【Nコン自由曲】『たった一度の春』―鮎が出会う“たった一度”の繰り返しが教えてくれるものは?
たった一度の春
作詞:宮沢章二、作曲:黒沢吉徳
卵から孵った 秋の子鮎は
一度川を下って 海へ出る
そこで冬の波にもまれて
年を越し 早春
若鮎に育って また川へ帰る
昭和63年度NHK全国学校音楽コンクールの
熊本大学教育学部附属中学校の自由曲です。
やっぱりNコンといえば、こういう感じの曲を聴くとホッとします![]()
4分を切る楽曲なので、今なら小学校の部で
歌われてもおかしくないかもしれませんね。
(ちなみに当時の中学校の部の制限時間は4分でした。)
熊大附中の歌声も澄んでいて、曲にピッタリです![]()
清流の流れのようなピアノの旋律から曲は始まります。
鮎の生態を知ると、この曲への理解はもっと深まります。
鮎の生態(中部日本の例です)
秋(孵化、流下期)
孵化すると、一度海へ下ります。
卵から孵った秋の子鮎は 一度川を下って海へ出る
冬(河口・海域生活期)
鮎の稚魚は、春先まで河口や海域に棲みつきます。
そこで冬の波にもまれて 年を越し
春(遡上期)
川と海の水温が同じになる頃から遡上が始まります。
早春 若鮎に育って また川へ帰る
春~夏(河川定着期)
川で成長すると、下流の産卵場所に向かいます。
帰ってきた川で その春が光る
秋(産卵期)
![]()
産卵を終えた鮎は、力尽き1年という短い一生を終えます。
「たった一度の春」という曲名は、
この鮎の1年という短い一生からきています。
たった一度しか春を迎えることのできない鮎だからこそ
"すべてがたった一度の出会い"
というフレーズは胸に響きますね。
繰り返しのない 一日ごとの流れが
若い鮎を 大人の鮎に育ててゆく
人間も同じです。
青春という"春"は、
たった一度しか迎えることはありません。
荒海のような青春の日々を乗り越え、
繰り返しのない大切な日々、
たった一度しかない貴重な出会いを繰り返し、
大人になってゆくのですね。
合唱好きが集まるブログはここ
にほんブログ村
【Nコン自由曲】『方舟』―星座の船団はなぜ空を渡るのか?日本語の美しさを堪能できる壮大な楽曲
混声合唱組曲「方舟」より終曲
方舟
作詞:大岡信、作曲:木下牧子
空を渡れ 錨をあげる星座の船団
灯火は地球に絶えた 悲愁は冷たく迅かだ
湖水の風に羽を洗う鳥たちはむなしく探す
昨日の空にはためいていた見えない河原を
私には非常に難解で、解釈に迷いました。
恐らく、歌われている合唱団の方も解釈に悩むのではないでしょうか。
私が今回書いた解釈も人によっては全く違ったりするかもしれません。
しかも、リズムも5拍子かつ難解なピアノで、リズムが取りにくそうなこの曲。
実はこの詩は大岡信さんの十代のころの作品なのだそうです。
大岡信さんといえば、朝日新聞の「折々のうた」や
国語の教科書での「言葉の力」などの日本語評論を思い出します。
木下牧子さんは、多くの合唱曲を手がけられていますが、
この「方舟」は木下さんにとって初の合唱組曲で、
大学院1年生の時に手がけられたそうです。
木下さんの作曲時のエピソード
も参考にしてみてください。
作者の背景はこれくらいにして、
「方舟」とは、一体何なのでしょうか。
先日の昭和53年度の高等学校の部の課題曲
「ひとつの朝
」でも触れましたが、
「ノアの箱舟」を指すのでしょう。
ノアという信心深い老人が、
「近い将来に大洪水が起き、すべての人間が滅びるだろう」
と示唆する神の声を聞いた。
その神は、善人で信心深いノアとその家族だけは助けてやるつもりだと言い、
大きな箱舟を作ることを命じた。
(「旧約聖書」より概略を一部抜粋)
出だしでしきりに
「空を渡れ 錨をあげる星座の船団」
と繰り返します。
なぜ「空を渡れ」と繰り返されているのか。
以降にその経緯があります。
-----
地球から灯火が消え、
暗く冷たい地上で、悲愁(悲しみと憂い)に暮れる人々。
今は無き、昨日まではためいていたはずの河原を探す鳥たちは、
湖水の風をただ虚しく受けている―
-----
どういう状況なのでしょうか![]()
一見、地球最後の日のように暗く冷たい状況が
描写されているようですが、
方舟に乗り地球から旅立つ様子なのでしょうか![]()
その後の詩を読み進めます。
ひとよ 窓をあけて空を仰ごう
今宵ぼくらはさかさまになって空を歩こう
秘められた空 夜の海は鏡のように光るだろう
まこと水に映る森影は 森よりも美しいゆえ
ここで目を引くのは、
"今宵ぼくらはさかさまになって空を歩こう"
というフレーズ。
面白い表現ですが、
空→海、海→空
と、まさに"さかさま"になっているのでしょう。
暗く冷たくなった地上ではなく、"(海のような)空を歩こう"と。
そうすることで何か見えてくるものがあるのでしょう。
夜の奥に胸を開いて歩み入れば
地球を彩る血の帯ははためくだろう
憎悪の暗い洞穴をゆさぶりながら
夜のしじまにしたたりながら おらびながら
-----
さかさまになり歩みを進めると、
地球(地上)の様子はさらに悲惨さを増し、
憎悪や不幸が生まれ、哭ぶ人々―
-----
地上の悲惨さを"地球を彩る血の帯"と表現し、
その鮮血は、夜の暗闇に浮かび上がり、
滴っているように見えるのでしょう。
この星がふるさとであるか 血は血をうかべ
この星がふるさとであるか 川は涸れ
鳩たちが明るい林を去ってからすでに久しい
愛するものよ お前の手さえ失いがちに
こういう状況を目の当たりにし、湧き上がった気持ちが
"この(悲惨さと不幸にあふれた)星が(我々の)ふるさとなのか"
という嘆きのようなフレーズとなったのでしょう。
鳩は平和の象徴です。
地上からはその平和はすでに去ってしまっているのです。
空を渡れ 錨をあげる星座の船団
空を渡れ 錨をあげる星座の船団
星座の船団 星座の船団…
「星座」を「船団」、
「地球」を「方舟」と捉え、
星座の船団の一つとして宇宙を漂流しているのでしょう。
だからこそ、ラストの"星座の船団"の繰り返しは
悲鳴にも似た歌声が響くのだと思います。
この曲、よく歌われる合唱曲ですが、
宮崎学園高等学校の平成19年度の自由曲でもあります。
聴いてて本当に心地よいです。
大岡さんの美しい日本語とマッチしてます。
このレビューを書くときにも何度も聴きかえし、
詩の中の情景が浮かび、すーっと入ってきました。
さすがです![]()
合唱好きが集まるブログはここ
にほんブログ村








