こんにちは。NYで役者やってます、まみきむです。

 

前回のお話: 

世界中から夢を持つ人達の集まるNY…しかしそこには、そういう夢見る人達を食い物にするプロの詐欺師達が、あちこちで網を張り、言葉巧みに犠牲者を絡め取ろうとする…そして、気がついた時には、全てが遅かった…

 

気付いた時には…

当時の私には、$250という額は決して小さなものではなかったが、無理すれば払えないわけではない…という、実に微妙な額でもあった。また同時に、ヘッドショットの撮影だけでも、写真家によっては$200から$300かかるのはザラだという事も知っていた。それに、その前に撮ったビデオをデモリールにするのも、その$250に含まれるというのだから、これはむしろお得ではないか?!…どちらにしても、このエージェントと一緒にチームを組んで、この先仕事をするなら、どの道必要なものには違いないのだ…

 

勿論、$250もの現金を持ち歩いているわけがないので、支払いはクレジットカード…このクレジットカードというのがまたくせものだった…クレジットカードで買い物をすると、どうもお金を使っているという気がしないのだ…もしこの時、現金で支払わなければならなかったなら、ひょっとしたら状況は変わっていたかもしれないが、$250もの買い物をしたという自覚が今イチないまま、私はそのレシートにサインした

 

支払いをすませると、「では明日から、毎日12時までに、必ずエージェントに電話するように」と言われる…「何のために?」と聞くと、「その際に、その日に来たキャスティングから、あなたが行けるオーディションを知らせるから」と言う…え?こちらから連絡しないと、オーディションには送ってもらえないって事?!それは随分変わったシステムだなぁ…と思ったが、その後に「ちなみに、これが今日のキャスティング」と言われて出された数枚の紙を見た時、全てが明らかになり、目の前が真っ暗になった…

その紙は、「Backstage」という週刊のオーディション新聞に載っている、オーディション情報を切り貼りしたもののコピーだったのだ…

当時の私は、Backstageは毎週必ずチェックしていたので、その紙面やフォントは熟知しており、一目見てそれとわかった…また同時に、本物のタレント・エージェントが、Backstageなど使うわけがないという事も…という事は、ここはタレント・エージェンシーなどではなかったのだ…という事は、今私が払ったお金は一体…?確かに名目は「宣材費」だったが、そのエージェントが使うからこその宣材なのだ…しかし、このエージェントは偽物だから、その宣材が実際に使われる事は、おそらく絶対ない…そもそも、さっきのビデオとヘッドショットは、本当にプロの手によって撮られていたのか?!今ならデジタルだからその場で確認できるが、当時はまだフィルム…デモリールもヘッドショットも、完成まで数日かかると言われていたので、私はまだ実際に見ていなかったのだ…ブツを実際に確認する前にお金を払ってしまうとは、なんたる不覚!

 

取り返しがつかない事というのは、世の中に本当にあるのだ…という事を改めて実感しつつ、それでも一応「契約を破棄したいので、お金を返して下さい!」と訴えてみる…先程のドラマのモノローグなど吹っ飛ぶほどの迫力と真剣さで泣きながら訴えたのだが、やはりそんな事で返金されるわけはない…そもそもお金は宣材費で、事実その為に時間を取り、写真もビデオも撮って、フィルムだって使ってしまったのだ…と言われれば、それは実際その通りなのだ…

やられた…やはり向こうは詐欺のプロ…いざとなれば見抜けると思っていたが、見抜くタイミングが遅すぎた…今回は完全に私の負けだった。

 

払ったお金は、クレジットカードの支払い拒否をするか、訴訟に持ち込むか…といった事も考えないではなかったが、結局これは高い月謝だったと思う事にした。

ここNYには、我々の夢や希望を食い物にし、焦りや心の隙間につけこもうとする輩がいくらでもいる。この先二度と同じ目に合わないためにも、この出来事は決して忘れまい…そして、金輪際、こういう輩を甘く見るなと、肝に銘じておこう…アメリカに、NYに住むというのは、こういう事なのだ…

 

私が、本物のエージェントを得、本当に役者の仕事で収入が得られるようになったのは、それからさらに10年後の事だった。