第三話 猫が来た日 その3(26歳 男 会社員) | ねこバナ。

第三話 猫が来た日 その3(26歳 男 会社員)

前回(その2)はこちら

こんな凶悪な生き物、さっさと返しちゃる。
そう決めたものの、肝心のカナとの連絡は、その後ずっとつかないままだった。
そして、あの憎ったらしいトラの奴は、何処かに隠れたらしく、姿を見せない。
たぶん俺の剣幕にビビったんだろう。ふん、知ったことか。
しかし怒りのやり場がない。手持ち無沙汰のまましばらく時が過ぎ、少し落ち着きを取り戻した俺は、気を紛らわすためにパソコンを開いた。
メールソフトを立ち上げて...と。
ん?なんだこれ?

「トラの世話について」

カナのやつ、メールってこっちに送ったのか。
あれ? あいつに俺のPCのメルアドって教えたっけ?
まあいいや...待てよ、ってことは、これに返信すりゃあ、猫引き取りに来い!って通じるわけだ。
ようし、まずは開いて...と。
もう必要ないが、ざっくり内容を見てやろうか。

「トラの世話について
 1 餌やり
  黄色い袋に入ったドライフードを、一日二回、同梱の計量カップで量って与えること
  (カップの赤い線があるところまで入れる)
  同梱の容器の右側に水、左側にドライフードを入れること
  目安の時間は朝七時と夜七時だが、多少ずれても構わない
  フードと水はその都度全部取り替えること
  食欲のないときは、同梱の缶詰を、大さじ二杯位紙皿に入れて与えること
  (缶詰は開封後冷蔵庫にて保管のこと)
  もし十五分ほどしても食べていないときは、餌を放置せずに片付け、獣医に連れて行くこと
  その他の食物は絶対に与えないこと」

このメール、雰囲気は完全に業務連絡じゃねえか。
見かけによらずお堅いのか、あいつ?
...そんなわけねぇか。
しかし、やっぱり面倒臭いじゃねえか。猫の世話。
お、まだ続きがあるぞ。

「2 トイレ
  砂は水分を含むと固まるので、オシッコで固まった砂を付属のシャベルですくい取る
  ウンチも同様にシャベルを使って取り除く
  取り除いたウンチとオシッコは、燃えるゴミとして処理すること
  (黄色い袋にゴミ用のポリ袋有り)
  オシッコやウンチでトイレの容器が汚れた場合、ウェットティッシュで拭き取ること
  一日に最低でも三回は掃除すること

 3 その他
  一日に最低三十分は遊んでやること
  (黄色い袋に入っているおもちゃ使用可)
  粗相やイタズラをしても、強く叱らないこと
  判らないことがあったら、「猫の飼い方」でググったページを参照のこと
                                    以上」

以上って...。
思いっきり猫目線のみの書き方だな。
世話する俺の目線はゼロかよ。
と思ったら、またムカついてきた。
さっさと返信して、引き取りに来させよう。
...っと、まだ続きがあるのか。

「   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆

 長々とごめんなさい。
 それに、急なお願いでごめんなさい。
 本当に感謝しています。
 自分でも不思議なんだけど、あなたはトラとうまくやっていけるって、
 そんな根拠のない自信があるんです。
 でも、私の勘って当たるのよ。
 大丈夫、きっとうまくいくから。

 あなたのことを、計算高い冷たい人だと言う人もいるけれど、
 私はそう思いません。
 だから、これからも頼りにすると思います。
 帰ってきたら、たくさんのお土産と、もっとたくさんのお土産話、期待しててね」

...調子狂うなぁ...。
実のところ、計算高いからこそ引き受けたわけだが。
そんなに俺のことを買うような出来事があったろうか? 思い出せん...。
なんだか、しみじみした気分になっちまった。ちぇっ。

ん? なんだこれ? 追伸??
 
「あ、そうそう。
 このメールは、あなたのところにトラの荷物を届けに行く直前に書いてます。
 トラを届けたら、私はノリコといっしょに、カレンのところに泊まりに行きます。
 明日の朝は早く成田に行かなきゃいけないので。
 なので、このメールに返信してもらっても、返事はできないので、あしからず。
 何かあったら、ケータイに電話してね。じゃ」

っておい!
そのケータイが通じないんじゃねえか!
ったくよー、ノリコだのカレンだのの携帯番号なんか知らないっつの!
ああああああもう、どうすりゃいいんだよ....。
俺はぐったりとベッドに倒れ込んだ。

かりかり。
かりかりかり。

何かを引っ掻くような音が聞こえた。
はっと顔を上げると、トラがクローゼットの扉を引っ掻いているのが見えた。
「おいこらっ!」
思わず大きな声を上げると、トラはびくっと飛び跳ね、玄関の方に向かって逃げていった。

「粗相やイタズラをしても、強く叱らないこと」

もうたっぷり叱っちまったよ。
やっぱり俺の性に合わねぇよ。猫の世話なんて。
しかしなぁ...。もうどうしようもねえか。

「大丈夫、きっとうまくいくから」

ほんとかよ。信じられねぇよ。
俺はむっくりと起き上がり、玄関のほうに向かった。
トラは、俺の靴の中に隠れようとしていた。
俺が近づくと、トラは玄関の隅に走っていき、小さくなって固まった。
俺の方を怯えた眼で見て、心なしか震えているようだ。
これは完全に嫌われたな。

「おい、そんなに怖がるなよ。もうぶったりしないよ」

通じるわけねえよなぁ。
そういえば、餌の準備がまだだったか。
俺はのろのろと、カナの持ってきた黄色い布の手提げ袋を取り上げ、トラの餌を準備した。
ええと...。右側に水、左にフード、だったよな。
計量カップはこれか。赤いビニールテープが細く切って貼られている。
この線まで...と。

「ほら、メシだぞ」

俺はトラに向かって言った。
だがトラは、小さく震えながら、玄関の隅でうずくまったままだ。
仕方なく、俺は餌の容器を、玄関の近くまで押しやった。
あとは勝手に食うだろ。

俺は再びベッドにごろんと横になった。
なんだか、妙なことになっちまったな。
カナのやつ、結局無理に押しつけやがって。
帰ってきたら、たっぷり嫌みを言ってやる。
土産くらいじゃ、誤魔化されねえぞ。

そんなことを考えていたら、玄関の方から、

かりかり、ぽりぽり。

トラが餌を食う音が聞こえてきた。
俺は、妙に安心してしまった。





つづく



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