次の例文は英語のことわざである。oft は often の古語である。
A woman's mind and a winter wind change oft.
「女心と秋の空」
ここで、この諺をとりあげたのは、洋の東西を問わないその発想の同一性に感心したり、辟易したりすることが目的ではない。「変わりやすいもの」として and を使って並置されている "a woman's mind" "a winter wind" の部分をみてみると mind と wind は、語呂があっているし、形容詞として修飾している woman’s と winter も w で頭韻(とういん)が踏まれている。それにもかかわらず、woman の側には、アポストロフィのs (‘s) が付けられ、winter には付けられていないという違いが厳然と存在している。
この例文の場合、所有格の基本原則として一般に知られている「無生物には 's をつけない」というルールに忠実にしたがっている。女性を意味する woman は、人間だから “’s” を語の最後につけ、冬を意味する winter は、「無生物」だから “’s” をつけない。
しかし、実際に英文に触れている人で、この「無生物には 's をつけない」というルールの例外をみていない人などは存在しないだろう。だからといって、ここではそれにかわるルールを提示するつもりなど毛頭ないことをお断りしておく。
ある日本語の英語のインターネット・サイトを見ると、こんなことに憤っている人がいた。正しくは、
ladies' shop
とすべき、 " ladies' " の表記が日本の店舗ではあちこちで間違っている(例えば lady’s とか ladies とか) ということを指摘している。その指摘が含まれた解説を読んで、個人的にはとてもその表記の間違いを一緒になって笑いとばせないと感じた。その解説は、いろいろな前置きがあるものの要約すれば「そういうものだからそうなんだ」と同語反復して、慣れるしかないんだと言っているだけなのである。
ladies’ clothes は 「女性のための服」つまり
clothes for ladies
という意味で使われている。その流れからすると、子供服は、
children's clothes
とすることはうなずける。ところが一方で 「赤ちゃんの服」は
baby clothes
が普通の用法である。この表記の違いを説明するためには、次の二つのことについてきちんと説明する必要がある。一つ目は、なぜ、baby が複数形になって、”babies”にならないかということである。二つ目は、いうまでもなく、なぜ baby には、アポストロフィs (‘s) がつかないかということだ。
最初のほうの疑問は、もしアポストロフィs(‘s)がつかないということが前提だったら、次のように考えて無理にでも納得することができるだろう。つまり、's がつかない場合には、名詞の単数形で総称の意味になる。もともと、ladies’ clothes は、不特定の女性を対象するので、総称用法として複数形を使っているはずなのだが、名詞の単数形だって総称用法として使えるのだから、アポストロフィs (‘s) をつけないときは、単数形に変わるのがゲームのルールなんだと納得すれば、完全に釈然としないまでもまあ我慢できるのかもしれない。
残るほうの問題は、なぜ baby に 's がついて babies’ にならないかということだが、しようがないのでこう考えることにする。 つまり、baby は、性別が無視されて中性の代名詞 it でしばしば受けられることにきっと関係しているのだ。baby は、近親者でない人が指す場合や、一般的な呼称ではしばしば it で受けられるというのは紛れもない事実である。英語の名詞には、ドイツ語のように男性・女性・中性といった区別は文法的にはないが、特別なケースでは、男性/女性または中性であることを区別することがあるということだ。「中性」なので、
baby clothes
のように、アポストロフィs (‘s) なしで使われる。他の例としては、
baby cradle, baby food, baby boom …
赤ちゃんのおしめは、baby’s diaper も baby diaper も使われるが、baby’s diaper は、自分の赤ちゃんのことを意識し、「赤ちゃん」はやっぱり生き物だということを改めて思い出しつつ使っているのだと思う。つまり、the baby's diaper, my baby's diaper というように特定性が高まる場合には baby にもアポストロフィがつくのだと考える。
baby が「中性」として扱われるというのはまったく憶測にすぎないが、この憶測を補強する事実の一つとして、船 ship はしばしば「女性」として she で受けられ、しかも無生物でありながら 's がつけられることが多い。以下のような例がある。
ship's crew
ship's cabin
ship's captain
ヘミングウェイの「老人と海」では、skiff (小舟)にも ‘s がつけられていることが確認できる。
the skiff’s stern (小舟のとも(船尾))
「船」というものは、船乗りにとってはそこで生活する特定性が高いものである。また、船には乗組員がからならずいたり、船尾は必ず存在するから、船を擬人化してしまえば所有という概念で 's がつきやすくなるのではと考える。同じようなことを考えると
chicken breast
なんかがすごくわかる気がするのは、たとえ chicken が生き物であっても、特定性は感じられないし、また肉になった状態では擬人化もできはしない。それで 's がつかないのかもしれない。
”‘s” をつけるかつけないかなんて、感覚でいいじゃないかと思ったりもするのだが、それでは困るときもある。たとえば
a woman doctor
のような例を考えると、これは「女医」の意味になる。つまり「女性のお医者さん」ということで、woman とdoctor は、いわば同格の関係で同一人物をあらわしている。
ところが、これを
a women’s doctor
とすると、これは「女性のためのお医者さん」 つまり、
a doctor for women
の意味で「婦人科医」という意味になってしまう。似たような例で、
a student nurse
は、student と nurse が同格で、「看護学生」のことだが、これを
a student’s nurse
とすると「学生向け看護師」という意味になってしまう。
さらに、次の例を見て欲しい。
children's room 〈子供部屋〉 / guest room (来客用の部屋)
driver's seat (運転席) / passenger seat (助手席を含む運転席以外の席)
この例では、children も、guest も、driver も passenger も みな「生きもの」で普通は人間が想定され、しかも意味的にはみな「~のための」という用法だが、” ‘s” がつくかつかないかに大きな違いがある。この例は、先程の「特定性」で説明ができるのだろう。たとえば、diriver's seat は、本来 the driver's seat で 定冠詞 the をつけるべきもので、この役割でなくてあの役割と特定性が高いから、まず確実に 's をつける。ところが、誰が宿泊したり、座ったりするかがわからないような場合には特定性が弱まり仮に人であっても、”’s” がつかないと考えられる。
いままで見てきたこからわかるのは
「人であっても、中性的であったり、不特定なものには ‘s はつかない」
ということで、逆にいうと
「無生物であっても、性別が考えられたり、特定的なもので、それを擬人化すると所有に相当する場合には ’s がつく」
となるのかもしれない。
以上のことを考えると、「肉屋のナイフ」一つとってみても、まず特定の人が使う
the butcher’ knife
から、「肉屋という特定の役割(カテゴリー)が使うナイフ」として
the butcher's knife
があり、さらに一般の人が使うようになると
a butcher knife
になり、さらに一般化が進むと
a butcher-knife
に変わっていくのだろう。
なお、” ’s ” がとれると名詞は単数形になると書いたが、もともと単独で使われるときに複数形が普通の名詞の場合はこの限りではないことを注意しておく。
sports magazine
arms race (軍拡競争)
sales figure (販売数)
applications programmer
projects manager (事業部長)
customs officer (税関検査官)
trousers length (ズポンの丈)
scissors jump (正面跳び)
savings account (普通預金口座)
いままで用法として、「~のために」という使われ方が中心だったが、他の用法ももちろんある。
まず、これは "a woman doctor" ですでに出てきたが、woman と doctor は、「同格」の関係である。この場合は 「生き物」であっても例外なく、“’s” は落ちると考えてよいだろう。同格は所有格ではないからだ。同格とは、修飾する名詞と修飾される名詞が同じ人、モノの場合だ。例えば、child を使って例をあげておくと
child actor (子役)
child bride (幼妻)
child star (子役スター)
のようになる。woman, student でも例をあげておくと
woman announcer (女性アナウンサー)
woman writer (女性作家)
student activist (学生活動家)
student worker (学生勤労者)
もう一つだけ用法をあげておくと、最初の名詞が、二番目の名詞のいわば目的格になっている場合がある。この場合も、ほぼ例外なく” ’s” がつかないと考えていいだろう。以下にいくつかの例をあげておく。
woman chaser (女性を追いかける男)
woman hater (女性嫌い)
woman liberation (ウーマン・リブ)
a cat lover
student advisor
patient identification (card)
child education
A woman's mind and a winter wind change oft.
「女心と秋の空」
ここで、この諺をとりあげたのは、洋の東西を問わないその発想の同一性に感心したり、辟易したりすることが目的ではない。「変わりやすいもの」として and を使って並置されている "a woman's mind" "a winter wind" の部分をみてみると mind と wind は、語呂があっているし、形容詞として修飾している woman’s と winter も w で頭韻(とういん)が踏まれている。それにもかかわらず、woman の側には、アポストロフィのs (‘s) が付けられ、winter には付けられていないという違いが厳然と存在している。
この例文の場合、所有格の基本原則として一般に知られている「無生物には 's をつけない」というルールに忠実にしたがっている。女性を意味する woman は、人間だから “’s” を語の最後につけ、冬を意味する winter は、「無生物」だから “’s” をつけない。
しかし、実際に英文に触れている人で、この「無生物には 's をつけない」というルールの例外をみていない人などは存在しないだろう。だからといって、ここではそれにかわるルールを提示するつもりなど毛頭ないことをお断りしておく。
ある日本語の英語のインターネット・サイトを見ると、こんなことに憤っている人がいた。正しくは、
ladies' shop
とすべき、 " ladies' " の表記が日本の店舗ではあちこちで間違っている(例えば lady’s とか ladies とか) ということを指摘している。その指摘が含まれた解説を読んで、個人的にはとてもその表記の間違いを一緒になって笑いとばせないと感じた。その解説は、いろいろな前置きがあるものの要約すれば「そういうものだからそうなんだ」と同語反復して、慣れるしかないんだと言っているだけなのである。
ladies’ clothes は 「女性のための服」つまり
clothes for ladies
という意味で使われている。その流れからすると、子供服は、
children's clothes
とすることはうなずける。ところが一方で 「赤ちゃんの服」は
baby clothes
が普通の用法である。この表記の違いを説明するためには、次の二つのことについてきちんと説明する必要がある。一つ目は、なぜ、baby が複数形になって、”babies”にならないかということである。二つ目は、いうまでもなく、なぜ baby には、アポストロフィs (‘s) がつかないかということだ。
最初のほうの疑問は、もしアポストロフィs(‘s)がつかないということが前提だったら、次のように考えて無理にでも納得することができるだろう。つまり、's がつかない場合には、名詞の単数形で総称の意味になる。もともと、ladies’ clothes は、不特定の女性を対象するので、総称用法として複数形を使っているはずなのだが、名詞の単数形だって総称用法として使えるのだから、アポストロフィs (‘s) をつけないときは、単数形に変わるのがゲームのルールなんだと納得すれば、完全に釈然としないまでもまあ我慢できるのかもしれない。
残るほうの問題は、なぜ baby に 's がついて babies’ にならないかということだが、しようがないのでこう考えることにする。 つまり、baby は、性別が無視されて中性の代名詞 it でしばしば受けられることにきっと関係しているのだ。baby は、近親者でない人が指す場合や、一般的な呼称ではしばしば it で受けられるというのは紛れもない事実である。英語の名詞には、ドイツ語のように男性・女性・中性といった区別は文法的にはないが、特別なケースでは、男性/女性または中性であることを区別することがあるということだ。「中性」なので、
baby clothes
のように、アポストロフィs (‘s) なしで使われる。他の例としては、
baby cradle, baby food, baby boom …
赤ちゃんのおしめは、baby’s diaper も baby diaper も使われるが、baby’s diaper は、自分の赤ちゃんのことを意識し、「赤ちゃん」はやっぱり生き物だということを改めて思い出しつつ使っているのだと思う。つまり、the baby's diaper, my baby's diaper というように特定性が高まる場合には baby にもアポストロフィがつくのだと考える。
baby が「中性」として扱われるというのはまったく憶測にすぎないが、この憶測を補強する事実の一つとして、船 ship はしばしば「女性」として she で受けられ、しかも無生物でありながら 's がつけられることが多い。以下のような例がある。
ship's crew
ship's cabin
ship's captain
ヘミングウェイの「老人と海」では、skiff (小舟)にも ‘s がつけられていることが確認できる。
the skiff’s stern (小舟のとも(船尾))
「船」というものは、船乗りにとってはそこで生活する特定性が高いものである。また、船には乗組員がからならずいたり、船尾は必ず存在するから、船を擬人化してしまえば所有という概念で 's がつきやすくなるのではと考える。同じようなことを考えると
chicken breast
なんかがすごくわかる気がするのは、たとえ chicken が生き物であっても、特定性は感じられないし、また肉になった状態では擬人化もできはしない。それで 's がつかないのかもしれない。
”‘s” をつけるかつけないかなんて、感覚でいいじゃないかと思ったりもするのだが、それでは困るときもある。たとえば
a woman doctor
のような例を考えると、これは「女医」の意味になる。つまり「女性のお医者さん」ということで、woman とdoctor は、いわば同格の関係で同一人物をあらわしている。
ところが、これを
a women’s doctor
とすると、これは「女性のためのお医者さん」 つまり、
a doctor for women
の意味で「婦人科医」という意味になってしまう。似たような例で、
a student nurse
は、student と nurse が同格で、「看護学生」のことだが、これを
a student’s nurse
とすると「学生向け看護師」という意味になってしまう。
さらに、次の例を見て欲しい。
children's room 〈子供部屋〉 / guest room (来客用の部屋)
driver's seat (運転席) / passenger seat (助手席を含む運転席以外の席)
この例では、children も、guest も、driver も passenger も みな「生きもの」で普通は人間が想定され、しかも意味的にはみな「~のための」という用法だが、” ‘s” がつくかつかないかに大きな違いがある。この例は、先程の「特定性」で説明ができるのだろう。たとえば、diriver's seat は、本来 the driver's seat で 定冠詞 the をつけるべきもので、この役割でなくてあの役割と特定性が高いから、まず確実に 's をつける。ところが、誰が宿泊したり、座ったりするかがわからないような場合には特定性が弱まり仮に人であっても、”’s” がつかないと考えられる。
いままで見てきたこからわかるのは
「人であっても、中性的であったり、不特定なものには ‘s はつかない」
ということで、逆にいうと
「無生物であっても、性別が考えられたり、特定的なもので、それを擬人化すると所有に相当する場合には ’s がつく」
となるのかもしれない。
以上のことを考えると、「肉屋のナイフ」一つとってみても、まず特定の人が使う
the butcher’ knife
から、「肉屋という特定の役割(カテゴリー)が使うナイフ」として
the butcher's knife
があり、さらに一般の人が使うようになると
a butcher knife
になり、さらに一般化が進むと
a butcher-knife
に変わっていくのだろう。
なお、” ’s ” がとれると名詞は単数形になると書いたが、もともと単独で使われるときに複数形が普通の名詞の場合はこの限りではないことを注意しておく。
sports magazine
arms race (軍拡競争)
sales figure (販売数)
applications programmer
projects manager (事業部長)
customs officer (税関検査官)
trousers length (ズポンの丈)
scissors jump (正面跳び)
savings account (普通預金口座)
いままで用法として、「~のために」という使われ方が中心だったが、他の用法ももちろんある。
まず、これは "a woman doctor" ですでに出てきたが、woman と doctor は、「同格」の関係である。この場合は 「生き物」であっても例外なく、“’s” は落ちると考えてよいだろう。同格は所有格ではないからだ。同格とは、修飾する名詞と修飾される名詞が同じ人、モノの場合だ。例えば、child を使って例をあげておくと
child actor (子役)
child bride (幼妻)
child star (子役スター)
のようになる。woman, student でも例をあげておくと
woman announcer (女性アナウンサー)
woman writer (女性作家)
student activist (学生活動家)
student worker (学生勤労者)
もう一つだけ用法をあげておくと、最初の名詞が、二番目の名詞のいわば目的格になっている場合がある。この場合も、ほぼ例外なく” ’s” がつかないと考えていいだろう。以下にいくつかの例をあげておく。
woman chaser (女性を追いかける男)
woman hater (女性嫌い)
woman liberation (ウーマン・リブ)
a cat lover
student advisor
patient identification (card)
child education