最近よくラジオがやれる・・・

これは本当に幸せなことで、
尊敬するJohn Peel氏が天国からワタシに「もっと本もののDJになれ!」と叱咤激励のためにチャンスをくれているのか??そんなことさえ考えてしまいます。

もう熱いとか、勢いとか・・・そんな本能的なことでことを進めるようなことはせず、
しっかりとリスナーの皆さんに喜んでいただけるようなそんなラジオをとにかくやっていたい!

ラジオから素敵な音楽をOn Airしていたい!
刺激を感じるようなトークをしていたい・・・本当にそう思います。

昨日もネットラジオを終えて、スタジオから帰宅する時に
最近ず~っと持参している携帯ラジオで、88.1MHzにチューニング、NHK-FMを聴いてみました。
「元春レディオ・ショー」ですよ。佐野元春さんがDJのラジオ番組。
昨夜は、あの大瀧詠一さんがゲスト。
自らの音楽との出会い・・・エルヴィス・プレスリーのことや、ドラムとの出会い(自分はドラマーと思っている発言)、はっぴいえんどのこと・・・とにかくすごい充実のないようでした。

日本語という言語をいかにカッコよく聴かせるか?
それに感覚的に反応していく大瀧さんの感性の素晴らしさ、
なんというか、本当に魅力的なお話でした。

来週も大瀧さんがゲストということなんで、本当にこれは聴かなければ!と思います。

今日は、またもや「MARK'E MUSIC MODE」のピンチランナーとして、
梅田TOWERスタジオから17時から生放送します。
よかったらFMCOCOLO765なんで聴いて下さい!Radikoもあるからネットもありです。

ラジオって実はものすごい機能的に見えて機能的じゃないんですね。
なんか鈍臭いっていうか(笑)だからある程度自分自身でゆだねられるわけで・・・
その魅力ってすごいし無限大なのです。

そうだ・・・
今度ワタシ発案の「ツイトーク・ラジオ」っていうのをやるつもりにしています。
twitterを使ってラジオをやります。
できたら1カ月に1回はやろうと思っているんで、今月のスケジュールはまた報告しますね。
楽しみにしていて下さい。

いっぱい遊び場を作っていくんで、またよかったら覗きにきて下さいね。

結局はラジオ的なことしかできないけれど・・・
あくまで、なんやかんや理屈や理由をつけて、ラジオにしてしまってやってしまう・・・
それが楽しくて遊べるんで最高なんです(笑)

だからラジオをやっていたいんです。いつでもどこでも・・・
仙台のプロモーター、ジー・アイ・ピー(仙台市青葉区春日町)は、エコキャンプみちのく(川崎町)で4月29日・30日に行う予定だった野外ロックフェス「ARABAKI ROCK FEST.11」の開催延期を発表したようです。
ちょっと前に発表されたんですが、やっぱり皆さんにも知ってもらいたいのでこの事実を伝えておきますね。

2001年に初めて開催し、昨年は過去最多の延べ4万2,000人を動員するなど、春恒例の野外フェスとして全国からも高い認知度を誇るフェス「ARABAKI ROCK FEST.11」。

今年も
ARABAKI BLUES、eastern youth、泉谷しげる、OGRE YOU ASSHOLE、group_inou、毛皮のマリーズ、子供ばんど、THE COLLECTORS、斉藤和義、salyu×salyu、SANDRO PERRI&FRIENDS、サンボマスター、女王蜂、世界の終わり、SOUL FLOWER UNION、曽我部恵一、Dezille Brothers、the telephones、10-FEET、トクマルシューゴ、怒髪天、NATSUMEN、七尾旅人、Nedry、The Birthday、元ちとせ、THE BACK HORN、ハナレグミ、Theピーズ、HiGE、the pillows、POLYSICS、真心ブラザーズ、Maps&Atlases、夢弦会、yanokami、山本隆太、LITTLE CREATURES、渡 watary、センダイガールズプロレスリング、みちのくプロレス、阿部芙蓉美、andymori、uhnellys、EGO-WRAPPIN' AND THE GOSSIP OF JAXX、envy、オワリカラ、川内太鼓、Caravan、9mm Parabellum Bullet、黒猫チェルシー、Ken Yokoyama、SAKEROCK、GTGGTR祭、Signals、白A、真空ホロウ、スチャダラパー、高木正勝、つしまみれ、Nothing's Carved In Stone、noodles、ねごと、the HIATUS、he、ザ・ビートモーターズ、B.B.クイーンズ、a flood of circle、Heavenstamp、PONTIACS、マキシマム ザ ホルモン、雅-MIYAVI-、MONOBRIGHT、LITE、THEラブ人間、THE ROOSTERZ、レキシなど

すでに約80組のアーティストが決まり、3月14日には第3弾アーティストを発表する予定でしたが、11日の東日本大震災を受けて協議検討を重ねていました。

ARABAKI PROJECT代表の菅真良さんは公式サイトを通じて「震災直後は中止という選択も考えていましたが、被災後に頂戴しましたご出演予定の皆さまや関係者の皆さまからの激励のご連絡、そしてご来場予定のたくさんのお客さまからの開催を切望するメッセージへ、開催へ向けて前進するという形でお応えしなければならないと思いました」とコメント。

被災地の音楽ファンに向けて、「被災された皆さまの一日も早い復興をお祈りしています。『ARABAKI ROCK FEST.11』延期開催に向けて僕たちも踏ん張っていきます。お互い強い心で頑張っていきましょう」と呼び掛けました。

素晴らしい!本当に素晴らしい!こういうことなんですね。
みんな踏ん張りながら共に頑張っているんです・・・
ワタシたちが、傍観楽観していたらいけないんです。
音楽は本当に尊いもの!ぜひとも「ARABAKI ROCK FEST.11」の開催を応援しましょう!
先日、大阪のアメリカ村にある新神楽というライヴハウスで、
恒例の「大阪ロックデイ」を行いました。
このチームに所属?するライヴハウスが自主的に行い、すでに今年に入って十三Fandangoやアメリカ村火影などで行っているシリーズの一つです。
そこで、本当に思ったんです。
「音楽って尊いものだ!」ということ・・・
同時に「ここに出演するこの若いバンドたち・・・いったいどうなりたいのか?どこに向かいたいのか?」つまり、ワタシたちは、彼らが向かうところにちゃんと導くことができるのか?っていうことです。
彼らは言いました。
「東日本大震災に対して、自分たちは何もできないもどかしさがある・・・だけど今思うこれしかできないから音楽をやるんだ・・・」と・・・
彼らには今、音楽をやる!それがいつか力になる・・・それを信じて、純粋な気持ちでがむしゃらに音楽をやっているんだ・・・ということ。こういった気持が大切なんですね。

そんな意味でも彼らが音楽がやれる環境、つまりライヴハウスがそこにあるということが、本当に大切なんだということを改めて感じた時でもありました。
純粋な意味での発表の場所。これが無ければ、みんながストリートに出てしまう。
やっぱりライヴハウスの存在というのは絶対なんです。

大阪にはそんなライヴハウスが健在、そして当たり前のように毎夜、あっちこっちで音楽が鳴り響いています。これは幸せなことです・・・

ところが、
仙台市青葉区のライブハウス「MACANA(マカナ)」(仙台市青葉区一番町4)は、いったん閉店し、新天地での再オープンを目指すことになったようです。

MACANAは1996年にオープン。プロ・アマ問わず広いジャンルのミュージシャンが出演するライブハウスとして広く知られ、さまざまな音楽イベントの中心にもなるなど仙台の音楽シーンを支えてきました。

店内は震災による被害が少なく早期の営業再開を目指していたようなんですが、入居する「エビスヤビル」の取り壊しが決定。
この場所での再開を断念せざるを得ない状況となりました。
佐藤洋一店長は「この地で約15年間営業させていただいたが、今回のことで多くのメールやお電話をいただき、たくさんのアーティスト、お客さまに愛されていたことをあらためて実感させられた」と話します。

現在は新たな場所での営業再開に向け、移転先を探しているそうです。
佐藤さんは「これにくじけることなく、新しい場所で必ずマカナを再開させる。復興へ向けて頑張っている皆さんに笑顔を届けられるよう、こちらも頑張っていきたい」と意気込み、支援を呼び掛けています。

開催が決まっていたイベントは中止、または市内のほかのライブハウスで振替公演が行われるようです。

阪神淡路大震災の時、当時何度か出演経験のあった東京のミュージシャンから連絡があって、
「チキンジョージが気になるから一緒に行ってもらいたい」と言われたので、とにかく電車を少し乗り、ひたすら歩いてチキンジョージの辺りに向かいました。
ビルは倒壊し、お気に入りだったバーもカタチもなく、もう何が何だかわからないまま胸が詰まる思いを抑えて目的地に向かったら、ちょうど取り壊す直前のチキンジョージに出会い、その無残な姿にまた涙を流したものです。

ライヴハウスには、その出演者だけでなく、集まったファン、そして音楽たちにの涙や汗がいっぱい生きている・・・それだけに簡単に無くなるなんて考えられません。

今ではチキンジョージも復活して、熱い音楽を連夜奏でています。

ぜひともMACANAも復活し、心の復興のためにも、素晴らしい音楽という力を与えてもらいたいです。
その日を待望しながら、仙台に想いを馳せます・・・頑張れっ!

日本政府は1日午前の閣僚懇談会で、東日本大震災を受け、今後半年間の閣僚給与から毎月50万円、計300万円を国庫に自主返納することを申し合わせたそうです。

国会議員歳費を1人当たり半年で計300万円削減する特例法が3月31日に成立したことに合わせた措置。

枝野幸男官房長官は記者会見で
「閣僚給与をそのままにすると、国会議員歳費との差額分が支払われることになり、歳費の減額効果が国務大臣に及ばない。自主返納の形でそろえた」と説明。
副大臣や政務官も同様の返納を行う考えを示したそうです。

国会議員歳費旅費及び手当等に関する法律(昭和22年4月30日法律第80号)によりますと、

議員の給与は、歳費(第1条―第7条)として
議長 218万2000円
副議長 159万3000円
議員 130万1000円
とされています。

基本的に国会議員と閣僚の給与は、重複しては支給されていないんですね。
よって国会議員の大臣の場合、国会議員の給与分は国会の経費で負担し、
大臣との差額分30万程度は所属の省庁が負担しているそうです。

ですからこの分が返納されるということですね。
まぁこれはこの事態当然のことなんでしょうが・・・

しかし議員さんって結構それ以外のお金がかなりええ感じで入ってくるシステムになっているようで、

たとえば、旅費は、公務により派遣された場合に支給(第8条)
議会雑費は、各議院の役員、特別委員長、参議院の調査会長、各議院の憲法審査会会長 6,000円以内(日額)(第8条の2)
文書通信交通滞在費は、各議院の議長、副議長及び議員 100万円(月額・非課税)(第9条)

さらにご存知のJR特殊乗車券、国内航空会社航空券の支給(第10条―第11条)いわゆるタダで電車や飛行機に乗れるわけです。

期末手当の支給(6月、12月)(第11条の2―第11条の4)
など・・・

他にもあるわけですが、これもかなり支給されそうで、
しかもすべて法律で保障されていることになっています。
この辺はどうなっているんでしょうか??なんて素朴に思ったりしています。

まぁどちらにしても閣僚が一部給与を返納することは悪い話ではありませんが・・・
ただ半年間と限定しているところが少しひっかかります。
これは今の日本が必ず半年間で復興するという閣僚の強い意志表明と解釈していいのでしょうか??
全国一の自転車の生産を誇る大阪府堺市が東日本大震災の被災地に向けて、タイヤがパンクしない自転車150台を贈りました。

堺市は自転車の生産が国内シェア6割と日本一の製造拠点で、震災の被災地で使ってもらおうと市と卸売組合が特殊なタイヤを装備した自転車を贈ることにしました。

自転車のタイヤにはそもそも空気が入っておらず、代わりにジェル状の樹脂が詰められています。
つまり空気が抜けないようになっています。

道路の状態が悪く、ガソリン不足で車が動かせないという深刻な被災地で手軽な移動手段として活用してもらおうという狙いです。

これですよ!これ!
堺がなぜやらないか?!とずっと思っていました。

「自転車の町、堺として何かできることはないか(と考えた)」(堺市ものづくり支援課 安井由孝課長)

被災地に自転車を送るのは2回目で、今回は150台が宮城県石巻市に届く予定です。

これは2回といわずどんどん絶対に引き続きやるべきです!

被災地の避難所すべてに、もちろん堺だけじゃなく、全国の各地域から自転車。
空気が抜けない自転車。ぜひとも設置して、救援物資や食糧を輸送するべきです。

そういったことに使用されるなら、税金だって惜しみません。
というかどんどん使ってもらいたいです。

ただ、空気が抜けてしまう自転車は、抜けてからが無駄になるんで、
あくまで空気の抜けないパンクしない自転車。くれぐれもよろしくです。

なんか・・・明るい気分になってきたなぁ~
シンガポール当局は国際原子力機関(IAEA)に対し、日本から輸入したキャベツの一部から、国際貿易で推奨される基準値の最高9倍の放射性物質が検出されたと報告しました。
複数のIAEA当局者が30日明らかにした模様です。

IAEA安全局担当のデニス・フローリー事務次長は
「シンガポール当局から送られてきた日本からの輸入食品の測定値に関する報告書では、つまりキャベツのことだが、一部のサンプルは国際食品規格の推奨値を上回っていた」と述べました。

また、IAEAに出向している国連食品当局のデビッド・バイロン氏は、同事務次長と同席した記者会見で、サンプルの1つからは推奨値の9倍の放射性物質が検出されたと明らかにしました。

一般的にコーデックス委員会と呼ばれる国際食品規格委員会が定める基準値は、法的な強制力はなく、放射性物質の影響を受けた食品をどう取り扱うかについては、当該国の判断に委ねられているそうですが、
いずれにしてもシンガポールという国際都市にして、アジアの玄関口ともいえる街から伝わる情報ということは、世界中に伝播する勢いもスピードがあると思います。
ということは、この情報が間違った情報として、また屈折して歪んで伝わらないことを望むばかりです。

ただ、日本にいると、またリアリティーの無い関西にいると、メディアを通じて国が行政が伝える情報といえば、大丈夫ばかりで、
本当に危険ではないのか?といった不信感が逆に積もってくるわけです。

それならば、危険であるということをはっきり提示して、そこからいかに克服していくかということを、恐れず国民に語りかけるという指導者の勇気も求められるものだと思われます。

そういえば、最近・・・菅さん見ないなぁ~・・・ちょっと忘れてるもん・・・

そんなことばっかり考えていると、やっぱりわからないんですね。なんかね・・・

シンガポールではどのように伝わっているんでしょう?
よかったらシンガポール在住の方、情報をお待ちしています。

今月3月2日に80歳を迎えた旧ソ連のミハイル・ゴルバチョフ(Mikhail Sergeevich Gorbachev)元大統領の誕生日を祝う慈善コンサートがロンドンで30日に開催されたようです。
そこには映画スターや歌手、政治家などが参加しました。

アメリカの俳優ケビン・スペイシーとシャロン・ストーンが司会を務めたというこのコンサートには、イギリスの歌手ブライアン・フェリーやシャーリー・バッシー、
ロシア人指揮者ワレリー・ゲルギエフなどが出演。

アーノルド・シュワルツェネッガー米カリフォルニア州前知事やイギリスのメージャー元首相、
イスラエルのペレス大統領なども参加したということです。

コンサートの収益はゴルバチョフ基金や、がん患者を支える慈善団体に寄付されることになっているそうです。

ゴルバチョフ氏といえば、
1985年にソビエト連邦共産党書記長になって以来、ペレストロイカ(改革)やグラスノスチ(情報公開)などの大改革を断行し、民主化を推し進めたあの方ですが・・・

1990年3月15日には、ソビエト連邦初代大統領に就任。
これはソ連最初で最後の大統領となったわけです。

ソビエト連邦崩壊させたゴルバチョフ氏は西側諸国では冷戦終結の立役者としてみられてはいるんですが、ロシアでは多くの人がソ連の解体を嘆いているようです。
国民は、その結果としての経済的苦難は、ゴルバチョフ元大統領の責任だと考えているらしいですね。

とはいえ・・・80歳を基点として、
これからゴルバチョフ氏がどのような動きをするのか?
もしかしたらまったく動かず隠居するのか??
いずれにしてもとても影響力のある方ですから、注目したい!期待したい!
浮かれている場合ではない・・・などと勝手に思っております。
ゴルビーに注目!

先日、たまたま『ごみとリサイクル』という新書を読みました。
1990年の著書なんですが、その当時にも関わらずもっとも進歩的な話がどんどん飛び込んできて、本当に新鮮な感動を味わいました。
著者は、寄本勝美先生という早稲田大学の教授をされている方です。

これからこの先生の著書をたくさん読み学習して、機会があればお話をお伺いしたいなぁ~なんて夢を描いていたのですが・・・

寄本勝美先生・・・亡くなられたようです。70歳でした。

寄本先生は、和歌山県田辺市生まれ。やはり素敵な環境の街で過ごされていました。
ワタシの生まれた1964年に早稲田大学政治経済学部自治行政学科卒業されて、
1967年に早稲田大学政治経済学部助手。
1970年に早稲田大学大学院政治学研究科博士課程単位取得退学。
1978年からは、早稲田大学政治経済学部教授。

1994年、京都大学で博士(法学)となり博士論文は「自治の形成と市民 -ピッツバーグ市政研究」。
早稲田大学政治経済学部学生担当教務主任、政治経済学部長(1994年~1998年)、常任理事(1998年~2001年)等を歴任。
今年2011年3月に早稲田大学政治経済学部教授を退官されていました。

専攻は、行政学、地方自治論、環境政策。
学生時代には政治経済学部に自治行政学科があり、その出身であることに誇りと責任感を持ち、学生、地方公務員、政治家、一般市民への学問の還元を模索してきました。

そしてさらに清掃工場の建設反対運動など当時「ゴミ戦争」と呼ばれた増え続けるゴミの処理を巡る問題を研究し続けました。

また川崎市などの自治体でゴミ行政の現場から教訓を学ぶ「現場第一主義」の姿勢を貫き、リサイクルや循環型社会の課題について、行政や地方自治の在り方を提言してきました。

そういったゴミ問題についてのフィールド・ワークは、ワタシたちにも刺激を与え、数々の成果を生みだしてきました。

またその後、中央環境審議会の委員や地方自治学会の理事長などを務めるとともに、飲料用のペットボトルなどのリサイクル費用の一部を生産者や排出者から徴収する新たな制度の導入などを提唱していました。

もう今や一般的な話ですね。

今では当たり前のように語られるECOや環境問題。
その礎や意味づけを作られ努力された先生の偉業(というか活動)の数々。
これから残されたワタシたちがしっかりと継続していかなければいけないなぁ~

そして先生が徹底されたいわゆる現場主義。足で集める真実・・・
もっとも大切なものです。そして説得力のあるものですね・・・

寄本勝美先生。
もっと早く先生のお名前や研究やその活動を知ればよかった・・・無念・・・

ご冥福をお祈りいたします。
被災経験を語り継ぐNPO法人「阪神淡路大震災1.17希望の灯り」(通称HANDS)が、
東日本大震災の被災者支援で衣類を送る「TASUKI PROJECT」を進めているそうです。

専務理事大下幸夫さん(72)は「震災を経験した神戸だからこそ、人とのつながりを大切にして支援したい」と語っています。

阪神淡路大震災では、国内外から支援物資が送られたようですが、
やはり分類分別がうまくいかず、必要な所に必要な物資が届かないケースも見られました。
HANDSの堀内正美代表(61)は「使用されず捨てられた物資もあった」と振り返ります。

HANDSはこの反省を踏まえ、必要な人に確実に届く方法を検討。
提供する衣類の包装に性別、サイズなどをあらかじめ明記し、受け渡しがスムーズにいくようにしました。

また、衣類提供者には、友達への贈り物を想定し、汚れていない服を選ぶよう依頼し、被災者へのメッセージも同封するよう呼び掛けました。
堀内代表は「提供するなら、大切な人へプレゼントを贈る気持ちで」と語ります。

本当に大切なことですね。
こういった気持ちって素晴らしい。

神戸市内のHANDS事務局に衣類などを詰めたトランクを持参した中国出身の楊艶さん(30)は、インターネットを通じプロジェクトを知ったそうです。
「人間同士のつながりを大事にしたいと思った。日本でお世話になった恩返しのつもりです」と話しました。

ワタシの周りの外国人の方々も本当に、何も分からないときに受け入れてくれた日本という国。
それは家族だから力になりたいと語ります。

問い合わせはHANDS事務局078(682)1117か、
TASUKI PROJECTのメールアドレスtasuki.project@gmail.com)まで。

このHANDSの活動、みなさんも知ってください。
岩手東海新聞の記者として岩手県宮古市を30年間駆け回った佐々木健さん(64)が、東日本巨大地震による津波にのまれて死亡していたことが分かったようです。

街中を漂流した愛車には、津波の寸前に必死に積み込んだカメラとパソコンがあったとのこと。

地震発生日の11日、佐々木さんは宮古湾近くの2階建て事務所にいました。
配達に出ようとする配達員を制して避難させ、建物に戻って妻雅子さん(60)とともにパソコンを車に運びました。

車に乗り込む直前、ごう音が響き渡ったそうです。
「雅子、2階に上がれー!」。佐々木さんも後に続こうとしたが溺れてしまいました。
一足先に2階に上がった雅子さんが目を凝らすと水面から、佐々木さんの顔が見えたそうです。
「電柱につかまって」と声を張り上げたが、沈んでいったという・・・。
「パソコンなんて持たずに避難をしていれば。でも、原稿執筆には欠かせないものだから……」

佐々木さんは1969年に入社。
雅子さんと手分けして漁業や祭りなどの話題を取材、毎日4~5本の原稿を書いていたそうです。
定年直後の2006年秋に心臓病でペースメーカーを付けたが、翌年に人工弁を装着し嘱託として現場復帰。胸の手術痕で遺体を確認したそうです。

岩手東海新聞社業務局長の神林知明さん(63)は、「どこにいっても知られている、根っからの記者だった」と惜しんだそうです。

被災地の現場には、こういった命がけの取材を続けたり、その使命感の中で命を落とした方や、
また今復興に向かって懸命にもがきながら頑張るメデイアの中の人々がいます。

同じく宮古市には22日から、臨時災害ラジオ放送「みやこさいがいエフエム」の放送が始まりました。

放送時間は毎日午前9時半~午後1時、午後2時~同4時を予定。
ライフラインや交通情報、商店の開店状況など地域密着型の情報を、
周波数は77.4MHz、放送エリアは同市宮町の陸中ビルから半径20kmに届けます。

当初は3人からのスタートで現在は地元の高校生などのボランティアも参加。
情報を的確に被災地に届けています。

そこで、昨夜緊急特番で行いました「SunnyFrancis.TV」
私たちが震災のためにできることってなんだろう?・・・テーマにいろいろな課題にリアルタイムで取り組みました。

サニー・フランシスも、阪神淡路大震災の経験や、自分が外国人であるという現実から、
被災地や行政や社会や様々な疑問を解明していこうと頑張りました。

そんな中で、「みやこさいがいエフエム」の橋本久夫さんと電話が繋がり、貴重な電波にもかかわらず緊急で番組に生で登場していただきました。

「放送を始めたことで、たくさんの方々が協力して下さっています。ただそれぞれには自分の時間があります。それだけに24時間ずっと情報を流せないことが残念ですが・・・そんな中、行方不明だった方が見つかったり、そんな時は本当に嬉しく思います・・・」

わずかな灯りの中で、懸命に使命を果たそうと努力するその姿勢に感銘です。

「姫路の方から応援のメッセージをいただきました。本当に感謝しております・・・」

全国から激励のメッセージをいただくことが本当に励みになるとのこと。

そのダイレクトな生での橋本さんの声は、しっかりと視聴者の心に届きました。
本当に感動的な時間でした。

ワタシたちも同じメディアに生きる人間として、本当にリスペクト、そして何か力になれることがあればと本当に思います。

そしてむしろ、被災地にいらっしゃる方々にパワーをもらっているというのが、情けないばかり・・・

今後、様々なカタチで情報を交換していけばと考えています。
みなさんもぜひとも、このブログ宛でも結構ですんで、どんどんコメントを下さい。

ココロを一つにして、みんなで頑張っていきましょう。