FRATELLI 第1章-1
第1章-1
(尋弥)
月に一度、この編集室を訪れる。
女性月刊誌【FEBR】に連載をもらってから、もう半年になるかな。
【尋弥の尋問ROOM】←連載のタイトル。
尋弥の尋と尋問の尋をかけたんだろうけど、どうよって気もする。
色んな人と対談する。
それを記事にしてもらう。
俺の感想なんかも入れてもらうし、もちろんスチルも載る。
今月は皮膚科の女医さん。
やっぱり女の人は誰でも、シワとかシミとか毛穴とか気になるでしょ。
それを男の俺が、男の視線から気になる事を探ってくってわけ。
これでいいのか?って思う事もあるけど、
お前じゃ駄目だって言われるまでは、俺なりのやり方でキチンとこなせばいいと思ってる。
「お疲れ」
対談した先生を見送った後、編集長の風間さんが肩をポンとたたいた。
「お疲れ様です」
「尋弥の連載、すごい人気だよ。売り上げもあがってる。ありがとうな」
「いや、俺のせいで売上上がってるわけじゃないっしょ」
「絶対、お前のおかげだって!やっぱり女性はイケメンが好きなんだなぁ」
自分じゃわかんね。
イケメンがいいなら、他にもっといるだろ。
そう、近場でいえば、間違いなく奨弥の方が見かけがいい。
「そもそも、なんで俺だったんですか?」
風間さんがニヤリと笑う。
「エロそうだからだろ?」
「はぁ?」
「お前は5人の中で一番エロかっこいい。【FEBR】の読者層は30~40代。
この年代はカッコいいだけじゃ駄目なんだ。軽くエロっぽさもないとな」
「はぁ。。。」
軽くエロそうに見えるのかよ、俺。
ちょっと反論しておこうと風間さんを見ると、
風間さんはガラスの向こうの編集室にヒラヒラと手を振っていた。
風間さんの視線の先を追って、俺は思わず目を凝らした。
長い黒髪の女が、風間さんのデスクの横に立っていた。
それがなんだか不気味なんだ。
大きなアーティストバッグを抱えて、口元まで隠している。
その上、うつむき加減の顔は、長い前髪で殆ど表情が見えない。
どこか怯えているようで、手を振る風間さんから、そっと顔をそむけた。
「誰っすか?」
「イラストレーターのゆうだよ、ほら、そこの絵」
風間さんの指差した壁の絵を見て、俺は「ああ」と頷いた。
テレビのCMでも良く目にする優しいタッチのイラスト。
人気のイラストレーターだ。
それにしても・・・なんだろ、この不気味さは。
とてもこんな癒し系のイラストを描く人には見えなかった。
「紹介するよ、尋弥もおいで」
風間さんと一緒に彼女の前に立つ。
彼女は露骨に俺たちから視線をそむけ、バッグの中から大きな茶封筒を取り出し、風間さんに突き出した。
「おお、サンキュ。変わりはないか?お、さすがだな。急がせたのに完璧だ」
風間さんは茶封筒を覗いて、満足げに頷いた。
彼女はその言葉を聞くと、背中を丸めて下を向いたまま、俺たちの前から立ち去ろうとした。
「待てよ、ゆう、紹介しとくよ、フラッテリの尋弥クン。こちらはイラストレーターのゆう」
「宜しくお願いします」
俺は頭を下げた。
けど、ゆうさんはかすかに頭を動かしただけで、相変わらず表情も見えず、声も聞こえなかった。
「一緒に昼、どう?」
風間さんはゆうさんに声を掛けた。
軽く首を横に振り、ゆうさんは俺たちの前からそっと立ち去った。
ガラスドアの向こうに小さくなってくゆうさんの背中を、俺たちは暫く見送った。
「変わった人です・・・ね?」
風間さんはちょっと笑った。
「俺の奥さんの大親友なんだよ。でもって、俺の元・大親友の元・奥さん。意味分かる?」
軽く頭を整理して、はい、と言った。
「俺の元・大親友が、ゆうをあんなにしてしまったんだよ。人間不信、っていうのか。対人恐怖症っていうのか」
風間さんは、ゆうさんが消えていった方向をまだ見つめていた。
「あれでも、家から出れるようになっただけマシになってきたってことなんだ。
ホントはイラスト、取りに行ってもいいんだけどさ、なるべくあいつを外に出させようと思ってさ」
頷いて、風間さんと同じように彼女の去った方向を望んだ。
「もし嫌じゃなかったら、見かけた時に声かけてやってくれや。返事はしないと思うけどな」
風間さんは、あはははと笑った。
どうってことないみたいに。
