セイジャク。⑨
⑨
(和弥)
先生は何かを聞き間違えたかのような顔をして、ゆうを見た。
「手術はしません。延命治療は結構です」
「何言ってるんだよ」
思わずゆうの肩を掴む。
「そうですよ。手術をしなかったら、3か月しか生きられません。でも手術をすれば、もう再発しないかもしれない。充分にその可能性はありますよ」
「いえ、いいんです。もう嫌なんです。再発を恐れながら生きてくのは。・・・もういいんです」
「いいですか、日々、医学は進歩しています。あなたが子宮癌の手術を受けた時とは、治療もその効果も大きく前進しています。再発する可能性も大変低くなってきているんですよ。手術をして、キチンとした治療を受けて、幸せになる道を選らぶべきです」
「そうだよ。先生の言うとおりだ。可能性を捨てるなんて、絶対に許さないから」
「私は派遣社員です。仕事を休めば収入が減る。収入が減れば手術も治療も出来なくなります。最終的にホスピスに入らなければならなくなるんだとしたら、ギリギリまで仕事をして、その為の貯金をしなければなりません。私は、その道を選びます」
ゆうはストンと立ち上がった。
小さく先生に向かって頭を下げると、足早に部屋を出て行ってしまった。
慌ててオレも後を追う。
部屋を出る手前で先生を振り返った。
「オレが説得をします。お金の事はオレがなんとかします。必ず手術は受けさせますから」
「ちょっと待って!」
突然、呼びとめられた。
「癌の治療は、本当にきついものです。本人に【癌を絶対に克服してやる】っていう強い意志がなければ、決して続けられるものではありあません。彼女に少しでも長く生きていてもらいたいというあなたの愛情は分かります。 でも、彼女の意思を尊重する事も愛情の一つだという事を、覚えておいてください」
病室へ戻ると、ゆうが退院の支度をしていた。
白いブラウスに黒いタイトスカート。
「仕事中に運ばれて、そのまま入院だったから・・・」
ラウンジの制服だった。
ベストを着て蝶ネクタイをしたら、いつものゆうになるんだろう。
さすがにそこまで身につけなかったけど。
「ちょっと臭う」
そう言って袖口の辺りに鼻を押し付けて、ゆうは笑った。
鼻の頭にクシャッとしわをよせて。
あーそうだった。
ゆうは、こんな風に笑うんだった。
懐かしい記憶に出会ったような切ない気持ちになった。
荷物は買い物袋一つだった。
病院内のコンビニで2日分の必需品を調達したらしい。
ゆうが一人で買い物をする姿が浮かんで
目の前にいるリアルなゆうが滲んでく。
「家まで送るよ」
断られるかな。
返事は意外だった。
「あなたの家に寄ってってもいい?」
