春は亡くなった母を思い出すから嫌い | いっぺん死んでこい〜女医NOBUKOのブログ〜

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生き方も死に方も自分で決めるんだよ?
女医が語る、生き方・死に方・日常のあれこれ

のぶちゃんには
絶対診てもらいたくない!
 
 
と、みんなの前で言ってドン引かれた
ふーみんがワークショップに来てくれました
 
来る前に、まずこの記事を書いてました


 
 
 
3年前にお母様の話を聞いていたし
その後のふーみんの
お母様への呟きも見ていたから
ふーみんの自己紹介に、まず私が泣いた(T_T)
 
 
 
 

結局私は、母への罪悪感を人に話すことで

 

 

あなたは悪いことしてないよ

 

 

と言ってもらいたかった

 

自分が後悔している行動や言動を

正当化してほしかった

 

ふーみんは、お母様が病気になって
亡くなるまでの自分の行動を
延々と悔やんでいたから
 
かなり丁寧に解きほぐしたんだけれども
ご本人、この話に限らず
 
 
 
 
 
だいぶ頑固w
 
 
 
 
 
な人なので、会うたび同じ事言うし
私も同じ事話をしたんだけど
 
 
だけど、今回自分が死んでみて
やっと少しわかってくれた(みたい)
次会った時になんて言うか楽しみだ
 

 

 

 

そしてこれからも


桜の咲く頃には母を想って涙が出るし
罪悪感も真っ白にはならないだろうな

でもこれは

母との温かい思い出を忘れないための

大事な感情だと気が付きました

母がこの世に存在しないことが寂しい


これは自分が死ぬまで続く感情だと

受け入れます(^^)

 

 

亡くなってからどんなに時間が経っても

寂しいものは寂しい

 

私もまだ、もう一回祖父母と話がしたい

って思うし、ずっとそうやって思っててもいい

 

喜怒哀楽の感情はどれも平等で

怒も哀もなくそうとしなくていいはず

 

寂しかったら思い出して泣けばいい

 

死んだ人との時間はやり直せないけど

それは生きてる人との時間も同じで

 

何か後悔する出来事があったら

じゃあ今度はどうするのか?って思うし

 

相手の立場にならないと気づけない恩は

返せないこともたくさんあるから

それは恩送りでいいと思ってる

 

 

 

 

なんだよーー

珍しく真面目になっちまった

 

 

大好きだったからこそ後悔している

ふーみんの話はね

 

お母様はやっぱり全部わかってて

最期の最期まで母親で

家族への愛情しか感じないので

 

聞いた私も何度でも泣けちゃうのです

 

 

死んでいく人は全部わかってる

最期の最期まで、周りに愛と感謝を伝えてる

 

だからこそ

 

見送る側のエゴに気づいて

死んでいく人の手を離してあげてほしい

 

ってことを

 

患者さんを診てた時も

誰かから相談された時も

私は何度でも伝えたいのです

 

 

 

こんな日はどうやって終わりにしたらいいのか

私も途方に暮れていることをお伝えして

唐突に終わりにしたいと思いますw

 

 

 

おわり!

 

 

今晩10時から

6/16(日)大阪WS募集開始(下見て)

 

5月から仕事再開なので

今後の予定は今のところ未定です

 

 

 
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番外編
 
号泣の夜@歩きお遍路37(お遍路に呼ばれてた話)
 
出没情報
 
いっぺん死んでみるWS
(カッコ内は現時点での参加申し込み人数)
4/21(日)大阪 🈵(14)
4/23(火)松山→募集中(9)
5/16(木)札幌→募集中(4)
5/18(土)広島→募集中(4)
5/19(日)京都→募集中 残1
5/31(月)東京→開催中止
6/16(日)大阪→募集中
 
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