令和6年11月20日
最近は日常のチョットしたことにもイライラ
してしまいます。
例えば、レトルト食品の袋などに記載されている
「どちら側からも切れます」という表示。
でも実際に切ろうとするとどちら側からも
切れない事があります。
どう試しても切れないで、結局鋏を探さなければ
ならないときの「イラッ」は大きいものです。
令和6年11月20日
最近は日常のチョットしたことにもイライラ
してしまいます。
例えば、レトルト食品の袋などに記載されている
「どちら側からも切れます」という表示。
でも実際に切ろうとするとどちら側からも
切れない事があります。
どう試しても切れないで、結局鋏を探さなければ
ならないときの「イラッ」は大きいものです。
令和6年11月19日
「アレはどうなったのかな?」、「ああ、アレね。アレは
彼がアレしたようだよ」先日帰宅中の電車の中で、ふとこんな
会話が聞こえてきました。
具体的なことは何も言っていないのに、会話がかみ合って
いるシュールさ。
本当のところ、会話している二人それぞれが想像している
「アレ」が一致しているかどうかも不明ですが、
私は思わず苦笑してしまいました。
とっさに固有名詞が出てこなくなる私たちの年頃には、
よくある会話で、“あぁ俺と同じだ”と思ったからです。
令和6年11月16日
忘れるということも,必ずしも悪いことだけ
でもありません。
長い人生の途中には嫌なことや辛いことも数多く
起こります。
辛い目に会った後、ずっとそのことが頭から
離れなかったら
その後の人生は辛いものになってしまいます。
「人は「忘れる」ことが出来るため、何とか
平穏無事に人生を過ごしていける」とも言われて
いるのです
令和6年11月15日
ネットワークがパソコンやスマホなどを通じて
人々の手元につながっている現在,
パソコンを立上げて指タッチをすれば、直ぐに
色んな情報が目の前に広がって来ます。
膨大な量の情報がネットワークの仕掛けによって
端末に押し寄せて来るのです。
でも限られた時間で必要な情報を選り分けて収集する
暇はないので、流れる情報をサーっと見流していきます。
そして見流した情報は一時的な記憶にすら留まらず,
きれいに頭から流れて消え去って行くのです。
令和6年11月14日
いまの時代、60代といっても、自分のことを「老人」とか「高齢者」
だと思っている人は少ないかもしれません。
では、70代後半の後期高齢者になったらどうでしょうか。流石にあちこち
身体が言うことをきかなくなってきて老いを実感し、人生の終末期の過ごし方を
考え始めるかもしれません。
そして、PPK(ピンピンコロリ)やNNK(ネンネンコロリ)で
あの世に旅立つことを切望するのですが、残念ながら実際にそんな希望が
叶えられる人は余りいないようです。
令和6年11月13日
季節は進み、朝晩は随分と冷え込むようになりました。
靖国道路の木々もすっかりと黄色に色づき、風が吹く度に
その葉をハラハラと散らせております。
暑かった今年の夏もようやく終わり、周りの景色は随分と
秋らしくなってきました。そして秋を感じるとなぜか
「もの悲しさ」が募ってきます。
秋になると気温は下がり、風が吹き、木の葉は枯れて散り、
日照時間も短くなってきます。こういった変化を、人は目や肌で
敏感に感じ取って「もの悲しさ」を感じるのだそうです。
令和6年11月12日
物忘れは私の特技の一つです。
思い出せないものの大部分は、人の名前などの固有名詞なのですが、
特に思い出せないものが三つあります。
「一つ目は人の名前、二つ目が最近会った人の顔、そして
三つ目は会った人との会話の内容」です。
その人と会ったことは思い出せても何を話したまでは
思い出せません。
だから人と会話しているときもきっと同じことを何度も
繰り返しているに違いありません。
でも忘れっぽいことには、便利な面もあります。
何しろ、一度見たアマゾンプライムの映画は、二度見ても
三度見ても初めて見るようにドキドキハラハラして見られるのです。
時間つぶしには持ってこいの特技です。
令和6年11月11日
世の中は段々と「脱一律」へと変わって行き、人事制度も「年功序列型」
から「ジョブ型」へと移行が進んで行っているようです。
制度を移行するときは、その移行により不利益を受ける人が必ず出て来ます。
今回の制度移行時にもそのしわ寄せをもっとも受けてしまうのが、
サラリーマン、中でも中高年サラリーマンだと言われています。
令和6年11月9日
最近は、頭の反乱が目立つようになりました。
昔の友人と久しぶりに会って一杯やっているとき、サラリーマン時代の
同期入社社員の噂話になって“ほら、アレ、アレ。ちょっと小太りで
眼鏡かけていた人。名前は何て言ったっけな、アノ人どうしてる?……”、
“もしかして○〇のことかな?”。“そうそう○〇、そうだ○〇だったね。”。
なんて調子で、ここのところ、私は会話をしている最中に、人の名前が
一向に出てこなくなりました。
困ったもんだ。
令和6年11月7日
「サラリーマンは気楽な稼業」と歌われた「昭和サラリーマン」たちにも
苦労はありました。
当時は完全週休二日ではなく、土曜日は「半ドン」出社、夜は接待、日曜日も
取引先と接待ゴルフというように就業環境は余り良いとはいえませんでした。
社内では役職によるヒエラルキーが明確で、パワハラやセクハラが横行、
喫煙者は8割を超える状況でした。
当時は公共交通機関でも喫煙OKでしたからタバコを吸わない女性や子供は大変でした。