~ 地域猫に理解を ~

~ 地域猫に理解を ~

多頭屋外飼育繁殖放題現場にて捕獲避妊の着手。当初予想数遥か上回り400余頭にまで増えていた地域の猫達。猫達の安全と生活を守りながらの地域住民との共存、猫総数の継続管理。あなたの町でもきっとある野良猫達の存在と権利の尊重を一度考えてみて下さい。

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収束を願い信じて、ながらく個人で活動していた繁殖制限と保護譲渡活動から、保健所や環境省と協働しての“ちいきねこかつどう”を手伝ってほぼ13年、「一代限り、短い寿命のノラネコを地域で管理して収束・・・」と、地域町会など協力団体に説明会で説明して繁殖制限を手伝って参りましたが。

 

15年近く経過した今、地域の猫たちは超高齢化を迎え疾患や老いで治療保護が必須、おまけに新たな蛇口も発生したりと、猫たちとボランティァの受難は終結はおろか、負担も大きく、遺棄や多頭繁殖放題飼養の蛇口への積極的なアプローチを訴えるも着手してもらえず、さすがに「ああ、やっぱり体よく利用されていただけなのだな」と気が付き、それまでとおりの信頼できる仲間とだけ関わりながら、出来る限りの活動を続けて行く道を選択しました。

 

行政やあやしげなホランティァサンがたとの連絡を断絶したとて、SOSが無くなるわけではなく、また真摯な仲間からは、以前とは少し様相の異なる悲鳴を聞くようになりました。

 

外にある猫たちは人馴れしていて、おまけにある日突然出現する。

かつてのような外での繁殖が長らく続いていた事態はボランティアたちの必死のバースコントロールと保護譲渡で抑えられているはずなのに、補充は止まない。

おまけに現場にそぐわないとんちんかんな法条例改正のしわよせで制限頭数で選別された廃要犬や廃要猫が悪徳業者から漏れ、それを必死でボランティアが保護して譲渡を強いられる。。。

 

受け皿は必要だが、動物たちは心身ともに傷つきボランティアも疲弊し、おまけにながらく家庭で飼養されなかった繁殖用動物たちの家庭生活のトレーニングなどは困難を極めるケースも少なくない。。。

 

また刹那的な衝動飼いや、無計画な飼養により、終生飼養に明らかに影があった飼養の崩壊により、動物たちは裏切られ、住処を失う。。。

ゴミ屋敷での乱繁殖崩壊などでは、トイレもないような生活が長く続いてきており、所定のトイレを使用するトレーニングは難易度が格段に高くなる・・・。。。

 

安易に保護譲渡すればよいと考えていて、あふれ出す蛇口の制圧に不精な行政には、本当に愛想が尽きました。

 

現状、ネグレクトなど動物愛護法に明らかな違法があっても、ボランティア側で難儀しながらの告訴などと、結局厄介ごとには関わりたくないという姿勢も気に食わない。

 

高齢独居老人が複数の犬猫を残しての救急施設入所で置き去りにされていた子たちは、避妊去勢もされずトイレもないゴミ屋敷の中で13年も暮らしていたという。。。

保護時歯も抜け落ち口内の炎症や腎不全などでやせ細り、ある子は異食で消化器が閉塞しており、異形成の奇形で酷い子宮蓄膿を患い、また毛玉まみれで身動きにも難儀していた・・・。。。

これをネグレクトと言わないというの?

罪は罪、罰は罰。

子供たちにも教え伝えていかなくてはならない、人としての倫理。

 

 

 

声をあげられない小さな命、その恨みもつらみも無念も、代弁していくことは止めない。

 

2020年も・・・満足のいかぬ一年でした。。。

しめ。

 

 


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ぽち

コロナ禍でのペット飼養需要の刹那的激増により、その後やはり飼養続行不能に陥って里親募集となるケースに関して、行政では「そのような報告は聞いていない」と回答されたようですが、お役所のお仕事はまこと亀の歩みであることは周知のとおり、きっともう少し時間経過すると事実の切迫が伝達するのでしょう。

今回のような未知の感染症による国政財政のパニックは、全く今後の予想も困難で、一時的な休暇や支給金により、単純にペットの飼養に至ることは大変に稚拙で、その後に失職したり自身や家族が感染したりと、ものの2~3か月後に里親探しというようなお粗末な結果の報告を複数耳にしています。

そして都度、無力な純粋な命に負担が強いられることは誠に胸の痛むことです。

 

遺棄されたベタ馴れの母猫、どうして触れるのにご飯だけ与え続けて手術をしないのでしょうか。。。

一度はまだしも・・・二度目の妊娠でも・・・危機感が無いのはなぜ。

庭に居ついたのなら、飼い猫も同然なのに、どうして野良と線引きするのか・・・。。。

当事者よりも別の人が心を痛めるというのは、どうかしている。

中途半端な無責任な命へのかかわりが永遠の課題。

 

 


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ぽち

犬が160頭の乱繁殖、行政の指導が入っていたとありましたが、結局決定打は愛護団体という粗末な対応。

動物愛護法違反に当たる確証云々と言い訳がありましたが、狂犬病予防法があるというのに、これでは。

犬でこれでは猫ならもっとこじれます。

愛護法の改正も、いまいち的を得ておらず、本当の現場の悲鳴、聞こえているでしょうか。

当の動物たちと、懸命に支えるボランティアの悲鳴です。

犠牲を出し続け、負担をかけ続け、何故、もっと厳格に処罰しないのか?

誰がどのように悪いのか、とても明確な事なのに。

 

引越しを前にパソコン不調だしログイン厄介だからしばらくおとなしく黙ってようと思っていたが、やっぱりおかしいですよね。

動物たちは声をあげませんが、ボランティアさんたちの声は聞こえているはずなのに。

 

160頭の乱繁殖犬の、里親さま探しと、里親さまのその後の犬たちのケアで不健康な犬たちの医療負担など、一体どれだけの困難があることか。

崩壊したらどうにかするのではない、崩壊させない事を、早急に対応してください。

命を飼養するということはそれほどに荘厳なはず。

 

10年以上、行政と“地域猫活動”をすすめて、おおよそ区内全域を平定、制圧に至らぬ数か所の“蛇口”を残すも、どうにか抑えながらここまで来ました。

行政はその成果の評価を受け、区内の“飼い主のいない猫”対策は成功維持していると言われている。

しかしその実態は、個人情報や所有権のデリケートな問題が絡む“蛇口”対応に踏み込めずに放置し、今この瞬間も屋内で猫が増やされ、やがて放たれる。

放たれた猫たちをボランティアが救い上げ保護譲渡する。

当初のように数が膨大でないし、大抵がやや馴れ個体の為保護譲渡がすすむ。

屋外に残る猫たちは当時人馴れが不十分でリリースの対象となった、いまや数少ない高齢猫ばかり。

えさやりさんは講習会を受講して地域管理人さんに成長して、10年以上も朝晩、雨の日も風の日も猫たちの管理に努めてくれる。

10年って、ながいですよ。。。

可能の限りの無理を圧して保護譲渡をすすめたが、当時やむを得ずリリースした老猫たちの健康に問題が多発してきている。

その都度保護に臨むが難航、本当に心から、あの時のリリースを悔やんでいます。

 

写真の子は推定13歳~15歳、3週間前に地域管理人さんが異変に気付くも保護は難航を極めた。

ものにぶつかる様子などから痴呆や脳腫瘍の疑いが濃厚となった。

保護計画の途中、数日姿が見えなくなってしまったときは本当に本当に心配しました。

やっとやっと、今朝、保護が成就、入院させることが出来ました。

安全と安心の中、加療して余生をのんびりと過ごしてもらいたい。

よかった・・・遅くなってほんとごめんね。。。

 

他にもまだ心配な子が居ます。

10年、情が沸かないはずがありません。

私たちにも猫たちにも、心があるのです。

わかっていたはずでしたが。。。

こんな思いはほんと、もう懲り懲りです。

善意のボランティアの胸を引き裂かれるこのおもい、リリースをさせられてまで活動を強いられるなら、せめてせめて、補充させないというのが最低限度の前提です。

理解してください。

私たちにもプライバシーも権利もあるんです。

そして猫たちにも、適正飼養の権利があるのですから。

 

 

 


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ぽち

コロナ禍で、おうちじかんが増えて、生活スタイルやリズムにも変化が起こり、今までの事を振り返ったりこれからの事を考えたりと、今まで以上に慎重に大切な命を抱える大黒柱としての自覚を持つものであります。

 

時間ができたので、ブログもひととおりパラパラ読み返してみたりもしましたが、おやまぁ、よくも毎年毎年同じような問題にぶち当たっては思い悩んできたものですわ。

 

時代は少し変わってはきたが、苦しむ動物たちは減らず、不適格飼養者は減りはしない(どころか増えてそう)。

 

ネットの普及で情報量と共にボランティアが増え、クラウドファンディングとやらにまで至ったりと、保護譲渡が進むため殺処分は激減してきたが、よく考えてみればまきこまれ心を痛め行動せざるを得ない人々が増えたということです。

おまけに新たに動物を飼養したいと考える人々に保護動物をすすめること自体は悪いことではないのですが、動物たちは一度不幸を強いられてはじめて保護動物となっている事はわすれてはならず、受け入れ先があるなら手放しても良いという図式になってよいはずはない。

 

行政にとっては好都合でも、愛護活動家たちは今一度、手放される動物たちの苦悩を確かに受け止めて、動物との暮らしをたしかに望む者だけが、ただしい飼養環境下で十分な愛情と心身のケアに尽力する約束のもとに動物を飼養することが真ということ、そうしてはじめて動物たちが安堵して幸せに暮らせることを忘れてはなりません。

 

コロナ禍のステイホームでにわかにペットを求めた浅はかさは、すでに失職などでまだいくらもたたぬというのに飼養断念を漏らす声や、ペットが思うように育たない問題行動などで安易に放棄したりと、いやな想像のとおりの事象が起きています。。。

 

体中に負傷を抱え、ふたりではなれずに居たそうです。。。

男の子同士の兄弟、同じ家に居たのでしょう。。。

 

外の生活になど馴染めようはずもなくやせ細り、怪我をして・・・心細さにずっと寄り添って・・・灼熱に耐えていました。。。

発見者がいたたまれずに保護を決意してくれ保護協力要請がきましたが、この子たちを見かねて心が痛むものと、こんな仕打ちを強いる者と、これらは本当に同じ“ 人間 ”というくくりではたしてよいのか。

 

また、こんな子たちをも“チイキネコ”とかにするとかいいやがるのかよ?

 

そしてこんな冷血鬼畜を咎めずにいついつまでものさばらせている行政には、やはり不快しか感じられない。

 

 

 


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ぽち