いつも多数の方々がブログをご覧頂き有難うございます。
過去にブログで公開した写真をフォト蔵でも公開する事になりました。
フォト蔵も併せてご覧下さるよう宜しくお願いします。
フォト蔵ホームページ
http://photozou.jp/user/top/3003386
名前が長いので、覚え難い名称ですが、国鉄時代を知っている私には旧国鉄時代の向日町運転所のイメージが強く、最近まで名前が変わっていた事を知りませんでした。
国鉄時代は九州・北陸本面の長距離列車を中心とした車両基地で、昼間は九州方面の夜行列車のヒルネで車庫が一杯でした。
幼い頃に見た車庫の風景は485系電車の他にブルトレの20系客車や10系客車、戦前製の寝台客車がヒルネしていたのを覚えています。
長距離列車中心の車両基地として車庫が満杯だった頃に比べれば、現在はローカル列車中心の車両基地となり、車庫で留置している車両も113系や117系、221系の姿が中心となっています。
車庫もブルトレの廃止で車庫に眠っている車両が少なく、広い敷地なので閑散としています。
さて、私は自宅から自転車で車庫に向かいましたが、JR西日本長岡京駅に立ち寄りました。
長岡京駅は国鉄時代に神足(こうたり)駅と名乗っていましたが、1995年に現在の駅名に改称されました。
駅には車掌車のヨ8000形が保存されています。
貨物列車の最後尾には必ず連結されていました。
また、駅名には0系新幹線とD51の車輪も展示されており、この地域が鉄道と関り深い事を印象付けさせています。
駅から更に京都方面に向け、線路沿いに自転車を走らせると、車庫に沿った道に出ます。
道沿いに隣接する車庫には留置されている車両を見る事が出来ます。
運用が無くなった583系も見る事が出来ます。
221系も配置されています。
緑色に塗られた113系が目の前で止まっています。
サンダーバード号の683系も見る事が出来ます。
車庫には事業用のクモル145系の姿が見えます。
最近は殆ど稼動していない様です。
くろしお号用の287系です。
車庫にはレール運搬用貨車のチキが留置されていました。
ここはレールを加工出来る施設も併設されており、レール輸送列車が有ります。
保線用車両も見えました。
夜になると稼動するのでしょう。
保線用機関車のアップ写真です。
車両の左下に若葉マークが有ります。
何の為なのか分りませんが、微笑ましいです。
車庫には波動輸送用の583系を見る事が出来ます。
「急行きたぐに号」の臨時列車運用も無くなりました。
今後の動向が気になります。
京都方のクハ581側面です。
字幕が「急行きたぐに」になっています。
車庫周辺は住宅地となっていますが、場所によって撮影に適した所も有ります。
大阪方から見た583系編成
大阪方から見たクハ581です。
車庫にはDD51ディーゼル機関車も配置されています。
381系くろしお付属編成と共に留置されています。
それではバイバイ
(^O^)/
湿気も増して蒸し暑いです。
(;^_^A
もう直ぐ梅雨の季節に入って撮り鉄の活動も鈍くなる季節です。
体調には気をつけて下さい。
今日は京阪電鉄寝屋川車庫の写真です。
周辺は住宅地となっており、留置している車両を近くで見る事が出来ます。
留置している車両は入れ替わりが激しいので、その光景は日々変わります。
当日は淀屋橋駅開業50周年と6000系登場30周年を記念したヘッドマークを取り付けた車両が並んでいました。
京阪特急用の8000系は編成を分割されていました。
5扉の5000系はラッシュ時にのみ活躍しているようです。
最近は活躍の機会が減っているようです。
車庫はフェンスが張られていますが、隙間から編成全体を撮影する事も可能です。
寝屋川車庫には乗務員研修用の教材車が留置されています。
2600系ですが、元々は2000系オートカーから車体や機器を流用しているので、種車のイメージが残っています。
また、塗色が旧京阪一般色の若草色となっており、数少ない旧色の姿は貴重です。
同僚の編成は更新改造工事が施されると同時に塗色も現行色に塗り替えられているので、姿が変わっています。
車庫の片隅には3月に引退した旧3000系が留置されています。
廃車解体待ちだと思われますが、中間車の姿を見る事が出来ました。
テレビカーの文字が印象的です。
京阪特急からテレビカーも消えました。
間もなく、京阪電鉄の線路から旧3000系は姿を消して、名実共に伝説となります。
その後、私は
枚方公園駅近くの踏切で電車を撮影しました。
ここは、私のお気に入りの撮影スポットです。
それではバイバイ
(^O^)/
つい最近まで肌寒かったですが、最近は暑いですね。
(^▽^;)
今日は一昨日に阪急電鉄正雀車庫とJR貨物吹田機関区で撮り鉄しました。
どちらも比較的近い場所に有るので、自転車で移動出来ます。
阪急電鉄正雀工場は前回が特別な日なので工場内部を撮影出来ましたが、日頃は外側からでしか、撮影出来ません。
しかし外側からは休車中の車両を撮影する事が出来るので、お勧めです。
2000系中間車は車内が丸見えです。
京都線用の7300系中間車は長らく休車状態が続いています。
2300系トップナンバーの編成です。
2年程前までは嵐山線で走っていました。
保存目的で留置されているのでしょう。
阪急6300系の京とれいん編成は平日お休みです。
阪急6300系トップナンバー編成は今も解体されずに留置中です。
しかし、編成は解かれてしまいました。
次はJR貨物吹田機関区です。
ここは、機関車の入出庫が頻繁なので、撮影する光景が日によって違います。
EF210とEF510が並ぶ姿も美しいです。
駐車中の車とバイクが邪魔して残念です。
また、休車中の機関車が留置されています。
EF200型電気機関車も休車となりました。
17号機の今後が心配です。
EF66 0番台が特に多いです。
手前の機関車はパンタグラフが取り外されていました。
もう復活は無いのでしょうか?
この日はEF66 0番台によるレール輸送も行われていました。
最近はEF66 0番台の稼働率が高くなっているようです。
本線で走る機会が増えるかもしれません。
それではバイバイ
(^O^)/
感動しました! 春のレールウェイフェスティバル2013 本編2
昨日も一日中暑い日でした。
もう直ぐ鬱陶しい梅雨の季節がやって来ます。
気温の変化が激しいので、体には気をつけて下さい。
(*^o^*)
今日は昨日に引き続いて阪急電鉄正雀工場で行われた春のレールウェイフェスティバル2013の写真をアップします。
私は日頃見られない車両工場内を撮影しました。
工場入口と車両工場の一般公開の様子です。
大勢の人が参加しました。
工場裏側も大勢の人がいました。
敷地に敷かれている線路は3線になっていて、標準軌と狭軌の鉄道車両両方置けるようになっています。
正雀工場は自社の車両以外も扱っているので、3線になっています。
工場敷地には車両を丸ごと運ぶ事の出来るトラバーサーが有ります。
車両をトラバーサーに乗せて平行移動させます。
この広い敷地でトラバーサーが移動します。
芝生が綺麗です。
敷地には9300系の中間車が置かれていました。
日頃は近くで見る事が出来ません。
屋外には取り外されたクーラーとクーラーカバーが置かれていました。
広い工場内部です。
工場では電動部品が工場敷地に整然と並べられていました。
連結器です。
主要密着連結器です。
中間連結器です。
連結器が台に置かれていました。
真新しい車輪が綺麗に並べられていました。
検査修理待ちの車輪です。
銀ピカのパンタグラフです。
他社から修理を依頼されているようです。
点検修理中の台車です。
車輪が外された状態となっています。
部品が整然と置かれて綺麗です。
工場内には珍しい機械も置かれていました。
工具物置です。
点検修理中の車体です。
工場奥には能勢電鉄の1500系と短編成化改造中の3000系が有りました。
車両字幕を使って子供向けにビンゴ大会が行われていました。
車体の洗車体験として電車に乗り込んで、洗車される様子を見学出来ました。
洗車体験車両から眺めたP-6と900形
当日は本当に晴天に恵まれ、暑い1日でした。
本当に感動するイベントで楽しかったです。
秋にも実施されるようなので、参加しようと思います。
それではバイバイ
(^O^)/
5月12日(日曜日)のアクセス数は1676でした。
5月13日(月曜日)のアクセス数は1554でした。
アクセス者数は2日間で1131人となり、多数の方々が私のブログを訪問して頂き有難う御座います。
今後も頑張っていきますので、宜しくお願いします。
予告通りの本編を今日はアップします。
阪急電鉄正雀工場で行われた春のレールウェイフェスティバル2013 に行って参りました。
私のお目当ては阪急京都線で活躍したデイ100形ことP-6です。
開門は午前9時でしたが、1時間以上前から既に人が並んでいました。
予定より15分早く午前8時45分に開門して、正雀車庫に入りましたが、私の眼に飛び込んだのは、憧れのP-6です。
感動のP-6です。
神戸線で活躍した900形も併結されています。
朝早かった関係で、暗く写っているのが残念ですが、午前中にP-6の乗車を確保しました。
証拠の記念乗車証です。
待ち時間を利用して、車庫に保存している車両のカットモデルを撮りました。
能勢電鉄で活躍していた車両です。
阪急電鉄の車両です。
行先サボやヘッドマークが付いていました。
カットモデルの車内です。
今では見られない木造の凝ったデザインです。
照明燈も今と違って凝っており、自宅で飾りたい程にお洒落です。
出来れば明かりを付けて欲しかったです。
デイ100形101号の前面です。
ヘッドマークは阪急京都線急行です。
神戸線で活躍した900形です。
阪急神戸線で活躍し、特急電車にも使用されました。
待ち時間が到来して乗車です。
P-6の車内です。
車内の照明は旧型客車で見られた白熱灯です。
間近で撮ったP-6です。
P-6の横顔が渋いぜ!
工場には100形の台車だったブリル台車が保存されています。
台車はアメリカ製で、製造当時だった昭和10年頃は評判の良い台車でした。
当日は保線用車両のマルチプルタイタンパも展示され、実演が見られました。
車体には蚯蚓区(みみずく)の絵が描かれています。
当日は電車以外に阪急バスとタクシーも展示されていました。
私が目を引いたのは阪神タイガースカラーの阪神タクシーです。
街を走っていると目立ちます。
さすが、大阪です。
明日は公開された車両工場の写真をアップします。
日頃、撮影出来ない工場内部です。
お楽しみに。
(^O^)/
≧(´▽`)≦
今日は「阪急レールウェイフェスティバル2013」に参加します。
生まれて初めて阪急正雀車庫に入ります。
保存しているP-6と900形に遭えるのが嬉しいです。
たくさん写真撮って、ブログでアップします。
http://rail.hankyu.co.jp/festival2013/
今日は2年前の5月に撮影した正雀車庫に留置されている6300系の写真をアップします。
今は「京とれいん」で休日に運転されていますが、改装前の8連姿です。
今日は午後から雨になりそうです。
明日も雨模様みたいですが、12日の阪急レールウェイフェスティバルは天気が回復しそうなので、楽しみにしています。
今日は久々の動画アップです。
EF64 1000番台がEF66 0番台を無動力回送するシーンです。
3月ダイヤ改正で運転が始まりました。
運転日は水曜日と日曜日のようです。
ゴールデンウィークが一段落した後は梅雨に向かって季節が走り出します。
梅雨の季節までは今が一年で一番気持ち良い季節です。
今日は手元に残っている懐かしい鉄道写真をアップします。
撮影時期はJR発足直前の国鉄時代ですので、1980年代頃です。
撮影した頃はインターネットも携帯電話もデジカメも有りませんでした。
カメラもフィルムカメラだけでしたので、この写真もフィルムカメラで撮影しました。
当時はカメラも高かったですが、撮影のフィルム代や現像費も掛かるので、今のように何枚も写真を撮る事が出来ません。
私の手元に残っている写真も僅かです。
しかし、撮影した写真を見ると、当時は当たり前のように見られた車両が今や見る事の出来なくなった車両ばかりとなり、時代の変化を感じさせます。
どうかこの写真を見て、昭和の国鉄時代を懐かしんで下さい。
非冷房と一つ目玉の原型103系です。
東海道・山陽緩行線で走っていた車両が201系の投入で転属してきました。
今や103系は風前の灯ですが、原型のまま走っている車両は有りません。
撮影場所は天王寺駅です。
大阪環状線の103系です。
今も変わらぬオレンジ色ですが、今の姿とは少し違います。
福知山線一部電化によって投入された103系カナリア色です。
撮影場所は大阪駅です。
今や関西地区でカナリア色は見られませんが、話題になりました。
JR宝塚線のラインカラーが黄色いのは、103系のカナリア色に由来します。
運転開始された頃は6連で運転されていましたが、直ぐに4連に短縮され、外されたモハユニットは東京首都圏地区へ転属して行きました。
今となっては非常に貴重な写真と言えます。
天王寺駅で撮影した関西本線の103系です。
ウグイス色は今と同じですが、前面の帯が黄色いです。
101系の置き換えで進出し始めた頃です。
行先はJR難波駅に変更する前の湊町になっています。
大阪駅に停車している大和路快速です。
当時は春日色に塗られた113系が活躍していました。
この車両はデカ目です。
快速ながらヘッドマークが取り付けられていたのが粋です。
同じく大阪駅に停車している113系湘南色です。
京阪神地区を結ぶ快速電車の主力として最も長く活躍しました。
地元で快速電車と言えば湘南色の113系を思い浮かべる位に馴染んでいました。
写真の車両はデカ目で非冷房の原形車です。
今や113系を大阪駅で見る事は出来なくなりましたが、今思うと懐かしいです。
活躍し始めた頃の201系
当時は最新鋭車両でした。
今や東京では全て引退してしまい、大阪に残っている車両も大阪環状線と大和路線に転属して更新工事を受けた姿が変わってしまいました。
大阪駅に停車中の117系新快速
153系が退いた後に新快速として活躍していました。
117系の華やかな時代の一コマです。
大阪駅には電気機関車も乗り入れていました。
EF81は今も活躍中ですが、当時は綺麗な姿でした。
EF65も活躍中です。
国鉄時代は小荷物を輸送する荷物列車が運転されていました。
余った旧型客車を荷物客車に改造した列車が数多く運転されていましたが、牽引機はEF58が主流でした。
写真は大阪駅で荷物列車牽引で来ていたと思われるEF58です。
当時は数を減らしつつ有るも、現役でした。
また、当時はEF58の他に信越本線で活躍したEF62が転属して荷物列車の牽引に活躍しました。
活躍期間は非常に短く、荷物列車全廃と同時に多くは廃車されてしまいました。
大阪駅で停車中のEF62
撮影した頃の大阪駅は福知山線が全線電化されておらず、福知山線を発着するディーゼルカーも頻繁に顔を見せていました。
特急列車は181系の「まつかぜ」と「はまかぜ」です。
国鉄特急色と側面のJNRマークがマッチしていました。
当時はディーゼル急行も頻繁に運転されており、キハ28・58系の車両の姿も見られました。
ローカル輸送としてキハ47も出入りしていました。
特急電車は北陸方面を走る列車が数多く設定されており、当時は485系が主流でした。
側面のJNRマークが凛々しいです。
大阪駅に停車する「白鳥」です。
今や白鳥も大阪駅を旅立って、青函連絡特急に生まれ変わりましたので、この姿も見られません。
ボンネットの「雷鳥」が懐かしいです。
貫通扉付の「雷鳥」も無くなりました。
特急電車には食堂車が連結されていた列車が多く、「雷鳥」や「白鳥」にも連結されていました。
写真はサシ481です。
上記の写真とは撮影時期が違いますが、当時は当たり前に連結されていました。
381系時代の「しなの」は大阪駅に乗り入れていました。
今は「こうのとり」が頻繁に乗り入れています。
ブルトレも当時は数多く運転されていましたが、今では過去のものになりました。
24系の「日本海」
東京~大阪間を結んだ急行「銀河」は20系客車から14系客車に置き換えられました。
しかし、暫くして24系25形に置き換えられ、廃止されるまで24系25形のスタイルで走りました。
その為に14系が活躍した期間は僅かです。
写真は14系時代の「銀河」です。
客車化された「なは」です。
ヘッドマークが格好いいです。
福知山線の普通列車には客車列車も運転されており、長く旧型客車が使われていましたが、老朽化によって12系客車が使われていました。
代わって岡山駅で撮影した車両です。
115系と105系は今も現役です。
当時はDE11ディーゼル機関車も現役でした。
高松駅で撮影した特急「しおかぜ」です。
当時の高松駅は20系ディーゼルカーが主流でした。
2両目にバス窓の車両が見えます。
宇和島駅で撮影した急行「うわじま」と普通列車の並びです。
車庫で待機する急行型ディーゼルカー
宇和島駅に到着するキハ181系「しおかぜ」です。
車庫の隅には事業用客車も留置されていました。
突然代わって阪急電車です。
今は無き阪急1300系です。
晩年は嵐山線で活躍しました。
阪急京都線淡路には大阪市交60系も現役でした。
写真は非冷房の姿です。
今はもう見られません。