前回の記事は、こちら─、
『 無理解という、お互いにとっての悲劇…。』
とは言え─、
それも仕方のないことだったのかも知れない。
私の両親の幼少期というのは、
戦争は、さすがに終わっていたかも知れないが、
まだ─、
世の中は貧しく、子供たちは、
常にお腹を空かして過ごしていた時代。
そういう時代に、
幼少期を過ごして来た人間にとって、
「 今日は、あまり食欲がない… 」
「 こんなに入らない… 」
などというのは、
「 不平不満 」以外の何ものでもなく、
もはや─、
理解不能なわけだ。
「 時間が、かかっても全部、食べてしまえ!」
それが─、
父の考え方であり、
正しいしつけ、教育であると考えていた。
しかし─、
私の幼少期というのは、既に飽食の時代へと、
移り変わっており、
もちろん─、
子供の好き嫌いというのは、
親が、たしなめて行く必要があるだろうが、
「 もう満腹だ、これ以上入らない… 」
と言っている子供に、
「 許さん!ぜんぶ食え!」
などというのは─、
果たして教育なのか?しつけなのか?
少なくとも─、
私は、自身の経験から、
疑問に感じるようになったことは否めない。
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( 次回へつづく... )
『 これぞ板挟み!誰も間違っていないもかかわらず何かがおかしい?』