アルビノ白くまのぽかぽか日和ヾ(=^▽^=)ノ -127ページ目

アルビノ白くまのぽかぽか日和ヾ(=^▽^=)ノ

アルビノという個性と共に暮らしています。

日々感じた事、思った事を綴っています♪

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カンファレンス2日目とは言っても、今日からが本番みたいで、朝みなさんと朝食をいただいた後に、開会式の会場へ移動して、式が進む中で日本の私たちを紹介して下さいました。

式の中ではHPS当事者さんで双子のゴスペルシンガーさんのHPSの大会ソングを披露して下さいました。

全てがのんびりと進行していて、みなさんが和気靄々と楽しんでいらっしゃいます。

今日も自己紹介がありましたが、あまりにも多くて自己紹介だけで1時間以上かかりました。

気が付けば早いものでランチタイムになり、みなさんといただくことにしました。

それにしても、アメリカのご飯はボリュームがあったり、朝から甘いものだったりとてもヘビーな食事の連続で、これでまた太ってしまいます。

そして楽しみにしていたアメリカのアルビノ当事者団体NOAHのイベントに参加しました。

私が参加したのは、遺伝をゲーム形式で伝えるものでした。

まず用意するものは

・コイン1枚

・緑色の棒4本

・赤色の棒4本

以上です。

このゲームは、もちろん遺伝の知識をもった医師が司会進行を行います。

まず始めに保因者(保因者と言っても、決して特別な人がなるものではなく、全てのみなさんは生まれてから1つや2つ遺伝したものを親から受け継いで保因者として持っています。今回はあくまでもアルビノの保因者としての設定です。アルビノの保因者と言っても、60~70人にひとりは持っていて珍しいものではありません)である、お父さんお母さんを会場からランダムに選びます。(石井先生もお父さん役に選ばれました)

そして、お父さんお母さん双方に緑色の棒と赤色の棒を1本ずつ持っていただきます。

緑色の棒はアルビノでない遺伝子

赤色の棒はアルビノの遺伝子

と決めます。

そして、ひとりずつコインを投げます。

表が出れば緑の棒
裏が出れば赤の棒

を子供役に選ばれた方に渡します。

ゲーム形式ですが、どれがいいとか悪いではなく、遺伝の仕組みを理解していただくためのものですので、先に説明させていただきます。

私が見た時は、ひとり目のお子さんでは

お母さんの投げたコインが表=緑

お父さんの投げたコインが裏=赤

以上が出ました。

と言う事は
緑=アルビノでない遺伝子
赤=アルビノの遺伝子

ですので、片方しか遺伝子を受け継がなかったので、アルビノでないお子さんが生まれます。

二人目のお子さんでは

お母さんの投げたコインが表=赤

お父さんの投げたコインが裏=赤

と言う事は
赤=アルビノの遺伝子
赤=アルビノの遺伝子

ですので、アルビノの遺伝子を両方受け継いだので、アルビノのお子さんが生まれます。

このゲームを何回も人を変えて繰り返します。

その中で、遺伝の仕組みを皆さんか一緒に学ぶ事ができます。

このゲームの伝えたい事は、アルビノが生まれるのは、決してお父さんやお母さんが悪いのではなく、正しく遺伝の仕組みを知る事で誰も悪くなんてないと言う事をゲーム形式をつかい簡単に知っていただくゲームでした。

英語の話せない私でも簡単に分かりました。

みなさんも、とても簡単ですので、ご自宅で試してみて下さいね。

誰も悪くなんてないんです。

みんなが幸せである権利を持って生まれてくるのです。

そして今回も、私たちが日本から来た事を知ると皆さんから、お見舞いの言葉をいただきました。

本当に感謝です。

一日でも早い回復を願います。
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初日は、今日からの本番にむけての前夜祭みたいな様で、14時からの受け付けをして、ランチ・ゲーム形式の自己紹介・歴代のカンファレンスの映像での紹介・ゲームで学ぶHPS講座などなど各分野に別れて開催されました。

私がビックリしたのは8年ちかく日本中を巡り、直接出会わせていただいたHPSの当事者さんは6人です。

日本では少ないと言われていたHPSなのに、ここの会場にいらっしゃる方々は、参加者から主催者さんたちまで数百人ものHPS当事者さんが、いらっしゃるのです。

しかも、日本ではHPSの事をネットから調べると死亡例や解剖例など悲しい情報しか出てこないHPSの状況が信じられないくらい、みなさんお元気で日本で得られる情報がどれだけ「究極に極端に偏った、しかもかなり古い情報」で、本来の姿を知らせないで、ご家族のお気持ちを辛くさせてきた事でしょう、でも、いま私が実際に出会っている元気でご自分の人生を謳歌している方々の目の前にある本当の現実に驚かされ「本来は、これが当たり前なんだ」と思いました。

例えば、情報の公開のしかたも日本ならグレーにしてしまいそうな、内容のお話もアメリカでは、はっきりと全てお話しています。

それは、こちらでは正しい情報を当事者本人、ご家族さんがちゃんと理解して生活しているから出来る事で、日本がいかに情報が乏しく、その乏しい情報だけに振り回されてきたか、こちらの現状を知ってあらためて「正しい情報を知ること」の大切さを知りました。

私のタイプのアルビノですら、いまだに皮膚科の医学書に「アルビノは皮膚癌になる」など今だに書いている、でも私が全国で数百人のアルビノ当事者さんやご家族さんやお話を聞いた方々で、皮膚癌になったアルビノ当事者なんてひとりも聞いた事も見た事もありません、石井先生が過去30年の皮膚科の皮膚癌患者の記録を調べても、ひとりもアルビノ当事者はいなかったそうです。

なのに日本では、いまだに迷信めいた事が、さも本当の事の様に載っています。
それを見た、ご家族さんは「日にあてない」「夜遊ばせる」「UVカットフィルムをはる」など、本当はしなくてもよい事に悩まされる。

それも、正しい情報が日本では出ていないからです。

日本にいらっしゃるHPS当事者さんやご家族さんにアメリカの現状の違いを知っていただいたらビックリする事でしょうね。

もちろん国や国民性や元々の制度など違いますので、この状態をそのまま日本には当てはめられませんが、ここにいらっしゃるみなさんの姿はまぎれもない現実なんです。

HPSクイズを見ていましたが、日本なら医者も知らない様なHPSの事を医学者なみに説明できる当事者さんがいて、そこに出ている写真などは全て目を隠したり、本名を隠す事無く全てオープン載せています。

日本にこれだけの事をできる当事者さんが何人いることでしょう?

今回は思い切って、ニューヨークへ来て本当によかったです。

あと2日間も学びたいと思います。
いよいよニューヨークへ向けての出発の朝になりました。

昨日は計画停電の関係で私もヨハンナさんも通常の3倍ちかくの時間をかけて千葉に到着しました。

昨日、10:30の休憩中に内房線の運転状況を知り、早退をさせてもらおうとチーフに話をしましたら、あっさり「いまからでもいいよ」と言われましたが、頼まれていた仕事を済ませからにしようと思い、仕事を済ませてから14:30に会社を早退しました。

その時に仕事中の長男が来て「俺が家まで送ってやる」と言ってくれましたが、父が迎えに来ると言ったら「何があるか分からねぇ~から、これ持っていけ」と、お金をいただきました。

そして仕事を終えて職場を出る時は同僚たちから「頑張ってきなよ」とエールをいただきました。

父の運転で実家に戻りますと、母も仕事から帰っていて、たい焼きを焼いていてくれました。
焼きたてのたい焼きは本当に美味しかった。

お風呂に入って支度をし、荷物を車に乗せて家を出る時に、母と祖母が門まで出て見送ってくれました。

すぐに帰ってくるのに、なんだか今回は初めての海外で南極に行った時以来の感覚になりました。

絶対に無事に帰って来るのに、みんなの事が心配になりました。

父の運転で駅に着き父と別れ、千葉に向かいました。

千葉へ向かう車中で気が付きましたが、みなさんからの応援メッセージが沢山届いていて長い時間かかった千葉までが、あっという間に着いた気持ちになりました。

そして、千葉で石井先生とヨハンナさんと合流し、夕食をいただいている中で、石井先生が「こんな状況で行くのもなんだけど、これは私たちに与えられた事だからどんな事をしても行きましょう、アームストロング船長ではないけど『石井さんたちにとっては、小さな一歩かもしれないけど、これからにつながる大きな一歩になる』事をいまは気がつかなくても、10年後や20年後に今回の行動が良い影響を与えているかもしれない、その一歩を自ら踏み出すあなたたちは、名前も何も残らないけど、大きな一歩を踏み出そうとしているんですよ、だからこそ今回は、こんな状況だけれど行かなくてはならないのです」と言って下さいました。

私はいままでも、何も大きな事はしていません、ひとりひとり小さな出会いを大切にご縁を結び、気がつけば全国を巡っていました。

そして、ご縁で今回、海外とのご縁をいただきます。

英語も話せない私が行って何がどうなるのか分かりませんが、先生のおっしゃられる様に10年後や20年後のアルビノ当事者さんやご家族さんの現状が少しでもよくなるきっかけになっていたのなら幸いです。

「私たち家族の様な思いは、これからの子供たちやご家族さんには絶対にさせない」と言う思いから始まった活動が、みなさんの応援のおかげでここまで来させていただけた事に心から感謝いたします。

それではみなさんの思いと共に、いざニューヨークへ!
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すでに、ご存じかと思いますが18日から22日までは、ニューヨークで開催されるHPSカンファレンス参加のためにニューヨークにいます。

その間の日記を、いつもは13ヶ所で公開していますが、今回は以下の3ヶ所に限定して公開予定です。

ミクシィ
http://mixi.jp/show_profile.pl?id=5753936&from=navi

アルビノ白くまのぽかぽか日和ヾ(=^▽^=)ノ
http://ameblo.jp/nobu77310

アルビノ白くまのほのぼのブログ♪
http://blogs.yahoo.co.jp/nobu77310

現地に行ってみないと分かりませんが、時間があれば現地から日記の更新をさせていただきますね。

3ヶ所とも同じ内容ですので、お好きなサイトから御覧下さいね。

日記へのコメントの返事ですが、時間があれば当日、なければ帰国後に返信予定です。

どうぞ宜しくお願いします。

私は少しですが日本から離れますが、心のなかはいつも日本を思っています。

これ以上、被害が広がりません様に、被災者のみなさんが安心して暮らせる日が一日でも早く訪れますように、祈らせていただきます。
昨日、津波被害を受けた友達から、電話をいただきました。

先日、私が電話した時には避難所で、まわりに多くの人たちもいたので、電話を切ってしまったと謝っていました。

私は友達が無事と分かっただけでよかったので、切った事は気にしていませんでした。

ただ、友達のご家族の安否が心配で、あの日からずっと千葉テレビを見ていました。

そして、昨日、友達からお電話をいただき、最初にご家族の安否をお聞きして、ご両親も無事で、お婆ちゃんもたまたま入院していて助かったと、家族全員が無事であることが分かり本当に安心しました。

友達から当日の様子をお聞きしました。

当日は自宅と実家から、少し離れた場所にいたそうですが、地震に遭い実家のある地域に避難勧告が出た事を知って実家に戻ったそうです。

実家に戻って、ご両親と会いましたが「津波って言っても、いつもと同じだろ」って思いながらも、海から2キロほど離れた避難所の小学校に向かったそうです。

そして、避難所に着いて突然、冷たい強風と潮の匂いがしたそうです。

それが、すぐ近くまで迫っていた津波だと後で知ったそうです。

避難勧告が解除され実家に戻ってみたところ、実家のある地域は全てメチャクチャになってしまっていたそうです。

友達の実家も全壊しました。

友達がビックリしたのは、実家の真横の川にかかっていた橋の鉄骨で、できた頑丈なガードレールがグニャっと折れ曲がっていたのを見た時には津波の恐ろしさを感じ、ここからも早く離れようと思ったそうです。

昨日は、全壊した実家から泥まみれになった荷物を運ぶ作業をしたそうです。

友達は、元々、実家の自分の部屋で個人でマッサージ店をしていて、近年、実家から少し離れた中古住宅を購入して、マッサージ店を始めていました。

今回、こちらの住宅はギリギリ被害を免れたそうで、いまはそこに家族全員でいるそうです。

一昨日の被災地で実施された停電も経験して、闇の怖さも体験したと話していました。

友達が言っていたことは「家族がいる事のありがたさ、生きていることへの感謝を津波被害を経験して分かりました」と言っていました。

その後もいろんな話を聞き「正直、いまは今後の見通しは何も立っていないけど、生きている、それだけでありがたい」と言う言葉を聞き、生きている事が当たり前でなく、私たちは生かされている事をあらためて実感しました。