ねこバナ。 -813ページ目

第四話 猫が来た日 その4(26歳 男 会社員)

前回(その3)はこちら

トラの餌を食う音を聞いていたら、俺も何だか腹が減ってきた。
今から外に食いに出るのも面倒臭えな。どれ、何かあったっけ。
冷蔵庫を開けてみる。しかし、在るのはビールとウーロン茶くらいだ。
結局外に買いに出るしかないか。

ピンポーン

呼び鈴の音に驚いたトラは、ダッシュで俺の横をすり抜け、ベッドの下に潜り込んだ。
何だ? 新聞の勧誘か?

「はい!?」
「お待たせしました、ピザ○○です!」

へ?

がちゃり。

「あの、俺、頼んでないすけど」
「え? おかしいな。ここ○○ハイツ○○○号室の、○○さんですよね」
「そうですけど」
「こちらにお届けするように頼まれたんですけど」
「何かの間違いじゃないすか?」
「いえ、確かにこちらです。○○カナさんという方から」

なに?

「そうなんですか。でも頼んだ本人がいないんですけど」
「いえ、○○さんに届けてくださいっていうことで」
そうなのか。
「前金もいただいてますから。もしお心当たりが無いなら、持ち帰りますけど」
「あ、いやあの」
俺は一瞬戸惑ったが、
「いえ、いただきます」
「そうですか」
配達員は何故か嬉しそうだ。
「じゃ、ミックスピザと、サラダと、ビールですね。毎度どうも!」

まいったなぁ...。

結局俺は、カナが頼んでくれたピザを、晩飯代わりに食うことになった。
あいつ、抜けてるように見えるけどなぁ。
案外段取りがきっちりしてやがる。
ああ、いかんいかん。感心なんぞしてやるもんか。
こんなもんでチャラになると思ったら、大間違いだぞ、っと。
俺は、最後の一切れをぺろりと平らげ、ビールで流し込んだ。

ふと横を見ると、ベッドの下から、トラが鼻をひくひくさせて、こちらを見ている。
小さな顔に、小さな手に、小さな鼻だ。
こんな小さなパーツが動くのか。
不思議と俺はこの生き物の動きに見とれていた。
くんくん。
ピザの匂いが気になるのか。こいつピザ食うのか?
そういえば、ミルクは飲むみたいだもんな。昔マンガで見たことがある。
ということは、チーズも食うのか?
俺は、箱にこびりついていたチーズの切れ端をつまんで、トラに近づけた。
「食うか?」
トラは恐る恐る、鼻先をチーズに近づける。

「その他の食物は絶対に与えないこと」

思わず手を引っ込めた。
危ねえ。そうだっけな。絶対にって言うくらいだから、何かあるのかも知れない。
小さいくせに病気持ちとか。
トラを見ると、おずおずとまたベッドの下に後ずさりしてしまった。
まあいい、そこで大人しくしてりゃ、何も言わねえよ。

その後、トラはベッドの下から出てこなかった。
俺もトラの存在を気にしなくなっていた。
いつものようにテレビをぼんやり見て、本を読んで、だらだら過ごしていると、もう真夜中だ。
もう寝るか。
明かりを消してベッドに潜り込む。
少しうとうとしかけると、

ずざ、ばばばばばば

何だあの音は?
そうか、トラのトイレの音か。また散らかしやがって。
もういいや。明日の朝まとめて掃除すりゃいいだろ。
またうとうとしかける。すると、

ぶに。

小さな冷たいものが、俺の鼻先を押した。
薄目を開けると、トラが俺の鼻を押さえてやがる。
「何だよ」
「うきゃん」
トラは小さく鳴いて、ちょいちょいと、俺の鼻先を引っ掻いた。
「いてててて」
俺が声を上げると、トラは後ずさりする。しかしまた近づいて来て、俺の鼻を押さえようとする。
「何だよお前」
トラはおずおずと、鼻先、そして布団の縁を押さえた。
布団に入りたいのか?
動物と添い寝なんて考えたこともない。ましてやこの凶悪な毛玉と。
しかしトラは、神妙な面持ちで布団の縁を押さえて、俺をじっと見ている。

「ほら、入れ」

俺は布団を少しだけ持ち上げた。
トラは一瞬戸惑ったように後ずさりしたが、ゆっくりと、注意深く、布団の中に入った。
そして、俺の左脇腹辺りでとぐろを巻いた。安心しきったように。
俺も安心して、眼を閉じた。
すると。

「ふるるるるるるるる、るるるる」

何だ? 何の音だ??
トラが鳴いてるのか? どうした!?
そっと布団を持ち上げてみた。トラは、相変わらずとぐろを巻いている。

「ふるるるる、るるるるるるるる」

喉に何か詰まったか? 病気か?
ベッドサイドの明かりを点けてみる。しかし、別段苦しそうでもない。眼をつぶって、気持ちよさそうに寝ている。
これは...いいのか。脅かすなよまったく。
何だか今日は疲れる日だ。色々振り回されて、知らないことだらけで。
しかし。

「ふるるるる」

暖けぇ。
猫ってこんなに暖かいのか。

俺はそっとトラの背中を撫でた。トラは気にする様子もなく、ふるふると喉を鳴らし続けている。
この小さな生き物を、俺は寝返りで潰してしまわないだろうか。
俺はトラに寄り添うようにして、身体を丸めて、眼を閉じた。
トラの喉の音が、だんだんと遠くなり、俺は眠りに落ちた。



(ひとまず)おしまい
※次回連載 猫と暮らす日(26歳 男 会社員)






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