続・『海の不思議』― “海の不思議”を一つ一つひも解き、もっと「海の不思議」を堪能しよう❗❗
平成元年度 中学校の部課題曲
海の不思議
作詞:川崎洋、作曲:平吉毅州
▲「海の不思議」(根城中学校合唱部)
初期のブログで取り上げていた のですが、月日が経って加筆したいことが増えまくったので、改めて書きたいと思います。
海は広くて 限りなく
海は広くて 限りなく
海の不思議も 限りない
五千万年昔 絶滅したと思ってた
シーラカンスが 泳いでいる
学校によっては、海はっ/広くてっと歌っているいる学校もありましたが、やはりここは語りの部分なので、流れる感じで歌い、海の雄大さを表現するリード部分であって欲しいです。
そうすると、以降の海の神秘的な逸話たちが引き立つと思います。
海の不思議その1・シーラカンス
1つ目の海の不思議、「シーラカンス」。
6500万年前(Wikipediaの数値)に絶滅したと長年思われていたのに、1938年、アフリカで存在が確認され、世界を驚かせました。
"絶滅したと思ってた"の部分はそれを踏まえ、ハッとするような驚きを加えると、深海で優雅に泳ぐシーラカンスの神秘的な姿が表現できると思います。
人間は宇宙へとんで
月の石まで 持ち帰ったが
地球の海の 一番深い所へは
とてもじゃないが まだ行けない
ああ 月より遠い 海なのだ
海の不思議その2・月より遠い海
海の不思議の2つ目は「月より遠い海」です。
"月には到達したのに、海の底にはたどり着けない"というのは海で働く人たちの嘆きなんだとか。
ちなみに、"地球の海の一番深い所"とはどこなんでしょう。
恐らく社会で習ったと思いますが、マリアナ海溝です。
北太平洋のフィリピン沖で、実は日本から意外に近いです。
深さは現時点の公式記録では10,911mと言われていますが、諸説あります。
(旧ソ連の11,034mという記録もありましたが現在では認められていません。)
1960年にトリエステ号(有人探査)が、そのマリアナ海溝にチャレンジしています。
一応、海底には到達し、人類到達最深記録なのですが、そこが本当に地球の最深部であるかは確証が得られていません(確かめようがない)。
しかも水圧はかなりのもので(指先の面積に1トンの圧力がかかるくらい)、その後有人で最深部へのチャレンジはなされていません。
―38万km離れた月へはたどり着いた人類なのに、たった10kmの距離にたどり着けない…
"月より遠い海"というフレーズを実感します。
ちなみに、その海底には、ヒラメやエビなどの生物がいたんだとか。
それも驚きです。
そういう歴史も思い浮かべると、"とてもじゃないが まだ行けない"の部分は表現しやすいと思います。
"まだ行けない"は少し、寂しさを出してもいいかもしれません。
海は広くて 限りなく
海の不思議も 限りない
夜になってもずっと 水平線は明るさを
ほのかにそっと 残している
海の不思議その3・ニライカナイ伝説
海の不思議の3つ目は、なぜ夜になっても水平線は明るいままなのか❓(ニライカナイ伝説)
明るいといってもほんのりなんですよね。
"ほのかにそっと"の部分は、音符にフレーズをそっとのせるような感じだといいですね。
確かにフェリーに乗って夜の海を見ると水平線はほんのり明るいです。
常に地球のどこかは昼で、その反対は夜なんだからそうなのかな❓という気がしますが、この歌ではニライカナイの伝説を取り上げています。
"残している"の部分は、そのニライカナイ伝説へのリードですから、謎を秘めた感じで流れるように表現したいです。
あの向こうはるか彼方に
伝説の里 ニライカナイが
泉のように 炎があふれ続けてて
太陽は 日々その中から
ああ 新しく 生まれるという
「ニライカナイ」とは何なのでしょうか❓
"遥か遠い東(辰巳の方角)の海の彼方、
または海の底、地の底にあるとされる異界"
(Wikipediaより抜粋)
古代の日本人はそう信じていたほど、水平線のほんのりとした明るさは神秘的な現象なのでしょう。
科学的根拠はないのですが、神秘的で美しい伝説です。
海 それは
人間のふるさとの ずっと奥にある
すべての命のふるさと
海は広くて 限りなく
海の不思議も 限りない
ラストです。
"海の不思議もーーーー"と盛り上がる部分がありますが、ここをそろえると気持ちいですね。
指揮者の腕の見せどころです。
こんなに雄大で、不思議にあふれた海に包まれた地球で、私たちは生きているんだ―
"海は広くて 限りなく"というフレーズは何度も登場していますが、この部分は海の不思議な逸話をしめくくる部分ですから、海への感謝の気持ちというかちょっと難しいですが、そういった気持ちを叙情的に表現すると、神秘的な余韻が残ってよいと思います。
ということで、「海の不思議」ですが、やっぱり好きですね~
まだこの頃はリアルタイムに中学生ではなかったのですが、こんな素敵な課題曲を知ることができた課題曲Juke Boxに本当に感謝です。
圧巻の根城中学校合唱部の演奏
にしても、金賞の根城中学校の演奏、圧巻です。
30人くらいで歌っているはずなのに、声量は30人以上の迫力+ソプラノ・メゾ・アルトの3人だけで歌っているようなまとまりのある歌声。
まとまってるんだけど、型にはまっていないんですよ。
しかも、こう表現したいなぁ、と思う表現を当然のように表現できているのも素晴らしいです。
▲終盤に審査員の三枝成彰氏の審査講評があります
何度聴いても鳥肌が立ち、うるうるっとなります。
審査員の先生にも、「完璧な演奏で言うことなし」と言われた名演を堪能していただきたいです。
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『変』―“なんだかとても変”って何が変?ドリアン助川の個性輝く中学校の部課題曲
平成13年度NHK全国学校音楽コンクール中学校の部課題曲
変
作詞:ドリアン助川、作曲:寺嶋陸也
なんだかとても変
あのひだまりまで走りたくなる
胸のあたりが変
ぐるぐるぐるりと回りだす
ここらへんの課題曲、本当にすっぽり抜けてます。
一番Nコンというか合唱自体から離れてたころですので。
この年は、テーマが初めてもうけられた年です。
テーマは「個が輝く時代」。
ということもあってか、小学校の部は「ロボット
」 、中学校の部は「変」と個性的な曲が。
と、作詞者を見てみると、ドリアン助川さん。
詩×パンクロックを融合させた「叫ぶ詩人の会」で活動されてた方ですね。(現在は解散しています)
現在は、明川哲也に改名されているそうです。
寺嶋さんは、Nコンでは平成17年度高等学校の部の「風になりたい
」を手がけられています。
なんだかとても変―
と、ズドーンとピアノが響きます。
じゃあ、何が変なのか。
ひだまりで走りたくなったり、胸がぐるぐる回りだしたり…
君を見つけたあの日まで
ぜんぜん知らずに歩いてた
今まで君はどこにいて
何が好きで 何がきらい
とにかく驚いたよ
生まれてみるもんだね
やっぱりそういうことですね。
かなりストレートなので、何も言うことはないでしょう。
歌詞だけ見てると、Jポップのようでちょっと気恥ずかしかったり。
なんだかほんとに変
眠れなくてもうれしくなる
とってもみごとに変
明日がこんなに待ち遠しい
眠れなくて明日が待ち遠しい―
思春期のころが懐かしくなるなぁ~
それまで味わったことのない気持ちだからこそ"変"に思うのでしょうね。
悪い意味ではなく、いい意味の初めての"変"を。
ちなみに、この年は国立音楽大学附属中学校が金賞を授賞しています。
音大の附属中の合唱ってある意味エリートですよね~
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『道』―人間にとって“道”とは何?三善晃さんがNコンで初めて手がけた課題曲
昭和44年度NHK全国学校音楽コンクール高等学校の部課題曲
道
作詞:伊藤海彦、作曲:三善晃
道はのびる
陽にやかれ 雨にうたれ
道はのびる
川にそい 山をふちどり
折れまがり またのぼりつめ
言葉なく ただひとすじに
道よ 道よ ああ
いつも旅立ちをささやくものよ
三善晃さんがNコンで初めて手がけた課題曲です。
メロディーがとてもしっとりしていて美しいですね。
女声に映えるメロディーです。
聴き始めてすぐにiPhoneに投入されました。
ただ当時としては、ちょっと難しそうな曲ではありますが。
1番の歌詞の"道"は、道ズバリそのもの。
道がのびているからこそ、人はそれにそって旅立つのでしょう。
道はつづく
眼のなかを 今日も遠く
道はつづく
吹く風の 声にまねかれ
野をよぎり 青いかなたへ
はてしなく ただひたすらに
道よ 道よ ああ
いつも到着を夢みるものよ
2番の"道"はどうでしょう。
私は"形のない道"と捉えています。
頭の中で思い描き、ひたすらに伸びてゆく道。
自分の進むべき道、とでも言うのでしょうか。
だからこそ2番の道はいつも到着を夢見るのだと思います。
野をよぎり 青いかなたへ―
野の果てに見えるのは、空の向こうまでつづいてそうな遙かな道。
いつか到着できるのでしょうか。
この曲を聴きながら、大阪の天王寺区のとある信号で写真をパチリ。
真昼の月です。(画質悪いですが…)
あんまり関係ないですが、何かこういうの好きだな~
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