物を

持ってあげ,そして,おばあさんの腰に手を当てて,

一緒に歩き始めました。

 

  女の子は,停車している自動車の運転手さんに,

お辞儀もしていました。何もできなかった私とは対照的に,

女の子は「危ないっ。」と,とっさに機転を利かせたのだと

思います。

 

  その後,横断歩道は赤になりましたが,待っていた

2車線に並んだ自動車はすぐには動き出さず,おばあさんと

女の子が横断歩道を渡り終えるのを見届けてから,

ゆっくりと動き始めました。

令和5年12月13日

 

  私はもう立派な「高齢者」ですが、「高齢者」

呼ばわりされることには抵抗があります。

だから、物を購入しようとするとき女店員から

“「シニア」の方にはこちらがお勧めです”と

言われると「高齢者」と言われるより気分が良くなり、

ついつい買ってしまいます。

 

  それは「シニア」と「高齢者」という言葉の響きに

は大きな違いがあるからでしょう。

カタカナのシニアは、高齢者という意味を持ちつつも、

ジュニア(年下)の反対語として年上の意味で使われる

こともあり、余りネガティブな印象はないように

思えます。

 

  それに対し、「高齢者」と言われると隠居老人の

イメージが強く、聞いて余り心地よくはありません。

令和5年12月12日

 

  サラリーマンをしていた頃、私はバブル経済を前にした

1980年代の前半に一度目の中国(広州)駐在を命じられました。

会社からは「単身赴任で」という命令はありませんでしたが、

中国には単身で赴任するだろうと認識していました。

 

  当時はパワハラ全盛の時代で上司の言うことにはしぶしぶ

でも従わざるを得ず、ましてや会社の人事発令は絶対で、

拒否することは退職を意味していました。

 

  勿論、私も否応なく辞令を受けて単身で着任しましたが、

未だ幼い子供達を残しての赴任には辛いものがありました。