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モロッコ旅行4 <3日目午後>

モロッコ旅行記 Le voyage a Maroc 2012/12/31

<<< 3日目午前 >>>

予約していたフェズのホテルのチェックインを済ませ、これからメディナに向かう。
トラブルで逸脱したルートから、当初の計画に戻ったことになる。
CDGから今時間まで、有りえたかもしれないという人生のルートを3つほど想像してみた。

1つめは、今回実際に体験したルート。
今まで書いたとおりのルート
CDG→パリ市内→カサブランカ→メクネスの駅前ホテル→11時の列車からフェズ

2つめは、当初計画していたルート。
CDG→タンジェ→メクネスの駅前ホテル→11時の列車からフェズ
もし、行けなかったタンジェに行っていたら、また何か違った特殊な経験があったのだろうか?
少なくとも、カサブランカ空港からグランタクシーに一緒に乗ったフランス人組とは会っていないだろう。
メクネスの駅前ホテルは23時でなく18時に着く予定だった。
ホテル内での時間軸は少しズレたことになる。
この場合、朝食時に会ったライオンズ君とは出会えただろうか?
前日に早く到着していた場合、私の行動時間は違っているから、出会えていなかったかもしれない。
または、出会ったとしても、その時間が違っていて、ホテルに着いた夕方に出会っていたかもしれない。
また翌日のフェズに行く列車の時間も変わったかもしれない。

3つめは、モロッコに来なかったルート。
CDGで当初の飛行機に乗れなかった時点で、モロッコ行きを諦めて、
ヨーロッパ周遊に変更したルート。
おそらく、スイス、オーストリア、ドイツと周り、最後は予定していたストラスブールに行っただろう。
これだとモロッコでの経験は一切無く、代わりに別のヨーロッパを経験することになる。

以上、CDG着の中国東方航空が遅れたことによって、人生のルートが変わってしまった。
何かを捨てて、何かを得ていることになる。
実は普段の日常生活から、人生はこういったことの連続のはずなのだが、
日常生活ではこの選択分岐に気付くことが少ないし、そもそも決定的な分岐点が少ない。
多少のルート変更が起こっても、結果的には大局に影響しない場合が多い。
毎回変わり映えの無いルーチーン的な生活パターンなのかもしれない。
作られたパック旅行に参加した場合は計画されたルーチーン処理なのかもしれないが、旅はそうではない。
個人旅行の面白さはそこにある。

さて、フェズのメディナ入り口まではゆっくり観察しながらだと徒歩で1時間くらいはかかろうか。
バスかプチタクシーで行こうと思っていたが、
ライオンズ君は歩いていくようだったし、何より徒歩の方が目的地メディナまでの雰囲気は出る。
疲れた帰りはプチタクシーで良いだろう。

かくして、周囲を見回しながら、メディナへの表玄関、入り口であるブージュルード門まで来た。
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フェズのメディナはモロッコ最大といわれている。
巨大迷宮メディナの散策が始まった。
まずは2本のメインストリートのうち、左側を選択する。
入り口から中央のモスクまでは、距離にして約1kmくらいのようだが、
狭い道幅、すれ違う通行人、アップダウンある道、などなどで1時間はかかりそうだ。
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ネコ。インドでは野良牛が多かったが、モロッコは野良ネコが多い。
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モスク目指して歩いたが、どうしてもたどり着けず、最後は出口まで突き抜けてしまう。
どの出口に出てしまったかは把握できたので、再度戻ってモスク行きの道を模索しなければならない。
にゅる。。。
ウンコ踏む、ついてない。
ロバのだと思う、歩いているのをよく見かけるから。
モスクへの道は、探し始めてから1時間かかってようやく到達した。
同じ道ばかりグルグルと迷い回っていたが、無限ループから抜け出せる右の道を発見した。
よく覚えておこう。

フェズのメディナ、実はそんなに巨大迷宮じゃない。
2本のメインストリートと、いくつかの枝の道だけだ。
店が並んでいる道以外も挑戦してみたが、すぐに住居が立ちはだかるだけで、
行き止まりが多いし、なにより見所は全く無いから、つまらなかった。

メディナ散策も終わり、夕方になり薄暗くなってきたので、帰ることにした。
帰りは、メインストリートのもう一本の方を使いたかったので、歩き方の地図のページを開いた。
通行の邪魔にならないよう、道の端に立ち止まって、現在位置を確認していた時だった。

突然、後ろから女の人の声がした。
「すみません、ここはどこでしょうか? 迷ってしまって」
日本人だ。
ライオンズ君と同様に、またしても、意表を突かれた。
相手から声をかけられた時、警戒しなければならない、特に海外では。
その相手がたとえ、日本人だろうと。
日本人が現地人とグルになって、高額商品をダマされて買う事例もある。
気付かぬうちに睡眠薬を飲まされて、身ぐるみ剥がされる話もある。
日本人女性なら気を許す、そんなありふれた策略が無いわけでもないからね。
また、混雑している路地であり、人々は常に至近距離を行き来している。
道を教えているスキにバックパックが切られる、スラれるということもありうる。
引き付け役、実行役、監視役、役割は分担されるからだ。
瞬時に警戒体勢を取ったのち、私も相手の意表を突きたかったので、
地図を見せ差しながら、こう対応した。
「うーん、どこだろうな、たぶん、ここは、、、そうだ、フェズだ!」
相手は困惑の表情を横顔から見せた。
横顔、一瞬だったが、相手は素顔を見せた。
この相手がプロの詐欺師とも限らない疑惑の可能性がある以上、こういう素顔の情報は大切にしたい。
「地球の歩き方持っているから、声をかけてみました。」
「このへんはWifiが入らないから。」
この人もライオンズ君と同様にwifiか、私も次回からそうしようかな。
「wifiが入りそうなところはどこかな?」
「たぶん、栄えているのは入り口の門の周辺だろう。私も今から行くところだから一緒に行きますか?」
ということで、無駄に歩き帰るより、話をしながらも悪くないだろう。
どうやら彼女は、フェズ駅に着いてから、宿引きに連れられて、メディナ内に宿泊したのは良いものの、
表玄関であるブージュルード門から逆の門の周辺のホテルになってしまい、周囲は不便だという。

ブージュルード門へ向かって歩く道中、彼女は店や売り子のいくつかに興味を示して、立ち止まることが多かった。
フワフワのパンプキンの菓子パンみたいなものに興味を示したようだ。
立ち止まって観察していると味見として少しくれたので、試食した。
・・・美味しくない、パサパサしている、日本人好みのモチモチとは真逆だ。
まあ、こういった自然な動きをする彼女を見ると、警戒レベルはだんだんと下がっていくのだった。

ようやく入り口の門の辺りまで来ると、
「ちょっと疲れたし、タバコも吸いたいから、お茶にしません?」
と聞いてきた。
睡眠薬などを警戒したが、オーダーしたコーヒーが出てくるを待っている間に、
「タバコ切らしていたようだ、向こうの売店で買ってくる。」
と言い、彼女は席を立った。
コーヒーはすぐに出てきた。
タバコを買った彼女が戻ってくると、
「コーヒー来るの、早いね~」などと言って、飲むことになった。
これで私の警戒レベルはかなり下がった。
睡眠薬で来るなら、私の方を動かさなければならないのに、自分が動くということは詐欺師ではなさそうと思った。
すすめられたタバコを吸ってみたり、コーヒー飲んだりした。

例の如く、一人旅人同士特有の自己紹介的会話をひととおり行った。
どこから来たのか→カサブランカ
いつフェズに着いたのか→さきほど
どのホテルに着たのか→メインの入り口門の目星のwifiホテルの予定が客引きに誘われて裏門の閑散としたエリアのホテルになった。
フェズの次はどこへ行く予定か→シャウエンの予定
どのくらいの期間の旅か→1か月ほどで、今は真ん中くらい。
日本では何してる人?→仕事しては旅して、また仕事する、典型的な放浪人。
長野からだと言う。
「また長野かよ!」
(前回のスペイン旅行で、長野留学したスペイン人を思い出した。)
もちろん、私の情報も同じようにひととおり伝えた。
しかし、長野の人と言っても、ここでもフィギュアスケートの話は特に反応しない。
やはりマイナースポーツだなと思う。
「お腹減ってきたなぁ。ホテルの人に、お前は貧乏人だからホテル正面の手頃な食堂で食え。」
と言われているんだ、ということらしい。

「そうだ、wifiは?」と尋ねると、
「うん、もういいや。」とのこと。
暗くもなってきたので、そろそろ帰ろうかというところで、
「良かったら、食事ご一緒しませんか?」
と相手が切り出してきた。
またしても、意外な展開。
ことごとく意表を突かれている。
メインストリートの散策は終わっているし、目的のwifiは果たした。
これ以上、何の目的があるんだろう?
今回は相手から声をかけてきている。
ということは、意識的にしろ無意識にしろ、何かしらの目的があるハズなんだ。
ただ単に「食事」ができればいいのだろうか?
それとも、さっき話した「ホテル正面の食堂限定」で食べることが目的なのだろうか。
だとしたら、ビンゴである。
相手が指定してきたものに飛び込むのは、罠にハマるパターンだ。
食事以外に、何か別の目的があったなら、それはヤバイことになる。

警戒レベルは再上昇したが、戻りの道中で、
彼女が突然ミカンに興味を持ち、買う姿なんかからすると、やっぱりナチュラルすぎる。
どうみても、人を陥れる仕草ではない。
モロッコに来て2週間ほどの彼女と、2日目の私とでは、緊張感の度合いは当然違うだろう。
一山積んだミカンを計りにかける前に、2DHとの私の予想は見事に的中し、満足した。
メクネスの市場でオリーブ買っていたあたりから、なんとなく物価はわかり始めていた。

このミカンを手に満足げの彼女は、帰り道の足取りも軽快さは増しているようだった。
それにつられて、私の警戒さも徐々に減っていった。
「モロッコのミカンは美味しいから、ひとつあげるよ。」
私はカバンに入れた。
「ありがとう、後で食べるよ。ところでどんな味がするの?」
「日本のミカンよりもオレンジっぽい味がするよ。」
ミカンちゃんが言っているホテルの場所は、おそらく私がさんざんに道に迷った挙句、
ロバのフンを踏んづけた広場の辺りに違いないと思った。
メインストリートの最後から右でなく左に曲がり、カーブをクネクネと曲がるのが特徴で、
そこを抜けると広場に出る。
なるほど、このホテルか、それで食堂とはこれのことか。
なんとなく見覚えはあった。
ホテルのトイレを借り、食堂探しとなった。
私としては、できれば相手が指定してきた食堂は避けたかった。
また、歩き回ることで、相手が、どうしても指定の食堂に拘っているのか、
食べられればどこでもいいのか、判断をつけたかった。
日本でもボッタクリバーの店員なら、必ず指定の店に行かなければならないからね。
「私は天邪鬼だから、行けと言われると、別のところを探したくなる。」
と言い放ち、相手の反応を待った。
「じゃあ、別のところを探しますか。」となった。

夜はすっかり暗くなり、遠くの明かりは何かしらの店を示していた。
その明かりを頼りに、何軒か回ってみたものの、カフェばかりで、
ミカンちゃんが好きと言う「タジン」が食べれそうな店は無かった。
散策も兼ねて動き出したのはいいものの、さすがに疲れてきたところで、
「うーん、遠くの門まで行かないと、他には無いのかなぁ」と切り出した。
「さすがにそれは、、、」とミカンちゃんも難色を示した。
もういいだろう、こいつは詐欺師ではなく、ただナチュラルで、ミカン好きな女なのだ。
そして、彼女が当初から指定していた食堂に決めた。
万が一、これで何かトラブったら、それはそれで、新手のパターンとして逆に興味があるところだ。

注文はフランスのムニュスタイルだ。
いわゆる、セットメニューで、英語版もあり、完全に観光客向けだ。
6パターンから選べるようだが、ミカンちゃんは「牛、豚、ダメ」「鳥のみ」
しかもタジンが食べたいとのことで、自動的に2番のセットとなった。
私はというと重ならないように3番のセットとなった。
たぶん羊のタジンだと思う。
クスクスのセットは止めておいた。
ライオンズ君も言っていたが、ミカンちゃんも、「クスクスは無し」との回答だったし、
何より共通して「タレが少なく、残りのポロポロした小麦?を大量に食べるのは苦痛なだけだ」とした。
ところで、「牛、豚、ダメ」って、宗教なのかな?
インドやイスラム圏の旅が好き、って言っていたから、本人は今まで旅して来た処に気を遣っているのかもしれない。
だとしたら、やはり、かなりのナチュラルちゃんだ。
理由を聞けゃ良かったかなと、少し後悔した。

飲み物は?となったので、ミカンちゃんオススメのHAWAIというジュースにした。
メニューには無かったが、店員が出て行ったのを見て、
「今から買いに行って来るんだろう、きっと」
しばらくして、案の定、店員はHAWAIを2本抱えて戻ってきた。
「やっぱり、そうだった」とミカンちゃんは満足気だった。
乾杯となり、トロピカルな味わいのHAWAIを堪能した。
「ねっ、美味しいでしょう?」
なるほど、ミカン好きにはたまらないであろう、トロピカルでフルーティーなジュースだった。
これは酒で割ると、素晴らしいカクテルになるに違いない、と思った。
ビンをよくみると、4DHと書いているのを発見した。
でも食堂価格で、きっと10DHだろう。
先ほどお茶したコーヒー1杯のように、この国の飲み物はなんでも10DHらしい。
タイのカオサン通りのメシが何でも20バーツなのと似たようなものか。

ミカンちゃん with HAWAI
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前菜はこんな感じで、ミカンちゃん曰く「グレート」らしい。
モロッコのオリーブは塩分がキツメだ。ここももちろん例外ではなかった。
私は海外では典型的なパサパサライスを好み、ミカンちゃんは瓜系のものを好んで食べた。
大穴は人参で、甘いものではなく、意外にもカレー味でスパイシーであり、高評価となった。
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タジンはとても美味であった。
正体を探るよう食していくと、オニオン・キャラメリゼ
なるほど、フレンチかあ。
タジンは日本人に受けるであろう。
実はタジンと言っても、さまざまなバリエーションがあるのだが、
いずれのものもハズレが無いのがモロッカンタジンだ。
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つなぎに、ミントティーを頼んだ。
これも美味であった。
このように、でかいミントは貴重だと思っている。
こちらも、酒で割りたいと思った。
イスラムの禁酒法さえなければ、最高のモロッコ料理なのに。
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ホテルの人(彼女曰くハッサンという名でホテルと関係はあるが何者か不明)がやって来て、
世間話をし始めた。
しばらくすると、どこからか取り出したミカンを食べていた。
「さっき渡したミカンある!?」
「ん、あるよちゃんとカバンに」
「そう、よかった・・・」
どうやら、おやじはミカン持参だったようだ。

写真は何枚か撮ったが、
画像を送るだのという話にはならなかったので、
相手としてはその先は特に考えていないらしい、と判断した。
だとすれば、何だ!?
なんだ、この妙な違和感は。
彼女の目的はいったい何なんだ?
だから私は、このタイミングで、声をかけられた側の警戒心について話すことにした。
「そうか、私は話しかけた側の方だもんね。」
ようやく、落ち着いた会話になり(というか私の内面だけが緊張していただけなのかもしれないが)
気楽な旅人同士の会話となった。

いろいろなことを話したが、一番の衝撃は、イスラム圏が好きだと言う彼女の一言、
「イスラムは旅人に優しい」
だった。
これはカルチャーショックだ。
ハンマーで頭を叩かれた衝撃だった。
何かの聞き間違いだと思った。
女性だからではないか、という疑問もあったが、
「旅人には尽くす」
という教えから、らしい。
私の知っているイスラムと言えば、ウワサで聞いていたエジプト旅行の話と、
15年ほど前のドバイ旅行の体験からで、
まあ人を見るなり「バクシーシ」と寄ってたかる、
値段は10倍から始まって、値切って最後は3倍に落ち着く、というものであった。
インドと似たような感じなのが、イスラムだ。
「イスラムは旅人に優しい、ただエジプト観光エリアは違う。」とのこと。
シリア、ヨルダン辺りはいいことしかなかったらしい。
イスラムの教えに「旅人には宿と食事でもてなしなさい。」という教えがある、とのこと。

バックパッカー系の者同士のこういった会話ができたことが私はとても嬉しかった。
15年前ほど昔は、ヨーロッパ旅行していても、よくこういった旅人に出会い、会話を楽しんだのだった。
主にユースやドミなどの共用宿であったが、路上やショートトリップ中でも、本当によくあったものだ。
ところが最近の海外旅行は特殊なものではない昨今、こういった味のある旅人はいなくなったものだと思っていた。
だが、ここモロッコのように、ちょっとメインから外れたような国には、まだ昔ながらの旅人が存在していることが嬉しかった。
ライオンズ君しかりミンカちゃんしかり。
何年か前の自分に若返った気持ちになった。

モロッコでは、常に誰かしらと行動していた、と言った私に対して
モロッコに来て2週間ほどたっていた彼女はこう答えた。
「私はなかなか居なかった。12月のクリスマスあたりも一人だったよ。」
「そして今日は12月31日、2012年最後の日だよ。今年最後の夕食も一人なんて寂しい。」と。
「今日は一緒に食事してくれて、ありがとう。」
そうか、今日は12月31日だったのか、忘れていた。
日付的にはもちろん忘れてはいないのだが、
今年最後の日っていう哀愁というかムードを忘れていた自分に気が付いた。
そして、彼女の目的をようやく把握できた。
この子は実にナチュラルなのだ。
旅から2週間という、時期的には最も充実してくるメンタル状態がそうさせているのかもしれないが、
実にナチュラルなんだ。
そう言えば、道を歩いていると「ニイハオ」だの、「コンニチワ」だの声をかけて来るのがモロッコ人なのだが、
それにひとつひとつ答えているようだったし、実によくモロッコに溶け込んでいた。

最後のデザートには、ひと山の「ミカン」が出てきた。
これはかなり爆笑であった。
「なーんだ、わざわざ買わなくても良かったんだ。」
「余ったら、もって帰りなよ、俺はひとつあるから、それで充分さ。」

そんなこんなで、22時くらいになったであろうか、
さすがに外は寒くなって、そろそろお開きとなった。
明日の空港行きは朝7時のグランタクシー、今度ばかりは逃すわけには行かない。
(日本に帰れません)

会計を済ませた。
彼女は「シュクラン」とアラビア語で、
私は「メクシーボーク」とフランス語で、
店員に言った。モロッコではどちらもアリだから両方あっても良いだろう。
旅は基本的に、現地語の方が愛着感からすると良いのだろうが、
フランス人旅行者が多いモロッコでは、フランス語にも少しこだわって見たかった。
ドイツ人に話しかけるとき、
「ヘタなドイツ語より英語の方が会話成り立ちますよ。」
というのに似ていると思う。

広場に一台だけ止まっていたプチタクシーで、新市街のホテルに帰ることになった。
お別れである。
旅行中の別れって、なんでか、いつも心に響くものだ。
「今日は一緒に食事してくれて、ありがとう。」
彼女は先ほどと同じ言葉を、もう一度私に向けて言った。
「こちらこそ、楽しかったよ。」
別れ際は、握手することにしている。
モロッコで3度目の握手をし、タクシーに乗り込んだ。

手を振ってくれていたミカンちゃんがだんだんと遠くなって、その姿は闇の中に消えた。

タクシーは無事に駅前ロータリーに着き、
ライトアップされた大きなフェズ駅を観察した。
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ホテルの一室に戻った。
寝る準備を整え、TVを付けた時は、まさにいよいよカウントダウンという時間だった。
時差的に既に済んでいる他国のカウントダウン映像が出ていた。
シドニーの湾岸花火は有名だからまあ当然として、
上海の映像もあったであろうか、
日本が無い、、、日本の世界地位の低さが見えて少し悲しかった。
鐘突きからだから見栄えがしないからかもしれない。
派手さは無いが、静かに明ける、それこそがワビサビ日本とも言えるのだが。
ヨーロッパの映像もあっただろうか、いよいよここモロッコでも残り10秒となったところで、
トークショー番組のスタジオでは、観客とが一斉になってカウントダウンが開始された。
3、2、1・・・ゼロと同時に、派手なモロッカンバンドと歌手が登場し、賑やかなライブ演奏となった。

さてと、明日は早いから寝よう、と思ったのだが、しばらく寝れはしなかった。

To be continued

モロッコ旅行3 <3日目午前>

モロッコ旅行記 Le voyage a Maroc 2012/12/31

<<< 3日目午前 >>>

朝は6時に起きた。
睡眠時間は少なかったが、この日が唯一無二のモロッコ観光日である。
午前中メクネス、午後フェズ
フェズの方が大きいから、メクネスのメディナ観光はなるべく素早く終っておきたい。
日の出時間は6:30~7:00の間くらいとのことで、
丘の上のメディナから日の出を見たかったが、
ホテルの人は「メディナが開くのは9時からだよ。今行ってもダメだよ。」と言われた。
ええー!? 街にクローズタイムなんてあるの?
普通に歩いていけるんじゃないの?
メディナ前のゲートが開いていないとか?
ありえない話だ。
ゲートクローズ恐怖症にかかってしまったのか。

それで気持ちが削がれてしまったし、メディナでの日の出は時間的にも無理がある。
ここは少しペースを落とすか。
目標時間は当初の通り、11時メクネス発フェズ行きの列車で、まだ5時間ほどある。
まずは朝食をいただくため、ダイニングルームへ行く。

すでに2人ほどの宿泊客が、朝食を食べていたであろうか。
その内の一人が、部屋のセンターでスマホを顔につけ、大声で電話していた。
しかも、日本語で!
「なにィー、モロッコで日本語だとォー」
と心の中でJOJOっぽく叫んでみた。
日本人旅行者っぽい。
私は、この日本人の左後ろの席に座った。
前を見ている彼からすれば視界の外になる。
電話が終ったら、相手の死角から意表を突くように話しかけてやるつもりでいた。

しばらく待っていると、ウエイターが朝食を支給してくれた。
モロッカンスタイルだ。
とはいえ、運ばれてきたものは、
オレンジジュースにコーヒー、パン、ジャム、黒オリーブ、とフレンチスタイルだった。
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さてコーヒーを飲もうかとカップに手を取った瞬間、
「日本人ですか?」との声が私の視界外から聞こえてきた。
電話を切って、ただちに私に声をかけて来たのだ。
私は意表を突かれた。
いつの間に相手は私に気付き、声をかけてきたのだろうか?
もしかしたら、部屋に入ってくる前に認識されていたかもしれないが、
おそらくウエイターが向かった向かった先に私の姿を見たのだろう。
滑らかで、かつ鋭いタイミングで躊躇なく声をかけてきた。
見習うべき技術だ。

相手は食事が済んでいたので、私の方のテーブルに移りながら、
「日本人ですよね? ちょっと話いいですか?」と切り出してきた。
先制攻撃を受けた、珍しく。
そういえば、タクシーのシェアを誘ってきた昨夜のフランス人コンビも、
相手から積極的に話かけてきたっけ。
ここモロッコでは今のところ、誰かしらが私に話しかけてくる。

会話は、まあお決まりのコースのものを話したと思う。
どこから来たのか、いつこのホテルに着たのか、これからどこへ行くのか、
どのくらいの期間の旅か、日本では何してる人?、などなど。
どうやら、ここ駅前ホテルに着いたのは昨日の夕方で、マラケシュからの列車。
周辺は散策したもののメディナまでは行ってない。
夕食は私と同じ店で食べていたようだ。
私より5歳ほど年下の社会人で、短い年末年始で来ている、と私とだいたい似たような境遇だった。
完全な類友系であった。
旅の経験もスタイルも、まあだいたい同じ。
「L」と書かれた紺色の服を着ていたので、
「ライオンズファンですか?」と聞いてみると、その通りで埼玉県民とのことだった。
私の情報も同じようにひととおり伝えた。

彼はブログもタイムリーにスマホでやっているようだ。
つぶやきに近いのだろうか。
「ところで、さっき電話してたやつは何?」
「ラインですよ、タダです。スカイプのようなものですよ。」
「wifiもタダなの?」
「そうです。今はどこでもかなり入ってきてます。」
ホテル、カフェはもちろん、駅、街中など、無料wifiをバンバン飛ばしているのが、世界各国の現状だ。
おそらく発展途上国以外では、日本が一番遅れている。

7:30までしゃべった。
なんとなく気が合ったことと、午前中はメクネスのメディナ散策と共通の行き先があったので、
行動を共にすることになった。
準備のため8:00に再度待ち合わせして、メディナに向かって歩き出した。
待ち合わせまでの時間はホテル内の散策をした。

中庭
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屋上
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さて、メディナまでの道中は、、、
「この辺りにワイン売っている店があるハズなんだけど。」
メクネスはモロッコでは数少ないワインの産地。
一口飲んでみたいという日本人特有の好奇心で探したが見つからなかった。
日本人は海外旅行に出ると、現地産の食べ物飲み物にかなり執着する。
せっかく、ここまで来たから、とばかりに、怪しげな食べ物でもトライするのだ。
これがアメリカ人旅行者なら、そうは行かない。
高確率で「チキンにコーラ」を狙ってくるだろう。
もしくは肉の塊焼いたやつ。
アメリカ人と旅行中、食事に行く機会もいくつかあったが、
現地産のものが選ばれることはまず無かった。

街の外を囲むような城壁まで来た。
「今の城壁でなく、昔の姿を見たかったな」とライオンズ君は言った。
「行ったこと無いけど万里の長城はどうでしたか?」と聞かれた。
どうやら、ライオンズ君は昔の建築物に興味をお持ちらしい。
エジプトにも行っていたようだったし。
近年、観光化されたものでなく、古来の形状にこだわりがあるようだった。
それでいて、野球、サッカーなど海外観戦もしているようだった。
私の場合は、野球はまだ無いものの、競馬やフィギュアスケートも混じる。

かくして、メクネスメディナにあるマンスール門に徒歩で50分くらいだったでしょうか。
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記念撮影として自分を撮って欲しいとの要求が来ました。
そして、お互いを撮り合うことになった。
なるほど、どうやら同行した目的には、これがあったようだった。
このたびは先制攻撃を2回も受けている。今回の旅だが、
フランス人→タクシー代シェア
ライオンズ君→写真撮影
と相手から近づいて来るには何かしらの目的があるようだ。
意識的にも無意識的にも。
もちろん自分の場合もそうですが。
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↓ライオンズ君
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メクネスのメディナは見所はあったものの思いのほか小さく、散策時間も短かった。
ライオンズ君もメクネスはもういい、となり、フェズ行きの列車まで同行することになった。
メクネスの駅(ガーラ)は、プチとグランとがあるが、ホテルが多いプチからは列車数は少なめ。
11時の列車がベストであり、間に合いそうだ。

メディナからの帰りはバスを使いたかったが、行ったばかりで、ぜんぜん来ない。
プチタクシーを捕まえようとしたが、どのタクシーも人が乗っていた。
ラチが開かないので、マンスール門の前で何人か降り、たった一人だけが残っているタクシーに対して、
ライオンズ君は乗り合いを提案した。
乗車客と運ちゃんの同意を得て、タクシーに乗り込んだ。
すぐに乗車客は降りて支払いをすませた。
その時、メーターは7を示していた。
我々だけになったのでメーターリセットを要求したが、
このままでいいんだ、とばかりに駅まで走り出した。
仕方ないということで70円ほどを諦めることにした。
初乗り料金扱いかもしれないし。
ほどなく目的地まで着くとメーターは12を示しており、私は12ディルハムを払った。
ところがここから予期せぬことがおこった。
なんと、5ディルハムの釣りが来たのだ。
「なにィー、イスラム圏でお釣りだとォー」
と心の中で叫んだ。
大方バクシーシとして、釣りが出ないのがイスラムなのに。

先にキップを買っておくことにする。
キップ売り場では、バックパックをしょった日本人が一人キップを買うところだった。
ライオンズ君はここでもすかさず声をかけていた。
「相変わらず素早いな。ライオンズ片岡選手の盗塁のようだ。」
バックパック君は我々とは逆のコースで、
フェズからメクネスに来て、これからカサブランカ方面とのこと。
砂漠は既にコンプしたようだ。

キップ購入後、
列車時刻まで、まだ1時間あったので、ホームの前側に待ち合わせることにして、一旦解散した。
私はワインを売っていると言われている市場に再度向かった。
読みどおり、市場は開いている時間になっていて、活気付いていた。
一般的なマルシェが展開していたが、ワインショップは小さな店という形状で2軒ほどあった。
(つまりイスラムなので市場で大っぴらに売れないのだろう)
壁の上の棚にギリギリに大量のワインボトルが陳列されていた。
地震大国日本では考えられない置き方だ。
一番高い100DHのワインを1本買った。
プラスチックコップも買い、つまみはオリーブ、パンとした。

ホテルのダイニングルームに戻ると、ライオンズ君もいた。
メクネス産ワイン2008を試そうということで、ひととおり振舞ってやった。
味はというと、カベルネらしいパワーがあり、エレガントさは無いものの、
重さはバランスがよく、重くも軽くも無い感じで、飲みやすかった。
同じ値段ならフランスで買ったほうが美味しいかもしれない、とも思った。

列車のホームまで行くと、ちょうど反対側の正面の位置に、
バックパック君が時間待ちをしているのが見えた。
手を振ると、答えてくれた。
お互いに逆方向だが、列車はほぼ同時にホームに来るようだった。
ライオンズ君はすかさず、「良い旅を!」などと叫んでいた。
数分話しただけなので、挨拶も軽く手を振る程度でいいと思ったが、
ライオンズ君は哀愁旅人モードになっていたようだった。
ま、日本国内旅行ではまず見かけないない貴重な行動規範だと思いますけどね。

列車に乗り込み、1時間ほどでフェズに着く予定。
しばらくすると、隣の席に座ったモロッコ人が話しかけてきた。
どこ行くの? フェズ。宿はどうするのか?と聞いて来た。
私は駅前に予約を持っていたので、ヘンについて来られると嫌だから、
今、ガイドブック見て、ゆっくり決めてます。と答えると、
突如、名刺を出してきて、メディナ内のリヤド宿泊にチャレンジしてみないか?
と言って来た。
私は予約があるので不要、ライオンズ君に尋ねると不要とのことだったので、
名刺を返却した。
そうですか、と男は去っていった。
「・・・客引きだね。」
「ええっ、そう言えばそういうことになるね。」
あまりにもアッサリと引き下がる男に、私は客引きだということに、しばらく気付きさえしなかった。
アジア、インド、イスラム圏の客引きというのは、
もっとこう、しつこくって、粘っこくて、駅降りてもしばらく着いて歩いて、口うるさいもの、
という認識だったので、このアッサリドライな動きに、むしろ後からじわじわと困惑感が沸いてきたのだった。
それにしてもモロッコってアフリカの香りがしないよね、と話た。
今のところフランスシステムってイメージだ。

フェズ駅には定刻に着き、ここでライオンズ君とお別れとなった。
「まあ、メディナ内でまた会うかもしれないね、その時はよろしく。」
握手して別れた。
そう、縁があえば会える、縁がなければ会わないものさ。

予約したホテルは駅から近くだ。
チェックインして、ロビーから部屋に行く際、ポーターが素早い動きで私の荷物を持ちあげた。
もう、この時点で察しがついた、チップ欲しいんだな。
部屋のドアを開けて、荷物を降ろしたポーターは、
ニッコリスマイルをしながらポケットに手を突っ込んで、小銭の音を鳴らした。
面白い意思表示だ。
モロッコは超チップ大国、日本はチップ無大国であるが、ここはモロッコなので、
余っていた3DHほど渡すと満足げに男は去っていった。

To be continued

モロッコ旅行2 <2日目>

モロッコ旅行記 Le voyage à Maroc 2012/12/30

<<< 2日目 >>>
中国東方航空にて、5:30の予定が結局ドゴールに着陸したのは6:00であった。
タンジェ行きのeasyjet7:10発までは、まだ時間的余裕はある。
ボーディングもすでにプリントアウトしているし、なんとかなるだろう。

機体が着いたのはターミナル2Eよりも遠くの、なんだかわからないところに着いた。
空港内の電車で、イミグレまで移動する。
時間はどんどん減っていき、バゲッジエリアに着いたのは6:20
ゲートクローズ時間は6:40とあったから、あと20分しかない。
荷物が出てくるのは6:40からと表示されているが、
7:10までに2Bに着けばまだなんとかなるとタカをくくっていた。

荷物は6:40ピッタリに出始めた。
自分の荷物はすぐに出てきた、乗り継ぎのことを言っておいた甲斐があったか。
2Eから2Bまでバスで10分かかったが、6:50にイミグレ前に着いた。
20分前なら乗れるだろうと思っていた。
ところが、表示はFINAL CALLでなく、GATE CLOSEDになっていた。
マズイか。

出国のイミグレで止められた、クローズだからと言う。
「ごめん行かせてくれ」とお願いすると、「わかった行ってみな」と係員。
ゲートまで走っていったが、本当にゲートはクローズしていて、そこに誰もいなかった。
時間は6:50を指しており、出発の20分前だったが、搭乗はかなわなかった。

時間は7:00を回った。
easyjetのカウンターに行った。
「ボーディングあるのに、まだ時間前なのに乗れないってどういうこと?」
とクレームかけたが、「No」の一点張りであった。
挙句の果てに「リファウンドはできないから、次のタンジェ便に変更する?」と言ってきた。
「いつ?」聞き返すと「1/1の13時」と言ってきた。
戻りのフェズからCDGのフライトが、1/1の10時だぜ!?
行き先を変えても、今日中にモロッコに飛べないか、と主張したが、行き先変更は不可とのこと。

かくして、タンジエ行きの費用80ユーロは空を飛んでいった。
ラチが開かないので、怒りの矛先は、遅れた中国東方航空に向けられた。
2Bから2Eに戻って、中国東方航空のカウンターを探したが無かった。
仕方ないので、SKYTEAMのカウンターに行き、
遅れたから乗り継げなかったんだろ、どうしてくれんねん、と主張した。
「中国東方航空とeasyjetは別の予約だから、保障は無い」と言わた。
「Separate!」という単語が聞き取れた。
さすがに諦めた、せめて同一グループだったら別便に乗せてくれたかもしれないが、
LCCのeasyjetではどうしようもないと納得した。

さて、テンパッタ頭を冷却して、今の状況と今後の行動を考え始めなければならなかった。
現在の状況
CDG→タンジェ80ユーロは乗れなかった。
まあ80ユーロの犠牲は受け入れた。
保持している予約はフェズ→CDGの200ユーロ、今からキャンセルできるかわからない。
フェズの宿の予約45ユーロ、これは今からネットでキャンセルできるのだろうか。
選択肢は2つだ。

モロッコ行きを諦め、フランスなりドイツなりを自由旅行する。
なんの予習もないから、改めて何をするかを閃かなければならない。
そして、タンジェ行き80ユーロに続いて、さらにフライト200、宿50ユーロほどを捨てなければならない。

なんとかして、今日中にモロッコに行く。
そうすれば予定はなんとか進む。

モロッコ行きのフライトはどうか?
SKYTEAMのカウンターで値段を聞くと、ラバト700ユーロ、カサブランカ1000ユーロと来た。
・・・エールフランス正規料金恐るべし。
2Bのeasyjetのカウンターに行く。
ターミナル2を既に1.5周しているが、それだけでも40分くらいかかっている。
時間はみるみる減っていく。
本日のモロッコ行きeasyjetは、13時マラケシュ、14時カサブランカがあり、
マラケシュは満席、カサブランカは220ユーロだという。
SKYTEAMの1000ユーロに比べると220ユーロのカサブランカが安く感じた。
予約分250ユーロを生かすため、220ユーロ払ってカサブランカ行きを選択した。

時間は8:30を回っていて、空が明るくなり始めていた。
14時までは時間があるので、パリ市内に行き、時間をつぶすことにした。
予定外のパリ観光になる、何をしようか考えた。

前回のパリでローランサンが良かったんで、ポンピドゥに行ってみた。
大行列で、かつ美術館は11時からオープンのようだった。
時間的に諦めて、オランジュリーに、前回同様にまた行くことになった。
前回観れなかったローランサンの絵が2つほどあったからだ。
7ユーロで入館した。
果たして、その絵は、またしても観れなかった。
張り紙をよく読むと、どうやら隣のオルセーにいるよ、とのことだった。

オルセーの共通券買えばよかったとばかりに、オルセーに着いた。
大行列。
・・・なんで、こんなに行列?
ポンピドゥもそうだったが、、、
だいたいカルトミュゼがあるから、チケットの行列なんて考えられない。
入場規制か?
もしたしたら、サクラダファミリアのように、事前にネットで入場時間を予約する制度かもしれない。
いずれにしても、思いつきで入場できる時間的余裕は無さそうだった。

そろそろ空港に戻らなければならない。
北駅まで行くついでに、隣の東駅に行く。
最終日の北駅東駅の乗り換えをスムーズにするための予習をしたかったからだ。
特に、サンカンタン市場の予習は必須であった。
希望していたお土産のチーズは各種そろっていることを確認した。
市場中央のバーでビールを引っ掛けた。
つまみは、機内でもらったパンに、市場で買った生ハムを挟んだもの、とした。
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14時発カサブランカ行きの飛行機は無事に乗れた。
席は3-3の配置で、私の席は窓際だったが、既に2人の男が窓際から座っていた。
出るの狭いから動きたくないと主張するフランス人2人組に対して、
どうしても窓際が必要と主張した。
しぶしぶ席を譲った二人だったが、私がカメラを取り出すと、
納得したようだった。
「航空写真が撮りたかったのさ」
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前後が狭いので、ひざは前席に当たり続けます。

一人は英語が話せて、もうひとりはフランス語オンリー。
なんとなく片言でコミュニケーションをとった。
フライトは3時間30分、しかも、この狭さです。
とにかく時間を潰したいのですよ。
LCCは窮屈で苦痛なので、もう二度と乗りたくないものだが、
安いだけにまた乗ってしまうのだろうな。
CDG-ミラノなどの、近距離かつ低料金ならまだ良いかもしれない。

途中でウトウト寝ていたが、突然に隣のフランス語オンリー男が起こしてくれた。
そう、ハイライトのジブラルタル海峡である。
ヨーロッパとアフリカに挟まれた地中海と大西洋の交わり。
右がスペインのイベリア半島で、左がアフリカのモロッコです。
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英語が話せる男が、空港から町までのタクシーをシェアしないかと言ってきた。
ヴィラ駅20:05発メクネス行きの列車に乗れれば、今夜中にメクネスまで行こうと思っていた。
この列車に乗れなければ、カサブランカ泊して、次の日にメクネスに行こうと。
空港から電車で行くと19:30空港発→20:15カサブランカヴィラ駅着
20:05発メクネス行きの列車には間に合わない。
タクシーなら、このメクネス行きに間に合いそうだった。
したがって、タクシーをシェア乗りすることにした。

カサブランカ空港には定刻通り着いた。
ディルハムを得たかったので、両替屋をあたったが、無人が多いし、
たまに人がいる両替屋があっても、窓口は終わりました、とばかりに両替してくれない。
ようやく探し出したキャッシュディスペンサーにマスターカードを突っ込んで、
ディルハムを得ることが出来た。
1モロッコディルハム=約10円である。
1500DH引き出した。
クレジットカードが無ければ、また旅が頓挫する危険があった。危ない。

後からわかったが、ほとんどの商売人はどうやらユーロを受け取ってくれるようだ。
1割ほどレートが悪いが、わかりやすく1ユーロ=10ディルハム計算だ。
私が両替に苦戦している間も、二人のフランス人は、待ってくれていた。
ことある毎に、私に向かって「ヘイ、ジャパン、フレンド」と呼んでいた。

空港に出ると、予想通りイスラム圏らしく、タクシー運ちゃんの客引きがたかってきた。
うわーインドや中東っぽい、と思ったが、二人のフランス人がいるのは心強かった。
ちなみにモロッコはフランス圏かつイスラム圏で、両言語が使えます。
OFFICIAL TAXI SERVICEと書かれたビブスをしている客引きもいた。
たぶん、OFFICIALなんかじゃない、ただの普通のドライバーだろう。
夜遅く、暗く、異国の地で、会話も片言の英語で一人なら心細くもなり
OFFICIALの文字にすがりたくなるであろう心理をついた営業戦略だ。
なかなかやるな。
看板にはカサブランカ250という文字があった。
なるほど、ガイドブックには300DHとあったから料金表だろう。
なんとなく良心的な国には見えた。

客引きドライバーの山をかき分け、数あるタクシーの中から、
どうやら目星にかなったのか一台のグランタクシーを選んで、市内へと4人は向かった。
運ちゃん、英語可能男、仏語オンリー男、私、の4人である。
走り始めて、しばらくして、私を除く3人はフランス語で会話し始めた。
だんだんと会話は盛り上がってきたのか、笑いまで出始めた。
ちなみに、私はフランス語は全くダメなことになっている。
英語可能男が運ちゃんに話しかけるのが中心だったが、
時々、私に英語で会話を振ってきた。
我々はイビスホテルだが、ジャパンフレンドはどこに行きたいのか?
実はこの瞬間にもまだ予定は決まっていなかったが、
時間的に乗れるならメクネス行きの列車の駅に行きたい、と伝えた。
とっても広い駅だよヴィア駅は!と運ちゃんは言った。
イビスホテルと駅は近いから、そこまで一緒に行きましょう、となった。

タクシーの時間は40分くらいだっただろうか、そろそろ市内というところで、
盛り上がった会話の中に一つの単語を聞き取った。
運ちゃんが爆笑しながら
Bonami!
英語だと「Good friend」、日本語で「いいとも」である。
ははーん、なるほど、と思った。
英語可能男は、私を「フレンド」と連呼していたからすぐに想像できた。
おそらく、タクシー代は上手くシェアできることは無いな、と思った。
正規料金は、250~300DH
2か所行くから300DHだろうが、かりに2で割っても150DH
最大300DHを覚悟しなければならない。

目的地のイビスホテルに到着した。
2人のフランス人はここで降りて、私と運ちゃんは次の目的地であるヴィア駅を目指すことになった。
金は?と私が問うと、英語可能男は後でタクシー運ちゃんに払うように、と言いながら、
200DHかな?を運ちゃんに払っているように見えた。
結構いい人たちだったかなと思いきや、席に私が座り、目線が離れた瞬間を狙って、
運ちゃんは英語可能男にキャッシュバックした。
私はもちろんその瞬間を見逃さなかった。バレてんだよ、茶番劇は。
100DHくらい戻したように見えた。
ふーん、なるほど自分たちは2人で100DHを払い、残りは私に払って欲しかったようだ。
つまり、私は150か200DHとみた。
どうやら、私の希望価格より50か100DH多くなるらしい。
・・・まあいいか。このくらいは。
イスラム圏のタクシー価格にしては、グルってボラれる率が低いなと思った。
なんせ、過去のドバイ(今のドバイではない)旅行の時には、
タクシー価格は3~5倍が普通だったからな。

タクシーは列車時間に間に合うくらいにヴィア駅へと着いた。
200DH
と来た。
ちょっと渋る素振りを見せてみたが、時間も余裕がないので、とっとと支払い、駅構内へと向かった。
かりに粘れても500円程度だ、それよりも列車だ。
ヴィア駅構内は写真のようにぜんぜん広くなかった。
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国の最大都市の最大駅で、この大きさである。

ちなみにホームは2つだったと思います。
ラバト方面とマラケッシュ方面の。
3時間30分かかるメクネスまでのキップは90DHであった。
価格は1/10くらいの物価でしょうか。
列車は20分遅れで到着した。
駅の自動アナウンスの声がフランスと全く同じ声(女性の)であった。
モロッコ鉄道のことをONCFと言うが、フランスはSNCF、完全にフランスシステムです。

列車内はとても暗く危険な雰囲気だ。
寝台車は盗みが絶えないというのはあながちガセでない感じはした。
20:30発、メクネスは24:00到着、かなり暗い列車だが、
昔ヨーロッパ旅行していた時と同じだと思うことにした。
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ようやくメクネス駅に着き、目星の駅前ホテルを確保できた。
シャワー付き、トイレ共用、朝食付きで220DH
思えば今日食べたものは、昼のパリで食べた機内食のパンが1つだけであった。
夕飯は絶対に食べたかったので、夜遅くても唯一やっていた店へ。
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外で炭火焼きをしており、肉の焼けた匂いが食欲をそそり、美味そうだ。
肉タジン、焼肉を頼んだ。
タジンはトマトベースでコクがあり、パンにつけて食べると美味であった。
肉は香ばしい炭火焼きで、ジューシーでかつ赤身肉本来の旨味が凝縮されていた。
また食べたいと思う味であった。
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散策していると、突如壁にこういう絵があるところが、
フランスっぽい雰囲気も醸し出している。
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25時にようやく就寝した。
それにしても長い一日だった。
ドゴールに6:00に着き、寝たのは25:30、フランスモロッコの時差がプラス1時間
6:30からの日の出が見たかったので、急いで寝た。
29日の朝7時に起きてから、30日の飛行機泊があったものの、
約50時間ぶりのベッドだった。

ウトウトとしたベッドの中で、今日一日を振り返った。
特に、、、
タンジェ行きの飛行機を逃し、モロッコ行きを強引に決めた選択を取れたが、
もし諦めてヨーロッパ周りを選んでいたら、今頃どうしていただろうか。
この分かれ道は、今後の自分の人生の分かれ道になったのではないだろうか。
そんなことを考えながら。

To be continued