こんにちは。ニューヨークで役者やってます、まみきむです。

 

これまでのお話: 

世界中から夢を持つ人達の集まるNY…しかしそこには、そういう夢見る人達を食い物にするプロの詐欺師達が、あちこちで網を張り、言葉巧みに犠牲者を絡め取ろうとする…そして、かく言う私にも、実は身に覚えが…

 

心の隙間

これはかれこれ15年以上も前の事…NYの演劇学校でトレーニングを終え、それから舞台を中心に5年ほど活動してきたが、そろそろ次のレベルに行きたい…と思い出した頃だった。次のレベルとは、ずばり、芝居の仕事で収入を得て生活していけるようになる事…そして、それにはタレント・エージェントの助けがどうしても必要だ…と、当時の私は思っていた。

ちなみに、LAではExclusiveと呼ばれる専属契約が基本だが、NYでは複数のエージェントと契約が結べるFreelance(または、Non-exclusive)の契約が許されている。その頃の私も、いくつかのコマーシャルやプリント・モデルのエージェントやマネージャーとFreelanceで契約を結んでいたが、私が本当に欲しかったのは、「Legit」と呼ばれる、TVや映画、あるいは舞台の、演技の仕事のオーディションに送ってくれるエージェントだった。

 

ある時、何かの雑誌か新聞に、「TV&映画のタレント・エージェンシーが、New Faceを探している」という小さな広告を見つけた。こんなところに、本物のLegitエージェントが広告を出すか?…という疑問は、今思えば実に正しかったのだが、その時はまさに藁にもすがる思い…また、こちらもまるっきり素人というわけではないのだから、それがもしインチキなら、たぶん見破れるだろう…という自信もあった(「生兵法は怪我のもと」とは、まさにこの事!)ので、とりあえずヘッドショットを送ってみると、数日後、事務所に面接に来いという連絡があった。

 

マンハッタンのミッドタウンにあったその事務所は、小ぢんまりとしてはいたが、明るく清潔なオフィスで、カップルによる家族経営という雰囲気…女性の方がタレント・エージェント、男性の方はカメラマンという話だったが、どちらも感じのいい人達で、怪しい雰囲気は全くなかった。

 

そこでまずインタビュー…私の経歴、ビザや労働許可の有無の確認、そしてどういう方向にキャリアを進めたいかという個人的な展望などを聞かれたのは、それまでの他のエージェント達と同じで、契約はフリーランスというのも同じ。また登録料や年会費などは一切請求されなかった。トレーニングや演技の経験について聞かれた時も、私が「HB Studioでのフルタイム・コースを修了した後も、英語の発音クラスなどは取っている事を告げると、それ以上他の授業を勧められることもなく、また彼女は私の母校のHB Studioについても、よく知っているようだった。まぁ、この業界にいるなら、それは当然の事なのだが、なんだか共通の知人がいたようで、私の警戒心が少し緩んだのも事実だ…

 

一通りのインタビューが済むと、そのエージェントは、私に「モノローグは持ってる?」と聞いてきた。モノローグというのは、舞台用の演技のサンプルモノローグについてはこちらを参照)で、主に舞台で活動していた私は、もちろんいくつかのモノローグを持っている。しかし、それまでのどのエージェントも、私にモノローグを持っているかと聞いてはくれず、実際に私の演技を見ようとしてくれたのは、実はそこが初めてだった…それまでの他のエージェント達は、私の事をただのモデルか、アジア人のサンプル程度にしか思っておらず、たとえ履歴書に舞台のクレジットがずらっと並んでいても、誰も私に演技ができるとは思ってくれなかった…しかし、ようやく、私を役者と見てくれるエージェントと巡り合えたのだ…思わず涙ぐみそうになったので、それをそのまま使って思い切りエモーショナルなドラマのモノローグをやる…彼らはそれを食い入るように見つめてくれ、私がモノローグを終えると、心から感動したというように拍手し、「That was really good!(本当にすごくよかった!)」「You're amazing!(あなたはすごい!)」と賛辞を惜しまない…好い人達だなぁ…と私の彼らへの印象もより良くなり、何よりも初めて自分の演技を認めてもらえた事に、少し舞い上がっていた

その時、そのカメラマンの方が、「これは是非ビデオに撮って、デモリールに入れるべきだ」と言う…実は、その頃の私は、デモリールが何か知らなかったのだが、映像の仕事のための演技のサンプルだと聞いて、断然やる気になった。当時はまだデジカメやスマホの時代ではなく、ビデオカメラに8mmフィルムで撮っていたが、事務所の片隅には、白いバックドロップの撮影所場所とカメラもあり、そのカメラはもちろんプロ仕様のものだった。そこで、私はもう一度さっきのドラマのモノローグをやり、さらにその後に、コメディのモノローグもやらせてもらう…それらはビデオカメラに収められ、デモリールに編集して、後日VHSのビデオテープにしてくれるという。

 

さらに、ヘッドショットの他にも、カラーのナチュラルな写真も必要だと言われた。当時のヘッドショットは白黒が普通だったが、映像の仕事にはやはりカラーのヘッドショットの方が、数段ナチュラルで有利だという…実際、その数年後には、すべてのヘッドショットがカラーに変わるのだが、その当時は、そんな事は思ってもいなかっただけに、彼らの言うことは新鮮で、大いに納得できた。

しかも、実は、当時の私は自分のヘッドショットがあまり気に入っておらず、いつかは撮り直したいと思っていたところだったので、「丁度いい機会かも…」という気になる…折しも彼はプロの写真家…実際ビデオも彼が撮ってくれたのだが、自然光をメインにしたナチュラル路線というのも、私の趣味に合い、また丁度その日に時間が空いているというので、その場でヘッドショットの撮影もする事にした

 

こんな風に、一気に畳みかけるように事が進められる…というのも、実はRed Flagだったのだが、その時の私には、すべてがごく自然で、起こるべくして起こった…という感じに思え、何の疑問も抱かず、私はいつしか宣材費$250の支払いに同意していた

 

(その7に続く)