夏の新潟競馬開幕週のメインレースは日本で唯一1,000m直線の重賞競走

第22回アイビスサマーダッシュ(GIII)。

 

藤田菜七子騎手騎乗の2枠4番のスティクスが13番人気ながら0.6秒差の5着に健闘。

普段は馬が走らず踏まれていないことから馬場が良い外側を走る外枠有利と言われながら、果敢に内枠4番から馬場の内側から攻めの逃げをうった読みと好騎乗が光ります。

内側から先頭を走る美しいフォームがテレビの映像で最初から最後まで映し出されました。

 

ここまで143勝を積み重ね、女性騎手活躍の先陣をきり、礎を築いた藤田菜七子騎手。

次のステップへつながる価値ある5着。

 

ここからだ、藤田菜七子。

 

 

 

楽しさは、一家そろって、中央競馬。

いにしえの日本中央競馬会のキャッチフレーズです。

 

近頃は、

寂しさは、櫛の歯欠ける、テレワーク。

60歳を過ぎて、定年再雇用のオジサンが、いつの間にかメールやテレビ会議で見かけなくなったと思ったら、知らぬ間に退職されていたというようなことがあります。

 

テレワークになる前であれば、会社で顔をあわせる機会もあり、懐かしい会話を交わすことがあったり、早めに仕事を切り上げて今夜は昔話で一献なんてこともあり、

コロナ禍とは言え、何となく寂しい世の中になりました。

 

遅い時間帯の電車の片隅に、似合わない花束をかかえたオジサンがたたずんでいる、なんて光景も久しく見かけなくなりました。

 

マッカーサー元帥の言葉

『老兵は死なず、ただ消えゆくのみ』

を思い出します。

 

孔子の言葉から、

子曰く、吾十有五にして学に志す、三十にして立つ、四十にして惑わず、五十にして天命を知る、六十にして耳順う、七十にして心の欲する所に従えども、矩を踰えず。

 

歳相応に目立たずそっとフェードアウトするのもよろしいかもしれません。

 

 

札幌で1953年創業の金富士酒場がある北専プラザビル。

地下飲食店街への入口は、このようになっていて、

男山直営 金富士 の文字もくっきりと見てとれます。

 

ところで、金富士の話はあえて後日としまして、

右側に掲示された 札幌防火管理者協会 のポスターに注目してみます。

 

札幌防火管理者協会を調べてみますと、掲示されているポスターの他に、こんなポスターも

 

中でも目にとまるのは、左下のたこ足配線

拡大すると、凄まじいことになっています。

一つの電源から、タコの足と同じ8本に分かれて接続されています。

 

作った写真ではなく、実際にあったことではないでしょうか。

他にも、避難経路に物が置かれていたり、消防用設備の前に様々な障害物が置かれたり、

リアルに現実を見せて注意喚起する内容になっています。

 

たこ足で、蛸壺ならぬ、ドツボにはまりかねません。

注意するのは、コロナのみにあらず。

 

 

松本隆が作詞し、今でも歌い継がれている 『 木綿のハンカチーフ 』。

その一説に、

・・・・・ 変わってく ぼくを許して ・・・・・

あなた 最後のわがまま 贈りものをねだるわ ねえ 涙拭く 木綿の ハンカチーフ下さい。

 

変わりゆく札幌の街並み。

 

札幌駅から中島公園までを直線で結ぶ駅前通りも変貌をとげ、

すすきのラフィラ、4丁目プラザをはじめ、当たり前に其処にあったビルが建て替えられます。

 

地震を免れない日本では、欧米のように街並みを残して行くのは至難の技なのか。

 

札幌駅北口から遥か すすきの まで広がっている地下街、

その中でも古参の地下街が新幹線工事により閉業へ。

 

paseo(パセオ)

1990年開業、32年目をむかえる今年(2022年)秋には姿を消します。

参考までに、スペイン語の散歩・散歩道が名前の由来とか。

 

 

ESTA(エスタ)

PASEO と札幌駅北側でつながっています。

1978年開業、2023年夏には、新幹線開業によるビル建て替えから閉業予定。

一般公募された名前の由来はスペイン語の estacion(エスタシオン 駅・季節)。

 

APIA(アピア)

JRタワー建設とともに2003年に開業した札幌ステラプレイス (STELLAR PLACE SAPPORO)

を通してつながっている札幌駅南側に位置する地下街。

 

PASEO → ステラプレイス → APIAから地下鉄南北線・札幌駅・地下歩道空間(チカホ)・大通り地下街(オーロラタウン)・ポールタウンと続いて、地下鉄南北線・大通駅、さらにはすすきの駅へとつながっています。

 

その歴史は、1952年開業の札幌ステーションデパートにはじまり、

名前の由来は、

ALL 全ての
PEOPLE 人々の
INTIMATE 親しみやすく
ATTRACTIVE 魅力的

イタリア語
apparire(現れる・出現する・表に出る)を語源とする意味があるそうで、
地下街のコンセプトは、

新しい価値を創造し提供する
親しみと活気にみちた魅力的な空間で情報・生活・文化を発信してゆくということです。

 

札幌駅地下街、いつも其処にいる 3兄弟 がそろうのも後数か月、
来年の夏には、APIA 一人になりそうです。
 

 

突然の訃報から一週間、雨降り続きの毎日、

 

こういう時は、バート・バカラックが作曲した 『雨にぬれても』 はいかがでしょう。

 

雨粒が降り続く ・・・・・

なにもかもがしっくりこない

・・・・・

憂鬱なことがあっても、決してまけない

・・・・・

怒らず泣き言も言わない

文句を言っても雨はやまない

・・・・・

私は自由、だから何も心配ないさ。

 

といった歌詞でしょうか。

 

 

この1週間の中で、心に残ったのは友人代表として語られた麻生太郎氏の弔辞でした。

 

『 安倍先生、今日はどういう言葉を申し上げればよいのか、何も見つけられないまま、この日を迎えてしまいました。参院選の街頭遊説のさなかに凶弾に倒れた。いくら何でもそれはなかろう。この事態は私にとって、到底受け入れられるものではありませんでした。そしてまた、多くの国民もやり場のない怒りや悲しみに暮れております。誰もがどうお悔やみを申し上げればよいのか、その言葉すら知りません。

 ただただ、ご冥福をお祈りするばかりであります。振り返りますと、先生と私は随分長い時間、お付き合いをさせて頂いたことになります。時に官房副長官と政調会長、時に総理と幹事長、時に総理と副総理として、先生とは政策、また政局において様々な課題に取り組んで参りました。そこにありましたのは、先生との信頼関係。いかなる局面においても、日本という国、及び国益を最優先する信念、先生と私をつなぐ一番の絆であることを確信しております。

 少々、かっこよく言い過ぎたのかも知れません。普段はお酒を酌み交わし、ゴルフ場で冗談を言いながら回る。むしろ、そんないつもの光景の、そこにあった安倍先生の笑顔が目を閉じれば浮かんでまいります

 総理としてのご功績は今更私が申し上げるまでもなく、多くの方々の知るところであります。内政はもちろんのこと、外交において、間違いなく、戦後の日本が生んだ最も優れた政治家ではなかったか、そう確信するものであります。

 戦後最長となられた在任期間を通じ、積極的な安倍外交は、あなたの持ち前のセンスと、守るべき一線は譲らない類まれなる胆力によって、各国の首脳からも一目置かれ、日本のプレゼンス、存在を飛躍的に高めたと確信しております。

 あなたが総理を退任された後も、ことあるごとに「安倍は何と言っている」と、各国首脳が漏らしたことに私は日本人として誇らしい気持ちを持ったものであります。

世界が今、大きな変革の下に、各国が歩むべき王道を迷い、見失い、進むべき羅針盤を必要とする今この時に、あなたを失ってしまったことは日本という国家の大きな損失にほかならず、痛恨の極みであります。

 先生はこれから、晋太郎先生の下に旅立たれますが、今まで成し遂げられたことを胸を張ってご報告をして頂ければと思います。そして、岸信介先生も加われるでしょうが、政治談議に花を咲かせられるのではないかとも思っております。

 ただ先生と苦楽を共にされて、最後まで一番近くで支えて来られた昭恵夫人、またご親族の皆様もどうかいつまでも温かく見守って頂ければと思います。そのことをまた、家族ぐるみのお付き合いをさせて頂きました友人の一人として心からお願いを申し上げる次第であります。

 まだまだ安倍先生に申し上げたいことがたくさんあるのですが、私もそのうちそちらに参りますので、その時はこれまで以上に冗談を言いながら、楽しく語り合えるのを楽しみにしております。正直申し上げて私の弔辞を安倍先生に話して頂くつもりでした。無念です。

 令和4年7月12日 元内閣総理大臣 友人代表 麻生太郎 』

 

そして、官房長官として一心同体だった菅義偉氏のインタビューも気持ちが伝わってきました。

 

『会いに行きたいなと思って奈良に向かいました。・・・・・万が一のことを考えて、同じ空気を吸いたいというか。寂しがり屋でもありましたので、そばにいてやりたい。とにかく行ってみようと。』

 

あまり表には出ない人となりを垣間見る1週間でもありました。

 

すすきのにまつわるショートストーリー、エピソードの語り手・八柳鐵郎さん。

すすきのに今はなきグランドキャバレーの支配人・専務を歴任された伝説の人物。

 

樺太からの引き揚げ、木材の切り出し、炭鉱での労働からはじまり、バーテンダーを出発点としてバーやキャバレーといった戦後昭和の接客飲食業を歩み続けた人生。

数ページで完結する興味深い話の数々、歯切れのよいわかりやすい文章、にじみ出る人柄や優しさ。

 

2008年4月19日に76歳で亡くなった八柳鐵郎さん。

すすきのを愛しすすきのと共にあった人物の死は、すすきのの時代の変わり目とも思えます。

 

ほとんどの著書は、図書館か古書店でしかお目にかかれませんが、一読の価値あり。

すすきのの居酒屋でしみじみ酔いしれるオッサンがおすすめする一冊です。

 

 

 
 

 

 

 

 

 

 

財界さっぽろ2022年7月号に掲載された創業60周年特別企画、

政財界人へのインタビュー記事から今に遺したい言葉をまとめた『令和への伝言』

 

1993年10月号のJR東日本社長・松田昌士氏へのインタビュー記事に共感しました。

『採算性ということを冷静に見つめ、新幹線というものを考える必要があるのではない、

いまの北海道にとってむしろ必要なことは、たとえば新千歳と旭川空港を結ぶ路線、さらに苫小牧につながる鉄道をどう高速化させていくのか。ここに経済の活性化の動脈をつくることが、一番大事なことだと思う』

続けて、

『自分の足で立ち上がる、気力と政策、これが必要だと思う。中央にぶらさがっての経済というのは絶対に発展しない。補助金を返上するような気持で、どうやってここに産業を興すのか。もう一度真剣に考えるべきではないか』

 

地方をミニ東京化することは、一時のにぎわいを作り出しても長くは続かないでしょう。

むしろ地方の特徴や強み・良さを失うことになりかねません。 

 

札幌までの新幹線延伸により、山中の素晴らしい自然の中を走り抜ける函館本線の一部路線が廃止され、

すすきのから札幌駅の下を抜けて北側まで歩き続けることができる地下空間も新幹線工事の関係で地下街・PASEO(パセオ)が32年の歴史に幕を閉じます。

 

 

PASEO につながる1978年開業の地下街 ESTA(エスタ)も続いて閉業予定とか。

札幌駅の地下街は、

駅下のパセオ(PASEO・・・スペイン語で遊歩道・散歩の意味)、

パセオ南側に並ぶ ステラプレイス(STELLA RPLACE)

さらに南側に、アピア(APIA)とエスタ(ESTA)と続き、

地下鉄南北線・札幌駅へとつながり、チカホを通って、大通り・すすきのへと続きます。

広く便利で歩き続けやすい地下街と地下遊歩道。

 

札幌にとって本当に必要かどうかわからない新幹線工事のために慣れ親しんだ地下街が閉店するのは何ともやるせない気持ちになります。

 

そもそも東京から函館や札幌に移動するのに新幹線があったとしても、ほとんどの旅行者は今まで通り、飛行機を利用するのではないでしょうか。

札幌から函館への移動は、急ぐ場合は飛行機という選択が考えられ、鉄道もトンネルだらけの無味乾燥な新幹線をお金をかけて建設するよりも、経由する千歳線・室蘭本線・函館本線の路線を整備し電化によるスピードアップをはかる方が沿線への貢献が期待できそうです。

 

目覚めよう、新幹線という幻想から。

地方都市の良さを今一度見直そう。

 

 

 

まだ昭和の延長が色濃い平成の事務所、机を並べる二人の課長。

一人は、パチン・パチンと爪を切りはじめ、

一人は、あくびをしながら新聞を広げ、お茶を一服。

 

すると、パチンと切った爪の破片が、狙ったがごとく茶碗の中へ。

 

『おいおい、堪忍でっせ、せっかく〇〇ちゃんがいれてくれた新茶がだいなしや』

爪切り課長、謝りはするものの、ただでは引き下がりません。

『そら、すんませんな~、ストライクでんな。』

『おいおい、気いつけてえな』

『いや~これは、わいの爪の垢を煎じて飲めゆうことかもしれへんよ』

『そんなアホな、いい加減にしなさい』

 

と、会社の中で課長同士の漫才が聞ける、昭和な会社のワンシーンでした。

 

今じゃ爪垢どころか、詰め腹を切らされます。

 

髪の毛に白いものが見えはじめる酸いも甘いも嚙み分ける年齢のチョットしぶいおじさんを、ロマンスグレー などと言います。

 

年齢とともに毛髪が消滅する後頭部光頭化がすすむ髪の毛も存在感も薄いオジサンには、縁がない言葉ですが。

 

ロマンスグレー には全く縁がなくとも、避けて通れないのが バリウムグレー

 

胃の検診で飲む、飲まなければならない、飲まされるのが バリウム

ドロッとして重量感のある バリウム

 

胃のエックス線撮影が終わると役割を終えたバリウムは下剤と共に体外へ放出されます。

もう大概にしなさいと言わんばかりの勢いで。

放出物をよくよく見ると、バリウムが入り交じりバリウムグレーと化しています。

 

なりたくてもナカナカなれない、ロマンスグレー。

なりたく無くてもすぐに出てくる、バリウムグレー。

 

日々進歩をとげる医療現場で、胃の検診にしぶとく生き残るバリウム。

そのしぶとさを見習いたい、仕事に淡泊なサラリーマンオヤジであります。

 

嗚呼バリウムよ、いずれは語り草となってしまうのか。