FRATELLI 第5章ーD
第5章ーD
(理弥)
信号待ちをしているゆうさんの、ステアリングを握る手が、カクカクと小さく震えてる。
僕は思わずその手を上から握った。
「無理しないで。僕が代わるから。ほらそこのコンビニの駐車場に入って」
信号が青になって、その先のコンビニに車がゆっくりと止まった。
「さ、代わろ」
「でも、あなた、行き先が分からないでしょ」
「大丈夫、カーナビが教えてくれるでしょ」
僕たちは席を交代した。
助手席に移った後も、ゆうさんの手の震えが止まらなかった。
今から行こうとしている場所に、何かあるんだろう。
強く握られたゆうさんの両手に、僕は運転席から伸ばした左手を重ねた。
「大丈夫。一緒にいるから」
僕の重ねた手の甲に、冷たいものが落ちてきた。
見ると、俯いたゆうさんの瞳から涙がポタリポタリと落ちてきた。
驚きと一緒に安堵が込み上げてきた。
だって、泣けるって良い事でしょ。
涙の重さ分だけ、心が軽くなるんだって。
カーナビが高速に入るように指示してきた。
案内表示を見る。
横須賀方面。
僕たちはどこへむかってるんだろう。
そう思った時、その答えが聞こえた。
「千葉の館山に向かってます。そこに若いころ付き合ってた人のお墓があるんです」
昔の恋人の墓・・・
耳が熱くなる。
なんだろう、無性に悲しくなる。
僕は押し黙った。
「・・・ここをクリアしておかないと、次に進めないんです。でもずっと行く勇気がなかった。私、ずっと彼の事、憎んでました。恨んでました。多分、あの時からだったんです。男性を信じられなくなったのは」
「何があったの?」
聞きたいのか、聞きたくないのか分からなかった。
でもそれを考える間もなく、言葉が出ていた。
何分間か沈黙が流れた。
長いため息の後、ゆうさんはゆっくりと話し始めた。
「大学3年から3年間付き合った人がいました。
彼は1浪していたので、学年では私の方が一つ上で、私の方が先に社会人になりました。
住んでいたアパートがすぐ近くで、ほとんど毎日会って、長い時間を一緒に過ごしました。
就職した年の夏、私、彼の子を妊娠したんです。
でも、言えなかった。
彼はまだ大学生で、目指す職業があって頑張っていたから。
黙って堕胎することを決めました。
その矢先、彼とちょっとしたことで喧嘩したんです。
もう、原因も忘れてしまったけど、ほんとに些細な事で。
私が怒ってアパートに帰ると、彼も追ってきて玄関の外で謝ってくれたんですけど、ほら、こんな性格だから、私、許さなかったの。
彼は玄関の外から【また明日来るね】って言って帰って行きました。
でも、彼は翌日来てくれなかった。
その代わり、彼の所属してた大学のボート部の部長から電話があって、彼が亡くなった事を知らされました。
彼の千葉の実家にお葬式に行きました。
そこで、彼のお父さんとお兄さんに別室に呼ばれました。
彼は私が妊娠してる事に気付いていて、それに苦しんで自殺をしたと聞かされました。
実家の人たちに、相談をしていたと。
私がさっさと堕ろさなかったからだと。
彼を殺したのは私だと・・・」
ゆうさんの声が揺れた。
僕の息も詰まりそうだった。
ちょっとでも気を緩めれば、簡単に涙が溢れそうだった。
「罪悪感を感じました。
それがどんどん大きくなっていって、自分がつぶれそうだった。
精神状態がおかしくなって、会社に行けなくなって、赤ちゃんも流産しました。
ボロボロになってく自分をなんとか守るために、いつの間にか、私に何も言ってくれなかった彼を、心の底から憎むようになりました。
完全にすり替えなんですけど。
それしか自分を立て直す方法が見つからなかったんです」
