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ネットウォーカー鉄道クラブ

鉄道ネタを中心にブログを発表します。
ご意見、ご感想待ってます。
2021年2月3日にYouTubeチャンネル開設でネットウォーカー鉄道クラブへ名称変更しました。

3月も下旬になりました。


最近は暖かい日が増えて来ました。


寒い冬ともオサラバです。


明日から寒の戻りで寒くなるそうですが、もう春本番ですね。


桜の季節が待ち遠しいです。


         (≡^∇^≡)


今日は前回に引き続いて、くずはモールの京阪テレビカー3000系です。


とにかく驚きました。    (((゜д゜;)))


ショッピングモールに電車が展示されるのは、驚きの発想で、日本初だと思います。



京阪樟葉駅前にある大型ショッピングモールで、周辺は賑やかです。


展示場所は右側の写真中央に見える南館です。


リニューアルオープンで新たに出来たショッピング施設です。



京阪電車の前面です。


昭和の京阪特急と言えば、やっぱり3000系です。



京阪特急と言えばテレビカーです。



車体後方には製造銘板と最終検査日を記した板が取り付けられていました。


昭和47年製造で、最終検査は平成17年6月29日に受けた様です。


従って、この車両は42年前に製造された車両と言う事になります。




テレビカーの表示、インパクト有りますね。




京阪特急のシンボルマークと言えば、「鳩」です。


現役で走っている8000系にも受け継がれていますね。



少し遊び心で撮りました。



車両前面には「くずはモール」リニューアル記念のヘッドマークが取り付けられていました。



車内は無料で一般公開されており、乗降ホームも作られています。


写真は乗降ホームから撮った車体です。



因みに現役引退1週間前に撮影した3000系です。


展示された車両が走行している姿も見られますので、現役時代の雄姿をご堪能下さい。


http://youtu.be/iDJ6qcJ5_C0


車内の様子です。


座席シートが往年の姿に近い状態で復元されています。



座席シートです。


シートデザインは登場時の姿に戻されていました。



京阪3000系が登場した頃は阪急京都線2800系に対抗する為に、特急料金不要の特急列車としては破格の豪華設備です。


窓枠に収まる様に、シート配置も工夫されていました。


当時は京阪間で京阪、阪急、国鉄の競争が熾烈を極めていた時代でした。



窓側には肘掛とシート番号が取り付けられていました。


京阪電車で座席指定制度の導入が検討されていたと思います。



乗降口扉付近には補助椅子が設けられていました。


少しでも着席率を高める為の工夫で、今もJR西日本223系に補助椅子が設けられて思想が引き継がれています。



客室前部です。


京阪特急の特徴である、テレビが取り付けられています。


京阪3000系は2代目で、初代テレビカーだった1710系及び1900系が登場した時は、大変好評でした。



運転室の様子です。


運転台が今と違って特徴的です。


3000系登場時に復元された運転台で、当時としては画期的なハンドルとブレーキ操作を上下させる運転台でした。


当時は水平に左右に回す運転台が一般的でしたので、試作目的で作られたと思います。


恐らく、0系新幹線の運転台を真似て作ったのだと思いますが、今ではJR西日本の221系以降に見られる形態で普及しており、ワンハンドル運転台と共に先進的アイデアだったのでしょう。


私も3000系にこんな時代が有ったと言う事を、ここへ来て初めて知りました。



運転室から店舗の眺めは他では見られません。


当日は休日もあって、多くの人々が見に来ていました。




ナンバープレートと成田山の御守りです。


安全を祈願して京阪沿線にある成田山の御守りが取り付けられていました。


車両に御守りは珍しいです。



車内は禁煙です。


当たり前ですよね。



扉付近に取り付けられていた路線図案内です。


登場時の案内図だそうで、本物だそうです。



車体後部の化粧板にデザインがされていました。


これは車体更新時に取り替えられた化粧板だと思われます。



京阪テレビカーに取り付けられた、テレビ受信アンテナです。


家庭用アンテナと同じく、屋根上に取り付けられていました。



車体下部の様子です。


台車や床下機器も丸見えです。



台車に取り付けられた台車形式銘板と製造銘板です。



当日は休日でもあり、多くの人が車両内に入って混雑しました。



さて、京阪3000系が置かれている「SANZEN HIROBA」には車両以外にも展示物が有りました。


先ずはポスターです。


過去の宣伝ポスターが飾られていました。





次はヘッドマークと行先表示サボです。


集めて並べると絵になります。


様々なデザインが有って、美しいです。



ひときわ目を引くのが鳩マークです。


初代テレビカーに取り付けられていた、マークです。



レールの種類も展示されていました。


用途に応じて重さや形状の違うレールが並べられていました。




京阪電車の歴史についてパネル展示されていました。




壁には車両のスケール図面が書かれていました。


なかなか渋い演出です。




「SANZEN HOROBA」には8000系を模した運転シミュレーションも有料で行えます。


これは子供に人気が出そうです。



広場の近くには鉄道模型や鉄道グッズを売る店が出来ました。


マニアの人が多く訪れそうです。



それではバイバイ。


          (^O^)/




































寒い日々が続いた3月ですが、ようやく本格的な春がやって来ました。


少し寒い日が続きましたが、やはり暖かいのが気持ち良いです。


でも、今週後半から寒くなって、冬に逆戻りするそうです。


冬と春のせめぎ合いが続いてますが、春を応援してます。


       (=⌒▽⌒=)


3月15日の土曜日にリニューアルオープンした「くずはモール」に行きました。


京阪樟葉駅前にあるショッピングモールで、お買物や食事が楽しめる場所として人気が有ります。


この度リニューアルによって売り場面積が増床されると共に、京阪テレビカーで使用されていた旧3000系が展示されました。


車両が展示している場所は京阪3000系に因んで「SANZEN-HIROBA」と名付けられ、無料で車内に入る事が出来ます。


鉄道車両がショッピングモールの屋内で展示されるのは、日本初です。


展示に関しては次回のブログ更新でお知らせします。



さて、今回は「SANZEN-HIROBA」オープン記念として鉄道タレントの「斉藤雪乃」ちゃんと音楽家の「向谷 実」氏が登場しました。


斉藤雪乃ちゃんは地元で人気有りますが、向谷実氏は音楽家として有名で、京阪電車の駅メロディーを手掛けた第一人者です。


両者共に鉄道好きで有名です。



「SANZEN-HIROBA」には運転シミュレーターが2台設置されており、一台は展示車両の3000系に、もう一台は8000系特急車モックアップの運転台に設置されています。


その設計に向谷実氏は携わりました。



向谷氏が運転シミュレーターに関して熱く語っています。


斉藤さん、向谷氏の話を聞きながら「へ~」顔してました。


面白い表情ですね。



この日の斉藤さんの姿をアップしました。


京阪電鉄の制服も良いですね。



斉藤さんの表情七変化です。


可愛い表情を見せています。





さて、斉藤さんの「変顔」です。


お口ポカンしてますね。



得意の「ゴリっちゅ」してます。


必死に司会してる表情です。



天真爛漫な表情を浮かべる斉藤さんです。


この日は横顔の表情がベストでした。



今回の一押し写真です。



いつ見ても良い表情ですね。



それではバイバイ。


         (^O^)/














また寒さが戻って来ました。


冬と春を行ったり来たりと、スイッチバックしているみたいです。


でも、春は着実にやって来ています。


明日から春の陽気になりそうです。


        ヾ(@°▽°@)ノ


1週間前の出来事ですが、久し振りに阪急正雀車庫とJR貨物吹田機関区に行って来ました。


先ずは阪急正雀車庫です。


1300系第2編成が留置されていました。


もう直ぐ本格運転が始まるそうです。



阪急電車最古参2300系との新旧並びです。


運転開始後は現役の2300系が淘汰されそうです。



その一方で、廃車解体予定で留置されている車両もいました。


箕面線で活躍した3100系です。


2000系由来の古き良き阪急スタイルを終始守りました。


昔は行先や列車種別サボを取り付けていましたが、今は字幕表示やLEDで表示されるようになり、2300系以降の車両は字幕表示器の取り付け改造が行われました。



中間車の3611は既に解体準備に入っていました。


パンタグラフを2つ取り付けている珍しい車両です。


後日、両車両共に解体されてしまいました。


合掌。     (/_;)/~~


阪急正雀工場は新型車両の搬入から廃車解体まで一手に引き受けるので、車両の揺り篭から墓場までと言った感じです。



長く留置されている7300系7301Fの中間車です。


この日は職員が車内で何等かの作業をしていました。


若しかして、現役復帰なのでしょうか。


休車状態のまま10年位経過しています。



次はJR貨物吹田機関区です。


相変わらずEF65 1000番台も元気に動いています。



相変わらず機関車が並んでいます。


休車中、一時留置中、転属予定といった、様々な理由で置かれていますが、今回は左端のDE10 1674号機に注目です。


運転席の窓が旋回窓となっており、豪雪地帯を走る機関車の特徴を表しています。


この機関車、塩尻機関区篠ノ井派出所から岡山機関区に転属するそうで、転属前の整備で吹田機関区にやってきました。


岡山機関区では旋回窓を使う事はないので、注目を浴びそうです。




EF66 30号機です。


現役復帰していますが、末永い活躍を期待します。



EF200 901号機です。


EF200も1号機が廃車解体されており、いつまで活躍出来るか心配ですね。



それではバイバイ。


        (^O^)/






いよいよ春がやってきました。


昨日は暖かくて、気持ち良かったですね。


ようやく寒い冬ともお別れ出来そうです。


早く桜の季節が来ないかな。


ヾ(@°▽°@)ノ


今日は先週訪れた交通科学博物館のレポートです。


閉館の日が近付いていますが、閉館と共に見る事が出来なくなる展示物が発表されました。


人気の鉄道模型ジオラマが閉館と共に姿を消して解体される事が発表されました。


総延長400mの巨大ジオラマは私が始めて訪れた昭和50年頃も人気者でした。


新聞報道によると、ジオラマは昭和45年に製作されたもので、親子2代でジオラマを楽しんだ人も多いかと思います。


家庭では実現出来ない巨大ジオラマは京都鉄道博物館で更にスケールアップして帰って来ると思いますが、この光景を写真に収めて記憶に留めたいと思います。





次は0系です。


先月は車内が一般公開されましたが、以前からから公開されている運転室には長蛇の列が出来るようになりました。


やはり新幹線は今も昔も子供の人気者ですね。



次は第2展示室の展示車両です。


ここは少し離れになった場所にあって、ディーゼル機関車が展示されています。


以前と比べて塗装が塗り直され、綺麗になりました。


写真はDF50とDD13ディーゼル機関車です。



DF50は本線用大型ディーゼル機関車で、非電化区間の日豊本線や紀勢本線、予讃本線及び土讃本線で活躍しました。


私は四国で現役時代の姿を見た記憶があります。



DD13は構内入れ換え用機関車として製造され、貨物操車場で活躍しました。


車両が綺麗に塗装されており、ナンバーも綺麗に磨かれています。



最後にDD54です。


山陰地区の本専用機関車として製造されましたが、構造上の欠陥によって故障が頻発し、活躍期間も短かった悲運の機関車です。



以前は埃を被っていた機関室も綺麗になって見易くなっていました。


DD54独特のスタイルが印象的です。


それでは次回までバイバイ。


            (^O^)/








3月も半ばになりました。


相変わらず寒い日が続いています。


もうこの言葉、何度使っているのでしょうね。


早く春が来ないかな。


          o(〃^▽^〃)o


昨日は交通科学博物館に行って来ました。


目的は日頃未公開だった展示車両の車内特別公開に行く事で、先週に引き続いての訪問です。


帰りには阪急十三駅に立ち寄り、3月7日に発生した火事の焼け跡を見に行きました。


今回は阪急十三駅で起こった火事の様子をお送りします。


阪急十三駅は周囲が繁華街となっており、店舗が密集しています。


火災現場となった駅西口改札口は閉鎖中で、向かい側に焼け爛れた店舗が見えます。



電車は火事の事など気にせず、いつも通りに動いています。


宝塚歌劇100周年記念のヘッドマークを付けた8000系です。



宝塚線にも登場した1000系第2編成です。


記念ヘッドマークが格好良いです。



閉鎖中の駅西口正面ですが、道が水浸しとなっています。



焼け跡が痛々しいです。



駅前店舗の居酒屋も無茶苦茶です。




カウンターに置かれたビールケースが空しいですね。



急遽、阪急十三駅から火災現場をお伝えしました。


次回は交通科学博物館のレポートに戻ります。


それではバイバイ。


           (^O^)/






3月も第1週が終わろうとしているのに、真冬の寒さです。


まだまだ寒さが続きそうです。


早く春が来ないかな。


もうこの言葉、何度も繰り返していますね。


        (=⌒▽⌒=)


交通科学博物館の閉館が1ヶ月を切りました。


最近は交通科学博物館の来館者が以前より増えた感じです。


昭和50年に初めて行った時から展示されていたC62とD51蒸気機関車はどうなってしまうのでしょうか。



151系のレプリカもどうなってしまうのか心配です。


段々と閉館間近となってきた雰囲気です。



明日は未公開車両展示第3弾としてキハ81形と80系電車の様子を見に行ってきます。


行ってきた様子は写真で公開しますので、お楽しみに。


それではバイバイ。


           (^O^)/

今日は朝から寒いです。


先週は暖かかったので、寒さが戻ると肌身に堪えます。


暫くは三寒四温で寒さと暖かさが交互にやってきますが、春はもう直ぐですね。


         (‐^▽^‐)


前回に引き続いて交通科学博物館展示車両の特別公開のお話しです。


今回はマロネフ59です。


日本全国で保存されている旧型客車で、豪華な1、2等車を保存している例は埼玉県大宮市で保存されているお召し列車用御料車以外無く、大変貴重な車両です。


この車両も元々は皇族用車両として製造された関係で豪華な車内となっており、旧1等個室は豪華車両そのもので、2等寝台は今のA寝台車の元祖とも言うべきプルマン式寝台が採用されました。



外観は典型的な旧型客車です。


青い帯に寝台の文字は優等車の証です。


昔は3等級制が採用され、1等車は白帯、2等車は青帯、3等車は赤帯で色分けされていましたが、2等級制に改められて、旧1等と2等が統合されました。


マロネフ59も登場時はマイロネフ37290形を名乗り、1、2等合造車でしたが、2等級制に変更されてから現在の形式を名乗りました。



入口には等級を示す表示が有ります。




所属表記は宮原客車区となっています。



製造銘版によると昭和13年鷹取工場製です。



車内の様子です。


先ずはトイレですが、和式トイレを改造し、洋式トイレになっています。


今の洋式トイレとは違った独特の形状をしています。


後年になって改造されたのでしょう。




洗面室には飲料水器が置かれていました。


洗面台は水とお湯の両方が出るようになっています。



旧2等寝台です。


ブルトレの開放式A寝台の元祖です。



左が座席の状態で、右側は寝台をセットした状態です。



今のA寝台車と違って少し狭いですが、開放スタイルは全く同じです。







旧1等室です。


個室になっています。



個室の内側ですが、窓が付いていて、反対側の景色も見る事が出来ます。



豪華な1等個室の内部です。


部屋が大変広く、今の個室寝台でも、これほど贅沢に作られていません。




ソファベッドの幅が今と比べても広くなっており、当時の日本人の体格からすると、余裕が有り過ぎる位だったと思います。



部屋に置かれた台は何の為に使われたのでしょうか?



洗面室も個室となって、椅子が置かれています。



天井の照明器具と通風孔も凝った造りです。



本当に今回も貴重な体験させて頂きました。


次回は3月9日(日)にキハ81と80系電車の車内が一般公開される予定ですので、また交通科学博物館に行ってきます。


それではバイバイ。


              (^O^)/





















3月に入ってから冷え込みが緩んで来ました。


朝晩は寒いですが、もう直ぐ暖かい日々がやって来ます。


また、学校の卒業式シーズンでもあり、3月は別れの季節で、ちょっぴり寂しいですね。


           (ノ_-。)


3月2日に閉館前の展示車両車内特別公開第2弾に行って来ました。


4月6日閉館に向けての特別企画が目白押しです。


この日、展示車両の80系電車とC62蒸気機関車にはヘッドマークが飾られました。




因みに交通科学博物館のある弁天町の近くには四国・九州方面に行く旅客船のターミナルがありました。


今は船乗り場としての機能は失われて、閉鎖されてしまいましたが、建物は今も当時の面影を残しています。


乗客が船に乗る為に使った通路です。


当時の広告看板が往時の姿を留めています。


船に乗る為に多くの利用者が通路を通ったのでしょう。


昭和レトロ感が漂っています。



玄関正面入口に置かれている鉄道案内図です。


右側の写真を見て下さい。


北大阪急行万国博中央口と表示されています。


しかも上には大阪万博のマークも見えます。


直ぐ下には阪急千里山線と表示されています。


今の阪急千里線です。


この案内表示を見て、設置されたのは1970年頃だと思われます。


恐らくは大阪万博を訪れる人の為に設置されたのでしょう。


大変貴重な案内板ですが、早く保存して欲しいものです。



話は元に戻りますが、今回の展示車両車内公開は交通科学博物館開館当初から展示されているスシ28食堂車とマロネフ59寝台車です。


今回はスシ28について写真を公開します。


元々は2等座席車と食堂車が一体となった合造車でしたが、後に座席を撤去して全室食堂車となりました。


昔は「急行日本海号」等の急行列車に使用されたそうです。



所属表記は宮原客車区となっています。


車内に入ると短い横掛けのシートがありました。


食堂が混んでいる場合の待合場所として作られた小さな「おもてなし」だと思います。



さて、スシ28の車内です。


白熱灯がレトロ感を演出しています。


こういう場所でディナーするのも良いですね。




調理室と食堂を仕切るカウンターです。


当時はカウンターを介して料理が配膳されていたのでしょう。


重厚感が有ります。



調理室です。


中は近代化されています。


ガス栓が有るのは交通科学館時代にレストランとして営業していた事の証です。



ここで、利用者は食事をしていました。


みんな食事をしながら外の眺めを楽しんでいた事でしょう。



服を掛けるフックです。


上着を脱いで、掛けていたのでしょう。



食堂車の椅子です。


座布団がぶ厚くて、食事するのに丁度良い掛け心地です。


ここにも利用客に対する心遣いを感じます。



戦前製の客車は全て白熱灯です。


白熱灯の明かりは雰囲気が出ます。



改造銘板が並んでいます。


昭和28年旭川工場、昭和高砂工場で改造されています。


車両は冷房化されず、夏は扇風機が使用されていた様です。


当時は優等列車でも非冷房が当たり前でした。


夏は長時間旅行は大変だったと思います。



次回はマルネフ59の車内公開をお送りします。


それではバイバイ。


           (^O^)/


















3月に入りました。


冬から春へ季節が変わります。


外も段々と暖かくなってきています。


もっと暖かくなれば、撮り鉄楽しいですね。


       (=⌒▽⌒=)


前回の続きで、古い写真を公開します。


485系の「特急白鳥」と「特急雷鳥」です。


「特急白鳥」は大阪~青森間を結ぶ昼行特急最長距離列車でした。


今は廃止されてしまい、「白鳥」は青森~函館間を結ぶ青函特急となってしまいました。


「特急雷鳥」もこの頃は大阪駅で見る機会の多い列車でしたが、今は全て「サンダーバード」となって、車両も681・683系となってしまいました。



列車が小さく写って分かり難いのですが、よく見るとクハ481 1500番台です。


運転室屋根に取り付けられたライトが2つ目です。


製造後暫くは東北地方の特急として使用され、北海道に渡って札幌~旭川間を結ぶ「特急いしかり」で使用されました。


しかし、北海道の雪に勝てず、短期間で北海道を撤退し、781系に譲って再び本州に戻りました。


「特急白鳥」で使用された珍しい写真です。



国鉄を代表する急行型電車の475系とキハ58系です。


当時は大阪駅に急行列車が出入りしていました。


475系「急行立山」のヘッドマークが懐かしいです。


キハ58系は恐らく「急行だいせん」です。


どちらも今は大阪駅に入りません。



左側の列車は大阪~奈良間を結ぶ快速列車です。


快速列車ですが、ヘッドマークと春日色が特徴でした。


右側は117系新快速です。


当時は京阪神近郊を結ぶ花形列車でした。



103系通勤電車です。


左側は東海道・山陽緩行線の普通電車として活躍しました。


車両は非冷房で、登場時の姿そのままです。


右側は福知山線一部電化間も無い頃の103系です。


カナリア色の103系が大阪駅に入ってた姿は非常に目立ちました。



今度は場所を変えて近鉄今里駅で写した近鉄奈良線の一般型車両です。

今と違って、小豆色一色です。


昔の近鉄電車と言えば、全て小豆色でした。



阪急京都線崇禅寺駅で撮影した5300系です。


今と違って行先サボで列車種別と行先を表していました。



どれもこれも懐かしい写真で、出てきた時は、思わず当時を懐かしみました。


本当に嬉しいです。   ヾ(@^(∞)^@)ノ


お知らせです。


今日は交通科学博物館を再び訪れる予定です。


展示している客車の一般公開が今日ですので、頑張って車内をカメラで撮ります。


それではバイバイ。


           (^O^)/









明日から3月です。


昨日から春の訪れを告げる暖かさがやって来ました。


段々と暖かい日が増えて来ます。


これから撮り鉄日和となりそうですね。


          (≡^∇^≡)


一昨日に押入れの物置を整理すると、昔撮った鉄道写真が出て来ました。


約25~30年前位の昭和時代に撮った写真ですが、今も古さを感じさせません。


写真は国鉄時代のキハ181系「特急しおかぜ」です。


側面のJNRマークは国鉄特急列車の証です。


左側は宇和島駅で撮影し、右側は高松駅で撮影しました。


隣のキハ20系や登場したばかりの50系客車が昭和時代を物語っています。



大阪駅で撮影した「特急まつかぜ」です。


ヘッドマークが白地に文字だけの旧来型です。



宇和島駅で待機しているキハ58系「急行うわじま」とキハ20系普通列車です。


もうこの頃になると、一般型気動車の塗色は首都圏色が普及していました。



大阪駅に到着した24系ブルトレの「特急なは」と「特急日本海」です。


どちらも今は廃止されてしまいました。


この頃からダイヤ改正毎に夜行列車が削減され始めましたが、大阪駅を発着する夜行列車はまだ数多く残っていました。



1981年に撮影した「急行きたぐに」です。


この頃はまだ10系客車が残っていました。


撮影技術が未熟だったので、写真が不鮮明となっていますが、もはや10系客車は鉄道模型でしか再現出来ない伝説となっています。


写真はオロネ10 A寝台車です。



ナハネフ10 B寝台車です。


スユ16 郵便車です。


当時はデビューしたばかりでしたが活躍期間は短く、列車輸送の廃止によって廃車されてしまいました。



荷物列車廃止直前の頃だと思いますが、この頃の大阪駅には頻繁に荷物列車が発着していました。


荷物列車の主役はEF58電気機関車で、正面2枚窓のスタイルは存在感が有りました。



次回も残りの写真を公開しますので、お楽しみに。


それではバイバイ。


             (^O^)/