令和5年10月26日
高齢になってからの配偶者との死別が
寿命に与える影響を研究したある調査によると、
妻を亡くした男性の余命は、同年齢の人の
平均余命よりも5年ほど短くなるという結果に
なったそうです。
しかし、夫を亡くした女性にはこうした
傾向はみられないので、男性の方が逆境には
弱いことが裏付けられたとしています。
「女は強し」なのですね。
令和5年10月26日
高齢になってからの配偶者との死別が
寿命に与える影響を研究したある調査によると、
妻を亡くした男性の余命は、同年齢の人の
平均余命よりも5年ほど短くなるという結果に
なったそうです。
しかし、夫を亡くした女性にはこうした
傾向はみられないので、男性の方が逆境には
弱いことが裏付けられたとしています。
「女は強し」なのですね。
令和5年10月25日
私は、足の筋力が落ちないようにしたほうが
いいと思い、毎日電車に乗って駅の階段も
上り下りして通勤に励んでいます。
でも、慌てて転んだりすると大変なことに
なるので、ゆっくりと時間をかけて歩いています。
そんなにしてまで長生きしたいわけでもありませんが、
私は痛みには特に弱いタイプの人間なので、何とか
痛みだけは勘弁してほしいと願って、あれこれと
頑張っているのです。トホホ……。
令和5年10月24日
私の好きな歌の一つに坂本九さんが歌った
「上を向いて歩こう」があります。
この歌が生まれたのは、1961年(昭和36年)のこと。
日本は、まだ世界からは敗戦国というイメージで
見られていたのですが、漸く戦後の復興期を脱し、
高度経済成長期に向かう情勢でもありました。
そんな中、多くの日本人がこの歌に自らの思いを
かさね、夫々の道を歩んで行ったのです。
私も当時は未だ10代の多感な時期で、戦争で苦しんだ親の
世代が廃墟の中から立ち上がって行く姿にエールを
送りながらみていました。
令和5年10月20日
ここのところ、朝晩はめっきりと冷え込む
ようになり、秋も本番になってきました。
サラリーマン人生を1年であらわすと、
フレッシュな新人として入社した頃が「春」。
そして、汗を流して働き回る脂の乗り切った
時期を「夏」とすれば、一つ二つと葉を落とし
始めるのが中高年の「秋」となるでしょうか?
秋は何となく物悲しい時期でもあります。
令和5年10月19日
朝晩が寒いほどとなり、大分秋も深まって
きました。夜はエアコンを入れなくても涼しく
過ごせます。
窓から自然の風を取り入れて、食後の
ウィスキーを舐めながら本を読むひとときは
とても優雅なものです。
読書に飽きればアマゾンプライムで好みの
テレビドラマを見て過ごし、寝る時間になったら
ベッドに入って、“あぁ疲れた!”と呟きながら
一日を終える……。
一人暮らしは、誰にも気兼ねなく自分の思う
ままに過ごせる結構いいものです
令和5年10月18日
季節は進み、朝晩は随分と冷え込むように
なりました。
靖国道路の木々もすっかりと黄色に色づき、
風が吹く度にその葉をハラハラと散らせております。
暑かった今年の夏もようやく終わり、周りの
景色は随分と秋らしくなってきました。
もうすぐ秋が本格化して冬の季節に入るのでしょう。
時間が経つのは本当に早いものです。
令和5年10月17日
私は、医者の処方薬のほかにビタミンとか
カルシウムとか、沢山のサプリメントを
飲んでいますが、数が多すぎてその管理に
往生するようになってしまいました。
そしてその混乱に拍車をかけているのが、
私自慢の「ど忘れ」です。
サプリメントを飲んでいるとき、テレビ
に気を取られていると、“あれっ?
今何を飲んだっけ??”
こんな「ど忘れ」を毎日繰り返すようになりました。
令和5年10月16日
私はもう「独居の達人」の域に達しましたが、
やはり話し相手のいない寂しさを時々感じます。
特に晩御飯を食べて後片付けも済ませた後、
寝る迄の時間をどう過ごすかが難問です。
ずっと独り言を呟いているのも不気味ですし、
打ち込める趣味もないので、結局テレビや本を
観て過ごすことになります。
その結果、殆ど毎日アマゾンプライムを観て
過ごしています。
令和5年10月14日
ある雑誌に掲載されたエッセイに、
某作家の「私はうっかり人生がすぎてしまうのが
嫌だった………習慣を言い訳にして一日一日を
ひたすら消化していく生活も嫌だった」という
一文がありました。
これを読んでどこか頷ける点もあったのですが、
でも逆に、「私も毎日同じようなことを繰返す
日々だけど、その日をうっかり過ごしてしまった
との思いはないなぁ……」と感じました。
同じような日の中にも喜んだり、悲しんだり、
思いに耽ったりと日々それぞれが他の日と違う
掛け替えのない時間を過ごしていると思うからです。
令和5年10月13日
私は、年を取ってきたせいか、最近「好奇心」が
余り湧き上がってこなくなったような感じもします。
日常の暮らしの中で見聞きすることに、あれっと
いう驚きの気持ちを持つことが少なくなりました。
一つには、見たくないものには、関心を向けないと
いうことがあります。
見ていてもつまらないものとか、可哀そう過ぎる
ものに対する拒否反応があります。
テレビでこれらのニュースが始まるとテレビを消して
しまいます。