妄想恋愛シミュレーション -102ページ目

FRATELLI 第2章ー2

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第2章ー2



(ゆう)

その夜、遅くに帰宅した夫は疲れた様子で、少々不機嫌だった。


「風呂」


「ビール」


「つまみ」


「新聞」


会話じゃない。


単語しか言わない。


でももう何年もそうだ。


もう慣れてる。


「パートに出ようかと思うんだけど」


やっと切り出せたのは、ベッドに入ってからだ。


「パート?金には困ってないだろ」


「そうなんだけど。恵美がやってる家政婦を引き継がないかって話があって」


「家政婦?」


「そう。ほら、私、家事くらいしか出来ないから。恵美は看護師にもどるんだって」


夫は面倒くさそうに私に背を向けた。


「食事と、掃除と、洗濯。それさえちゃんとやるなら、パートでもなんでもやればいい。俺に迷惑かけるなよ」


「分かってる」


俺に迷惑かけるなよ・・・なんか引っかかる言い方。


今まで一度だって迷惑なんてかけた事ないじゃん。


子供だって犠牲にして、あなた中心の生活してきてるじゃん。


小さくため息を吐いて、スタンドの電気を消した。




恵美に連れられて来たのは、新宿にある小さなビルの1室だった。


小さなビルと言っても、入口には守衛が居て、身分証明書の提示を求められる程、警備が厳重だった。


センスのいいインテリアの事務所で、最初に名刺を出して挨拶してくれたのは「加藤栄治」という、50代位の男性だった。


「フラッテリのマネージャーをしてます加藤です」


慌てて自分の名前を言って頭を下げる。

下げた後で【フラッテリ】という響きが戻ってきた。


「フラッテリって・・・」


恵美を見ると、彼女が笑っていた。


「そうなの。あの5ッ子モデルの【フラッテリ】よ。実は私が家政婦してたのは【フラッテリ】のお部屋なの」


私は思わず「え!?」と声をあげてしまった。


テレビをあまり見ない私でも【フラッテリ】の名前は良く知ってる。


5人の名前も知ってる。


どれだけ人気のあるグループで、どんな仕事をしてるのかも知ってる。


その位、有名な人たちなのだ。


長男の智弥さんだけが、東京近郊のアトリエ付きの一軒家に住んでいて、あとの4人は同じマンションの同じフロアに部屋があるらしい。


その4部屋を担当する。


彼らのスケジュールに合わせて、彼らが仕事に出ている時に掃除に入るので、彼らと会う事はまず無い。


でも、彼らのプライベートを見るわけだから、どんな小さな事も口外できない。


ごみ一つ、持ち帰る事も許されない。


写真ももちろん撮ってはいけない。


色々な約束事が箇条書きにされた誓約書にサインをして、印鑑を押す。


「こんな感じなので、辞める時には信頼できる人を見つけてもらうようにしてるんですよ」


「なるほど」


驚いているうちに契約が進み、今度は経理担当という女性が説明を交代してくれた。


「今後はスケジュールをメールで送ります。あなたのスケジュールに合う日に仕事をしてもらえばいいので、こちらにはいつやります的なお返事は必要ありません。 お給料は固定給で月4万円、口座に振り込みます」


その後も保険や年金の事、所得税の事、色々と説明してくれた。


私はあまり意味も分からず、はいはいと返事を続けた。




最初の2回は恵美の指導を受けながら仕事に入った。


他人の家を掃除したり、他人の服を洗濯したり、とても新鮮だった。


何か人の役に立ててる気がする。


お金を頂くっていう意識もあってか、気持がシャキッとしてる。


明らかに、自分の家の家事とは違う。


一人でするようになってから、益々、「仕事」という意識が高まった。


手抜きはしたくない。


この部屋に戻ってきたときに「気持ちいい」と思ってもらえるように。


不思議と【フラッテリ】の部屋、という意識は全くなかった。


彼らに会う事もなかったし、特別な部屋でもなかった。


確かに「クリーニング依頼」の袋には、おしゃれな服がたくさん入っているけど。




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