函館本線が太平洋に別れを告げ山中へと入って行く分岐点となる長万部

 

『おしゃまんべ』と言えばオッサン世代が思い浮かべるのは、

往年の喜劇俳優・由利徹が股を開きながら『おしゃ、まんべ』と言うギャグ。

開いた股を閉じながら『くっちゃん』と続きます。

 

少し前の『コマネチ』よりも、どこか朴とつとして、うるさくない、味わいのあるギャグです。

 

かつての鉄道の要衝・長万部駅も、今はひなびた姿を見せています。

 

途中下車をして駅前を散策すると、長万部商工会の赤い建物が見えてきました。

そこには『あつまんべ』長万部多目的活動センターと書かれています。

町は少し寂しくなっても、『おしゃまんべ』のギャグの心は確実に継承されています。

 

『あつまんべ』の先は、雄大な太平洋の波が打ち寄せています。

 

長万部の名物駅弁は、1928年創業のかなやのかにめし

駅から徒歩1分のところに売店があり、隣にある列車の座席を模した休憩所で、往時の函館本線のビデオ映像を眺めながら、ゆっくりと味わうことができます。

かにめし本舗かなや本店の粋な計らいです。

 

長万部は、いい街だんべ。

 

北海道を代表する路線、函館本線

1世紀を超え、人々の生活を支え、産業・流通・観光の基盤として走り続けています。

 

太平洋沿岸と日本海沿岸を両方走る路線は希少な存在。

函館から太平洋沿いに森、八雲、長万部を経て、山の中を走り抜け、余市、小樽を通り、

今度は日本海沿岸を眺めながら道都・札幌へ、更に旭川へと続きます。

 

函館から旭川まで全長約420Kmを通して走る列車は無く、

特に長万部から小樽までの山中路線は山線と呼ばれ、ローカル色が濃いながらも、歴史ある味わい深い路線です。

 

8月のある1日、函館から札幌まで、あえて、函館本線を乗り継いでみました。

 

函館駅10時45分発の特急・北斗9号で長万部へ。

7番線に北斗9号、5番線にはこだてライナー、2番線に道南いさりび鉄道が揃い踏み。

ホームの入口の少し古びた看板には『ようこそ函館へ。』本場の味サッポロビールと記されています。

出発を待つ間に北斗4号が札幌から8番線に到着。

ホームの向こうには、往年は忙しく車両が行き交ったであろう車両基地の少し寂しい姿が目に入ります。

 

大沼や駒ケ岳の美しい風景を眺めることしばし、内浦湾(噴火湾)の海辺を長万部まで太平洋を眺めながらの旅

森駅で休憩中のキハ40型気動車の向こうは太平洋。

 

函館から1時間半で長万部到着 12時14分。

このまま室蘭本線と千歳線を経由する北斗に乗り続ければ、

2時間半後の14時38分に札幌へ到着しますが、

今回は、あくまで函館本線に乗り続けます。

 

長万部で山線の各駅停車に乗り換え、倶知安、小樽経由で札幌へ向かいます。

約5時間後の17時6分札幌到着予定で、2倍の時間を要します。

あえて山線に乗り、列車からの風景、旅の風情を楽しみます。

 

特急を乗り続け太平洋沿いに札幌へ向かう場合の運賃は、

函館~札幌 318.7Km 6,270円。

山線経由で函館~長万部~小樽~札幌 286.3Km 5,940円。

山を越える方が海沿いをグルっと回るよりは、距離は短いようですが、勾配はかなりのものと感じました。

 

長万部から倶知安行き各駅停車に乗車。

 

山の緑、山小屋風の駅、つづら折りの線路、味わい深い山線です。

秋の紅葉、冬の雪景色、新緑の春、四季それぞれに贅沢な景色が楽しめそうです。

運賃には拝観料(景観料)が含まれているのかもしれません。

 

小樽に到着し札幌方面新千歳空港行き快速エアポートに乗り換え。

窓辺には夕方の日本海が広がります。

小樽築港付近からは小樽湾の静かな夕暮れを一望。

 

しばらくすると今度は、石狩湾の向こうに石狩港が見てとれます。

 

小樽と札幌を通勤通学で往復する皆さんにはいつもの風景なのかもしれません。

とは言え、この景色は一見の価値あり。

 

こうして、函館発10時45分、札幌着17時6分、約6時間半の旅が終わりました。

朝から会社で1日勤務するには少し足りない時間ではありますが、価値ある充実した忘れがたい1日となりました。

 

それぞれの季節に訪れたい函館本線であります。

哀しみ本線・日本海

函館本線・太平洋 & 日本海

であります。

 

北海道の函館札幌には、路面電車(市電)が運行されています。

函館は、線路の幅(軌間)が、都電や京王線と同じ1372mm。

札幌は、JRと同じ1067mm。

 

線路の幅こそ違いますが、市民の足、なくてはならない存在として大切にされています。

ホームドア設置、高架化、地下化などにより、ともすれば身近な存在から少し遠くなりつつある鉄道ですが、目の前を走行音とともに走り抜け、道路からそのまま乗降できる路面電車は身近な存在として親しまれています。

 

札幌の市電は、次の電車が電光掲示板に表示され、待ち時間をあまり気にすることなく運行されています。

函館の市電は、タイミングによっては少し待つこともありますが、心のゆとりを乱すほどではありません。むしろ心静かにスローライフを楽しむには程よい感じです。

 

標準塗装(広告が塗装されていない)の8005号車

 

函館の水産業を塗装に表現した 719号車

 

働き者の広告塔・719号車は、夜の函館駅前でもお見かけしました。

 

函館の海の幸を楽しむ回転ずしがペイントされた 3002号車

 

新型車両 9601号車

アニメイラストとともに『転生したら函館市電だった件』と記されています。

 

札幌も函館も Suica をはじめとする交通系ICカードが使えます。

札幌は一律200円なので降車時にタッチします。

函館は乗車区間によって料金が異なりますので、乗車時と降車時にそれぞれタッチします。

 

市電にゆられて巡る街並み、大切にしたい時間です。

 

函館市電の車両紹介はこちらをご覧ください。

 

 

>> 函館から札幌へ山線の旅・・・その3 函館本線山線乗車紀行 へ続く

<< 函館から札幌へ山線の旅・・・その1 函館の歴史を感じる建物

 

旅のはじまりは港町・函館から。

 

歌い継がれる昭和歌謡・港町ブルースのはじめにも歌われる港町・函館。

背のびして見る海峡を
今日も汽笛が遠ざかる
あなたにあげた 夜をかえして
み~なと、みなと 函館 通り雨

 

1905年に函館~旭川間420Kmを結び、

北海道最長の鉄道路線である函館本線の起点を表す 0Kmポスト と

函館ならではのイカを模したマスコットキャラクター。

鉄路の『はじまり』は此処から。

 

青函連絡船が運航され北海道の玄関でもあった函館駅。

今でも駅から海沿いを歩いた岸壁に青函連絡船・摩周丸が繋留されています。

手前の橋脚の向こうに覗いて見えるのは函館山。

 

函館駅からビジネス街や港湾施設としてにぎわいを見せたであろう地域をあてもなく散策。

 

まず目にしたのは、

大手町ハウス函館(旧浅野セメント函館営業所、現cafe centenaire)

1918年建築の孤高の建物は、1世紀以上この地を見守っています。

 

開港通りへと歩を進めると、すぐに見えるのが1932年建造のニチロビル

北洋漁業の繁栄を今に伝える重厚な社屋が今も健在です。

 

更に開港通りを進むと左側に豊川稲荷の裏手が見え、その角を電車通りのほうへ曲がると、

豊川町会館が目に入ります。

おそらくは戦前の建物が地元に根付き、町内会館として愛用されているのでは。

右手後方には函館山が見えます。

 

ここから電車通りに出ると、通りの向こう側に伊藤商事と記されたビルが目をひきます。

1936年に建造されたビルで、現在は山三伊藤商事の社屋と思われます。

路面電車が目の前を走り抜け、この交差点にしかない情景を作り出しています。

 

開港通りに戻り歩を進め、しばらくすると右手に赤レンガ倉庫街が見えてきます。

同じ港町・横浜の赤レンガ倉庫と同じような位置づけ・雰囲気の商業施設とも思えます。

 

赤レンガ倉庫街から電車通りに抜ける途中、電車通りと並行する道路沿いにあるのが

1920年に建てられた木造建築・函館海産商同業協同組合事務所

おとぎ話に出てくるような大正ロマンを感じる建物です。

 

開港通りと電車通りの交差点、海溝通りの先が二十間坂となる坂の入口にあるのが、

大正10年(1921年)に建てられた北斗ビル(旧目貫商店)

港と共に100年の時を過ごし、そっとたたずむ、どこか優しさを感じる建物です。

 

建物ではありませんが、日本最古のコンクリート電柱も健在です。

円柱ではなく四角いところが最古たる特徴でしょうか。

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まだまだ目にしたい建物は十指にあまりますが、1日では回り切れません。

大正から昭和初期に建てられた歴史ある建造物が何気なく街を形作っている函館。

函館にしかない日本屈指の街並みです。

 

>> 函館から札幌へ山線の旅・・・その2 路面電車 Collection へ続く

 

>> 函館公式観光情報 はこぶら

 

全国の鉄道を網羅した時刻表と言えば、

B5サイズ、厚さおよそ2.5cm、ずっしりと重い、JTBやJR発行の時刻表。

 

半分のB6サイズとなり重さを半減させながら情報量は変わらないのがJTB・小さな時刻表

相応に活字も小さくなってはいますが。

 

以前に無人島に一つだけ持っていけるモノがあるならば、

時刻表 か 競馬新聞 か 地図 と書きました。

 

移動手段を調べるだけならスマホで十分かもしれませんが、

時刻表は移動にはじまる様々な情報を主体的に調べることをきっかけに、夢が広がります。

 

一例を記すなら、時刻表ページの欄外には駅弁と価格が掲載されています。

横浜駅にはシウマイ弁当860円、函館本線・森駅ではいかめし780円、長万部駅はかにめし1180円など、また食べたい、食べてみたい、全国の駅弁が網羅されています。

 

時刻表からめぐる想い、ふくらむ想像。

 

そもそも、通信不能で電源が無い無人島ではスマホは役に立ちません。

デジタルにない情報の奥行きを感じます。

 

さあ、時刻表を手に取り、旅に出よう。

 

 

 

 

オヤジには、オヤジなりに、

オッサンには、オッサンだからこそ、

こだわりたいこと、ゆずれない一線があるのです。

 

それは何かと問われたら、

 

さび抜きの寿司。

スシにはサビが当たり前、頭に抜けて慌ててお茶を口にしたら熱くてやけど、

なんてのもご愛敬。

さび抜きの寿司なんて、寿司じゃない。

 

ノンアルコールビール。

何が楽しくて飲むのか、アルコールのないビール。

ビールを名乗るは百年早い、よくできた清涼飲料水だわさ。

 

申告敬遠。

敬遠のフォアボールだろうが、ボール4球投げるのが礼儀。

何でもかんでも省略、効率化するな。

無駄と思われることにもドラマあり。

 

オヤジは怒っている。

 

2022年8月14日(日曜日)新潟競馬の最終12レース

1番人気ヨールに騎乗しスタートから先頭に躍り出て、ゴールでは差を広げて逃げ切り勝ち。

1番人気の1着を当たり前と言うなかれ、むしろ容易ならざること。

 

ゴール後に見せた久々の笑顔。

この勝利が、きっかけとならんことを願います。

 

競馬の古くからの言い伝えに、長距離の逃げ・短距離の追い込みとありますが、

藤田菜七子騎手の持ち味は、短距離の逃げか。

安定したスタートダッシュから、ゴールまでを華麗なフォームで駆け抜けろ。

 

今週は女性騎手活躍週。

今村騎手にはじまり、永島騎手が人気薄で日曜2勝、そして藤田菜七子騎手の勝利で締め。

永島騎手の地味ながら穴党をうならせる活躍にも注目です。

 

サブスクリプション(Subscription)という言葉をよく目にする昨今。

定額による定期サービスとでも言いましょうか。

 

昭和オヤジが、サブスク・サービスと聞いて、思い浮かべるのは、喫茶店のコーヒーチケット

10杯分のチケット購入で11杯分を飲める。

定額で何杯も飲めるわけではなく、どちらかと言えば、プリペイドカードに似ています。

 

現在、コーヒーチケット利用中なのは、

昭和オヤジの寄り道処・新有楽町ビル地下の はまの屋パーラー

一服・一休みによし、読書の時間によし、明るい店内に流れるアナログレコード心地よし。

 

購入者の名前が書かれたコーヒーチケットがレジ後ろの壁にかけられています。

チケットをお店に預かってもらえるので、なくしたり、持参し忘れる心配がありません。

これはなかなかいい仕組みです。

 

 

コーヒーと一緒に食べるのが スペシャル・サンドゥイッチ

(メニューには、サンドゥイッチ と表記されています)

何度味わったことか。

歳を重ねるにつれ、胃が小さくなったのか、満腹感が高まります。

 

はまの屋パーラーでは、

コーヒーチケットのホットコーヒー と スペシャル・サンドゥイッチ(920円 税込み) を注文。

コーヒーがくるまでの間に、

百円玉を誕生月のコイン投入口に入れてルーレットを回して おみくじ を引きます。

 

はまの屋パーラーにある小さな幸せ、はまの屋パーラーにしかない小さな幸せ。

 

 

 

東京丸の内、皇居前のシンボル・象徴とも言える東京海上ビル(現 東京海上日動ビル)

建て替えが計画され、今年の秋口までしかその姿を見られないとか。

 

建築家・前川國男の思いが込められた1974年竣工の煉瓦色のビルは、周囲のビルとは一味違う存在であり、さまざまな思いを込めて見上げる人少なからず。

 

建築の専門家ではありませんが、まだまだ現役で活躍できそうに思います。

 

少子化の日本、労働人口の減少、在宅勤務や働くスタイルの変化、

ビジネス街に高層ビルを雨後の筍のように次々建設する必要があるのでしょうか。

欧米のように街並みや想い出に配慮することも必要なのでは。

 

建設した人、そこで働いた人、そこの景色を眺めた人、

さまざまな想いが交錯するビルや街の情景。

 

無理をしてお金をかけて、箱物を建てる意味を今一度考える時にきているのでは。

想い出がつまったビル然り、新幹線の整備然り。

 

ビルの建て替えよりも、目を向けるべきは、

道路や橋梁、堤防やダム、鉄道路線など公共設備の維持管理や補強・更新です。

 

一時の派手なお目見えよりも、地味でも古くても、価値があるのは地道に継続する努力。

東京海上ビル建て替えの報道を知り、一筆したためた次第です。

 

 

昨日の藤田菜七子騎手から続いて、競馬に関わる女性パイオニアの話題です。

 

まだ少年の頃、ラジオから流れる競馬中継に女性の声が。

その声の主は、ラジオ関東競馬中継(現ラジオ日本)の井口保子アナウンサー。

 

馬券は、単勝・複勝・枠連の3種類、

ほとんどオジサンの世界、当時の言葉で言うならば、ウ~ン・マンダム、

昭和真っ盛りの頃の競馬です。

 

片方の耳にラジオのイヤホン、もう片方の耳に百円玉をつけたオジサン達。

アノ百円玉はいったい何だったのか、未だに謎です。

 

そのイヤホンから聞こえてくる女性の競馬中継。

マンダムな殺伐とした世界に一瞬流れる爽やかな風とでも言いましょうか。

オッサンから見れば、単に競馬中継の声が女性に変わっただけなのかもしれませんが。

 

井口保子さんの記事を見つけましたので、ご参考までに。

私の選んだ道・・・井口保子さん

 

この中で語られている印象的な言葉をメモに残します。

『これほど面白い遊びを仕事にすることができたらどれほど楽しかろうか』

『人生は前進あるのみと思っていますから。逃げ馬は前しか見ていないんです。だから力のかぎりに逃げる馬を見ると,「逃げろ逃げろ」と応援してしまう』

『自分の人生は一回こっきりだけど,好きな馬に託せば何度でも人生を生きられますからね。』

 

競馬を愛した寺山修司の言葉を思い出します。

『競馬が人生の比喩ではなく、人生が競馬の比喩である』

といったような意味であったかと。