アルビノ白くまのぽかぽか日和ヾ(=^▽^=)ノ -46ページ目

アルビノ白くまのぽかぽか日和ヾ(=^▽^=)ノ

アルビノという個性と共に暮らしています。

日々感じた事、思った事を綴っています♪

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素敵な♪素敵な♪素敵過ぎるお誕生日プレゼントが長崎の空から雲に乗ってやってきましたヽ(^o^)丿

手作りバースデーカードと出逢いから今までの写真とコメントの入ったアルバムでした(´▽`)

アルバムのページを一つ一つめくる度に、鮮明にその時の気持ち♪その時の情景♪その時の眼差しを思い出します。

先生♪出会って下さってありがとうございます。

生まれて下さってありがとうございます。

私を思って下さってありがとうございます。

山口百恵さんの「いい日旅立ち」を聴いた時「そんなこと歌だけだよ!」って思っていました。

でも、それは歌だけではありませんでした。

「日本のどこかに私を待っている人がいる♪」って本当だったんですね~♪

私は、何も気の利いたことは出来ません。

むしろ空気が読めず、我が道を行く頑固でわがままな男です。

先生に何ができるだろう?と考えて、この言葉を思い出しました。

先日、知って感銘を受けた空海の言葉を贈りますね♪



あなたの心が暗闇であれば
出会うものは
ことごとく禍となります

あなたの眼が明るく開かれていれば
出会うものは
すべて宝となります



正しい道は
遠くにあるものではありません
あなたの心ひとつで
目の前にひらかれるのです
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おかげさまで今日2回目の成人式&人生の折り返し地点の40歳を元気に迎えることができました。

1日また1日と積み重ね今日を迎えることができました事は私ひとりの力ではなく、多くの皆さんのおかげで生かされた半生を心から感謝致します。

今朝も日本中、世界中からお誕生日のメッセージをいただき5時からお返事をしておりますが、まだまだお返事ができない状況にあります。

申し訳ございませんが、お返事を今しばらくお待ち下さいね。
もし、お返事が来ない時には、お手間とらせてすみませんが、すご連絡下さいね。

宜しくお願いします。

無事に誕生日を迎えることができましたので皆さんに私の気持ちを書かせていただきます。

もうすでに「アルビノを生きる」を読んでいらっしゃる方はご存知だと思いますが、先生との出会いを総理さんの娘さんナッパちゃんにお会いさせていただく時に神様のお導きによりご縁をいただき、お付き合いさせていただいております。

先日の伊勢神宮式年遷宮のお白石持ち行事には奇跡的な神様から計らいにより先生と一緒に神宮のご正殿の御敷地にお白石持をおかせていただくことができました。

お白石持ち行事が終わり、改めて先生とのご結婚に向けて一歩ずつ私たちのペースで進めていこうと心に誓いました。

皆さんから「早く結婚して下さいね」と温かいお言葉をいただきますが、私はアルビノ活動でやらなくてはならない事があり、先生もナッパちゃんの卒園式を見届けてからと言うそれぞれに気持ちがあります。

どうか、これからも私たちの事を温かく見守っていただけたらと思います。

今朝は先生からお誕生日のお祝いのお電話をいただきました。

いつか、目の前で言っていただける日を夢見てお互いに日々頑張ります。

先生は今日はお仕事ですので私ひとりで予定もなく都内に行きカメラを見たり、映画もいいし博物館や美術館も観れたらいいですね~♪

今日は私を世に送り出して下さったご先祖様や家族や全ての皆さんに感謝して、生かされた半生の意味をかみしめ、これからの半生の生き方を考えてみたいと思います。

この世に生まれたことに感謝♪

良いことも、悪いことも、全ては私に与えられた学びです。

これからも

一日一生

日々感謝♪

日々精進

日々笑顔

日々ありがとう





皆さん、これからも天然ボケでオッチョコチョイの白くまにご支援とご指導を宜しくお願い致します。

アルビノ子どもたちご家族さん、仲間たちのために各個人個人が

自分に

出来ることを
出来る時に
出来る範囲内で

共に協力し合っていきましょうね。
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昨日のお白石持ち行事は本当に夢の世界にいるような幸せな1日となりました(´▽`)

幸せと言えば今回、長崎から応援とカメラ撮影に来て下さいました先生が、な!なんと!お白石持ち行事に急遽!参加させていただくという奇跡が起こりました。

お白石持ち行事のために市内や全国から数万人の参加者があり、先生には「とにかく迷子にならないように、何があっても私たちのすぐ近くにいて下さい」と言い、私がいただきました参加者が並ぶ順番を分かるように配られた「神3珠」と書かれた木札を迷ってしまった時の目印として首に下げていただきました。

出発の朝に一つ先生に頼みごとをしました。
それはお白石持ち行事で持ち歩けない私の代わりにアーサーくんを持っていて下さいとお願いしたことです。

お白石持ち行事は予定通りにおかげ横丁やおはらいまちを参加者さんたちと力を合わせて「エンヤー!」のかけ声に合わせて綱を曳き、あっという間に宇治橋前の大鳥居へと到着しました。

実は、宇治橋に到着直前に先生にも縄をちょっと引いていただきました。

宇治橋を渡る時にそれまで一列に並んでいた方々が一気に集まり物凄い人数になったので先生を私たちの列の外側に並んでいただき歩いていました。

宇治橋を渡り、特設の手水舎で手を洗う時に先生に「お白石持ちは無理ですが、手水くらい体験して下さい」と一緒に手水舎で手を洗っていただきました。

次はお白石を素手では持てないので、ハンカチサイズの白い布を一人一人に配られていて、私たちが受け取り先生は普段着でバックやカメラをかけているので一般客と一目で分かるので、もちろん受け取る事はできないまま歩いていました。

先生に「お白石持ち頑張ってきますからね♪」と言おうと振り向いたら、なんと!奇跡が起きました。

白い布を配る方が、先生を見て追いかけて来て白い布を手渡していました。

先生もビックリして「いいんですか?」と言っていましたが、皆さんが「下さったんだからいいんですよ♪」と、一緒に並んでお白石も受け取る事ができました。

私は係りの方から「一番大きいお白石です♪」と明らかに皆さんのお白石よりも倍ちかく大きなお白石をいただき、先生のお白石を見せていただいたら「ハート形のお白石」を持っていました。

清々しい木々の生い茂る参道を砂利を踏みしめて進み、いよいよ新しい御正宮が見えてきました。

正面の階段を一歩また一歩とゆっくりと進み上り、御垣の門を1つくぐり、2つくぐり、3つ目の門にさしかかった時、全身に鳥肌が立ち、いよいよ4つ目門を抜けて、黄金に輝く飾り金具と白木がきらきらとまばゆい光に輝いたヒノキの神殿があらわれました。

私は、今回のお白石持ち行事のために決めた事があります。

それは帽子もサングラスもしない事でした。

そのことで、私の目はモヤモヤになり虹色の光がまばゆく輝く御正殿と真っ白なお白石に目がくらみました。

先生も突然のサプライズに、ぼーっとして御正殿を眺めておりました。

先生と並び一緒にお白石を置かせていただきました。

これから20年、内宮の御正殿の御敷地には、一番大きいお白石とハート形のお白石が仲良くいることでしょう。

今回の奇跡は神宮の神様とアーサーくんのお導きで、先生と一緒にお白石持ち行事に参加させていただくという夢のような出来事を体験させていただきました。

今回一緒に参加した、ギャバンさん、くろさん、先生、母と私にとって一生忘れられないかけがえのない大切な思い出ができました。

ありがとうございます。

感謝♪
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東京駅構内に式年遷宮のポスターが沢山張ってありました。

いよいよ♪10日に私たちは特別神領民として、お白石持ち行事に参加させていただきます。

ギャバンさん、くろさん、母そして私の4人で私たちは個人参加させていただきます。

今回、長崎から先生も応援に駆けつけて下さいます。

伊勢のにゃ~まるさんも10日の夕ご飯の予約をして下さったり本当に楽しみです。

にゃ~まるさんは私たちの宿泊先まで予約して下さいました。

あと数年ぶりにカフェ武雷庵でマスターや奥さんにお会いさせていただけることも楽しみです。

20年に1度、私にとっても40歳になる節目の歳♪です。

10年以上も前から、私が何の根拠もなくみんなに「40歳になったら、私の人生が変わる!」と何故か?自分でも理由が分からず言い続けてきた、本当の意味が分かると思います。

お白石持ち行事の参加が、きっかけとなり私の残りの人生が良い方へとどんどん変わる♪そんな感じがしています。

10日が今からとても待ち遠しいです。

神様に特別神領民としてご奉仕させていただけることを心より感謝致します。

8月10日(土)に伊勢神宮の内宮やおかげ横丁をお白石持ち行事で歩きますので、お近くの方は遊びに来て下さいね。

20年に1度の日本で一番の大祭を是非、伊勢の地でご覧下さいね。
広島から新盆で来たおじさんから「アルビノを生きる」について感想をいただいた時に教えていただいたお話しです。

おじさんが、小学校1年生の時に同級生にアルビノの方がいたそうです。

その方は髪を染めることもなく学校に通っていたそうです。

ただ1年の終わり頃には、はっきりとした理由は分かりませんが、もう学校にはいなかったそうです。

おじさんのお話しだと、ご家族の意志なのか?本人の意志なのか?ご自宅にいて学校には通わなくなっていたそうです。

そして、おじさんが子供の頃には本でもアルビノ( もちろん当時はアルビノという名前ではありませんが )を知っていたようで、どうもいつの頃かは定かではないそうですが、題名もはっきりとは覚えていないみたいですし1冊まるまるなのか?それとも何かの特集だったのか?も覚えていないようですが、おじさんのお話しですと「黒人の白子」と言う黒人のアルビノの方について書かれた本が学校にあり、同級生のアルビノの方がいた影響なのか?おじさんはその本を読んでいたそうです。

なぜ?この本が学校にあったのかも、同級生の関係なのか?今は分からないそうです。

これも不思議なご縁ですね。

その同級生のアルビノの方については母も子供の頃に、たまに見かけて不思議にしていたと以前に聞いた事があります。

まさか母も数十年後に自分がアルビノの子を出産するなんて、その時は思わなかったでしょうね。

これも、不思議なご縁ですね。

今になって、昔の記憶が蘇りおじさんが静かに語って下さいました。

戦時中は野球をすると「敵国のスポーツは非国民だ!」と、おじさんたちはできなかったそうで、いまだに野球は嫌いだと言っていました。

そんな時代にアルビノとして生まれたら、今からは想像ができない程の生きづらさ感じていたでしょうし、家族が家に隠していたという意味もよくわかります。

おじさんから「のぶや仲間たちが勇気を出して世に出て発言した事は、本当に勇気がいることだっただろう、その勇気がこの本になりアルビノを正しく理解してもらうきっかけになるだろう、これからがスタートだから子供たちのために頑張るんだぞ!」と言っていただきました。

戦前・戦中・戦後の混乱の時代を生き抜いてきたおじさんの言葉は私の心にしみてきました。

何があっても生き抜く力を私も持ち、この人生を生き抜いていこうと思いました。

アルビノの子供たちやご家族さんが幸せであるために、皆さんと協力し合い生きていこうと思います。