彼とまた仲良くなって幸せを感じるようになった。家族関係もうまくいってないし、私は幼い頃から人とのかかわりを断ってきた。こうやって自分を傷つかないように守ってきた。

人といることがこんなに温かいことで、幸せなことなのかと思うと、20年間何してきたんだろうとまで思ってしまう。

それほど幸せな日々。

私の体調が悪いせいもあって、彼の家でビデオを見ることが多かった。スパイダーマンも見たし、マトリックスも見た。楽しかった。。一緒にいるだけで幸せだった。

そしてバレンタインデー。

勉強に時間を使っていたのでチョコは買ってきたものにして、ラッピングは自分でした。ハートのシールをいっぱいつけて、愛を表してみたり。
手紙も添えた。

素直に自分の気持ちを書いた。好きだということ。人と一緒にいることがこんなに幸せと思わなかったなど。手紙を書くのは得意なので、長々と書いた。

この幸せがずっと続くことを祈った。
元カノと戻ったはずの彼だが、2回会っただけで、また振られたそうだ。ペアリングも彼女はしていなかったらしい。
彼女が春休みになる前日で、私達はテスト期間真っ最中。このタイミングの別れはかわいそうだった。

休みの日は学校で勉強する習慣があった私はその彼もテスト勉強で学校に来ていたので一緒にするようになった。

私は1人で勉強だけの生活が辛かった。1人暮らし。友達もいない。ずっと1人の私は、彼に一緒に勉強しない?と誘った。

彼の家で勉強することになった。けど私は勉強しなかった。いつも1人で独り言しか言わない生活でさみしさが強かったから、人との会話を楽しみたかった。

たくさん会話した。久しぶりに人との会話が純粋にうれしかった。

夜彼が家まで送ってくれると言ってくれた。

クルマに乗って・・・キスをした。

もう元カノとは戻らないし、自分からももう嫌だという言葉を信じた。私達の関係は前のように戻った。

私がこの言葉を信じたのが間違いだと思う日が来るなんて、想像できなかった。。。
元カノに戻った彼とおしまいになって1人になった。優しくしてくれたことに感謝している。それと同時に1人になった戸惑いを隠せなかった。

慣れている。今まで1人だったから、慣れてるはずだ。

こう言い聞かせて、遊んでくれる友達もいない私の一人の生活に再び戻ってきた。

けど、別れたはずなのに、いつまでもモヤモヤは消えなかった。愛されるというのを知ってしまったからかな。あの気持ちよさに再び浸りたいと思った。

私は自分から誰かを好きになることはないと思う。私を好きでいてくれるひとが好きなのだ。こんな考え、変かもしれないけど、それほど愛してほしいという願望が大きくなってしまった。
10月の中ごろ。6年付き合っていた彼女に振られた男の子が私を誘ってくれた話の続き。

東京タワーと上野動物園に連れてってくれた。

こうやって人と遊ぶなんて私にはありえないこと。新鮮だった。

そして、2回目のデートでお台場に行った。彼が手をつないできて、その手をぎゅっと握った。人と手をつないだのは初めてだった。

人といることに楽しみを教えてくれたのは彼だと思う。1人で強がることをしなくてもいいと教えてくれたのも彼だ。

そんな幸せの中終わりが来た。この彼が元カノと戻るらしい。私は彼が喜ぶように埋め合わせをしただけだった。また、人間が嫌いになった瞬間だった。

けど、どうしてだろう。さみしかった。今まで別れでさみしいなんて思ったことはなかったのに。初めて自分が人間らしいと思った。

こういう感情をくれた彼に感謝した。

だが、感謝だけではなかった。
彼は彼女と戻ると決まってからも私にキスしてきた。

私は今でもこのときの彼の心境がわからない。浮気って感じかな。

そして私達は終わった。クラスメートに戻った。最初はギクシャクしてたけど、いい友達になれたと思う。
私には好きな人なんていない。誰も信じない。
1人が好きで、友達もうざい。

・・・私はこんな考えの人だった。

これを変えてくれたのは、ある男の子。この彼はクルマが趣味で6年付き合っている彼女がいたが、振られてしまい、クルマも事故にあってしまい、暇になったのだろう。私が来年北海道いくかもしれないということを知って、東京見物に連れて行ってくれた。

私も時間があったので彼の誘いを喜んで受け入れた。けど私は、壁を作っていた。いつもどおりの誰にでもする笑顔でかわいい女の子チックでいた。

その彼は彼女と別れたさみしさを私で埋め合わせしている感じがしていた。それでよかった。私を本気で考えてくれる人なんていないのだから。。

東京タワー・動物園・お台場・葛西臨海公園。いろいろ連れて行ってくれた。

そして、恋人みたいになっていた。あくまでも「みたい」だけど。

けど、私はどうしても信用できなかった。埋め合わせは辛い。。終わり=捨てられるという感じだから。
注意!!~暴力的な内容がありあす~

私の家族は4人。父、母、姉、私。父の仕事は大学の副学長。母は専業主婦。どこから見ても幸せな家族だった。。7歳までは。。。

あまり、読んで不快になることは書きたくないが、私は今は気にしていないことだから、書かせてもらう。

私は、暴力を受けていた。記憶にある初めての暴力は7歳の時だった。私は毎日しなくてはいけないピアノの練習をさぼろうとしていたのだ。ピアノの部屋というのがあって、そこに母がいる。そこに4時30に行かなくてはいけなかったのだ。

けど、私はテレビを見ていた。母がテレビ嫌いなこともあって、母がいない時じゃないとテレビは見れない。私はアニメを見ていた。
そして4時45分、ピアノの部屋に行かない私に母が怒り、母がリビングに来た。
私を殴り、腕をつかんで、そのまま引きずって、階段をのぼり、ピアノのイスに座らされ、打撲で真っ青になった足を見つつ、泣きながらピアノを弾いた。

これがはじめての暴力だ。父は全身真っ青で痛がっている私を見て、何があったのか聞いてきたが、母の前で言えるわけもなかった。

それからも暴力は続いた。真冬の北海道で裸足のまま外に出されたりもしたし、引きずられ肋骨を折ったりもした。

私が大きくなって、ひきずることができなくなったら、精神的な暴力が続いた。私を殺したいだとか、私がいたら幸せになれないとか・・・

愛されないことはすっごく辛い。悲しいことだと思う。

私は、どんな暴力を受けても、なぜか愛されたいと思ってた。けど、私を好きといってくれた次の日に死んでほしいだとか言われると、愛されない気がしてならなかった。けど、好かれるために努力し続けていた。

こんな生活がずっと続いていった高校2年の時。私には自傷癖があった。たまたま保健室に行った私は手首を見られてしまい、そこから家族関係も聞かれ、正直に暴力のことを話した。

私はこのとき、救われると思った。けど、なんで暴力から逃げないのかと、私は責められた。思ってもいなかった。

17歳だ。逃げようと思えば逃げれる。けど、この暴力を受けたら好かれるんじゃないかと思っていたため、逃げようとは思わなかった。それを他人が理解してくれるわけがなかった。

そして私は18の時大きなケガをした。ちょうどその時友達ともうまくいかなくなり、学校も休むようになった。

そして大学に入り、今に至る。今は元気に1人暮らしして、友達もいる。過去は悲しいものかもしれないけど、今は幸せだ。
私は、大学を辞めて、違う進路を考えていました。理系から文系への転換をしたかったのです。今の学科はどうしても私に合わなく、前から興味を持っていた心理学を専門に学びたかったのです。

そして、私は1年から入りなおすのでは学費も時間もかかってしまうため、編入学を決意しました。

しかし・・・そう簡単なことではありません。友達が遊んでいる時も勉強をし続けなくてはいけないのは、なかなか精神的に辛いです。

私はずっと勉強しました。そして、北海道にある私大に合格しました。けど、ここは親の希望で受けたところ・・私は行く気がない。けど親は私を連れ戻したがっている。

ここで、私はもう東京にいられないことに絶望して、1人で考えすぎて、とってもとっても辛くなってしまい、暗い毎日を過ごしていました。

そこで、ある1人の学校が一緒の男の子に救われました。
この彼との話はまた今度☆

で、精神的に支えになってもらい、親とのバトルを繰り広げていったのです。

けど、残念ながら試験は全部落ちてしまいました。。。北海道の大学を除いて、全滅です。
そして、私を連れ戻したい親と私のバトルはますます悪化していき・・・今日やっとバトルが終わりました。

私は北海道には帰りません。東京でもう1年勉強して、来年もう1度大学に入りたいです!!
まずは自己紹介します。大学生でハタチの女の子です。出身は北海道で、今は東京に住んでいます。

けど、私大学辞めるんですよ。。
なんでかって?入学した時から決めていたこと。そもそも入学の理由はお母さんが姉の受験の失敗でおかしくなっちゃって、私まで浪人したらおかしくなっちゃうっていうこととか、お父さんの世間体が悪くなるとか・・・そういう理由なんです。

だから今までがんばって、自分がどうしても大学でやっていけないなら、やめようと思ってて、それが現実のこととなったのです。

けど、やめることはそう簡単なことじゃありませんでした。
まあ、そのことはまた今度書くことにします。
今まで使っていたブログから移転しました。最初のうちはさかのぼって書いていることも多いけど、読んでください☆