おごる平家は久しからず
うだる暑さは久しく続く
泣く子と地頭には勝てぬ
夏前の猛暑には勝てぬ
お盆を過ぎての残暑をデザートとするなら
6月の猛暑は前菜・オードブル。
『本日のオードブルは猛暑でございます』
『そないなもん、いらんわ、ほかしといて、もうええわっ』
残暑の反対で暑さの前触れ、前暑とでも言いましょうか、
前暑だけに善処しといてや。
前門の虎、後門の狼、
前門のコロナ、後門の猛暑。
おきてしまったことは仕方ないとして、うまくやり過ごす しかござんせん。
おごる平家は久しからず
うだる暑さは久しく続く
泣く子と地頭には勝てぬ
夏前の猛暑には勝てぬ
お盆を過ぎての残暑をデザートとするなら
6月の猛暑は前菜・オードブル。
『本日のオードブルは猛暑でございます』
『そないなもん、いらんわ、ほかしといて、もうええわっ』
残暑の反対で暑さの前触れ、前暑とでも言いましょうか、
前暑だけに善処しといてや。
前門の虎、後門の狼、
前門のコロナ、後門の猛暑。
おきてしまったことは仕方ないとして、うまくやり過ごす しかござんせん。
在宅勤務の普及、クールビズの推進、ファッションのカジュアル化など、
ネクタイを取り巻く環境が厳しさを増しています。
通勤電車で当たり前であったスーツにネクタイ姿は風前の灯火。
絶滅危惧種の指定されてもおかしくない状況になりつつあります。
正に、ネクタイ危機一髪。
これで良いのか、とも思いつつ、
猛暑台頭にあっさりとノーネクタイをきめこむサラリーマンオヤジです。
箪笥の片隅で出番を待つ大部屋俳優ネクタイ君、活躍の場は如何に。
このままでは、
ミステリードラマで首を絞める凶器、
新入社員の曲がったネクタイを直すお節介女子社員、
スナックでネクタイを頭に巻いて熱唱する酔っ払いオヤジと呆れ顔のママさん、
『あら、今日のネクタイ素敵ですわね』とにこやかにお世辞を言うホステスさんと、
その言葉にうっとりと鼻の下を長くするオヤジ、
なんていうシーンが無くなります。
(すでにコレ自体が過去のものかもしれませんが)
何とかしなければ、何とかならないのか。
素材は絹、Made in JAPAN、上質な生地、ストライプあり水玉あり、シックな色合い。
ネクタイを再利用して、
アロハシャツやバッグに仕立てなおすなんてのは如何でしょうか。
丈夫で柔らかな風合いが、申し分ないとは思うのですが、今イチ感は否めません。
アイデアは首から出かかっているのですが、あと少し緩めないと、出てきそうにありません。
日本限定と銘打たれ、12年熟成されたホワイトホース。
たまの仕事帰りに立ち寄ったイトーヨーカドーで、
日本限定12年という言葉、2000円前後の価格が目にとまり購入。
テレワークが一段落する宵の口、オンザロックでのむなめらかな味わいが日課に。
幕末は、竜馬がゆく。
夕暮れに、白馬をのむ。
戦後昭和の成長期に、すすきのの礎を気づいた人、にぎわいを作り上げた人、
すすきのの栄枯盛衰、兵どもが夢のあと、語り継がれるエピソード、
それぞれの視点で、すすきのを振り返る、3冊を紹介します。
札幌の政治・経済をはじめとする地域に密着した総合情報誌・財界さっぽろの記事から
すすきのにまつわるエピソードを抜き出してまとめた、北海道の50年・すすきの風俗編。
すすきの交差点、ブラックニッカのおじさんが目に付くグリーンビル(現すすきのビル)を
飲食店が集結するビルとして確立した、すすきのゼロ番地の創設者でもある
久松鐵男の活躍ぶりからはじまる、興味津々の記事がまとめられています。
すすきののにぎわいの中で当時のキャバレー興行会社の専務になるまでの苦闘、経験談、すすきのに働く人との一期一会を、読みやすい文章と共にショートストーリー集としてまとめられた珠玉の書、すすきの有影灯。著者の八柳鐵郎さんの人となり・優しさも読みどころです。
残念ながら図書館で読む1冊となりますが、復刊を切望します。
札幌の街を題材とした書籍を送り出し続ける亜璃西社の1冊。
ありし日の札幌の風景を描いたスケッチ画集で、
懐かしい情景を当時と今を対比させながら説明が添えられています。
気がつけば、21世紀になり20年以上が過ぎ、
昭和の後、30年の平成も今は過去、
『ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず』 か。
エネルギッシュ・ジャパンであった頃、グランドキャバレー と呼ばれる社交場がありました。
札幌すすきの キャバレーミカド もその一つ。
中央にステージ、客席400、ホステス600人という、札幌経済を支える紳士の一大社交場。
器の大きさもさることながら、総勢600人のホステスさん出勤風景は如何なものだったのか。
すすきのというよりも中島公園に近く、
もともとは、1971年12月に開場した中島スワローボールというボーリング場が、
早々と1974年には キャバレーミカド となって花開き、惜しまれながら1986年6月に閉店、
その後に、1995年12月 キリンビール園 として再出発したという経緯があるようです。
ステージや客席をそのまま継承したことから、
大型キャバレーのにぎわいに思いをはせる施設の中で、ビールとジンギスカンを味わえる名店・名所でもありました。
そのキリンビール園も2018年9月に閉店。
今は、芭蕉の句 『夏草やつわものどもが夢の跡』 といった感。
2010年11月に札幌パークホテルの中島公園とは反対側の部屋に宿泊した時、
外の景色をおさめた写真に、たまたまキリンビール園の看板が写っていました。
キリンビール園閉店を伝えるニュース映像
入口のエスカレータにはじまりキャバレーミカドが垣間見えます。
札幌・すすきの・中島公園あたり、ふと思い出す、鴨長明・方丈記。
『ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。』
すすきの に関連する人物・書籍は・・・・・
NHK朝の連続テレビ小説・ちむどんどん。
生きる意味に悩む主人公の妹・歌子に語りかける母・優子の言葉が心にしみます。
『みんなうまくいかないことがある。どうしようもないこともある。
それでも幸せになることを諦めないで生きていかないといけないわけ。
そうしたら 必ず 「生きていてよかった」 って思える時が来る。
必ずそんな時が来るから。
偉い人になんかならなくていい。
お金が稼げなくても、夢をかなえられなくてもいい。
ただ 幸せになることを諦めないで生きてくれれば…』
ふと、札幌の地下鉄ホームで見かけた言葉を思い出しました。
『今日という1日から未来は変えることができる』
今日見たドラマから、生きるヒントに気づくことがある。
街の情景から気づかされることがある。
チコちゃんに叱られます。『ボーッと生きてるわけじゃねーよ !!』

デパート靴売場のバーゲンで目にとまり、手にとり、衝動買いした、ロトゥセ(Lottusse)の靴。
後で調べたところ、スペイン・マヨルカ島の歴史ある靴メーカーとのこと。
なめらかで足を優しく包み込むような革、しっかりとした縫製、軽く歩きやすい作り、
仕事にも普段使いにも使える絶妙なデザイン。
どこまでも歩いて行けます。
リゾート地・マヨルカ島は、革製品でも有名なようで、ピコリノス(PIKOLINOS)の靴も気に入っています。
スペインの靴が以外にも日本人の足に合います。
マヨルカ島の職人技が日本人の心をつかみます。
NHK朝の連続テレビ小説・ちむどんどん。
屋台のおでん屋の立て直しに悩む主人公へ、
ふるさとの大先輩・沖縄県人会会長・平良三郎がかけた言葉は、
『迷子になった時は一回入口に戻る、それが人生の基本』
急がばまわれ、基本に立ち返り、考えなおしてみる。
人生の大先輩が諭す、人生の基本。
ドラマの中に名言あり。
名言から生まれるドラマあり。
基本に帰ることと同じように大切なことは、現場に帰ること。
計算や理論よりも、答えは現場にあり。
現場に行き、現物を見て、現実を知る
かつて北海タイムスという地方紙があり、1946年~1998年9月12日まで発行されていました。
本社があったタイムスビルが、今でも市電・中央区役所前電停前に健在です。
地方紙としての奮闘ぶりが 『北海タイムス物語』 に記されています。
来週から札幌競馬が開催されますが、
かつては タイムス杯 というオープン特別競走がありました。
同じタイムスという新聞名を競馬のレース名に残したのが、これも今は無き東京タイムス。
そのレースとは重賞競走 『牝馬東京タイムス杯』 。
女傑と呼ばれたトウメイが、このレースを勝ち、その後、天皇賞に勝ち、有馬記念までも優勝しています。
牝馬東京タイムス杯は府中牝馬ステークスへと継承されています。
北海道と東京で記録に記されたタイムスという名前の新聞。
タイムスという名前からか、時を経ても、どこかで懐かしく思い出されます。
に記載したJR北海道・千歳線・平和駅には、長~い跨線橋を通り辿り着きます。
函館本線・千歳線に加えて広大な札幌貨物ターミナル駅を跨ぐ柏山跨線人道橋は、
札幌競馬場の直線コースより長い約300mの直線コース。
なんとも、平和への道は遠い。
長い道のりと言えば、札幌地下街も負けていません。
東京の地下鉄大手町駅にも長い直線コースあり。
羽田空港第2ターミナルの長い通路も負けていません。
陸上競技の100mはおろか200m、400mも直線コースで競走できるかもしれません。

道のりは遠くとも、必ずやたどり着く。