単館系の映画を上映するミニシアター・・・好きなんです。
いわゆるスクリーン1つの小さな映画館ね。

あの臭いというか湿感・・・緊張感、
そして覆いかぶさってくるようなスクリーンの圧迫感・・・
そのシチュエーションで観た映画って、本当に心に残っていて、
千日前の国名小劇とか、天六ユウラク座とか、梅田のコマゴールドやコマシルバー学生時代によく通ったもんなぁ~

今なら、テアトロ梅田や梅田ガーデンシネマ、シネマート心斎橋、第七芸術劇場・・・
その辺の映画館しかいかないもんなぁ~

そういった映画館で上映されている作品って
なんて言うか・・・クセがあるっていうか・・・それが、ワタシのハートには見事にひっかかってくるんですね。

だけど、そういう作品や映画館って、
やっぱり超満員とか、ほとんど無いんです。昔はあったんだけど・・・

そんなことを考えていると、
渋谷・道玄坂の商業施設ザ・プライムの6階の映画館シネセゾン渋谷が2月27日、閉館するって情報を聞いて・・・凹んだなぁ。

このシネセゾン渋谷は、映画関連事業やホテル・飲食関連事業などを手がける東京テアトルが1985(昭和60)年11月にオープンした映画館で、
スクリーンは1つのみで席数は219席。2008年には客席とロビーをリニューアルしたんですが、そのタイミングで行った時には、本当にくつろげる素晴らしい映画館だと感じ、
東京に行って時間がある時には通ったものでした。

こだわりのある作品のセレクションに優れていて、
その上、特徴あるレイトショーやイベント上映なども行っいました。

親会社の東京テアトルは、2009年12月から、明治通り沿いのcocoti(ココチ)7階・8階にあるヒューマントラストシネマ渋谷の運営もやっていて、
「映画業界が短命化していることもあり、1スクリーンの劇場は効率が悪い」と判断。
3つのスクリーンがあるヒューマントラストシネマ渋谷の運営が軌道に乗ってきたこともあって、運営を1館に集約することになったようです。

このシネセゾン渋谷、オープニング作品は「そして船は行く」(フェデリコ・フェリーニ監督、1985年)。しぶいでしょう??

代表作は、いずれも興行収入が1億円超えした「レオン/完全版」(リュック・ベッソン監督、1996年)、「オール・アバウト・マイ・マザー」(ペドロ・アルモドバル監督、2000年)、「グラン・ブルー」(リュック・ベッソン監督、1992年)など・・・。

1月22日からは、赤ちゃんの誕生を5日後に控えた主人公ピーターと飛行機で知り合った役者の卵イーサンのアメリカ横断を描いたコメディー・ロード・ムービー「デュー・デート~出産まであと5日!史上最悪のアメリカ横断~」(トッド・フィリップス監督)をクロージング作品として上映。この映画ワタシも現状一押しの映画なので、渋谷まで観に行こうか・・・と考えています。

そして2月5日からはクロージング企画も展開を予定しているようです。

「26年間親しまれてきた劇場ではあるが、これで終わりではなく、当館でやってきた作品の流れやインディペンデント系の映画に力を入れていく姿勢は引き継いでいく」と広報担当の言葉にもあるように、本当にそのスピリッツは忘れることなく、世界中に見つけなければ埋もれてしまいそうな、名作の原石をどんどん発掘して上映していってもらいたい・・・切にその姿勢を願います。

渋谷界隈では、23年間営業を続けてきた道玄坂の渋谷ピカデリーが2009年1月に、
渋谷・スペイン坂の映画館シネマライズの地下1階スクリーンと地下2階の併設館ライズX(エックス)が6月に閉館。
さらに、道玄坂のシネマアンジェリカが昨年11月に、
円山町渋谷シアターTSUTAYA(旧Q-AXシネマ)が昨年9月に閉館してきました。

それと、ミニシアターブームをけん引してきた恵比寿ガーデンシネマも今月28日で休館するようです。

こうやって、本当に映画に夢中で、映画が大好きなファンたちに、ピンポイントで感じる作品を届けてくれる映画館が無くなっていくことは、本当に残念におもますし、
またこういうことで、大切な文化というものが一つ一つ人々の記憶の中から薄れていくということは、本当に痛切に哀しく思えてなりません。

そんな意味で、せめて文化への理解のある(と思っている)関西だけは、
多少意地になってでもそんな火を消さぬように、こだわりのインディペンデントを評価するような映画館をワタシたちの思いで守っていきたいですね。

素晴らしき心の財産・・・頑張って欲しいです!情熱と現実の狭間で・・・

もうほんまにテンションが下がる!というか・・・
イライラするぅぅぅ・・・

実は今も、一度書いたのが全部消えてしまった。
ガーーンバーーンってしたいわぁほんまにぃ~

というのも、また始まったんです!
我が家のあるマンションの修復工事が・・・
あのドリルの音が、心にストレスの塊を積み上げていきます。
ガッガッガガガガガガガガガガ~~~っていうあの音が、
脳に響いて、頭が割れそうです・・・・

しかも昨日からずっと企画書を山ほど作っていて、
こういう創造することが必要なものって、
邪魔されるとヤバイです。集中力が命ですからね!

朝8時過ぎからですから、ドリルの音。
サラリーマンとかされている家庭なら、ちょうどこれくらいの時間には出勤されるから、
けれどワタシたちってのは、ちょうどこの時間くらいにやっと熟睡できるっていう感じ・・・
そのタイミングでガッガガガガガガ~ですからね。
まぁつまり一般的じゃないという証ですか・・・PUNKやね!なら暴動したろか!?

けれど、SUNTVでなにわの小室哲哉(?)奥村英夫がギター弾き語りで「あぁ人生」歌ってた。
「11PM」ファミリーやね!そして今や奥村ファミリー。
その加山こうじと美崎よう子が司会進行・・・この2人ものすごいパンチきいてる!
まぁおかげでこの番組観れたからええか・・・?!

それで、チャンネル代えたら
横綱白鵬が出演していた。昨日、明治神宮で奉納土俵入りがあったんですね。
9日から初場所が始まるし、大鵬と同じ歴代2位の6連覇がかかっていますから話題ですね。
ちなみに1位は7連覇の朝青龍ですわ・・・
そんな横綱言いました。
記録がストップしたことに・・・「記録よりも大きなものをもらった」と。
美空ひばりの「柔」を歌いながら、
「勝~つと思うな♪思えば負けよ~♪」・・・「勝てると思ったんですね。」
「自分の気持ちに隙ができた・・・」
大記録がストップしたことで、それを悟ったと・・・

その話をテレビで観ながら、ワタシは何を小さなことを言ってるんだ・・・って思ったりして・・・
「そこで勝つのが横綱」と。すごいなぁ~

そんなこと考えていると、
ちょっとドリルの音がおさまりました。

あ~眠りたいぃ・・・けれどCNNでも観ながらテンション上げて、
企画書作ろうっと!
昨夜は星がとても綺麗でした。
大阪のような汚れた街でも十分輝いて見えました。

ワタシは、ふとしたことで空を見上げることが多いので、
その時に飛び込んでくる星の煌めきは、本当に心を癒してくれます。

そういえば、長い間、天体望遠鏡を覗きこんでいないなぁ~・・・
子供の頃に、近所の兄ちゃんが天体望遠鏡を買ったてことで、
外にそれを置いて、町内総出で、順番に空を見上げて月を観た。
あの時は衝撃でした。今でもあの胸騒ぎ憶えていますもん・・・

もう今では、技術もどんどん進歩して、
天体望遠鏡の性能もどんどん上がっているのでしょうねぇ・・・
 
カナダ東部バードトンに住むキャサリン・グレイさん(10)が超新星を発見したそうです。

カナダ王立天文学会によると、超新星の発見では史上最年少だそうです。

今回見つかった超新星は地球から約2億4000万光年離れたきりん座の銀河UGC3378の中にあり、「超新星2010lt」と命名されました。

グレイさんはカナダのアマチュア天文家が先月31日に撮影した画像の中から3日に超新星を発見したらしいです。

なんという注意深い子供なんだろう・・・
好きなんでしょうねぇ~

ワタシも幼いころは宇宙飛行士になりたいなんて、ほざいていたのに・・・
今考えたら、必死になってその純粋な思いを追い求めてきたかっていったらそうでもないし・・・

まぁ精神的にも肉体的にもあんな過酷なことは無理なんだけれど・・・

グレイさん、彼女の未来
とても気になりますねぇ
大切にこの純粋さ、
大人が守っていってもらいたいものです。
あ~ショックです!

本当に大好きでした!

昨年自ら肺ガンであることを公表していた元Japanのベーシスト、Mick Karnが1月4日、ロンドンの自宅で亡くなったことがオフィシャル・サイトで発表されました。52歳でした。

1月4日ロンドン・チェルシーの自宅で家族や縁の人たちに囲まれ息を引き取ったそうです。

昨年6月に自らがガンであることを発表し、その後、闘病生活を送っていました。

本名Anthony Michaelides。
70年代半ばにDavid Sylvian、Steve Jansen兄弟とJapanを結成。
グラムロックを継承した化粧など奇抜なファッションは日本でもアイドル的人気を博し、
なんと初来日でいきなり日本武道館という快挙!

バンドをやりたくて始めた頃のワタシはたいへん影響を受けました。

彼のフレットレス・ベースを使用したオリジナリティ溢れるベース・サウンドは、Japn解散後もスタジオミュージシャンとして数多くの大物ミュージシャンに愛され、数多くの作品に関わってきました。

また坂本龍一など日本のミュージシャンとの共演も数多く残したことも知られ、ビビアン・スー、土屋昌巳、佐久間正英、屋敷豪太らとユニットThe d.e.pを結成したことでも知られています。

もうMickのカニ歩きベースが観れないのか・・・

Japanの再結成を願っていたのに・・・

本当にワタシの青春。

ご冥福をお祈りします。

常に彼の作品は、ワタシたちの目の届くところにあり、
つまり、彼が映画界を離れていたという実感すらあまり無かったと言えるのかもしれません。

アメリカ共和党でカリフォルニア(California)州のアーノルド・シュワルツェネッガー(Arnold Schwarzenegger)知事(63)です。
彼は政治家として州知事として2期7年を務めあげました。
そしてその任期を終えて3日、ついに退任したのです。

さぁそうなると、映画界への復帰が噂されますよね。
なんて言ったって超スーパースターですから・・・
シュワルツェネッガー氏の今後の動きに注目が集まっています。

ボディビルチャンピオンからハリウッドの映画スターを経て政治家に転身。
州知事まで上り詰めたしたシュワルツェネッガー氏ですが。
ある意味ミーハー的な盛り上がりに比べ、結局は巨額な財政赤字を残したままの退任となりました。

また、再選を目指した2006年の知事選で、環境政策を訴えるなどリベラル寄りの姿勢をみせて世間を感嘆させましたが。
やはりカリフォルニア州の経済悪化が進むにつれ、支持率は低下してきた中での最後でしたね。

それでも、シュワルツェネッガー氏は11月2日に行われた知事選で民主党のジェリー・ブラウン(Jerry Brown)氏が後任に決まってからの2か月間、知事職を引継ぐ準備を着々と進めていたようです。

退任にあたってシュワルツェネッガー氏は、
「わたしの知事時代の業績についての最終的な判断は、歴史が下すことだろう。だが、わたしは自分が達成してきた仕事に誇りをもって去る」と語りました。

シュワルツェネッガー氏は、ツイッター上で「映画セットで座り続け、3か月や半年も映画制作に関わるような忍耐力が、まだ自分にあるのか?わたしには、わからない」とつぶやいています。

そんなこと言っていますが、
ロサンゼルス・タイムズ(Los Angeles Times)とのインタビューでは、知事退任後の選択肢として、自伝の執筆や全米各地を巡回する講演ツアー、ビジネスプロジェクトの立ち上げから、映画監督まで、さまざまな可能性を示唆していました。

まぁこれだけの方ですから、知事退任後も、引く手数多なんでしょうから、
これからさらに選ぶことに充実した時間を過ごすことでしょう。

ワタシとしては、やっぱり映画のスクリーンの中に登場するシュワルツェネッガー氏を心待ちしますねぇ~・・・。

政治の中の闇の部分も知ってしまった彼の、さらなる大きく意味あるこれからの動きを楽しみにしましょう。

新作は・・・どんなんやろう・・・??

新年明けましておめでとうございます!

2011年になっちゃいましたね!
今は、元日です。どうしましょう!

1年で一番大好きな大晦日をあっという間に終わらせて、
そしてオメデト~ってことで、鐘ついて・・・そんな感じで
寝ないで眠らないで、不謹慎にもFMCOCOLO765で6時間生放送やっちゃいました。
最高のコンディションでやるべきなだろうけれど、
まぁ正月だからいっか!なんてそんな甘えはいけませんなぁ~失礼・・・

こんな状態じゃ今年ちゃんと生きていけるのか?このオッサン!
とかなんとか言ったりしてますが・・・

そんな日本もどうなってるんでしょうか??ってことで、

さて厚生労働省が1日付で、2010年の人口動態統計(年間推計)を公表しました。

人口減少幅は戦後最大の12万3000人に上って、初めて10万人を突破しました。
人口減は4年連続で減少幅は年々大きくなっているんです。

人口推計は出生数から死亡数を引いた人口の「自然増加数」で測るようですが、
出生数は2009年を約1000人上回る107万1000にとどまる一方で、
死亡数は119万4000人と2009年より約5万2000人増加しました。

そこで、厚生労働省は、高齢化に加えて、猛暑の影響で7、8月の死亡数が増加したことが影響したとしているようです。

死亡数は戦争で記録がない1944~46年を除き戦後最多を更新。
死亡数が100万人を超えるのは8年連続。
人口は2005年に初めて減少に転じ、2006年は出生数の増加で増えましたが、
その後は減少が続いています。

結婚件数は前年比2000件減の70万6000件、離婚件数も2000件減の25万1000件でした。

こんな日本です。

さて2011年は希望の持てる日本となるのか?

そういう意味でスリルはあるけれど、向かっていって
いい一年にしていかなきゃいけないですね。

そんなこんなで今年もよろしくお願い致します。

ついに明日です!大晦日です!


ワタシがBUGtte MOTELで毎週コラボしている天才!KA4U主催のBIG PARTY!!


MIDI_saiですぅ!


<< MIDI_sai greatful starlight COUNTDOWN 2010-2011in ミス大阪>>


2010年12月31日 open PM8:00 / until AM4:30 (before sunrise!!!)


会場: ミス大阪(大阪 千日前) http://miss-osaka.com/



KAMI&#39;s Radio Days


創業73年、今もなお現役で輝き続けるグランドキャバレー≪ミス大阪≫。

一歩踏み入ればソコは昭和も平成も跳び越えた超宇宙型ワンダーランド!!
逝く歳 狂う歳、MIDI_saiの名のもとに集結したお馴染みのアーティスト達がバグった除夜の鐘のごとく千日前ミス大阪から涅槃まで鳴り響かせまくる!!!!


年末大掃除してる暇あったらMIDI_saiを爆音で散らかそう!

紅白見てる暇あったらお茶の間ごと持って来てチャブ台を破壊されよう!

煩悩数えてる暇あったら坊さんとMIDI_saiで踊りまくろう!!!!!


兎(来年はウサギ年だけに!)に角、ウサギもブッ跳ぶスターライトなカウントダウン…何が起こるかは貴方の目で確かめて!!!!


年越しソバ、振る舞い酒もご用意してお待ちしておりまーす!

入場者先着順でお年玉ノベルティーもプレゼント!!


MIDI_sai x ミス大阪、今年最大のビッグバンが大晦日に!!!!!
今宵、ミス大阪でレッツ浮世離れ!! あー楽しみ過ぎて発狂しそう!!!!!!!!!
http://www.flickr.com/photos/midiskee/show/


ACT :
KA4U
□±□(GPC±OKM)
OVe-NaXx
DODDODO
MARUOSA
BOGULTA
DJ MIGHTYMARS
AUTORA(Akio Yamamoto[TANZMUZIK/Akio Milan Paak]+Jun Takayama[speedometer.]+森雄大[neco眠る] +砂十島NANI[BOGULTA])
真保★タイディスコ
DISTEST
SPA SPA SPADELIC (KA4U+砂十島NANI[BOGULTA]+伊藤コーポレーション[neco眠る])
SHAKA-ITCHI
NYU!
ばいを般若

VJ: グリア天文台 / BOZOW


CM:catchpulse

オープニングラジオ:BUGtteMOTEL


オープニングアナウンス:とんち/mel-chan


SOUND&LIGHTING SYSTEM: chika-ikkai

FOOD:赤飯食堂/aroa


Ticket info
◆前売:\3000 (ドリンク代別途)
◆当日:\3500 (ドリンク代別途)


- 店頭販売 -
◆KING KONG stones 店 06-6214-3687
◆newtone records     06-6281-0403
◆TIME BOMB RECORDS 06-6213-5079


- メール予約 / お問い合わせ -
◆MIDI_sai   info@midisai.com

※今回、前売りチケットはプレイガイドでの販売はございません。
指定店舗での販売及びメール予約にてお買い求め下さい。

more info⇒ http://www.midisai.com/ (Time Tableもチエック!)

■会場info:ミス大阪 (大阪・千日前)http://miss-osaka.com/
TEL 06-6643-1210
住所:大阪市中央区千日前2-7-16


KAMI&#39;s Radio Days

ワタシは、20時10分から出演します。

BUGtte MOTELでです。

まぁいわゆるオープニングトークなんでゆる~りと楽しんで下さい。

その後は、CMを観て

それでLIVEを堪能して下さいね。

大晦日は、ミス大阪で過ごしましょう!


2010年10周年を迎えたMIDI_saiが大晦日にとんでもない事をやらかします!!
なんと今回は、大阪千日前ミナミの生き証人キャバレー≪ミス大阪≫にて劇的にスターライトなカウントダウンパーティーを開催!!!!

さてそれで『ロック誕生~ニッポンROCK40年~』


このNHKのBS-2で放送された番組は、

2008年に公開された映画『ロック誕生 The Movement 70's』に、



KAMI&#39;s Radio Days


新たに発掘した貴重なライヴ映像などでさらに詳しく伝えた番組です。

もうこんなワタシたちファンにとってたまらん教材?は無いのです。


さぁそれで、第6話(最後)は、「70年ロックの金字塔!ワンステップフェスティバル」


1974年8月4、5日と8~10日で

福島県郡山市開成山公園総合陸上競技場で行われた日本最初(で最後?)の本格的野外ロックフェス。


発起人は、郡山在住の佐藤三郎さん。

彼がアメリカのウッドストックの映像を観てしまったことがきっかけで、

「こんなことを郡山でやりたい!」と一念発起!

そこで、誰を呼ぼうということで、世界で一番有名な日本人は?

そうだ!オノ・ヨーコだ!ということでYoko Ono(実際はJohn Lennonを呼ぼうとしていたらしい・・・)を呼びたいと・・・

それで内田裕也さんと当時、東芝EMIで洋楽制作部でThe BeatlesやPink Floydなどを担当していた石坂敬一氏(現ユニバーサル・ミュージック合同会社会長)に相談したそうです。

当時のことを佐藤さん、石坂さんが振り返って語りました。


そこから実際にアメリカへ行きYoko Onoに直接交渉をしに行き、Yoko Onoは承諾。

ヨーコ・オノ&プラスティック・オノ・スーパー・バンドの出演が決定しました。しかもノーギャラで・・・


その他の出演は、

あんぜんバンド、異邦人、内田裕也&1815ロックン・ロール・バンド、かまやつひろし&オレンジ、オリジナル・ディラン、久保田麻琴と夕焼け楽団、サディスティック・ミカ・バンド、シュガーベイブ、センチメンタル・シティー・ロマンス、トランザム、ミッキー吉野グループ、はちみつぱい、沢田研二&井上尭之バンド・・・・・

たくさんのバンドとそのファンが郡山に集いました。


そして外道の「香り」、イエロー「眠れない夜」、上田正樹&サウス・トゥ・サウス「Can't Turn You Loose」・・・

どれもこれも個性いっぱいでかっこいい!外道なんて当時の暴走族の兄ちゃんがかぶりつきですから(笑)


さらにつのだ☆ひろ&スペース・バンドの「メリージェーン」当時から熱唱です!

まぁ、キャプテン・ヒロ&スペース・バンドですねいわゆる。

角田ヒロ(Ds&Vo)、今井裕(サディステッィク・ミカ・バンド→サディスティックス→イミテーション)や芳野藤丸(SHOGUN)やヨモヨシロー(あのファッションプロデューサーの四方義朗さんです。ワタシの大学の先輩です。)が在籍。斬新なバンドですわ!「何かいい事ないかしら」とか名曲ですねぇ・・・

後のスペクトラムとかにもある意味影響を与えているバンドだと思います。


さらにクリエイションの「タバコロード」このLIVE映像での竹田和夫さん!ヤバイ!ほんまにカッコいい!

ただしこの映像は翌年行われた郡山空飛ぶカーニバルでの模様です。


一人の青年の思いが、これほど大きなエネルギーとなり、日本の音楽界で伝説となるフェスを創り上げたという奇跡。本当にリスペクトするわけで、

ただ、若者が欲しているもの、そして時代が向かうものえの反発する思いが、

見事にクロスオーバーし、ここにカタチとなったわけです。


今まさに、ECOとROCKを融合するようなマスイメージを持つフェスはたくさん存在するし、

もう今や当たり前のこととなってはいますが、

この伝説の郡山ワンステップ・フェスティバルの合言葉は、

「街に緑を!若者に広場を!そして大きな夢を!」でした。


この言葉は、決してセピア色にはなっていない!

まさに今でも当然生きている言葉。

その思いを心に刻み、日本のROCKを育むということ、

これを全身全霊でやっていきたいですね!

そのためにラジオがあるんですし、ライヴハウスが存在しているんでしょう!


ええものをもらったです。

滑り込んで後半3話だけでしたが、本当に2010年の締めくくり、ええ体験でした。


来年に向かって、ワタシも魂を太くしっかりと鍛えていくつもりです。

だって・・・ROCK好きですもん!!!




さ~そして

本当にNHKさんありがとう!


NHKBS-2『ロック誕生~ニッポンROCK40年~』ですが、

続いて第5話「うねりを上げたローカルロックウェイヴ」


東京中心じゃなく全国の様々な地域でロックが躍動的に産声を上げる70年代。

そんな中でまずは、アメリカの影響をもろに受ける沖縄のシーンを紹介しました。


紫で「DOOMSDAY」のLIVE映像ですわ。

そしてさらに沖縄の街を歩くメンバー。サインしたり、闊歩したり・・・

しびれましたわぁ~当時とにかくワタシたちの周りでも話題でしたから

ロック好きなマセガキには・・・衝撃すぎて・・・

日本にもこんなバンドがいるんやって!いわゆる正統派のHard Rockバンドやからねぇ~


リーダーのジョージ紫さんが

「当時の沖縄は、耳の肥えたアメリカの海兵隊たちに聴かせなきゃいけないからみんな腕を磨いて、とにかく北から南まで沖縄にはたくさんのクラブがあって、北の辺野古辺りのクラブで夜やって、そのまま南移動して南の方のクラブで深夜からライブなんてあたりまえでしたからねぇ~・・・沖縄でバンドやっているとギャラが良くて、学校の先生の何倍って額もらってたから、とにかくバンドがあっちこちにいっぱいありましたからね・・・まぁそこからベトナム戦争で兵隊が減っていってそれでクラブも減って、バンドも自然淘汰されていった感じですかねぇ・・・」

と語りました。


そしてワタシの大好きなコンディション・グリーンです。

ワタシ、沖縄まで観に行きましたもん!20年くらい前かなぁ~

けれど1番好きだったのが、カッチャン(Vo)そしてエディー(B)、シンキ(G)、ターケ(Ds)の時代。

もうこのパフォーマンスたるや・・・最高ですわ。

蛇使ったり、人間タワーしたり・・・

「TRICK」78年の京大西部講堂でのLIVE映像です。


そして石川県小松市出身のめんたんぴん。

バンド主催の野外ライヴの走りです。75年の夕焼け祭りからのLIVE映像を楽しめました。

「コンサート・ツアー」「ジンを一杯」・・・

それでメンバーの佐々木忠平(Vo&G)が語ります。

もうあの頃の面影はなく・・・(笑)「ロックの基本は、退屈な街に生まれること・・・」

もうこの言葉が深くてねぇ・・・ジーンと来ました。


そして最後は、めんたいですよ!

ワタシが一番憬れためんたいロック!

それを語るなら・・・まずは・・・サンハウスでしょう!

メンバーの鮎川誠(G)さんが語ります。

「アメリカのブルーズは、地方都市とかいろんなところで生まれた。そしてイギリスのロックもそう・・・だけど日本は、東京中心で、なんでそうやなかったらあかんのやろう?だからオレたちは、自分の生まれた街でロックができるということが夢・・・」

だから当時のめんたいロックのシーンは熱かった。

ワタシも真っ先に飛びついたロックってめんたいロックですもん!

そしてそのサンハウスのLIVE映像は・・・

伝説の75年の阪神競馬場でした。


ワタシが意識してロックを知ったのは小学校4年生の頃。

そして日本のロックを感じたのは、ラジオ(たぶんラジオ関西だったと思う・・・)から流れてきたサンハウスでした。小学校5年生の時です。


大阪という一ローカル都市で、必死になってロックに貪りつこうとするガキだったワタシは、

子供心にめんたいロック(博多)の熱さに心振わせていました。


当時のロックは、やっぱり・・・ライブハウスとそしてラジオですべて成立していたんでしょう!

きっと相性が良かったはずです。また一緒に向かおう!っていう連帯感とかね・・・


そういえば第4話で増渕英紀さんが言っていました。

「当時のロックバンドは、スタジオ録音のレコードには満足していなかった。再生される音楽じゃなく、ライブハウスで演奏して日本中にできだした会場を回ってただただ演奏する・・・これが彼らそのものだったんでしょう・・・」


映像を観て本当にその姿をリアルに感じました。


今は、簡単に音源が作れてしまえるからこそ、この時代の持つライヴに向けるエネルギー。

それを若きバンドたちにも感じてもらいたいものですね。

今年の内にやらなきゃいけないこと・・・

ってのがあって、今まさにセコセコやっております。


まぁ昨夜は、Electric Eel Shockのライヴを、

十三ファンダンゴという最強のタッグで観れたし(リポートはまた後ほど・・・)

年末にEESとファンダンゴというと本当に年末恒例って感じで、焦ってくるぞぉ~


それからラジオの生放送やって帰宅。


すると!やってましたわ!あまり観ないテレビで・・・NHKのBS-2です。


『ロック誕生~ニッポンROCK40年~』

間に合わなくて4・5・6話だけでしたが、

たまらんでした!本当にこれは、この年末に観れてよかった・・・


まずは、第4話「70年代・ロックの目撃者たち」

ここでは、RCサクセションの久保講堂での伝説のライヴや、

ジョニー、ルイス&チャーのとてつもなくCoolなLIVE映像や・・・

もうしびれっぱなしでした。


それとなんといっても、

David Bowieの写真集『氣』(持ってます!)や

T-REXの写真集『T-REX PHOTOGRAPHS BY SUKITA』(これも持ってます!)

寺山修司監督作品『書を捨てよ町へ出よう』の撮影監督(何回も観ました。ワタシのバイブルです!)

あの鋤田正義さん!


ARBや甲斐バンドや、村八分や・・・様々な写真。

また寺山修司監督の映画『トマトケチャップ皇帝』

さらにATG映画『キャロル』またドキュメント映画『ROCKERS』その他にも『血風ロック』等

撮影監督としてインパクトを与えてきてくれた井出情児さん!


そして!

開局間もないFM東京で「ヤングシグナル80」という伝説の深夜生放送のパーソナリティーとして、

また「ミュージックライフ」や「ヤングギター」そして「宝島」などの雑誌で様々な熱い筆を効かせてくれて、

それでなんといっても憧れの「88ロックデイ」の審査委員も勤めておられた(たぶんアズ☆ハルのハルチが出演した時の審査委員です)、増渕英紀さん!


彼らの証言が観れた!聴けた!っていうことが感動だし、なんかとても得した気分だったです。


ロックという音楽が生まれ、若者の意志や希望や夢や・・・

そういったものを思い切り吸いこんで、巻き込んで、暴走する様子。

それに真っ向から向かって行く3人の寵児。

そのスピリッツをここまで明け透けに見せてくれて本当に感謝ですね!

ROCKへのLOVE注入!してもらいました(笑)

ワタシは、本当にまだまだ甘いっ!と・・・


そして最後には、京都での当時の憂歌団のLIVEで「パチンコ」74年かな?

木村さんめっちゃ痩せてて・・・ちょっと恥ずかしそうで・・・

こんなんやったんやぁ~・・・なんせワタシは10歳やからねぇ・・・


あらあら長くなってしまったんで、

第5話の感想は後ほど・・・・・


本当に、

音楽ファンで、ロックが好きで・・・ヨカッタ!