ちょっと前の話しになりますが北陸新幹線の列車愛称が決まりました。
 
速達タイプは「かがやき」
各停タイプは「はくたか」
北陸相互区間タイプは「つるぎ」
長野止まりはこれまで同様「あさま」
 
ちょっと多過ぎな感じもしますが、全て過去の列車愛称で落ち着きました。
 
まずかがやき。
この愛称は、首都圏と北陸地方の速達アクセスを目指し、1988年より長岡~金沢間に設定された特急に採用されました。
当時、新潟発着でないこと、東海道新幹線~米原経由の北陸アクセス特急、きらめきとのペアで話題になりました。
 
同区間を走る特急加越との差別化が図れなかったきらめきに対し、かがやきは好評を得て増発や延長を重ね、97年北越急行線開業=現在のはくたか営業開始まで運転されました。
得票数4位ながら、こうした経緯が評価されたのでしょう。「加賀」にも通じますからね。
かがやきは、得票数2位の「はくさん」を押しのけての看板列車採用、はくたかと紛らわしくならないようにとの配慮が働いたのでは。
 
得票数2位の愛称はくさんは、信越~北陸線回りの特急愛称。北陸新幹線とルートがかぶっているだけに、復活を期待した人も多かったのではnecotetsuさんのブログ-1105.gif
 
なお、姉妹列車のきらめきは3年のブランクを経て鹿児島線で復活。今では福岡~北九州間のシャトル特急として活躍しています。
主に九州新幹線開業により余剰になった787系元つばめ車両が使われており、ソニックの補完的存在で地味なんですが
福岡北九州の都市間連絡だけでなく、ちょっと贅沢な通勤やショッピングに利用されています。概してソニックより空いているので、気軽に乗れる特急です。
DXグリーン席やグリーン個室も利用できます。長くて一時間ちょいの乗車時間で誰が利用するのnecotetsuさんのブログ-0117.gifnecotetsuさんのブログ-1104.gif
なんていうツッコミはこの際無視しましょうnecotetsuさんのブログ-0183.gif
意外と、北九州市内相互(小倉~黒崎など)でも利用されています。
 
特筆すべきはきらめき34号。
博多発0時12分、終点小倉着が1時07分と、「次の日発」の設定です。こんな特急はJRでは、きらめき34号とドリーム有明のスジを継いだ有明7号だけ。
 
ずいぶん脱線しましたnecotetsuさんのブログ-0178.gif
元に戻って、各停タイプの愛称はくたかです。
 
はくたかは得票数1位、現在北越急行線経由で越後湯沢と北陸を結んでいる馴染み深い愛称。
 
上越新幹線開業前は、長岡経由で上野~金沢を走っていただけに、順当と言えます。スピード感もありますしね。
 
次のつるぎですが
40代以上の人なら、大阪~新潟のブルトレを連想されるのでは!?
ここでつるぎが採用されたのは意外でした。過去の愛称は強いですね。
 
そしてあさま。
敢えて残したのは、長野県民に対する配慮!?
本数激減は目に見えてますが、佐久平方面からの通勤新幹線に対する愛称としては適切なので、残したとしか思えません。
 
しかし現在の東京口の愛称だけでも8種類(MAXやスーパーの冠詞付を含めると11種類)もあるのに、更に増えてしまうんですね。
 
特に過去ブルトレの愛称だったのが新幹線で復活すると、嬉しさより「もう寝台特急で復活はないのかnecotetsuさんのブログ-0190.gif
と寂しさを覚えます。
 
まだ富士やあさかぜ、はくつるなどが残っているので、期待を持ち続けたいと思いますnecotetsuさんのブログ-0180.gif
 
最後はまた脱線necotetsuさんのブログ-1072.gif
やはり新幹線ネタでは終われない!?
 
 
 
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写真は田老駅に進入する南リアス線804D36形気動車。
JR山田線の車窓(ブレブレですがnecotetsuさんのブログ-1072.gif)。
区界で臨時「ポケモントレイン宮古号」と交換。
 
 
田老を後にして、宮古駅に戻り山田線との乗り継ぎ時間の間に「走れ、さんてつ!」というフォトエッセイと三陸鉄道応援きっぷを購入。
その時売店にいらっしゃったのが、3.11後初めて試運転列車を運転された、長澤運転士でした。
 
「さんてつ、読みました。応援していますnecotetsuさんのブログ-0174.gif
「ありがとうございます、頑張りますnecotetsuさんのブログ-26000.gif
 
漫画さんてつではIGRいわて銀河鉄道に出向されていましたが、戻って来られていたんですねnecotetsuさんのブログ-0166.gif
 
JR宮古駅から乗り込んだのは、キハ110形2連の快速リアス盛岡行き。
昨日は真っ暗だった山田線の車窓をじっくり見て行きましょうnecotetsuさんのブログ-0091.gif
 
乗車率は50%くらい、日曜日(9月15日)だからか若い人も目立ちます。
列車は閉伊川が刻む谷間を進んでゆきます。10分も経たないうちに人家がまばらになり、国道106号と併走。ライバルのバス「106急行」とすれ違います。
国道に信号が少ないため、併走するクルマに次々追い抜かれてゆきますnecotetsuさんのブログ-0169.gif
 
次第に山岳路線の様相となり、何度も蛇行する閉伊川を渡ると岩泉線の分岐駅、茂市へ。
岩泉線用の一番ホームの錆び付いたレールが、長期運休を物語っているようnecotetsuさんのブログ-0155.gif
中線を擁する構内はとても広く、貨物輸送が盛んだった時代を彷彿させます。
 
茂市を過ぎると更に山深くなり、次の停車駅、陸中川井から区界まで40キロ余りノンストップとなります。
速達サービスと言うより、余りの沿線人口の少なさにそうなっているのです。
 
ひたすら峡谷の中を走りますが、森林に囲まれ眺望は開けません。
大正時代、山田線建設の際に余りの人口の少なさに「猿でも乗せるのか」と揶揄されたいきさつが思い起こされます。
森林浴列車とでも銘打って、「風っこ」でも走らせてみては?などと思いましたが、そのためにはだいぶ枝打ちしなきゃいけなそうだなnecotetsuさんのブログ-0190.gif
 
なんて考えているうち、速度がかなり落ちてきました。平津戸を過ぎ、キロポストには47の数字が。盛岡から47キロ地点の意味です。
いよいよ峠越えの区間です。
 
ここで何と車輪の空転が始まりました。
運転士は指令と連絡を取り、10~15㎞/hの徐行に。ちょっとドキドキしてしまいました
(≧ε≦)
 
[つづく]
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写真は田老駅ホームから見た、田老の風景(2枚)。
駅より海側に向かう道からの風景(2枚)。
国道に掲げられた津波浸水区間の表示。
 
 
駅前を横切る国道45号線の築堤をくぐり抜けると、そこは一面の草むらnecotetsuさんのブログ-0008.gif
北の方に工事用の建物が目に付く程度。がれきはさすがに撤去されていましたが、雑草が生えるに任せているかのようです。
 
海側を見ると、立ち枯れたような松の木が数本並んでおり、一層荒涼とした雰囲気を醸し出しています。
そして白い工事用フェンスが延々と続いていました。あの向こうには、万里の長城と称された大防潮堤が横たわっているに違いありません。
 
もちろん立ち入り禁止なので、撮影は無理。
工事関係者なのか、向こうから歩いてきた男性と挨拶を交わしただけで、後は人の気配のないフェンスと草むらの間をとぼとぼ歩きましたnecotetsuさんのブログ-0074.gif
ふらりと訪れた旅人ながら、あまりの変わり様と復興の進みなさ具合に、悄然とした気持ちに見舞われました。
 
ふと山側を見ると、僅かに被災を免れた住宅が山裾にいくらか並んでいます。
昨年の田野畑で見た光景を思い出しました。わずか十数メートルの差が、ここでも生死を分けたんだなnecotetsuさんのブログ-0190.gif
 
国道45号線に戻り、建物が残っている方へ歩を進めます。
宮古から田老へは県北自動車のバスも運行されており、田老駅から少し離れた家がいくらか残った地域にもバス停がありました。
 
津波の被害を逃れられたとは言え、買い物や通院など日常生活には不自由されているのではないでしょうかnecotetsuさんのブログ-0168.gif
国道はすっかり復旧しクルマはしょっちゅう行き交っていますが、「街」の様子を見るに、復興への道のりはまだまだだと思いました。
 
国道近くの、生き残った堤防の上にひとだかりがnecotetsuさんのブログ-0181.gif
現地の語り部(ガイド)が見学者に当時の状況を説明し、防災の参考にしてもらおうという企画の様です。
 
田老の防潮堤は、海外からの視察があったほどの規模でしたから、津波で町が壊滅してしまったショックはいかばかりだったでしょう。
 
僅か40分強の訪問でしたが、改めて津波の怖さを思い知らされると同時に、生き残った方々の生活再建が進められるよう願わずにはおれませんでしたnecotetsuさんのブログ-11028.gif