ストラスブール旅行7 <4日目と5日目>
ストラスブール旅行記 Le voyage a Strasbourg 2013/1/1
<<< 4日目 ストラスブール >>>
CDGには定刻どおり無事に着いた。
初めてのストラスブールに向かう。
CDG→電車でパリノルド駅→歩いてパリエスト駅→TGVでストラスブール
TGVは日本からネットで1割ほどオトクな事前購入しておいた。
車内検察は、プリントアウトしたチケットを渡し、QCコードを読み取ることで行われた。
ストラスブールには、19時に着いた。
ストラスブールのホテルにチェックインする。
駅前ロータリーからホテルへ。
駅から3分のところに予約しておいたホテルは、安くて部屋も綺麗で満足であった。
フェズと同じ45ユーロでも、こちらの方が段違いに良い。
モロッコ旅行よりも、ヨーロッパの田舎の方が質はいいなぁ。
旅人との遭遇率が下がるのは楽しみが減るけど、クオリティーとしてはフランスの方が上だし、
費用も結果的にはモロッコとそんなに変わらない。
モロッコがいくら安くても、安かろう悪かろうなところは否めない。
例えばカサブランカの空港から市内までタクシーで3000円は安い、と考えるか、
CDGから市内までタクシーなら高いが、便利な列車で1000円となるから安いと考えるか。
クオリティ、スピード感、便利さを考慮すると、ヨーロッパの田舎はそんなに割高ではないのだ。
1月1日の夜のストラスブールを散策する。
さすがクリスマス発祥の地(?)と歌っているだけある。
ライトアップや装飾は1月1日の夜までです。
1月2日の早朝から、解体作業が各場所で始まります。
フランベという薄焼きピザ9ユーロ
たいしたこと無い。
フォアグラブロック15ユーロ
質は悪くなかったが、他とそんなに変わらない。
肉じゃがストラスブール風18ユーロ
普通に作れそう。
白ワインもいれて50ユーロくらいか。
量は2人分はあるので、一人だともったいないですね。
<<< 5日目 ストラスブール >>>
翌日、まずはプチフランスと呼ばれている、運河エリアを散策します。
小樽を連想しました。
絵葉書にもなっている有名な家。
ドイツのロマンティク街道の町並みに似ています。
シュークルート
ソーセージや肉が美味いね。このあたりはドイツ醸し出してます。
む、いかんビールを飲んでなかった。
ドイツビールが欲しくてここまで来たっていうのに。
でも、見当たらなかったのも事実。
ビアホールは休みのところが多かった。
ビールバーは少なかったかもしれません。
ちなみに、広場ではクスクス売ってました。
さすがアフリカに幅を利かせているフランスだ。
でも食べませんでした、見た目量が多すぎます。
ストラスブール総括
観光としてはかなり良い街です。
観光色は多少ありますが、パリから2時間弱で少し離れていて、ほどよい観光地。
物価も適当によく、バランス良いです。
宿も安くて良いところがいくつもあると思います。
見所はドイツ色を残したプチフランスや市内中央、一日で回れます。
運河の街は良い雰囲気が多いです。
(例 ベネツィア、ブルージュなど)
食べ物は、やはりドイツ色が濃く、ソーセージや肉は一級品。
ワインは白が中心となりますし、料理に合うのも白ばかりです。
なぜなら、料理はリースリングを使っているものが多いからです。
フォアグラの産地です、この場合は赤が良さそうですが、ボルドーやブルゴーニュにしましょう。
現地のピノは軽すぎます。
たぶんドイツです。名前の響きからしても。
ホットワイン飲んでいません。
250mlもいらないので、さらにハーフくれ、と言っても通じないのか、
「これがスモールサイズだ」の一点張りでした。
生真面目なドイツ人だと思います。ラテンっぽくないです。
ムカついたので、飲みませんでした。
たぶんサングリアをホットに作って、シナモン入れたらできそうな香りと外見です。
美味しくないだろ、きっとコレ。
美味しかったら、もっと飲まれると思うし、そもそもサングリア好きでない。
ヨーロッパで国境の街は良い。
両国の良いところを取った、独特の雰囲気がある。
フランスとスペインのサンセバスチャン(バスク)
フランスとイタリアのニース
国境に拘らなくても、歴史上、異文化が絡み合った街は良いと言えよう。
ただし、個性が無く、どっち付かずの中途半端なぼやけた印象になってしまう場合もある。
ストラスブールの観光シーズンは12月と思われます。
ストラスブールよりさらに奥の村々は、時間があれば夏場にゆったりがいいかもしれません。
山だから冬は寒いと思います。
<<< 4日目 ストラスブール >>>
CDGには定刻どおり無事に着いた。
初めてのストラスブールに向かう。
CDG→電車でパリノルド駅→歩いてパリエスト駅→TGVでストラスブール
TGVは日本からネットで1割ほどオトクな事前購入しておいた。
車内検察は、プリントアウトしたチケットを渡し、QCコードを読み取ることで行われた。
ストラスブールには、19時に着いた。
ストラスブールのホテルにチェックインする。
駅前ロータリーからホテルへ。
駅から3分のところに予約しておいたホテルは、安くて部屋も綺麗で満足であった。
フェズと同じ45ユーロでも、こちらの方が段違いに良い。
モロッコ旅行よりも、ヨーロッパの田舎の方が質はいいなぁ。
旅人との遭遇率が下がるのは楽しみが減るけど、クオリティーとしてはフランスの方が上だし、
費用も結果的にはモロッコとそんなに変わらない。
モロッコがいくら安くても、安かろう悪かろうなところは否めない。
例えばカサブランカの空港から市内までタクシーで3000円は安い、と考えるか、
CDGから市内までタクシーなら高いが、便利な列車で1000円となるから安いと考えるか。
クオリティ、スピード感、便利さを考慮すると、ヨーロッパの田舎はそんなに割高ではないのだ。
1月1日の夜のストラスブールを散策する。
さすがクリスマス発祥の地(?)と歌っているだけある。
ライトアップや装飾は1月1日の夜までです。
1月2日の早朝から、解体作業が各場所で始まります。
フランベという薄焼きピザ9ユーロ
たいしたこと無い。
フォアグラブロック15ユーロ
質は悪くなかったが、他とそんなに変わらない。
肉じゃがストラスブール風18ユーロ
普通に作れそう。
白ワインもいれて50ユーロくらいか。
量は2人分はあるので、一人だともったいないですね。
<<< 5日目 ストラスブール >>>
翌日、まずはプチフランスと呼ばれている、運河エリアを散策します。
小樽を連想しました。
絵葉書にもなっている有名な家。
ドイツのロマンティク街道の町並みに似ています。
シュークルート
ソーセージや肉が美味いね。このあたりはドイツ醸し出してます。
む、いかんビールを飲んでなかった。
ドイツビールが欲しくてここまで来たっていうのに。
でも、見当たらなかったのも事実。
ビアホールは休みのところが多かった。
ビールバーは少なかったかもしれません。
ちなみに、広場ではクスクス売ってました。
さすがアフリカに幅を利かせているフランスだ。
でも食べませんでした、見た目量が多すぎます。
ストラスブール総括
観光としてはかなり良い街です。
観光色は多少ありますが、パリから2時間弱で少し離れていて、ほどよい観光地。
物価も適当によく、バランス良いです。
宿も安くて良いところがいくつもあると思います。
見所はドイツ色を残したプチフランスや市内中央、一日で回れます。
運河の街は良い雰囲気が多いです。
(例 ベネツィア、ブルージュなど)
食べ物は、やはりドイツ色が濃く、ソーセージや肉は一級品。
ワインは白が中心となりますし、料理に合うのも白ばかりです。
なぜなら、料理はリースリングを使っているものが多いからです。
フォアグラの産地です、この場合は赤が良さそうですが、ボルドーやブルゴーニュにしましょう。
現地のピノは軽すぎます。
たぶんドイツです。名前の響きからしても。
ホットワイン飲んでいません。
250mlもいらないので、さらにハーフくれ、と言っても通じないのか、
「これがスモールサイズだ」の一点張りでした。
生真面目なドイツ人だと思います。ラテンっぽくないです。
ムカついたので、飲みませんでした。
たぶんサングリアをホットに作って、シナモン入れたらできそうな香りと外見です。
美味しくないだろ、きっとコレ。
美味しかったら、もっと飲まれると思うし、そもそもサングリア好きでない。
ヨーロッパで国境の街は良い。
両国の良いところを取った、独特の雰囲気がある。
フランスとスペインのサンセバスチャン(バスク)
フランスとイタリアのニース
国境に拘らなくても、歴史上、異文化が絡み合った街は良いと言えよう。
ただし、個性が無く、どっち付かずの中途半端なぼやけた印象になってしまう場合もある。
ストラスブールの観光シーズンは12月と思われます。
ストラスブールよりさらに奥の村々は、時間があれば夏場にゆったりがいいかもしれません。
山だから冬は寒いと思います。
モロッコ旅行6 <4日目>
モロッコ旅行記 Le voyage a Maroc 2013/1/1
<<< 4日目 フェズ空港からCDGまで >>>
フェズ空港のデューティーフリー。
メクネス産ワインが売っていた。
値段は全てユーロであった。
その分、市内よりも少し割高だった。
メクネスの市場で買ったのと、全く同じワインも売っていた。
2割増しくらいであろうか。
別のワインを15ユーロで買った。支払いはクレカ。
さて、ゲートから出て、飛行機まで徒歩で行く。
私は客の列の中では最後方に位置した。
座席番号では後方だったので、タラップも後方から昇る。
Cとあったので、3-3の通路側だとは想像できたが、一番後ろの座席とは思わなかった。
チェックインした時間がかなり早かったからだからだろうか。
行きは海峡観たかったので窓際希望だったが、帰りは特に景色を気にしていなかったので、
狭い窓際よりも、広い通路で良いと思っていた。
・・・それにしても、どう見ても、ABCの席のBCに人がいる。
行きのCDG-カサブランカ線は、窓際F席で、DEFのEFにフランス人が二人いたのをどいてもらったが、
今回は逆パターンだ。
easyjetは毎回誰かしらが、私の席に座っているな。
それだけ満席で、かつ、私はいつも最後に乗るからそうなるのだろうが。
最後に乗るのも、もちろん理由あっての意図するところなのだ。
ん? 東洋人じゃないか。珍しいな。
「この席ですか?」と聞かれたので「そうだと答えた。」
日本人であった。
このフライトに日本人がいるというのも珍しいと思うが、指定された席をズラしていたのも珍しい。
生真面目で律儀なのが、大概の日本人なのだが。
男女のカップルだった。
3時間30分のフライトは苦痛なので、話をしようと思った。すると、
「僕たちは今、世界一周旅行中なのですよ。」
と言って来た。
意外だった。
今までいろいろな旅人と会って来たが、さすがに世界一周はいなかった。
フェズ-CDGのLCC機内という辺りで、普通っぽくないのは予想の範疇であっても、
まさか世界一周とは。
例の如く、旅人同士特有の自己紹介的会話をひととおり行った。
どこから来たのか→カンボジアから中央アジアを突っ切ってモロッコ旅終了
いつ日本を発ったのか→8か月くらい前
パリの次はどこへ行く予定か→南仏降りて、その後アルゼンチン
どのくらいの期間の旅か→1年ほどで、今は真ん中から少したったところ。
日本では何してる人?→結婚して夫婦で仕事やめて、夫婦で世界一周中
ホームは千葉だと言う。
今回の旅で出会った人たちは、いずれも関東地区のからだった。
いつもは関西系が多いのだが。
CDGでは、ご両親が来て、久しぶりに会うという。
世界一周も珍しいと思うが、一人旅でなく夫婦でというのが意外だ。
「沢木 耕太郎」
という言葉が相手から出てきた。
深夜特急の沢木 耕太郎といえば、海外旅行者の必読書であることは間違いない。
今日まで、日本人の海外旅行文化に多大な影響を与えた本と言えば、
「深夜特急」と「地球の歩き方」
この2つで疑いの余地は無いだろう。
この時代にも、沢木 耕太郎の影響で海外周る旅人がいたことに感慨深いものがあった。
それにしても、今回のモロッコ旅は、なぜか旅人によく出会っている。
最後の最後に、また異質な人物たちに会ったものだな、と思った。
座席が並びでなければ、話すことはなかっただろう。
偶然か、それともチェックイン時に日本人を意図的に並べたのか。
私の記憶が定かでないが、確かカンボジアから入って、
タイ、バングラディッシュ、インド、パキ、
イランは避けたのか、~スタン系を北上し、カスピ海横断、
アゼル、グルジア、トルコ、
東欧を周遊し、イタリアからモロッコへ、
だった気がする。
カスピ海横断の船が難所だったと言っていた。
この辺りはビザも厳しくって、今のロシアビザは比較的楽だという情報を得た。
ロシアか、自由旅行できるんだな。
時代は変わったよ。
イスラムの話をすると、やはりミカンちゃんと同じく、旅人に対して良い印象だと言う。
ただし、ラマダン中は別だと言う。
殺気だってるからね。
そうか、私が以前行ったドバイの洗礼は、もしかしたらラマダンが影響していたかもしれない、
ということか。
今回の旅で、イスラム圏やロシアなどが次回の旅候補の場所として思い浮かんだ。
いろんな情報を得たので、お返しに今回初というフランスの話をしました。
「フランス人には、まず最初にボンジュールを言わなければならない。」
「その後は、英語でも良い。フランス語を話さなくて良い。」
「ただし、ボンジュールを最初に言わないと、相手は無視する確率が高い。」
と言い、かなりワイワイと盛り上がっていたら、
他のフランス人乗客から「シッー」と言われた。
それまで、かなり大きな声で会話していた上、知っている単語を連発されたものだからだろう。
今後、知っている単語は注意しようと思った。
本日、1月1日はお店がやっていない可能性が高い。
実際のパリは、コンビニみたいな小さい商店はやっていました。
外食はパリでは良いこと無い。
高いだけ、美味いもの食べたければ、フランスの田舎へ行きなさい。
こんな感じ。
話していて自分で気付いたのですが、私もさすがにパリ市内は飽きてきているらしい。
そんなこんなで、飛行機は無事に着陸し、CDGの2Bに戻ってきた。
出発もここからだった、予定していたタンジェ行きの飛行機もここから出るハズだった。
数日したかっていないのに、遠い昔のことのように思えた。
パスポートコントロールから出て、ラゲッジエリアへと、我々3人は来た。
夫婦はターンテーブルの荷物待ちとなったが、
機内持ち込みだけの私は、待つこともなく、そのまま市内へ向かうこととなる。
つまり、ここでお別れである。
なんとなく、やっぱり握手をして別れるのはなぜだろう。
私にとっては有意義な時間であった。
彼らにとってはどうかわからないが、
再会する可能性は限りなくゼロだとお互いがわかっているからなのだろうか。
哀愁がある時は、握手の別れが似合うものと思っています。
本当は、ここには書ききれないほどの話があったのですが、
各人の胸の奥にしまうのも粋なことだと思います。
では。
<<< 4日目 フェズ空港からCDGまで >>>
フェズ空港のデューティーフリー。
メクネス産ワインが売っていた。
値段は全てユーロであった。
その分、市内よりも少し割高だった。
メクネスの市場で買ったのと、全く同じワインも売っていた。
2割増しくらいであろうか。
別のワインを15ユーロで買った。支払いはクレカ。
さて、ゲートから出て、飛行機まで徒歩で行く。
私は客の列の中では最後方に位置した。
座席番号では後方だったので、タラップも後方から昇る。
Cとあったので、3-3の通路側だとは想像できたが、一番後ろの座席とは思わなかった。
チェックインした時間がかなり早かったからだからだろうか。
行きは海峡観たかったので窓際希望だったが、帰りは特に景色を気にしていなかったので、
狭い窓際よりも、広い通路で良いと思っていた。
・・・それにしても、どう見ても、ABCの席のBCに人がいる。
行きのCDG-カサブランカ線は、窓際F席で、DEFのEFにフランス人が二人いたのをどいてもらったが、
今回は逆パターンだ。
easyjetは毎回誰かしらが、私の席に座っているな。
それだけ満席で、かつ、私はいつも最後に乗るからそうなるのだろうが。
最後に乗るのも、もちろん理由あっての意図するところなのだ。
ん? 東洋人じゃないか。珍しいな。
「この席ですか?」と聞かれたので「そうだと答えた。」
日本人であった。
このフライトに日本人がいるというのも珍しいと思うが、指定された席をズラしていたのも珍しい。
生真面目で律儀なのが、大概の日本人なのだが。
男女のカップルだった。
3時間30分のフライトは苦痛なので、話をしようと思った。すると、
「僕たちは今、世界一周旅行中なのですよ。」
と言って来た。
意外だった。
今までいろいろな旅人と会って来たが、さすがに世界一周はいなかった。
フェズ-CDGのLCC機内という辺りで、普通っぽくないのは予想の範疇であっても、
まさか世界一周とは。
例の如く、旅人同士特有の自己紹介的会話をひととおり行った。
どこから来たのか→カンボジアから中央アジアを突っ切ってモロッコ旅終了
いつ日本を発ったのか→8か月くらい前
パリの次はどこへ行く予定か→南仏降りて、その後アルゼンチン
どのくらいの期間の旅か→1年ほどで、今は真ん中から少したったところ。
日本では何してる人?→結婚して夫婦で仕事やめて、夫婦で世界一周中
ホームは千葉だと言う。
今回の旅で出会った人たちは、いずれも関東地区のからだった。
いつもは関西系が多いのだが。
CDGでは、ご両親が来て、久しぶりに会うという。
世界一周も珍しいと思うが、一人旅でなく夫婦でというのが意外だ。
「沢木 耕太郎」
という言葉が相手から出てきた。
深夜特急の沢木 耕太郎といえば、海外旅行者の必読書であることは間違いない。
今日まで、日本人の海外旅行文化に多大な影響を与えた本と言えば、
「深夜特急」と「地球の歩き方」
この2つで疑いの余地は無いだろう。
この時代にも、沢木 耕太郎の影響で海外周る旅人がいたことに感慨深いものがあった。
それにしても、今回のモロッコ旅は、なぜか旅人によく出会っている。
最後の最後に、また異質な人物たちに会ったものだな、と思った。
座席が並びでなければ、話すことはなかっただろう。
偶然か、それともチェックイン時に日本人を意図的に並べたのか。
私の記憶が定かでないが、確かカンボジアから入って、
タイ、バングラディッシュ、インド、パキ、
イランは避けたのか、~スタン系を北上し、カスピ海横断、
アゼル、グルジア、トルコ、
東欧を周遊し、イタリアからモロッコへ、
だった気がする。
カスピ海横断の船が難所だったと言っていた。
この辺りはビザも厳しくって、今のロシアビザは比較的楽だという情報を得た。
ロシアか、自由旅行できるんだな。
時代は変わったよ。
イスラムの話をすると、やはりミカンちゃんと同じく、旅人に対して良い印象だと言う。
ただし、ラマダン中は別だと言う。
殺気だってるからね。
そうか、私が以前行ったドバイの洗礼は、もしかしたらラマダンが影響していたかもしれない、
ということか。
今回の旅で、イスラム圏やロシアなどが次回の旅候補の場所として思い浮かんだ。
いろんな情報を得たので、お返しに今回初というフランスの話をしました。
「フランス人には、まず最初にボンジュールを言わなければならない。」
「その後は、英語でも良い。フランス語を話さなくて良い。」
「ただし、ボンジュールを最初に言わないと、相手は無視する確率が高い。」
と言い、かなりワイワイと盛り上がっていたら、
他のフランス人乗客から「シッー」と言われた。
それまで、かなり大きな声で会話していた上、知っている単語を連発されたものだからだろう。
今後、知っている単語は注意しようと思った。
本日、1月1日はお店がやっていない可能性が高い。
実際のパリは、コンビニみたいな小さい商店はやっていました。
外食はパリでは良いこと無い。
高いだけ、美味いもの食べたければ、フランスの田舎へ行きなさい。
こんな感じ。
話していて自分で気付いたのですが、私もさすがにパリ市内は飽きてきているらしい。
そんなこんなで、飛行機は無事に着陸し、CDGの2Bに戻ってきた。
出発もここからだった、予定していたタンジェ行きの飛行機もここから出るハズだった。
数日したかっていないのに、遠い昔のことのように思えた。
パスポートコントロールから出て、ラゲッジエリアへと、我々3人は来た。
夫婦はターンテーブルの荷物待ちとなったが、
機内持ち込みだけの私は、待つこともなく、そのまま市内へ向かうこととなる。
つまり、ここでお別れである。
なんとなく、やっぱり握手をして別れるのはなぜだろう。
私にとっては有意義な時間であった。
彼らにとってはどうかわからないが、
再会する可能性は限りなくゼロだとお互いがわかっているからなのだろうか。
哀愁がある時は、握手の別れが似合うものと思っています。
本当は、ここには書ききれないほどの話があったのですが、
各人の胸の奥にしまうのも粋なことだと思います。
では。
モロッコ旅行5 <4日目>
モロッコ旅行記 Le voyage a Maroc 2013/1/1
<<< 4日目 モロッコ発まで >>>
カウントダウンは終了し、年は明け2013年1月1日0時
明日の朝は7:30に空港行きタクシーを予約しておいた。
とっとと寝て明日に備えなければならない。
だが、寝れなかった。
なんとも複雑な心境になっていたからだ。
自分の中に眠っていた旅人モードが再覚醒しようとしているのか。
それとも、昨年となった2012年の記憶がリバースバックしているのか。
頭の中に、無数の言葉が、渦を巻いて溢れ出てきた。
あまりにも多くの言葉が堰を切ったように溢れ出して来たので、紙に書いて癒そうと思った。
以下は、その一部である。
あのイスラムの説明は、ハンマーで頭を叩かれた衝撃だった。
年を取ると固定観念から、頭が堅くなっていって、、、
・・・
旅をすると覚える基本現地語「こんにちは」「ありがとう」「さようなら」
「ありがとう」を言える人になりなさい。
「ありがとう」を言われる人になりなさい。
「どういたしまして」と言える人になりなさい。
・・・
1時間ほど、様々な言葉を殴り書いた後、ようやく果てるように眠ることができた。
翌朝、時間通りに目が覚めた。
2013年最初の朝でいて、モロッコ最後の日だ。
予約していたタクシーに15ユーロ払って乗り込み、空港には出発時刻の2時間以上前に着いた。
今回は時間的余裕がある。
チェックインして、余った30DHを遣うために、売店で品探しをする。
モロッコ菓子でも買おうかと思っていたが、Fezのマグネットを発見したので、それにした。
なんとなく、物でお土産が欲しいと思っていたので、ちょうど良い品物だった。
バイバイ、モロッコ。
いろいろあったけど、素直に嬉しかった。
やはり、あのCDGでモロッコ行きを選択したのは間違いではなかったのだ。
タンジェ行きを乗り逃したことも、今はもう後悔していない。
もうモロッコには来ないかもしれない。
次に行きたいところも、他にいくつか思い浮かんだし。
あとは、モロッコを出国するだけだ。
買い物もした、出国票も書いた、ボーディングも入手した、荷物も大小に丁寧にまとめた。
イミグレの前に水分を飲み、持ち込めない残りの水分を廃棄して、全ての出国の準備は整った。
さあ、出国。
・・・いや、ひとつだけ、やり残したことを思い出した。
これからの人生で、大切な思い出となるハズだ。
これを忘れていては、いけない。
私はバッグに手を突っ込み、ひとつの果実を手に取った。
皮をむき、頬張ると、
それは、少し甘酸っぱいオレンジの味がしたモロッコのミカンだった。
マアッサラーマ、モロッコ。
そして、シュクラン。
<<< 4日目 モロッコ発まで >>>
カウントダウンは終了し、年は明け2013年1月1日0時
明日の朝は7:30に空港行きタクシーを予約しておいた。
とっとと寝て明日に備えなければならない。
だが、寝れなかった。
なんとも複雑な心境になっていたからだ。
自分の中に眠っていた旅人モードが再覚醒しようとしているのか。
それとも、昨年となった2012年の記憶がリバースバックしているのか。
頭の中に、無数の言葉が、渦を巻いて溢れ出てきた。
あまりにも多くの言葉が堰を切ったように溢れ出して来たので、紙に書いて癒そうと思った。
以下は、その一部である。
あのイスラムの説明は、ハンマーで頭を叩かれた衝撃だった。
年を取ると固定観念から、頭が堅くなっていって、、、
・・・
旅をすると覚える基本現地語「こんにちは」「ありがとう」「さようなら」
「ありがとう」を言える人になりなさい。
「ありがとう」を言われる人になりなさい。
「どういたしまして」と言える人になりなさい。
・・・
1時間ほど、様々な言葉を殴り書いた後、ようやく果てるように眠ることができた。
翌朝、時間通りに目が覚めた。
2013年最初の朝でいて、モロッコ最後の日だ。
予約していたタクシーに15ユーロ払って乗り込み、空港には出発時刻の2時間以上前に着いた。
今回は時間的余裕がある。
チェックインして、余った30DHを遣うために、売店で品探しをする。
モロッコ菓子でも買おうかと思っていたが、Fezのマグネットを発見したので、それにした。
なんとなく、物でお土産が欲しいと思っていたので、ちょうど良い品物だった。
バイバイ、モロッコ。
いろいろあったけど、素直に嬉しかった。
やはり、あのCDGでモロッコ行きを選択したのは間違いではなかったのだ。
タンジェ行きを乗り逃したことも、今はもう後悔していない。
もうモロッコには来ないかもしれない。
次に行きたいところも、他にいくつか思い浮かんだし。
あとは、モロッコを出国するだけだ。
買い物もした、出国票も書いた、ボーディングも入手した、荷物も大小に丁寧にまとめた。
イミグレの前に水分を飲み、持ち込めない残りの水分を廃棄して、全ての出国の準備は整った。
さあ、出国。
・・・いや、ひとつだけ、やり残したことを思い出した。
これからの人生で、大切な思い出となるハズだ。
これを忘れていては、いけない。
私はバッグに手を突っ込み、ひとつの果実を手に取った。
皮をむき、頬張ると、
それは、少し甘酸っぱいオレンジの味がしたモロッコのミカンだった。
マアッサラーマ、モロッコ。
そして、シュクラン。