思い出のある食べ物ってありませんか?

私の最近の思い出食べ物はメロンパンとあんず。

今もあんずを食べながら買いていたりするんです。

メロンパンは私が今までで1番愛されていると感じた時に食べたもの。

あんずは最後のお別れをした時に食べたもの。

私ね、メロンパンもあんずも食わず嫌いだったんだ。

けどね、友達がおいしいって言ってるの聞いて、食べてみようと思ったんだ。



食べているとたくさん思い出がよみがえってくる。

思い出す程度ならいいよね。

もう終わった関係が戻るなんて期待しているわけじゃないし

幸せな思い出に浸りたかっただけ。ただそれだけ。

そんな時あるよね。
高校の卒業式を思い出した。

私は高校2年の時に暴力を受けていたことが学校、友達にばれてしまった。ということは以前書いたと思う。

そんなわけで、3年は保健室にいてばっかりで授業もほとんど早退。友達も離れていって、1人だった。

私は卒業式は休むつもりだった。教室にいるのが辛くて、辛くて、クラスの人の顔を見ることができなかった。

そんな中担任の先生が無理なら帰っていいから、少しでもいなさい、と言って無理やりだったが式に出席した。

式はなんとかこなして、最後のホームルーム。少しだけ出て、保健室へと戻ってしまった。

だから、私の卒業アルバムには寄せ書きがない・・・さみしいけどね・・・

今でも思い出すのが辛い。だから私は卒業アルバムを開けない。封印しちゃった。

けどね、悲しい思い出ではないんだよ。

いい経験だったし。

そういうのってあるよね?今では辛くないことでも、思い出す勇気がなくて封印しちゃうこと。

いつかアルバムを開くことがあったら、私どう感じるのかな。

苦しくなっちゃうのかな。。。
大学に落ちてしまったので4月から私は浪人生になることが決まった。。

これが決まるまでに親とはケンカをたくさんした。

生まれて初めてかな。。

私が実家に帰るのが嫌だということを理由も述べて訴えた。

受け入れられるまで10日以上かかった。

私は帰らなくていい。けど、もう帰ってくるなということが交換条件になった。

お正月も。お盆も。完全に実家から離れることになった。

もう1人なのかな。。

家から離れることは嬉しいけど、嬉しさと同時に悲しみを感じてしまった。

・・・あんなに出たいって言ってたのに。。。矛盾。。。

経済的には応援してくれるようで感謝している。

4月から私はひとりぼっち。遊んでくれる人もいないんだろうな。。

新しい友達作らなきゃ☆明るくがんばらなきゃいけないよね。
温かさを感じること。

いろいろあると思う。
私は手をつなぐことがドキっとする。

会って1番最初のスキンシップが手をつなぐことだったから。

手をつないで。抱きしめてもらって。
これで私は満足できてしまう。

それ以上もいいけど、求めない。

相手は求めてくるかもだけど。。。

私、まだまだ子ども。手が触れるだけで満足なんだから。

子どものように甘えられるあたたかい人がいることはすてきなことだと思った。
あまりにも親とうまくいかないため、ビデオでコメディーでも見て元気だそうと思って、借りに行った。

ビデオを選んでいる時に、ケツメイシのさくらが流れていた。この曲は彼のクルマでよく聞いていた。いつもいつも聞いていた。

思い出して苦しかった。

彼女に戻れないということじゃなくて、ただ、会いたくないと思われたこと、友達でもいられないということ、それが辛かった。

そして、お財布を開けると、レシートが出てきた。海ほたるでよったパン屋さんのだ。私はメロンパンとカフェラテ。彼はチョコチップメロンパンとココア。

思い出した。20年間で1番幸せだと感じた時。思わず涙が出た。

私はもう割り切っている。友達としてやっていける自信があった。
けど、彼は私と会うのは辛いようだ。涙が止まらない。

これから私は新しい生活が始まる。たくさんの人と出会って、いろいろな経験をして・・。

彼との出会いは忘れないと思う。改めて私の冷たい部分を取り去ってくれた人だと思う。

ありがとう。心から感謝します。よい人生を。
彼と海ほたるへ行った2日後、彼の様子が変だった。いつものようにメールをくれないし、冷たい空気があった。

私は私のこと好き?
とよく聞いていたが聞ける雰囲気ではなかった。一瞬終わりを感じた。
ホワイトデーにもらった手紙を何度も見て、好きだよという言葉を何度も読んだ。

別れなんてこないよね。手紙には好きって書いてるもん。好きって言われてからまだ2日しかたってないもん。大丈夫だよね?考えすぎだよね??

そう自分に言い聞かせた。

けど、終わりは来た。その次の日だった。
元カノがどうしても気になるらしい。私より元カノが好きだと感じてしまったようだ。

残念ながらメールで終わりを告げられた。

あまりにも突然ですぐ電話をした。そして彼の口から終わりたいと聞いた。

好きという手紙をもらって3日後だった。あまりにも早すぎる。たった3日で気持ちが変わるなんて・・・。けど、これは現実だ。
彼はきっと、今まで私が私のこと好き?と聞いたり、ハートマークを彼に送ったりするたびに辛かったのかなと思う。早く気がついてあげれなくてごめんとも思った。

私は、私を愛してくれる人はいないとか、昔の冷たい考えが蘇ってきた。

ちょうど親と4月からどうするかもめていたこともあって、私が東京に残る理由が1つ減ったと思う。この理由1つは大きかった。これが全てになっている時も会った。彼が私の生きる理由になっている時もある。

そして、1度会って話してから別れた。最後も海だった。
私は手紙を書いていった。今までありがとうという感謝の気持ちを。
彼にはもう遊びたくないとか、会いたくないということを言われた。

正直苦しかった。

好きの3日後は好きじゃないになり、会いたくないまでになった。

どうしてだろう。私を愛してくれる人はいないのかな。そう考えると苦しい。辛い。そして、なんで急に嫌われたのか理由が知りたくて、彼に怒りをぶつけた。

嫌いな理由がないなんて、親と一緒だ。ただ興味ないっていうのは悲しいことだ。

彼は嫌いじゃないこと、元カノの方が好きだから、彼女が戻ってくるのを待つということを告げた。

私は、彼女が戻ってくればいいと素直に願うことはできなかった。また、海ほたるの幸せの鐘が終わりの鐘になったことが辛かった。
ホワイトデーなんて忘れていた。彼と会って、ごはんを食べて、彼は今日は私がずっと暗いから元気が出る場所に連れて行ってくれると言ってくれた。

場所は教えてくれないらしい。着いてからのお楽しみ。

途中で海釣り公園によった。ここは以前彼が私を初めて抱きしめてくれた場所だ。前は夜行ったので、昼間の公園は全然印象が違った。

公園で彼は私にホワイトデーのプレゼントをくれた。ネックレスだった。ハートの中にピンクトルマリンという石が入っていてきれいだった。
手紙も添えてくれた。

○○(私)のことが好きだよ。
これからも支えになって二人で楽しい思い出つくれればいいなって思ってるよ

そんな内容だった。私は勝手に消えようとしたことに後悔した。
そして、愛されてると感じた。ずっと私を元気付けようと考えていてくれた彼を大好きだと感じた。かけがえのない存在になっていることに気がついた。

そして、またクルマに乗り、海ほたるへ連れて行ってくれた。今まで何度も東京湾から海は見ている。海ほたるもいつも遠くに小さくだが見ていた。

きっと今日が20年間で一番幸せだろうと思った。
私を本気で愛してくれる人がいる。プレゼントまで、前々から考えていてくれた人だ。愛されることはこんなに幸せなんだ。

海ほたるに幸せの鐘というのがあった。私は今の幸せがずっと続くことを願って何度も鐘をならした。

幸せの代償に悲しみがあるなら、私はそうとう悲しいことを経験しないといけないと思う、なんて考えてしまった。まだまだ続くよね??そう確信していた。

まさか、こんなに早く終わりが来るとは思わなかった。。。
不合格になってから親との関係はますます悪化していった。苦しかった。

この悪化に耐えれなくて、私は消えようと思った。

前に私は悪い癖があった。それが蘇ってきた。また、あの生活に戻るなんて、生きてる意味があるのだろうか。

夜の街に消えるか、この世から消えるか、どちらを選ぶか。

私は新宿へ行った。。なんとなく連なる高層ビルを見ると、飛び降りたくなってしまった。

ケイタイも電源を切ったままにしていたが、見てみるとメールが1通きていた。後で電話するから!という彼からのメール。

私はそれを無視して電源を再び切った。

ビルに登った。だがその途中で意識を失った。
なぜかはわからない。毎日悩みすぎてろくに食べてもいなかったからかな。

これがよかった。私は飛び降りることができなくなったのだから。

私が倒れて、偶然電話をしてきた友達が迎えに来た。私は憂うつで話す気にならなかったが、少しずつ話した。私の話を聞いてくれた。

こんなことをしてしまった自分が嫌だった。彼は連絡が取れなくなった私をとても心配していた。こんなに心配をかけてごめんなさいと心から謝った。

こんなに心配してくれる人がいるなら、私はいろんな意味で消えることはできないと思った。こんな気持ち初めてだ。誰かのために生きていたいなんて思えるのはすばらしいことだと思う。

大学に落ちた。この不合格は単なる不合格ではない・・詳しくは書けないが、なかなか難しい理由で不合格になったのだ。

 

私は何も考えることができなくなった。

帰って来いという親の声。
帰ると前の生活に戻ってしまうという恐怖。
彼と会えなくなるのではという悲しみ。

この時期から、きっと彼は私と一緒にいるのが辛かっただろう。
毎日が憂うつで、毎日泣いていた。それほど、帰るということは私にとって恐怖だということだ。

彼は私を励まそうとして、いろいろ連れて行ってくれた。

私は街より、自然が好きだ。海が大好きだ。だから、彼はいつも海に連れて行ってくれた。広い海を見て、風を浴びて、だいぶ楽になった。

けど、それは一瞬で、帰る恐怖はすぐやってきた。
憂うつという言葉では表せないほど世界が真っ暗で絶望を感じていた。

 

そんな日々を送っていた。。

姉しかいないこともあるし、幼い頃から、運動より本を読んで勉強しなさいという親の方針も合って生まれてからキャッチボールなんてしたことがない。

彼が私をキャッチボールに誘ってくれた。グローブを触ったこともない。私がキャッチボールなんてできるのかな。。。すっごく不安だった。あまりヘタだとがかりさせてしまう気がして、練習することにした。前日のことだった。

ゴムボールを買って、近くの公園で前に住んでいた寮の子と練習をした。投げれるが取れない。。1時間以上練習した。。
こういう時間も好きだった。
会っていない時も、相手を考える時間というのかな。そういう時間も大切にしたかった。

春の日差しを感じた日だった。海のそばの公園で彼とキャッチボールした。

ボールはテニスボール。やっぱり私はヘタだったが、彼はうまいと言ってくれた。初めてにしては上出来だと。

その後、カレはラケットを取り出し軽くテニス。テニスといっても、私は初心者なのでラケットにポンポンと軽く当てる程度のこと。私はどこにボールが飛んでいくかなんてボールに聞いてちょうだい!という感じ。けど、彼は楽しそうにやってくれた。誰も見ていないことを確かめてキスもした。

幸せだった

親は勉強できる人はスポーツができないからできなくていい。という考えだったので、部活もしたことがなかった。

初めてスポーツで認められた。私はスポーツをしてもいいのだ。私の中の親に教え込まれたコトがだんだん薄れていくのを感じた。