細くて長い私の水泳人生(その4) | MIYUKI&KAMIOのつぶやきと陶芸のブログ

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陶芸家の夫である尾形香三夫は、2022年に他界しましたが、タイトルをそのままにして、今後も夫婦の思い出を交えて、書いていきたいと思います。

                                  (2016年2月)

MIYUKIです。

 

記録的に雪が無い、そうです、少ないというよりも「無い」と表現したくなるような少なさの上に、コロナウィルスの広がりと合わせて、記憶に残りそうな2020年の冬です。

 

雪は少ないのですが、気温はそれなりに低く、朝方は-19℃、-17℃という日が続いています。

 

真冬でも、温水プールのおかげで泳ぐ事が出来、また水温が30℃近くあるので、プールに入った方が暖かく感じてしまいます。

 

私は以前、「細くて長い私の水泳人生」 (その2)(その3)を書き、読んだ方から言わせると、私ごときが人様の泳ぎにああだこうだと講釈を述べる資格など全くないと思うでしょうし、その事は重々承知しています・・が、敢えて今回は他人の泳ぎに対しての感想を。

 

ある日、横のレーンでバタフライをしている人がいました。ふっと見た時に何か得体の知れない違和感を覚え、二度見してしまいました。

 

何が違うのだろうか?と思いながら見ていると、そうです、そうなんです、明らかに腕と頭の動きが違う事に気が付きました。

 

バタフライは普通、腕を水にバサッと入水させるよりも先に、若干、ほんの一瞬ですが、頭の方が先に入水します。ほぼ同時と言ってもいいかもしれません。頭に導かれながら腕が入水、そんな感じでしょうか?

 

が、しかしその人は、完璧に腕が先で頭がかなり遅れてからついていっているのです。

 

でも、その泳ぎ方でしっかりと泳いでいます。多分、皮肉な事に、しっかりと泳いでいた分、違和感を感じたのかもしれません。

 

たったこれだけの違いにも関わらず、何故か奇妙に映ってしまいます。

 

今の私がこの泳ぎ方を敢えてしようと思っても、多分無理かと思います。癖って恐ろしいものだと感じました。

 

これはかなり以前の話しですが、やはり、バタフライです。

 

私にとってバタフライは苦手意識もあるし、今となっては、25mを泳ぐだけで満足してしまっています。

 

ある日、やはり隣のレーンでは、果てしなく延々とバタフライを泳いでいる人がいました。

 

「すごいな~」と感心しつつ眺めていると、「なんか違うな~」という違和感・・・

普通、水泳は常に頭も体もほぼ水面と並行状態ですが、どういう訳か頭が立っているのです。もし体が水平であれば、この状態というのは、極端に90度近くも首を曲げている不自然な形で泳いでいることになります。というよりは、呼吸が上手く出来ずに、思わず首をもたげてしまう状態です。でもこの人は、その事を全く感じさせない自然な泳ぎを、延々と優雅にこなしているではありませんか!

 

失礼ながら、私は潜って首から下がどうなっているのかを見せてもらいました・・・

 

この方はほぼ立った状態で泳いでいました。確かに両足は底に触れないで(そこのプールはかなり深いプールでした)ドルフィンキック、体が直立に近いので、息がしやすく、分かりやすく表現するならば、タツノオトシゴ状態で泳いでいました。深いプールでなせる業です。もし、浅いプールであったなら、この人は足の甲をしこたまプールの底に打ち付けてしまう事でしょう。

 

どちらのケースも、身についてしまった癖が染みついているように思いました。

 

と、ここまで書き、ふっと我に立ち返りました。

「細くて長い私の水泳人生」、これからも手本になる様な泳ぎを垣間見ながら、時には変な(?)泳ぎを分析しながら、精進していこうと思いました。

改良すべきは、泳ぎではなくて私の性格だ、と言われそうですが・・・