(カバー写真は、「FT」2024年9月6日記事『OPEC delays production increase for two months』のものです)
OPECプラスは、6月初めに合意した「2024年10月から220万BDの段階的減産緩和」開始を少なくとも2か月間遅延させることで合意した、と報じられている(「日経」2024年9月6日『OPECプラス、原油供給増を2か月延期 価格は小動き』、*1)。
関連する複数の記事を読んで筆者は、「減産緩和」のことを「日経」が「原油供給増」と表記していることに違和感を覚え、むしろロイター邦文記事の「減産(幅)縮小」との表記の方がましだ、と書いた(『岩瀬昇の相場報告&今日の気になること #169 世襲は幸せなのだろうか』(2024年9月6日、*2)。
さらに、文字数制限が異なるので同列に論じてはいけないのだろうが、「FT」(*3)は識者に取材し、10月減産緩和は18万BDの予定だったが12月末まで実行すれば54万BDだったと記載している。現下の需給バランスの中で、54万BDもの増産が行われることになれば油価はさらに下押すのは如実なので、この記載は読者に臨場感をもたらす効果があるのではないだろうか、とも書いた。
ところで本稿を書き出したのは、前述「相場報告#169」の中で言いっぱなしになっている次の記述について考えを纏めてみたいからだ。
〈「OPECプラスの書面声明文があたかも『ロールシャッハ検査』のようになっている」との分析結果を報じている〉
後述するように「署名声明文」をどう読むのか、判断が付かなかったのでこのように訳したのだが、原文は次のようになっている。
〈Written statements can become a kind of Rorschach test where everyone sees what they want to see in the ink blots of the communique〉
つまり「FT」が取材した識者は、「OPECプラスの書面声明文」(*4)を読んでどう解釈するかは、誰であれ読み手が「そう望んでいる」からなのだ、と言っているのだ。
筆者は、結局この「書面声明文」は何が言いたいのか、一読しただけではすぐに判断がつかなかった。だから、あのように端折った訳文を紹介したのだった。
そこでOPECのホームページに記載されている「書面声明文」をもう一度読んで見た。
すると、いくつもの疑問が浮かんできた。
そして、これは読者の皆さんと一緒に考えるのがベターでは、との思いに至った。
まずは煩を厭わず全文を訳してご紹介しておこう。
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タイトル:
サウジアラビア(サウジ)、ロシア、イラク、アラブ首長国連邦(UAE)、クウエート、カザフスタン、アルジェリアおよびオマーンは自主減産を延長する。
前文(太字):
2023年4月と11月に自主減産を発表した8か国は、2024年9月5日、オンライン会議を開催した。参加したサウジ、ロシア、イラク、UAE、クウエート、カザフスタン、アルジェリアおよびオマーンの8か国は共同で、自主減産を完全に実行することを確約した。これらの国には、2024年1月以降、生産枠を超過して生産しているが、2024年4月3日の第53回JMMC(訳注:合同大臣級監視委員会)で合意したように、OPEC事務局に提出した補填スケジュールを完全に順守することを強く確約したイラクとカザフスタンが含まれている。
以下、本文:
2024年8月に、サウジ、ロシア、UAE、クウエート、アルジェリアおよびオマーンは2度にわたりイラクおよびカザフスタンと大臣級協議を行った。両国は、2024年1月以降の超過生産を完全に補填するよう促された。イラクとカザフスタンは、8月22日にOPEC事務局に提出した補填スケジュールを順守し、生産調整計画を策定するために2次ソース(訳注:HIS、ウッドマッケンジーおよびライスタッドの3社のこと)と共に作業することを確約した。
イラクとカザフスタンは、サウジのエネルギー相兼ONOMM(OPECと非OPEC大臣級会合。訳注:OPECプラスの最高意思決定機関)議長との協調の下に行われたOPEC事務局長の訪問時に示した約束を再確認した。これら訪問の期間中、OPEC事務局は二次ソース各社と共にワークショップを主催した。この場で両国は、生産枠を完全に順守すること、および8月と9月の補填スケジュールに合致するような具体的、かつすぐに着手する方策を提示した。これらの方策には、油田補修計画を前倒しすることや8月のスポット販売を遅らせたり、キャンセルすることも含まれていた。さらに両国は、8月に少しでも超過生産があった場合には補填計画を修正することも確約した。
これらの確約を認識した上で自主減産を行っている8か国は、220万BDの追加自主減産を2024年11月末まで2か月間、延長することに合意した。その後は、必要に応じ中止したり元に戻すことはあるが、2024年12月からは別表のように毎月段階的に減産を緩和していく。生産枠を超過して生産した国々は、すべての超過生産分を2025年9月までに完全に補填することを再確認した。
別表:
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筆者が再読して改めて気が付いたことは次のような点だ。
・協議に参加したのは、自主減産を行っている8か国だけであり、その他「OPECプラス」を構成している9か国は参加していない。
・減産義務を免除されているOPEC3か国(イラン、リビア、ベネズエラ)は当然、参加していない。
・「タイトル」でも国の順番が生産量の多い順に表記されている。
・6月2日の第37回ONOMMの時に行われた8か国の対面会合では、ロシアも「超過生産」していると明記されていたが(*5)、今回はイラクとカザフスタンだけとなっている。
まず気が付いたのは、今回の「決定」も「OPECプラス総体」としてのものではなく、あくまでも「サウジ等8か国」のものだ、ということだ。
つまり、OPECとしての、あるいはOPECプラスとしての「組織決定」に基づく減産は、2022年10月以降、一度として出来ていないのだ。
次に、今回の「書面声明文」の「見出し」書き出しを見れば一目瞭然だが、主語は「サウジアラビア(サウジ)、ロシア、イラク、アラブ首長国連邦(UAE)、クウエート、カザフスタン、アルジェリアおよびオマーン」となっている。
生産量の多い国の順だ。
これは、OPECの基本的行動パターンとは異なっている。
OPECは、基本的に各国が対等であり、手続き事項以外の重要事項についてはすべて全会一致で決議することとなっている(OPEC憲章第11条C、*6)。
公用語は英語と規定されており(OPEC憲章第6条)で、基本的にアルファベット順に記載する慣例になっている。例えば「OPEC月報(Monthly Oil Market Report)」が記載している「OPECプラス」各国の生産量についても、次のようにOPECも非OPECもアルファベット順に記載されている(出所:「OPEC月報」2024年8月号、*7)。
このように、OPECあるいはOPECプラスのありようが、産油量の多い国の発言権が増す方向に変化しているように感じられる。
簡単に言えばサウジの意向を実現するための組織へとの変貌だ。
これは2019年9月、サウジがエネルギー大臣に交渉と説得の能力を必要としない王族の一員を任命したことと無関係ではないだろう。
2020年3月初旬、サウジとロシアの対立によりOPECプラスは一度、崩壊した。
そのとき筆者は「中東協力センターニュース」2020年6月号に『「海図のない航海」を続ける石油市場 「マイナス価格」の衝撃と「ポスト・コロナ」を考える』を寄稿し、その中で次のように書いた(*8)。
〈筆者は「OPEC プラス」崩壊の一因は,サウジがエネルギー大臣を「テクノクラート」 から「王族」に変更したことにあると見ている。
「テクノクラート」と異なり「王族」は,自分の意見と異なる相手を説得する必要に迫ら れたことがない。説得術を身に付けることなど不要な立場なのだ。
さらに ABS は「王族」の中でも国王の実子だ。彼に対して異論を唱える人間は,国内 には皆無だろう。国王および MBS を後ろ盾に持つ ABS は,自分の指示は絶対だと信じて いたのではないだろうか。〉
今回の動きも、アブドルアジーズ王子が「相手を説得」するのではなく、自分の(正確にはMBSの意向を汲んだ)意見を貫き通すためにOPEC、あるいはOPECプラスという「容れ物」を使っているだけではないのだろうか。
出所:「Energy Intelligence」記者Amena Bakrの「X」投稿
とするならば、需要が回復せず、油価を80ドル以上に引き上げるためにOPECプラスとして現行の586万BD以上の協調減産が必要となったときに、サウジとロシアの対立が再燃し、ふたたびOPECプラス崩壊の危機に見舞われるのではないだろうか?
と、件の「書面表明文」を読む筆者は「読み過ぎ」なのだろうか?
*1 OPECプラス、原油供給増を2カ月延期 価格は小動き - 日本経済新聞 (nikkei.com)
*2 岩瀬昇の相場報告&今日の気になること #169 世襲の時代は幸せなのだろうか? : 岩瀬昇のエネルギー相場報告&今日の気になること (exblog.jp)
*3 Opec delays production increases for two months (ft.com)
*7 OPEC_MOMR_August_2024 (2).pdf
⋆8 中東情勢分析_「海図のない航海」を続ける石油市場「マイナス価格」の衝撃と「ポスト・コロナ」を考える (jccme.or.jp)