MIYUKI&KAMIOのつぶやきと陶芸のブログ

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陶芸家の夫である尾形香三夫は、2022年に他界しましたが、タイトルをそのままにして、今後も夫婦の思い出を交えて、書いていきたいと思います。

 

日本語の固有名詞、名前や地名は読むのに苦労します。漢字の音読み、訓読み、それに加えてひらかな、カタカナも混じるので、日本人でも固有名詞を正しく読むのは難しいものです。

 

最近はキラキラネームもあり、フリガナをふってもらわないと読めない事も多いですよね。

 

読み方とは関係ないのですが、名前の由来は、漢字を見るとなんとなく意味が通じてくるものです。

 

かなり前の話ではあるのですが、英会話教室に通っていた時に、(その時はオーストラリアから来た先生でした。)英語の名前にも意味がある事を教えてくれて、一つの単語のような名前にも意味が込められている事を初めて知りました。

 

芸能人や作家のような人たちは、芸名とか作家名や雅号を付ける場合が多いのですが、夫も本名ではなく、作家名を使っていました。

 

結婚前の話ですが、夫は当初陶芸家にではなく小説家を目指していた時がありました。その時から「尾形香三夫」と名乗っていたのです。

(ちなみに、本名は孝一です)

 

結婚後、脱サラをして陶芸家になりたいと言い出した時に、将来を心配して彼の母親が、自分が信じている占い?をしてくれる人の所に、息子の将来を相談に行きました。

 

陶芸家になるのは問題ないが、大成するには「香三夫」という名前を変えた方がいいと、その人に言われたそうです。

 

義母はその人を信じていたものですから、当然名前を変える事を要求してきました。

 

当時私たちには二人の子供がいて、これから色々とお金が必要になってくる時期であっただけに、これは親でなくても気にかかるところです。

大成まで高望みをしないまでも、せめて生活が成り立ってほしいと思うのが当たり前です。

 

義母と会うたびにその話が出てきて、なんとか私から息子を説得してほしい、あなたも生活が立ちいかなくなったら困るでしょう?と・・・親の気持ちが痛いほど伝わってきます。

 

名前を変える気が全く無い夫が最後に発した決めセリフは、

 

「かあさん、今の香三夫という名前を捨てて新しい名前を付けるということは、言い換えると、糟糠の妻を捨てて、若くて美しくて、頭も良くてスタイルもいい女(そこまで言ったかどうかは定かではありませんが・・・笑)と再婚する事と同じことなんだよ!そんな事していいの?」

 

ときたもんだ。

ちょっと私は「うん?なにそれ」って気分。

 

さすがに義母も私の顔をチラリと見て反論できず、義父はニヤリと、「なかなか魅力的な話ではないか」というような顔をしていましたが、この名前変更の問題は、これにて一件落着となったのです。

 

夫になぜ「香三夫」と名付けたのかを以前聞いた事がありますが、何という事は無く、閃いた、天から降ってきた、みたいな事を言っていました。

 

もっと深い意味が隠されていると思っていましたが、単純な話でした。

 

また、なぜ本名の「孝一」ではダメなのかを聞くと、「あまりにも平凡すぎる」のひと言で、これまた単純な話。

 

私の父親に至っては、文学好きだったので「文豪カミュからとったものだ」とず~っと思い違いをしていた事を後で知りました。(私たちはひと言もそのような事を言った事がなかったので、思い込みって怖いな、と思いました)

 

今月の18日は、亡き夫の4回目の命日でした。

亡くなった時に、お寺さんにお願いをして、法名を付けずに、彼が拘り、守ってきた名前を付けさせてもらいました。

宗教的な側面から考えると、色々な問題もあるのかもしれませんが、一番彼らしく輝いていた時の名前でと思いました。

 

しかしここまで書いておいてなんですが、この私は普段夫を「香三夫」と呼んだ事は無く(外向けには別ですが)、実に平凡な実名の方で呼びつづけていました。爆笑