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映画「花芯」を見てきました。
毎週水曜日って、入場料1100円だそうで、得した気分。
薔薇茶(ウーロン茶にバラの花びら)を飲みながら。

子宮作家の寂聴さんについて、どっちかというと好きだったけど、それほど関心高いわけでもなかったのが、小保方さんとの対談(寂聴さん本当に優しい)以来、見直したっていうのはなんか変な言い方だけど、再発見というのかな、とにかく興味をもって花芯を読んでみた。
作品はつまらなかった。



映画の脚本は原作にほぼ忠実で、短編だからすこし映像の工夫をしているけど、情景の描き方は素晴らしかった。
カメラワークが秀逸だが、音響に問題があった。
※スピーカーというよりも、音声マイクに問題あり。

でも、主演女優の裸体が美しくて、パンフレットも買っちゃったのですが、対談のなかで寂聴さんも言ってますが、綺麗な身体です。
究極女優の価値あるいは存在意義なんて、これがすべてな気がする。
芝居は大根なんじゃないかと思います、でも、DVD発売されたら買います。
劇中の台詞で「女だって気持ちいい」とあの美しい女優、あれこれ妄想するほど大好きな村川絵梨さんが言うのは興奮した。

そういえば、瀬戸内晴美でデビューしてるんですよね、出家して寂聴なのかな?

※講談社文庫版の「花芯」には、「いろ」や「女学生 曲愛玲」も収録されていて、気楽に笑える楽しい情愛物語です、おすすめです!

帰りに俺のイタリアン(昨日も神田で地中海料理の贅沢三昧)でウニとズワイガニのジュレ(キャビア添え)とイワシのショートパスタ・シチリア風と白ワインを味わってきました。
俺も大人になったものだ、歌舞伎町でぼったくられずに無事帰宅できる日が来るなんてwww。

ぼったくりがどんなに取り締まっても一向に減らないのは、情報の非対称性、つまり、吉原や飛田新地では決しておきない(せいぜい地雷踏むぐらい、やらずぼったくりなんてことはないから)、もしかして、暗い部屋の中で想像以上のことがあこるかもしれないという、仲介業者(客引き)の言葉を、うそくさくても、キャバクラと同じぐらいの料金出したら、もしかして、とついていってしまい、100%だまされるパターン、雑居ビルの風俗店は、入り口と料金システムが非常にわかりにくい。
これがぼったくりがなくならないメカニズム。

まあ、男はあほだからね、懲りないし、歌舞伎町の文化だし。
   ※でも、俺は懲りたし、しっかり学習した。

◇さっさと帰るのが唯一の正解。

▽何がしたいのか、でいくらまでなら払えるのか、絞り込んで、その目的に一直線の遊びをして、終わったら帰って寝る、それが適切だ。

都内では新宿でしか上映してないから行ったんだけど、ついでにマルハンの釘みてきた。
歌舞伎町のマルハン、通り挟んで2店舗あったけど、統合してゴジラビルだけになっていた。
釘は激渋だった。
たぶんお盆ウイークってことですね。
MAXは回収モード全開だし、たぶん72万台回収のために、新基準はボーダー上がってるのに釘は一緒、つまりは分配率引き下げ(=店の粗利アップ)てきてるみたい。


さて、暑い日が続いてますが、最近の楽しい出来事をいくつか。

おさるさん、かわいい。
コモンリスザル、ちっちゃな手で指を握ってもらうと気持ちいい。





かつて、餌あげたら飼育員に怒られたので、今では何もあげないでさわるだけ、ただでやらせてもらってる罪悪感がまったくないとはいわないw


かやねずみってとってもかわいい。
500円玉ぐらいの体重なんだって。




「知ってる?田んぼのカヤネズミのくらし」で滋賀県立大学のチームが作成したPDFがダウンロードできるから、超おすすめ。


朝顔、谷中の朝顔祭りは風流ですね。
門扉脇を彩っています。




宮崎完熟マンゴーは毎年楽しみにしています。



今年は400グラムの4Lだそうです。
種植えると芽は出るけどその苗は冬越せない。
小さくていいので温室が欲しい。
フィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent Willem van Gogh、1853年3月30日 - 1890年7月29日)は、オランダ出身でポスト印象派の画家。
ゴッホのお墓はフランスの田舎町オーベールにあります。

アムステルダムのゴッホ美術館で彼の病状に焦点をあてた特別展、「狂気の境界線」on-the-verge-of-insanity、が行われているようです。


リンク

https://www.vangoghmuseum.nl/en/stories/on-the-verge-of-insanity

ゴッホの絵は美しい。


どうしても相模原の狂乱殺戮についてひとこと申し上げたい。

知的障害者とその家族が、懸命に治療や職業訓練に取り組み、生命を輝かせていた。
それがなぜ、意味不明な屁理屈で絶たれなければならなかったのか?
俺は涙を流した。

恨みや妬みから発した行為による結果に、人の社会はあまりにも無力だ。

挫折は改善やさらには成長に向けた軌道修正のための薬にもなるが、精神を傷つける。

人が嫌がる行為によって目立とうとする心理もわかるけど、許容できるのは合法的な活動の範囲に限られるはずだ。

市中引き回しのうえ磔獄門というのは、冤罪もあっただろうし、それでも時代はそれを求めた。
そして、責任能力はあるにきまっているから、くそ野牢のオナニーにとことんつきあうみたいでしゃくだが、最大のペナルティ以外に考えられない。

政治も現金給付みたいなまったく効果のないばらまきが簡単に決まってしまい、さらに増額までしてしまう世の中、どこまで落ちれば目が覚めるのか、本気で不人気だけど避けて通れない構造改革を実施しろよ。
でも、こうして世の中に不満をため込んでる俺自身も、あのキチ害と何が違うのだろう、親鸞聖人は、人は誰でも状況次第で、親鸞聖人でさえも、いかなる悪人にでもなるものだと喝破されている。
スタンフォード監獄実験で証明された人格理論もある意味このことなのかな。

幼稚であることは、新たな発想を生む成長の可能性でもあるが、無垢に他人を傷つける。
明るい日差しが恵みであると同時にすべてを乾燥しつくしてしまう膨大なエネルギーでもある。

今この瞬間をひとつひとつ大切に、いささかでも命を無駄にしないように、命に感謝していたい。
せめてできるのは、静かに瞑想し祈ることぐらいだ。




若き日にLA(アメリカ合衆国カリフォルニア州)のゲッティセンターで観たヴァン・ゴッホのアイリスである。
今夜、この絵や新宿の損保ジャパン美術館のひまわりを気軽に見学できることって幸せだと思うし、豊かなことだとつくづく思うのだ。
はっきりいってバブルの力で手に入れた物だけど、おなじあぶく銭の使い道としては、見事なものだと思う。

どうでもいいことだけど、明日、晴れるといいな、隅田川の花火、今年は雨天順延はなし、俺は選挙には雨降ったって行くけど、花火大会は中止になってしまう。
※予報では快晴 ☼ 
メメントモリ;「死を思う」という意味のラテン語

ローマの骸骨寺には、たくさんの修道士たちの骸骨が積み上げられている。

I see what I was.
You see what you will be.

といったようなことが書かれていた。
これは真理である。

私もいずれ骨だけになるのかと思うと、有限の命という素晴らしさ(ギリシア神話では不死の神々が死すべき運命の人間を羨んでいる)に思い至り、静かに平穏な気持ちを感じた。

血肉はタンパク質なので、腐敗して二酸化炭素と水になる。
骨はリン酸カルシウムなんで、時間かけて土になる(またはケイ素と結合して化石になることもある)。
宇宙レベルの循環である、まさに輪廻転生、諸行無常だ、実にすばらしい。
どうにもならない運命を受け止めるには、それなりの時間がかかるものである。
ああでもないこうでものない、不毛な思考をを繰り返し、堂々巡りの末に覚悟が芽生えるのかもしれない。

DECAY;衰退、腐敗、堕落
魅力的な美しい響きの言葉です。
ワーグナーの「神々の黄昏」は「THE DECAY OF GODS」と翻訳されています。
※原題はドイツ語で「ゴターデーメルング」です。

好奇心は自由に過去と未来を行き来する。
遊びに本気だと、人生豊かになるみたいだね!?

なお、不都合な真実として、凶悪犯罪の9割は若い男である。
テストステロンの過剰分泌が一時の感情で脳を支配し、過当な競争と一発逆転の行動を選択させるのである。
この事実をわかったうえで、法の支配を冷静に毅然としてしかも現実的に構築していくべきなのである。
事件事故犯罪の恐ろしいところは、その時間を一方的に奪われてしまうことなのであろう。
やはり、不法者には毅然とした対処をしなければならない。

復讐も恨みも際限がなく虚しいだけだが、納得なんかできるものではない。
爬虫類の時代から付き合っている怒りと向き合うとき、あまりの残酷さに無力な自分を感じざるをえないのだ。




骸骨寺は地下鉄A線 バルベリーニ駅(Barberini)より徒歩1分、1631年に完成したサンタ・マリア・インマコラータ・コンチェツィオーネ教会(Santa Maria Immacolata Concezione)にあります。
教会は、1960年公開のフェデリコ・フェリーニ監督の"甘い生活" (ラ・ドルチェ・ヴィータ La Dolce Vita)の映画の舞台ともなった高級ホテルやカフェなどが立ち並ぶ、おしゃれな通りのヴィットリオ・ヴェネト通りの始まり辺りにあります。

この坂道を登っていくとボルゲーゼ公園です。
この曲がりくねった坂道のおしゃれなレストランで、素敵なアメリカ人の女の子とデートしました。
今ではいい思い出です。