レンタカーなのだが、「スマホを操作中の事故はすべて保証されません」と黄色いシールが目立つ位置に貼ってあります。
これって、嘘だよね、と第一感で思いました。自賠責保険は、加害者がたとえ麻薬やっててもスマホ中だろうと飲酒だろうが、被害者を救済することが目的なので出ます。
なので、このシールは明白な嘘です。
まあ、任意保険は、保険会社が免責事項をいくつか条件にするかもしれませんが、そんな保険見たことありません。
で、いろいろ調べたら、加害者に責任がある場合、保険金は支払われます。
この虚偽表示が悪質なのは、もしこの話信じてしまい、スマホいじってて事故起こしてしまった運転手が、怖くなって逃げてしまったらどうするんですか!
ということがあります。
事実、飲酒運転だと、状況によっては「危険運転致死傷害」という最強の重過失責任が課されるので、逃げるくそばか野郎が後を絶ちません。
事故起こしたら、加害者になってしまったら、覚悟決めて警察に届け出て救急車呼ばなければならない。
刑事責任はひき逃げでより重くなるし、車の事故は証拠がたくさん残るから逃げ切るのは難しい。
じたばたするなよ。
せめて民事責任は保険会社が補償してくれるから、相手が怪我してたら応急手当が優先!
さて、人は嘘をつきます。
嘘ついたからって、それ自体は犯罪ではありません。
その嘘によって、経済的あるいは身体的損害が出た場合に、民事あるいは刑事で不法行為あるいは違法行為となる場合があり、その因果関係が立証された場合には、損害賠償義務が発生したり、罰を受けなければならないのかもしれないというだけのことです。
嘘をついてはいけないと信じるのは自由です。
まあ、私に言わせれば、嘘つかないとか言ってる奴はもうその瞬間に嘘つきだけど、まあ、そう考えること自体は自由です。
でも、嘘をいけないとかいう連中って、はた迷惑なんだよね。
さて、最新の行動経済学では、なぜ人は嘘をつくのか、不正は起こってしまうのか、さらに、嘘をついているのに正義だと信じ込んでしまうのか、そのメカニズムが研究されています。
詳しくは、いずれまとめてみたいと思っています。
今回は、「人は何故嘘をつくのか?」自体にはふみこまず、研究からわかったおもしろいことをいくつか紹介したいと思います。
(1)嘘をつくことで、他人への思いやりの気持ちをはぐくむ。
(2)嘘をつくことはいけないことなのか?
(3)ほとんどの人は嘘をついても自分は正直者だと思っている。
嘘自体に罪はないし、まあ、嘘を取り繕うために嘘を重ねることで、脳は発達したのかもしれないしね、それほど問題ないと思いますが、嘘が積もり積もって大きな不正(誰かに大きな損害を生じさせるほどの悪質な嘘)になってしまう可能性がある。
だから、対策として、嘘をついてしまう、嘘を許してしまう、嘘を心地よくしてしまう環境にたいして仕組みを変えることが有効なのかもしれない。
愛は地球を救うっていうのも嘘くさい。
お約束のような慈善が結果的に役立ってる可能性も多々あるので、別に否定はしないが、NHK教育「ばりばら」でやってた障害者=感動の図式いわゆる「感動ポルノ;inspiration porn」に関する問題提起のほうが衝撃的だった。
※俺はエロは地球を救うって思ってる。
築地から豊洲への市場移転やオリンピックも虚構の楼閣だよね。
利権と不正の迷宮だ。
嘘に気が付かないふりができる余裕ある人でいたいものです。
墓場までもっていく秘密をかかえ、嘘を貫き通すことこそ美学なんじゃないの?
今日のトピックスにふさわしいかどうかわからないが、本物の手織りペルシア絨毯の写真をアップしときましょう。

偽物、ばったもの、質の悪いコピー品、偽ブランド、まがいもの、こうしたものに心惹かれてしまうのはなぜなのだろう?
ぼったくりは情報の非対称性からうまれるそうなので、歌舞伎町の客引きは信じないようにしよう。



