洋楽を聞いていると、一体何を歌っているのか
よくわからないということがある。
ボブ・ディランでもあるし、エルビス・コステロでもある。
あるバンドは、何と恐ろしいことに、
歌の歌詞を、詩人に外注で依頼していた。
そうすると、一生懸命辞書を見ながら
訳しても、さっぱり、わからないのだ。
昔は、今のようにGoogle翻訳はない。
そんな難解な歌詞の場合、どうなるのか?
謎の深読みをする人たちが何人も出てくる。
この歌詞のこの部分は、この文学作品のこの部分から
来ているみたいな話が出てくる。
こちらとしては、理解したいと思うため、
仕方ないから、その作品を図書館に借りに行く。
いちいち、そんな本をそのたびに買っていたら、
肝心の音楽が買えなくなる。
そして借りてきて、一生懸命読む。
そうすると、「あれ!なんかよくわからないぞ!」
みたいなことになる。
そして、別の人は、まったく別のことを言いだしている。
難解→理解に推移することはなく、
難解→混沌に推移する。
理解するために調査しているのに、解釈がさらに
難解でどんどん物事が複雑化されていくのだ。
つまり、説明を読むとその説明がわからなくて、
その説明の説明はどこにもありませんみたくなる。(こいつ嫌がらせか?)
結果的に、疲弊して、あきらめて、ぐっすり眠ることになる。
そうしていると、詩なんだから好きに解釈すればいいとか言い出す人が必ずいる。
いやいや、解釈もできないの!わかる?
解釈にまでいかないの!意味不明だから。
だから、こういうことを簡単に言う人間が大嫌いなわけだ。
マジで地球から消えて欲しい。
私がした苦労を、この人には理解することはできないからだ。
モリッシーの何が偉大かというと
歌詞がわかりやすかった。
わかりやすい言葉で、鋭かった。
だから、すべての歌詞を、
We hate it when our friends become successful
レベルにするべきだと思う。
例えば、イギリス人じゃないとわからないとか、アメリカ人じゃないとわからないとか、
そういうのもやめて欲しい。
International Playboysの観点から言うと良くないと思う。
モリッシーが目の前にいたら、この苦労話をして、
私は説得すると思う。
We hate it when our friends become successful
からは、謎の深読み集団は生まれないからだ。
歌詞が難解だと疲れちゃうんだよ。まじで。

