令和7年5月8日
何時の時代も「健康第一」は不変の
原則ですが、
「人生100年時代」では定年も60歳から65歳、
更には70歳へと伸びていき、今より長い期間、
働く必要が出て来ます。
だから健康で働ける「健康資産」の
位置づけは、
今後益々高くなっていくことでしょう。
令和7年5月8日
何時の時代も「健康第一」は不変の
原則ですが、
「人生100年時代」では定年も60歳から65歳、
更には70歳へと伸びていき、今より長い期間、
働く必要が出て来ます。
だから健康で働ける「健康資産」の
位置づけは、
今後益々高くなっていくことでしょう。
令和7年5月7日
学生の間で不安視されている問題の一つに、入社後の
配属が希望通りになるかわからない「配属ガチャ」があります。
学生のこの「配属ガチャ」不安を取り除くため、入社後は
希望通りに配属するとの企業が増え、配属希望が
「かなうのは当たり前」との風潮となってきて、学生の関心は
次の新たな「ガチャ」に移りつつあると言われます。
「上司ガチャ」です。「配属ガチャよりも上司ガチャの方が
影響が大きい」という新人もいるようです。
令和7年5月5日
「24時間戦えますか」のCM、懐かしいですね~。
俳優の時任三郎さんがビジネスマンに扮し、様々な
バリエーションで演じた栄養ドリンク「リゲイン」のCM。
世界で戦う日本のビジネスマン”を象徴するこのCMは
大ヒットし、「24時間戦えますか」は1989年(平成元年)の
「新語・流行語大賞」を受賞しています。
このCMは、当時のエネルギッシュな世相をよく反映して
います。
令和7年5月2日
先日,自宅に来た知人が、手土産に「タイ焼き」を持って
きてくれたので一緒に食べました。
十数年振りのタイ焼きでしたが、思った以上にあんこが
たっぷり入っていて美味しかった。
そしてタイ焼きを食べながら何となく「およげ!タイやきくん」
の歌が頭に浮かびました。
タイ焼きは、当時はイベントの出店やスーパーの軒先で必ずと
言っていいほど売られていて、子供たちの大好きな食べ物でした
令和7年4月30日
社会のデジタル化が急速に進んでいます。
こんな時代の流れは分かるのですが、何でもかんでも
スマホで取り扱おうとする今の世は、スモホへアプリ
さえ取り込めず、小さなスマホの字も七転八倒して
何とか読んでいる私のような者は、結局はその流れに
乗りきれず、デジタル難民として取り残されて
しまうのかもしれません。
トホホ……。
令和7年4月28日
最近、日本でも日常生活でのデジタル化が急速に
進んでいるのを感じます。
レストランでもタッチパネルやQRコードでの注文が
多くなりました。また最近、スーパーや100円ショップ
では無人レジやスマホ決済が増えています。
これらのサービスは、若者が上手に活用し、便利さを
享受していますが、私ら高齢者はうまく対応できず、
苦労するようになりました。
「高齢者は長く生きてきた分、自らの生活習慣をそう
簡単には変えられないため」かもしれませんが、
何とも住み難い世の中になってきたとの感もしています。
令和7年4月26日
ある週刊誌が、「自分の人生は、どちらかと言えば
失敗だった」と感じている50歳代の男性サラリーマン
を対象に
「今までの人生で一番後悔していること」を挙げて
貰ったところ、
「仕事にかまけて家庭を顧みなかった」ことを
挙げる声がひときわ多かったのが目立ちました。
50代になると会社での自分の立ち位置が明らかになり、
やっぱりかえるところは家庭との思いが強くなるの
かもしれません。
令和7年4月25日
大企業の社員は会社員生活の「終盤戦」で3度の
ショックを受けるといいます。
最初が55歳前後の役職定年。正社員であるものの、
肩書がなくなり、大きな喪失感が生まれます。
2度目が60歳の定年で、ここでは正社員から嘱託社員などに
処遇が変わり、いよいよ会社での居場所がなくなります。
最後が65歳の2度目の定年。しかし、65歳を待たず、
心が折れてしまう人もいます。
令和7年4月24日
人生とは、一つのドラマです。
人は生まれてから死ぬまでの間に、様々な事件や
出来事に遭遇します。
「平凡な人生」といっても、その人の人生に
とっては大切な事件やあっと驚くような出来事に
出くわします。
思いがけない出会い、結婚、子育て、辛い別れや、
はたまた会社での同僚・上司などとの交流や
いさかいなどその人を取り巻いて多くの事件が発生し、
そのそれぞれが人生ドラマの一場面となります。
令和7年4月23日
米国の大学教授の論文によると、人生で最も辛い年齢は
47.2歳だそうです。
私の人生で47、8歳の頃を振り返ってみると、当時は
バブル景気が弾け、不動産価格や株価が大きく下がり、
景気がどんどん悪化していった頃でした。
でも、私はバブル景気に踊ることもなく弾けることも
なかったので、この頃は最も辛い時期でもありませんでした。
妻も私も元気で子育てや仕事に一所懸命で、別に苦しいとも
思わず、淡々と毎日を過ごしていたように思います。
結局、幸福度というものは、年齢で辛いとか楽しいとかに
分けることはできず、「人それぞれ、幸せも人それぞれ」と
いうことでしょうか?